Toppage > ミクロネシア講座

あの武蔵丸はトンガ人 ”巨人国”訪問記



ハダカの王様は伝説

 私のデスクの上に、三人の王様と一人の女王の写 真で表紙を飾っているぶ厚い本 がある。題名は「トンガ王憲法、制定百年記念の小史・1975年刊」だ。
しかも To Mr. Utagawa, Hope this book will help your understanding of Tonga(この本が貴方のトンガ理解に役立ちますように1996年7月19日)というサインが 入っている。贈り主は、この国の総理大臣バロン・バエア氏の娘さんで、ジャーナ リストのルセアネ・ルアニさんだ。

 半年も”積ん読”をきめこんでいたのだが、先日、この本を通 読してトンガ王国 の歴史を知り、この国への興味が倍加した。やっぱり旅は、観光と土産と食事だけ ではない――とつくづく思いつつ、昨年の夏の三日間の短いトンガ紀行の筆をとる ことにした。
 あの国は遠くて不便だ。成田から八時間で、隣の国のフィジーへ、そこから毎日 は飛んでいない飛行機で、首都のあるトンガタプ島へ出かけたのだ。日本より時差 にして四時間東にあり、日付変更線に密着している。世界で一番早く日の出が見え る国ということになっている。泊まったホテルの名が、「International Date Line Hotel(日付変更線ホテル)」で、「時間の始まる国」と看板がかかっていた 。


右:ラジオトンガのエディターのルセアネさん
 この国の人はとにかく大きい。国王のツボウ四世は身長190センチ、体重は100 キロ以上もある。表敬訪問するつもりだったが、心臓病の検査で米国旅行中とのこと で、73歳の総理大臣バロン・バエア氏と会見することになった。さて、はたと困 ったのは服装である。ツボウ四世のことを日本では”ハダカの王様”と呼ぶ人もあ るが、あれは伝説で、正装は半ソデのYシャツとネクタイだという。半ソデのYシャ ツ探しに首都のヌクアロファの街にショッピングに出かけた。といっても9万6千 人がこの国の全人口なのだから、村の商店巡りをしたと言ったほうがより正確かも しれない。だが、やっと見つけたMサイズが、日本サイズではXL、やむなく場違いの 長ソデのYシャツで蒸し暑さを我慢した。

  バエア総理も巨人である。英人、ジョナサン・スイフトのガリバー旅行記の巨人 国のモデルはトンガである、という説は、どうやら本当らしい。だがスイフトの見 たトンガ人は、背は高いが、今ほど太ってはいなかった。トンガ人の肥満化は、こ こ二十年ほどの現象というが、なぜそうなったかは、後日判明した。それは後述す るとして、このすばらしいクイーンズ・イングリッシュを話す総理大臣と対面 して 、いきなり「関取」を連想してしまったのである。

 まずは相撲談議に花が咲いた。「トンガ人は、日本では相撲とラグビーでおなじ みなのだが、残念なことに今は上位の力士がいない」と切り出したら、「私の村の 出身のペニタニを知らんのかね」とけげんな顔をされた。「ホラ、何といったかな あ」と私の旅行のホステス役をしてくれた娘のルセアネさんに聞く。「ムサシマル よ」と彼女が助け舟を出した。

 「エッ。武蔵丸はハワイ出身の米国人では・・・」と私。「彼は正銘のトンガ人 さ」とバエア総理。「彼が九歳のとき、両親が職を求めて米領サモアに出稼ぎに行 き、そこからハワイに移住した。彼の父親のナヌウ・ペニタニは故郷に戻り老後を 送っていたが、昨年の四月、心臓病で亡くなった。私も葬儀に行ったが、フィアマ ル(武蔵丸)も日本からトンガに戻ってきた。フィアマルはトンガ人であることを 誇りにしているし、トンガ人も彼を自慢している」という。

 この国の週刊英字新聞トンガ・クロニクルの、葬儀の記事を見せてもらった。大 きな写真が掲載されている。ペニタニ家の前で半ソデの喪服と黒のスカート姿の二 人の大男が並んでいた。バエア総理と武蔵丸である。身長も腕の太さもほとんど同 じ。多分、体重もあまり差がないのではないか。


3
King George Tupou I
 トンガ国は、2千年の歴史をもつポリネシア人の本家である。10世紀には、武 蔵丸の育ったポリネシア人の島ハワイにまで勢力圏を拡大していた。

 キリスト教(メソディスト)と「近代」を導入したのも、ハワイより古い。立憲 君主国の英国を真似て、憲法を制定したのが1875年。明治憲法よりも10数年 早い。それ以前のトンガは、神と王とタブー(禁忌)の支配する島であった。英語 のTABOOはトンガ語のTAPUが語源。「勝手にサンゴ礁の外に出るな」「許しなく大きな魚をとるな」「土地は神の子の王のものであり、勝手に耕すな」などなど。違反 者は処刑された。

 タブーは、限られた空間で一定の人口が暮らすためにあみ出された知恵の産物で ある。だが、人口が増えるとともに、タブーによる慣習が邪魔になり、欧米の植民 地をのぞけば南の島では最初の、近代的成文法をもつタブーはご法度の王国となったのである。1875年憲法は100年後の1975年の新憲法にバトンタッチしたが、旧憲法にも信教の自由(ただしキリスト教以外の宗教の布教はご法度)、あるいは法の不遡及の原則がきちんと書かれていた。「大きな魚(海亀とかカツオ)を酋長が独り占めにするのは違法」などというタブーを禁じた面 白い条文もある。

 古くから憲法をもつ王国ではあっても、この島国の最大の泣きどころは土地の制 約である。150の島からなるトンガの面積は、島を全部合わせても日本の対馬く らいしかない。だから憲法で土地は王のもので、農家は家父1人当たり8エーカー(3.33?)の借地権が与えられるとある。借地権は長子相続である。だから、23 男はこの王国では暮らしてはいけない。武蔵丸の両親がハワイに渡ったのもそのた めだ。トンガ人の海外移住者と出稼ぎは6万人、国内に住むのは常に10万人以下 というスリムな人口を保っておかねばならない。

 いま、トンガ王国は人口のみならず、人間そのもののスリム化に国をあげて取り 組んでいる。ポリネシア人は元来、他の人種に比して体重に対する筋肉と骨の比率 が高く、ラグビー、ボクシングなど瞬発性を要求されるスポーツに最適とされてい た。しかし若い人々はともかく、中年の太り過ぎが目立っており、この説もだいぶ 怪しくなってきた。肥満化の原因は、イモ類と魚介が中心の食生活が、欧風化した からだ。とくに脂身の多い安価な羊のバラ肉をオーストラリア、ニュージーランド から大量に輸入し、これを好んで食べるようになった。魚介類は乱獲によって資源 が激減し、一般庶民は高くて手が出せない。それならば、運動によって減量 するの が一番というわけで、エアロビクスやジョギングを国が提唱、政府主権の懸賞金つ きの減量コンテストに約1000人が参加する。一年に40?もスリムになった豪 の者いるとか。


(*この原稿は「財界」3月11日号(1997)に掲載されたものです。執筆者の許可を得て転載させていただきました。)