餌付け・給餌活動の問題点の整理

◆◆◆なぜ餌付け・給餌相手がハクチョウ類なのか◆◆◆

 さて,平成12年度に起こったオオハクチョウの(人間側が主観的に判断した)大量死をきっかけに,この給餌・餌付け活動ってなんだろう,という長年全国各地で繰り返されてきているテーマに深く関わらざるを得なくなりました.
 厚岸町における前回の事例は,おそらく人間側の“自己満足”に終わっただけなのかもしれません.
 というのも,今回町民に納得してもらえなかった,給餌・餌付けに関する次の事項があるためです.

? なぜ餌付け・給餌相手がハクチョウ類なのか?
? かわいそうな生き物に餌をあげることが保護になるのか?

 基本的に野生生物を人に慣れさせる行為は,キタキツネやエゾヒグマのように,その生き物にとって様々な不幸を引き起こす引き金になるだけでなく,むやみに餌付けすることは,“その生き物の生態を乱し”,また“餌付けられやすい種類だけ可愛がる”という“生き物に対する差別”を生みだすのではないかという疑念があります.
 野生生物はハクチョウだけでなく,“人間の目に見えにくい種類”,“見た目に特に特徴のない種類”など多種多様です.ハクチョウやタンチョウのように目立つ生き物が,その生態系における自然の象徴として扱われるならともかく,目立つ生き物ばかり可愛がられる傾向が最近特に強いような気がしてなりません.そして問題は,そのような目立たないものほど,私たちの身の回りの自然環境に深く関わっているものが多い可能性がある点で,このように考えています.

 北海道各地で行われているハクチョウ類に対する給餌は,その当初,越冬地が減少し続けている中,それでも飛来し続ける渡り鳥としてのハクチョウ類の保護の目的とした純粋な気持ちから生じたものであったと想像できますが,現在その多くに明確な根拠がないものが数多く見受けられます.
 本来,その対象生物を保護するということは,その生息環境を正しく把握・理解した後に,生息環境を保全することと考えておりますが,関係者がこれを認識するしないにかかわらず,餌付け・給餌活動を観光資源及び個人的趣味して扱い,それを保全活動に転化している可能性が極めて高い地域が見受けられます.
 そして,マスコミは餌付けを行った人を好意的に受け止め,餌付けは熱意を持って行うことが良いことのように報道する傾向が極めて強いです.

 また,教育関係者に給餌活動は自然保護活動の一環としてとらえている人が非常に多く,教育現場で餌付けを行っている例も少なくありません.そこで,餌付け・給餌の教育面での効用を唱える人を見かけますが,実はこれに対しても懐疑的に思わざるをえない事例が少なくありません.(大部分は何も考えていないような気もしないではないですが.本当はこちらの方が問題のような気がします.)
 これは,「自然・野生生物とのふれ合い,野生生物の理解への導入のきっかけとなっている」という意味で使われることが多いのですが,そもそも何のルールもなしに野生生物に対してふれ合いを求めること自体が非常に危険な行為ではないでしょうか?

◆◆◆野生動物は人間のペットなのか◆◆◆

 現在,アライグマや外国産カブトムシなど,移入動植物の帰化が非常に問題になっていますが,これはペットあるいは人の手を介して持ち込まれた野生生物の問題で,
「移入種・飼育種の野生生物化」
 根拠のない給餌・餌付け,それに伴う人間と野生生物の接触は,
「野生生物のペット化」
 実は本質はどちらも同じなのではないでしょうか?

 元々ハクチョウが飛来しない,あるいは飛来数が少ない水辺にはそれなりの環境的な理由があり,そこに無理に給餌を行うことでハクチョウを大量に呼び寄せることは,アライグマやブラックバスを日本に持ち込むのと基本的に同じことであることは容易に想像が付くと思います.
 ましてや,この行為自身,そしてその後のフォローアップがないため,餌付けられやすいものに餌付けを行う結果となり,他の動物に対しても同様のことを行うきっかけとなってしまっています.
 この状態を「餌付けスパイラル」とでも名付けるとすると,この連鎖状態に入りつつあるのが今の野生生物に対する一般的な人々の生き物とのつきあい方であるような気がしてなりません.繰り返しますが,野生生物のペット化を助長しているように思えてなりません.
 キタキツネ,エゾヒグマに対する餌付けに始まって,最近ではオオワシ・オジロワシへの商業的餌付け,シマフクロウへの餌付け,ゼニガタアザラシへの餌付け計画など.「なんで悪いんだ」,という感覚でしかないように思います.その他,北海道羽幌町においては,ウミネコへの餌付け自粛のお願いを出す事態になっているほか,栃木県日光いろは坂におけるニホンザル騒動では,強引に人から食べ物を奪い,人間に危害を及ぼすニホンザルが大問題となり,餌付け禁止条例(栃木県)を作らざるを得ない状況になっているほか,兵庫県では,一部の住民による餌付けがきっかけで被害が広がり始めたイノシシへの餌付け禁止条例が施行されました.
 また,国内だけでなく海外においても,韓国のクロハゲワシの餌付け問題,南アフリカ共和国ケープ半島におけるバブーン(チャクマヒヒ)の人家襲撃事件などの問題も起こっています.
 現在も問題になっている,キタキツネ,特にエゾヒグマに対する餌付け行為に関して,交通事故防止,人間の生活圏内におけるむやみな接触をさめるため,餌付けを自粛するよう北海道内各地で周知していることについては異論を唱える人はあまりいないはず.しかしなぜ,カモ類ハクチョウ類だけ良いのでしょうか?

<参考情報>
日光市サル餌付け禁止条例
http://www.city.nikko.tochigi.jp/_nourin/saru/
http://www.city.nikko.tochigi.jp/_nourin/saru/jyourei.htm

神戸市いのししの出没及びいのししからの危害の防止に関する条例
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/27/nousei/inoshishi/index.htm
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/27/nousei/inoshishi/joreihonbun.htm

しれとこ自然情報
http://www.shiretoko.or.jp/zaidan/esa.html

知床の森に住むヒグマの物語
http://www.ohotuku26.or.jp/shari/museum/page/aru.html

◆◆◆どこまで許される行為なのか〜その基準作りの必要性〜◆◆◆

 私は,すべての給餌・餌付け活動をやめるべきだといっているわけではありません.自分たちが子供だった頃を思い浮かべた場合,昆虫採集,傷病鳥獣の保護.これらはいつもその行為の是非についてよく議論される内容であります.そして餌付けなどの行為によるイレギュラーな野生生物との出会い,これら生き物とのふれあいは,必ずしもそれら野生生物にとって幸せな人間との出会いではないでしょうが,命とのつきあいを肌で感じるためには子供の頃に欠かせない要素だと感じております.
 子供たちの行うこの些細な行為を制限せざるをえないような大人たちの行為,それら生物の個体数を大きく変動させるような行為,パンを与えるなどの本来の食性を無視したものを与える行為,前記したことを全く考慮していない,餌付けその物を目的化した事業は,厳に大人側が慎むべきではないでしょうか?
 
 この給餌・餌付け活動は,エゾヒグマのように何らかの具体的被害などがあれば問題が表面化しますが,人間に直接,また産業に被害がない限り問題になることは少ないです.また,給餌・餌付けのメリット・デメリットの客観的な議論もなされないまま統一した基準も存在しないため,各地で各自自由な意見がまかり通っているのが現状です.それゆえ極めて基準が主観的で,給餌と餌付けに境界線を引こうとしても,ほとんど意味を成しておりません.
 これら給餌・餌付け活動は,現状を的確に捉えたデータに基づく明確な根拠・理由がなければ“単なる娯楽”と言わざるを得ない.さらに,生態系の攪乱を起こし,移入種と同様にかなり深刻な環境問題に発展する可能性も持っているのではないでしょうか.

 原則,野生生物に対しての給餌・餌付けは行うべきではなく,少なくとも,社会問題になる可能性を秘めている希少鳥獣などの野生生物とのふれ合いを求めるならば,その種ごと,その生息環境ごとに検討されたガイドラインを作成し,それに従うべきではないでしょうか.
 少し前までは海外において,そして最近では国内でもツル類におけるコスチューム飼育の事例が紹介されるようになってきております.これは人間を危険な存在として認識させ,無用な事故を起こさせないようにするためでありますが,このような事例とは明らかに相反するのが人慣れを目的とした給餌・餌付けであります.(もちろん,種ごとに検討されるべき物であることは再度付け加えておきます.)
 また同時に行われているタンチョウへの給餌は絶滅回避のため,出水でのツルへの給餌は,集中しすぎてしまったツルの他の農作物への被害回避のため.これらでさえ,根本的な解決策ではないことを明確に示しており,よほど注意しないとタンチョウは出水のツルになりかねないし,逆に出水のツルが危機的な状態になるかもしれない.
 その本来の生息地回復までの暫定的な過程としての給餌を,生態系理解のための導入,そしてふれあいの場に使うならば,さらに有効な環境教育の場としての利用の道が出来るような気はします.

◆◆◆餌付け・給餌活動の問題点の整理◆◆◆

さらに,オオハクチョウをはじめとする水鳥が渡り鳥であるという視点から給餌・餌付け問題を考えると,

1.本来の渡り鳥の行動である繁殖地〜中継地〜越冬地における渡りを,餌付け,給餌活動は阻害する恐れがある.
2.餌付け,給餌活動により渡り鳥を集中化させている地域において,鳥コレラ,マレック病,今後発生する恐れのある未知のウイルス等による伝染病の伝播を促進させてしまう恐れがある.
3.本来,野生生物に携わる人たちの守らなければならない最大の原則は,対象動物の生息地の保全であるはず.餌付け,給餌活動は,この保全活動を見失わせる可能性を持っている.(この原則が守られている限り,当然ながら上記2項目は必要がなくなってくる.)

という問題が浮き上がってきます.またもう少し幅広く,野生生物全体で考えてみると,

・基本的には「娯楽」である場合が多い.
・動物を見たらエサをやるという短絡思考を育てているにすぎない.
・餌付きやすいものに餌付けする結果となる.人間の目に見えないが,ある生態系において非常に重要な地位を占める可能性の生き物は無視される傾向があるのに,目立つものだけ可愛がられる.
 つまり,ある生態系における特定生物に対する“差別”である.
・餌付けによって鳥は越冬不適地に越冬させられているのではないか?
 また越冬不適地の生態系に対する影響もありそう.
・本来の食べ物でない物を食べさせられることによる餌付けの健康上の問題はありそうだ.(まだはっきりとは言い切れない)
・たとえばハクチョウ類越冬個体の好ましくない増加による繁殖地における他のガンカモ類への影響があるかどうかなどの,餌付けによる影響を調査して明らかにすべき.(ロシアにおける繁殖地において,ハクチョウ類の増加による他ガンカモ類への悪影響が懸念されている.)
・マスコミに餌付けを好ましいイメージでとりあげることへの再考を促すべき.(「移入種問題の記事」と「ハクチョウ類,トビやタヌキなどへの好意的な餌付けの記事」が同一紙面に載ることがまま見受けられる>自己矛盾に陥っているのでは?)
(※アメリカでは,国立公園内での野生哺乳類への餌付けは法律で処罰の対象になります.)

さらに,

【さらにハクチョウ類に関して現実的な問題点は...】

・現実に増加してしまったハクチョウ類が存在している以上,また彼らの生息環境が減少している現在,給餌を全て止めるわけには行かない.しかし本来ハクチョウ類が生息していない湖沼で新規の給餌場所は作るべきではないと思われる.(元々いた場所であれば,生息地の回復が第一に考えられるべき)
 そして,この間に失われた本来の生息環境の回復を目指しつつも,この個体群を管理しなければならない.
・すでにその地域の重要な観光産業になってしまっている場所が存在する以上,いきなり給餌を止めることは難しい.人為的行為により観光資源として集められた野生生物を,ふれあいの場,教育の場の対象としているとすれば,その地域の生態系に影響の少ない範囲で餌付けに頼らない生息環境に変えていくか,速やかに対象動物を開放し,本来の環境教育に移行すべきなのではあるが...この現状を踏まえて,給餌・餌付け活動を,本来の自然環境理解への橋渡し的な導入とすることが可能かどうか?
・目の前で,“かわいい”“愛らしい”とされる生き物が次々と死亡する事態に,私たち行政はかなり無力である.理屈で餌付け・給餌が正しくないとわかっている人達も,やはりかわいそうという気持ちを抑えるのは困難であることに間違いはなく,それを無視するのも非常に困難である.命のつながり,「死」の意味づけ,つまりそれら生物の生態系における位置づけを地道に啓発していくしかない.

 厚岸町において,前回は約10年前,その前は十数年前(もっと前?)にも同様の大量死に関する給餌問題があったらしく,また各地からも餌付けに関する問題提起が聞こえてきます.
 しかし同時に,「我が町にハクチョウを呼びたいのだが,どうすればよいか」との問い合わせもたまにあります.
 ガンカモ類の飛来・越冬地域において,今後ハクチョウ類の保護のあり方を各地の現状を整理しながらどのように方向付けていくべきなのか,そして給餌,餌付け問題をどう扱えばよいのか,未来のハクチョウ類の保全について,議論・検討し,その種に応じたガイドライン作成を早急に進める時期が来ているのではないでしょうか?

(厚岸町 環境政策課 水鳥観察館 専門員 澁谷 辰生)

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