開かれた科学は開かれた社会につながる

  現代社会を考える上で科学技術にまつわる問題は欠かせない。市民はどこまで科学技術の未来に関与することができるのか? そんな問題意識で始まったサイエンスカフェの普及に中心的に取り組む大阪大学准教授中村征樹さんに聞いた。

 

 
中村征樹さん

<きっかけはフランスの哲学カフェ>

◆サイエンスなカフェって何ですか?

 サイエンスカフェは1997年頃にイギリスやフランスで生まれたものです。それまでは市民が科学技術について考え、情報を得られる場所は限られていました。本を読むとか講演会やシンポジウムに参加する、あるいは科学館のような専門施設に行く。それぐらいしか一般の市民が科学技術を考える機会はありませんでした。

 しかし講演会やシンポジウムでは、科学者が一方的に情報を提供し、市民はそれを聞くだけになりがちです。そこでカフェとかバーなどを会場にして研究者を呼び、科学者が取り組んでいる研究内容や科学や技術をめぐる問題について参加者を交えて対話する試みが始まりました。科学者と市民とのコミュニケーションに重点をおいたイベントがサイエンスカフェなのです。

 講演やシンポジウムなどが開催される一般の会場では、どうしてもノートをとりながら「話を聞く」ことが重点になってしまいます。しかしカフェやバーは一方的に誰かの話を聞く場ではないですね。誰もが気軽に何かしゃべりたいと思う。カフェやバーで科学や技術をめぐる問題についてざっくばらんに研究者と市民が対等にしゃべる場。それがサイエンスカフェなのです。大学や研究所のような場所とは違って、アカデミックな文脈から離れたところで、科学技術をめぐる問題について話し合うことが重要なのです。

 サイエンスカフェは日本でも70~80カ所で行われています。大学や研究機関が主催する場合もあるし、市民グループが主催するケースもあります。「科学ってこんなに面白いよね」という軽いノリで行っているところもあれば、社会的に議論を呼ぶ問題にまで突っ込んで討論している人たちもいます。

 私は先端医療の問題や食の問題など、生活に密接に関わっている、あるいは今後関わってくると思われる問題について扱っていきたいですね。こうした問題について肩肘張って「勉強しよう」と身構えるのではなく、もうちょっと気軽に考えるきっかけをいろんな人に持ってもらえる場となればいいですね。

 もともとサイエンスカフェのきっかけはフランスの哲学カフェです。昨今哲学と言えば、研究者は難しい哲学書を読んで専門誌に発表し、専門家同士が非常に小難しい議論に埋没する傾向があります。哲学カフェをはじめた研究者たちは、本来の哲学はそんな閉鎖的なものではないと主張しました。

 専門家同士で専門的な議論を繰り返し、研究室で孤独に思索を重ねていくのが哲学ではない。例えばソクラテスはすすんで街の中に出て行って、普通の人たちと対話した。それが哲学の原点だと考えたフランスの哲学者たちは、バスティーユ広場のカフェで哲学カフェを始めたのです。

 それが92年ですが、以降フランスでかなり広がり、科学の分野でもやってみようということで97年頃にフランスやイギリスで始まったのがサイエンスカフェです。

パリのサイエンス・カフェ

<アップストリーム・エンゲイジメント>

◆科学が生活に密着しているわけですね

 現在、科学をめぐる問題は科学者でない人にもとても重要です。

 遺伝子組み替え作物、先端医療のES細胞やiPS細胞などの問題、あるいはナノテクノロジーの化粧品への応用など、それらがどのように生活に影響を与えるのかについて市民は無関心ではいられません。人々はそうした科学技術の発達の恩恵を被る一方で、悪影響を受ける可能性もあります。

 科学の問題を科学者や専門家、行政だけに任せてはおけない時代なのです。そこで市民がどうこの問題に関わっていけるのかを考える必要があります。こうした動きは、国際的にもこの10年ぐらいで非常に活発になってきました。こうした動きとサイエンスカフェの運動は軌を一にしているといえるでしょう。

 例えばイギリスでは、遺伝子組み替え作物が市民の大きな反対に直面しました。研究者や行政は、実際に研究や開発を進めるまでは市民の側からもの凄い反発が起きるとはまったく想定していませんでした。予想外の反対世論の広がりにより、科学技術の応用は市民を無視して進めることは出来ないことが分かったのです。

 例えば日本だと、環境保護団体のグリーンピースへの社会的評価はそれほどではないかもしれませんが、グリーンピースが海外で占める社会的位置はずいぶん違います。ブレア政権下での英国政府主席科学顧問や、英国王立協会会長などを歴任した、ロバート・メイ卿という科学者がいます。英国王立協会というのは、イギリスを代表する由緒ある科学者組織で、かつてはニュートンも会長をつとめました。昨年、来日された際にちょっと話をする機会があったのですが、メイ卿が、グリーンピースの役割を大変重視していたのが、大変、印象的でした。

 彼だけではありません。EU広報担当の役人やトップレベルの科学者、あるいは行政側の人など、多くの人々がグリーンピースは大変貴重な存在だと語ります。少々乱暴なこともやるけど、市民の不安を代弁している。現在問題になっていなくても、将来問題になるようなことを先取りしてくれる。彼らの提起する問いに積極的に答えていくことは非常に重要だと指摘します。

 つまり市民の声に答えられない科学技術は、もはや前に進むことができないわけです。

◆市民の積極的参加が問われます

 そうですね。例えば現在ナノテクノロジーという新しい分野が問題となっています。推進する側から言わせると、遺伝子組み替え作物の失敗を繰り返したくない。なぜ遺伝子組み換え作物が失敗だったかと言えば、研究開発により商品化しても、消費者は買ってくれない。経済的には壮大な無駄になります。

 遺伝子組み換えの場合はかなり大きな問題になったので、イギリスでは国民的な議論の場として、政府が、GMネイションという公開討議の場を組織しました。6週間のあいだに、400回の公開討論会が開催され、3万7000もの意見が寄せられました。様々な立場の人を巻き込んで議論しようとしたのですが、このとき、参加者の中から反論が出ました。「ここで議論してもすでに商品化されているじゃないか。これでは出来上がっている枠組みを承認することにしかならないじゃないか」。

 川にたとえると、下流になってから議論を始めても遅いことが突き出されたわけです。これを踏まえ、ナノテクノロジーの場合ではアップストリーム・エンゲイジメント(上流での関与)が問われています。つまり上流の段階、初期段階から様々な人たちの不安や懸念を取り込もうとしている。科学技術が今後どのような方向に進んでいくか確定していない段階から市民が関与することの重要性が認識され、実際にそれを実現する形で開発や研究が進められるようになってきたわけです。

 これは、たまたま研究者や行政の人たちが物分かりがいいからこうなったと言うよりも、そうしないとうまくいかない状況になってきたということだと思います。また市民がいろいろな形で関われるようなツールも出てきた。科学技術以外の分野でも、裁判員制度だとか、政府が何らかの報告を出すときに市民にパブリックコメントを求めるようになったのも同じことです。

<社会的影響は実験室では分からない>

◆科学者にとっても意味はあると

 サイエンスカフェは科学者にとっても様々なことを学ぶ場になっています。

 ワインバーグという物理学者が、1972年に、「科学に解決を求められることがあるが、科学では答えることのできない問題群」をさして、「トランス・サイエンス」と名付けました。科学を「超えている」、つまり、科学だけでは答えられない問題というのが、いろいろでてきているんだと。現代社会で科学をめぐる問題について考えるとき、それは非常に重要な指摘だと思います。

 例えば遺伝子組み替え作物の場合、市民サイドで一番関心が強いことは「食べても大丈夫なのか?」という健康へのリスクですよね。その次に生態系にとってのリスクがあります。この辺までは科学的な手法でもある程度予測可能だと思いますが、遺伝子組み替え食物を投入することがどういう社会的、経済的、政治的意味を持ってくるのかは予測が困難ですが、実はきわめて重要な問題です。

 例えばかつての「緑の革命」では、現在の遺伝子組み替え食物とかなり似かよったキャンペーンが行われました。食糧危機の切迫が叫ばれ、「緑の革命」により農業生産性を高めて収穫量を上げていくことが強調された。実際に上手くいったケースもありますが、失敗した例も出た。特にアジアで多くの問題が噴出したことは、インドの科学者で環境活動家のヴァンダナ・シヴァが指摘しています。

 「緑の革命」はメキシコ、中南米で比較的成功し、その後60年代にアジアに入ってきてインドでも実施されました。これにより収穫量が上がった一方で、インド国内での貧富の格差は広がり農業から脱落していく人々が増加したのです。

 原因は社会的、経済的な要因が複雑に絡み合っていました。「緑の革命」で開発された種はそれまでの種と異なり、化学肥料や農薬、水をかなり大量に必要とするものでした。その結果、農業のやり方に大きな変化がもたらされました。さらに栽培される作物は、土地に適した水を必要としない作物から、「緑の革命」の恩恵を得られるような大量の水を必要とする小麦や稲などに変えられていったのです。

 水を得るために大規模な灌漑プロジェクトをおこなうと、地域の水のバランスが不安定化し、洪水被害が起きたり土地が砂漠化してしまった。また大規模な灌漑用水が必要になると、灌漑用水に投資できる農家と投資できない農家がでてきて、豊かな農民と貧しい農民との2極分化が進んでいきました。これらは科学技術の視点だけでは予想できない事態です。

 科学技術の知見というのは、多くの場合、実験室という閉鎖された空間のなかで得られます。しかし、実験室から一歩、外にでて、その成果を社会に適用しようとすると、いろいろと予期せぬ影響というのがでてきます。そういった問題を考えるためには、科学だけではなく、さまざまな角度から考えていく必要があるわけです。さまざまなバックグランドをもち、多様な視点や知識・経験をもった人たちが、一緒になって考えていくことが重要になってきます。

 だからこそ科学者が街に出て、実際にいろんな人たちと接して議論をし、一緒になって今後の科学技術、文化、社会について考えることはとても大切だと思います。サイエンスカフェが、そういう場を社会のなかに作り出すことができれば、と考えています。

<熟議民主主義の可能性を広げる>

◆科学を閉鎖的にしないことですね

 科学が社会との接点を持ち、市民の意見を取り入れる場合、2つの考え方があります。一つは普通に行われる世論調査。これはかなり一般的なものなので説明はいらないでしょう。

 これに対し最近注目されていのは熟議民主主義(deliberative democ-racy:討議民主主義、審議民主主義とも訳される)とよばれるものです。人々が、必要な情報を得て、さまざまな人たちと議論し、よく考えたうえで到達した意見を重視するものです。いろんな人たちと議論し、熟慮するなかで、私たちの意見はえてして変化するものです。熟議民主主義は、そのようなプロセスを重視します。

 その点からも、様々な問題について科学技術がもたらすリスクを複眼的に観察し、討議する場としてサイエンスカフェの意義はあると思います。熟議民主主義を支え、科学システムの暴走をチェックし、それを望ましい方向へ導いていくサブ政治のようなものとして機能できればと思います。

 イギリスやフランスのサイエンスカフェでは、研究者だけでなく、グリーンピースの活動家や市民運動をしている人たちを、オルタナティブな「専門家」としてゲストに招くこともあります。例えば、私がフランスで参加した、核廃棄物の処理をテーマに行われたサイエンスカフェでは、政府系の研究機関の研究者と同時に、日本なら原子力資料情報室に相当する批判派のNGOの研究者を呼んでいました。様々な立場、見方があることを前提にして議論の場を設定するのです。こうした複眼的な視点の交叉により、一方的な視点では気付かなかったリスクが見えてくる可能性もあります。

 一般的に学校教育を通じて抱く科学のイメージは、確実で客観的な知識の集積です。高校で理系に進むか文系に進むか選択する際、「理系は曖昧さがなく答えがはっきりしているからいい」と言われますね。でもサイエンスカフェを通して考えて欲しいことは、科学は決してそんな単純なものじゃないことです。社会学者のベックが「リスク社会」というかたちで指摘している問題にもつながると思いますが、最先端の科学技術というのは、分からないことや不確実性だらけなのです。

 特に現代社会で問題になっているような先端的な領域に関しては、何が正しいかは本当に良く分からない。今日仮に正しいと言えることがあったとしても、次の日にはひっくり返されているかもしれない。科学というのは、本来、そういうダイナミックな活動なのです。研究者によって見解も違うし、分野が違えば見方も違ってくる。科学には議論がつきもので、だからこそ、科学者は日々、研究に没頭しているのです。

 理科の教科書で描かれているような、答えがわかっていて、論争も不確実性もない科学の姿とは違った、現在進行形の科学の姿を知ることは、現代社会において、「科学とは一体何なのか」を考えるうえでも重要なポイントだと思います。

 科学者だって分からないことはいくらでもあるし、むしろ分からないことの方が多い。科学者に答えを求めることができるものもあるでしょうが、現実の世界で私たちが直面している問題の多くは、科学者とか専門家だけに答えを求めるのは難しいのではないかと思います。

 それを前提に、サイエンスカフェを通じて様々な立場の人が意見を交流し、討議できたらと思います。

PROFILE▼なかむら・まさき
大阪大学大学教育実践センター准教授。1974年生まれ。博士(学術)。東京大学先端科学技術研究センター助手、文部科学省科学技術政策研究所研究官を経て、現職。専門の科学技術史に関する研究のほか、科学技術倫理や、市民の科学技術への関与など、科学技術と社会の関係について幅広く研究・教育を行う。近年ではサイエンスカフェの実践と普及にも力を注ぐ。共著に『共生のための技術哲学』(未来社)、『大学界改造要綱』(藤原書店)など。

(1276号 2008年9月25日発行)

東京・下北沢でのサイエンス・カフェ