足利事件再審:裁判長「菅家さん」 被告扱い封印

2009年10月21日 11時36分 更新:10月21日 13時6分

再審初公判を前に、報道陣の質問に答える菅家利和さん=宇都宮市で2009年10月21日午前9時45分、三浦博之撮影
再審初公判を前に、報道陣の質問に答える菅家利和さん=宇都宮市で2009年10月21日午前9時45分、三浦博之撮影

 「菅家さん」。21日、宇都宮地裁で始まった足利事件の再審公判。佐藤正信裁判長は、菅家利和さん(63)に、こう呼び掛けた。91年12月1日早朝、突然現れた刑事に任意同行を求められてから18年。「単に無罪では困る。なぜ自分が犯人に選ばれたのか」との憤りは消えない。冤罪(えんざい)の原因究明を求め、菅家さんは法廷に立った。【立上修】

 佐藤裁判長は公判冒頭、「菅家さん、前へ」とうながし、「菅家利和さんですね」と尋ねた。本人や弁護団の要望通り「被告」という言葉を一切使わなかった。検察側は起訴状を「被告人は」と読み上げたが、佐藤裁判長は認否を問う際も「改めて、いかがですか」と丁寧に聞いた。

 「17年半も苦しんできました。それはなぜなのか。そのことを明らかにする無罪を求めます」。グレーの背広に紺のネクタイ姿。証言台へ進み出る菅家さんの肩を、弁護士が勇気づけるようにたたいた。「冤罪に苦しむ人が二度と生まれないように、十分な証拠調べを行い、足利事件の真実を明らかにしてほしい」。最後は検察官に向かい、やや震える声で準備した書面をはっきりと読み上げた。昼の休廷中、取材に応じた菅家さんは「被告人と呼ばれたら許す気になれなかったので良かった」と話した。

 菅家さんは6月4日の釈放後、故郷の足利ではなく、弁護士が世話した横浜市内の6畳一間のアパートに1人で暮らす。冤罪問題の勉強会や講演、再審に向けた打ち合わせなどに忙しい日が続く。「基本的に1人であっち行ったり、こっち行ったり。慣れましたけどね」

 父は逮捕後2週間で、母は2年前に亡くなった。死に目に会えなかった両親の墓にまだ何も報告していない。「(被害者の松田)真実ちゃんのお墓参りをしていないから」。それが理由という。自分の名前と年齢が印字されたパスモカードが胸ポケットに収まる。「足利まで行くのも簡単な話ですよ。行けないことはない。でも、裁判で解明してもらわなければ。頑張っていくよりほかないです」

 今、一番の楽しみはカラオケだ。なじみになりつつあるパブに橋幸夫の「潮来笠」が流れ、ウーロン茶でのどを潤しながら昭和歌謡路線をひた走る。「黄金時代ですよ。昭和30、40年代はすごかったですもん。一番良かった」。同世代の橋幸夫や、石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎ら銀幕スターにあこがれたという。マイクを握れば、取り戻せない時間を忘れるかのように10曲近くを熱唱する。

 逮捕前は保育園や幼稚園でバス運転手を十数年していた。足利に戻ったら失効した運転免許を取り戻すつもりでいる。市は住居をはじめ送迎バスの仕事を打診するが、「あまり気が進まない。事故を起こさない保証はないから。年とったから」。それでも「正直な子供に囲まれて働きたい」と希望を語った。

 「1人で正月なんか迎えたくない。理由っっていうんじゃなくて、除夜の鐘ですよ。大みそかの。足利に行けば友達だって支援者だって、みんないますから」。再審公判は年をまたぎそうだ。「裁判が終わったら」という言葉が、もどかしく胸に響く。

再審初公判を前に記者の質問に答える西巻さん=宇都宮市で2009年10月21日午前8時34分、三浦博之撮影
再審初公判を前に記者の質問に答える西巻さん=宇都宮市で2009年10月21日午前8時34分、三浦博之撮影

 ◇こんな日が来るとは 「支える会」代表の西巻糸子さん

 菅家さんが「命の恩人」と慕う女性の姿が宇都宮地裁にあった。「菅家さんを支える会・栃木」代表の西巻糸子さん(59)だ。「支援を始めた当初は(再審開始を求める闘いが)延々続くと思っていた。まさかこんな日を迎えられるとは」。前夜は気分が高まって眠れなかったという。

 長い支援生活の始まりは92年12月。菅家さんが公判で否認に転じたのを新聞記事で知り、意を決して拘置所の菅家さんに手紙を出した。西巻さんも当時、幼稚園バスの運転手。「子供に囲まれて仕事をしている人が、こんな事件を起こすのか」。同じ職業の菅家さんにそんな思いを抱いていた。

 冤罪事件を検証するグループの現地調査に参加し、「殺害現場を見た瞬間、あり得ないと思った」。菅家さんの供述と多くの点で矛盾していた。1審判決から間もない93年、支援者を通じてDNA鑑定に詳しい佐藤博史弁護士に依頼。知人と2人で「支える会」を発足させた。

 足利市内では79年と84年にも5歳女児の殺害事件が起き、犯人は捕まっていない。街頭で支援を呼び掛けるチラシを配っても「犯人をかばう気か」と言われ、受け取りを拒否された。自宅には何度も無言電話がかかってきた。表だった活動を控えた時期もあるが、菅家さんとの文通や面会は重ねた。「(菅家さんの方が)大変な環境にいる。自分も負けていられないと思った」

 年内の帰郷を希望する菅家さんに対して「これから再審や国賠、冤罪支援活動を続けていくのを地元で支えていけたら」と話した。

 「良かったとしか言えない」。茨城県利根町で67年に発生した布川事件で再審開始決定を待つ桜井昌司さん(62)もこの日、地裁に駆け付けた。東京拘置所で初めて菅家さんに面会した時、「冤罪者というのは明日、真実が明らかになるかもしれない。そういう希望がある」と励ますと、菅家さんはうなずいた。今ではプライベートでも会う間柄。「闘う仲間を超えた友達」をこれからも支えていきたいと話し、裁判を傍聴した。【吉村周平、立上修】

  ◇足利事件の主な経過◇

年・月・日

90・5・12 栃木県足利市で女児不明。渡良瀬川河川敷で翌日遺体発見

91・12・2 菅家利和さんを逮捕

93・7・7 宇都宮地裁が無期懲役判決

96・5・9 東京高裁が控訴棄却判決

00・7・17 最高裁が上告棄却

02・12・25 宇都宮地裁に再審請求

08・2・13 宇都宮地裁が再審請求の棄却決定

08・12・24 東京高裁がDNA再鑑定決定

09・5・8 DNA再鑑定で「不一致」との結果判明

09・6・4 菅家さん釈放

    17 栃木県警本部長が菅家さんに謝罪

    23 東京高裁が再審決定

09・10・5 宇都宮地検検事正が菅家さんに謝罪

    21 宇都宮地裁で再審初公判

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