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よみがえる「古里」の記憶 元住民の親族らが見学会

自衛隊員の案内で船岡駐屯地を見学する旧湯場地区住民の親族ら

 陸上自衛隊船岡駐屯地(宮城県柴田町船岡大沼端)となっている旧船岡村湯場地区の住民の親族らが3日、駐屯地内を見学し、「古里」を懐かしんだ。戦前は田園地帯だったが、海軍の火薬工場建設のため、住民は立ち退きを余儀なくされた。

 湯場地区では、1937年から海軍火薬敞(しょう)の建設が始まり、「東洋で最大規模」(船岡駐屯地)の火薬工場として39〜41年、操業。戦後は米軍駐留地を経て、陸上自衛隊船岡駐屯地として使用されている。
 見学会は2007年に続いて2回目。60代〜80代の約40人が自衛隊員の案内を受けながら、弁天山や権現山の付近約500メートルを散策。記念撮影をしたり、思い出話に花を咲かせたりした。
 湯場地区には、温泉旅館が2軒あった。「青柳旅館」が母の実家だったという間(はざま)俊夫さん(63)=仙台市太白区=は旅館の温泉の湯が今もわき出ているのを見て、「参加したかいがあった」と感慨深そうに話した。
 子どものころ、湯場地区で遊んだという伊藤勝男さん(80)=柴田町船岡中央=は「昔の建物はないが山はそのまま。そりで滑った記憶がよみがえった」と懐かしんだ。
 見学会を主催した舟山常之助さん(89)=柴田町船岡中央=は「今でもわたしたちの古里であることを伝えられて良かった」と語った。


2010年06月09日水曜日

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