シリーズ追跡 戸籍に生きる超高齢者
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国、信頼性問われ決断

 高杉晋作と一つ違いの169歳。今度はショパンと同じ200歳―。全国で発覚した戸籍上生存する「超高齢者」問題。県内でも120歳以上だけで約1900人が“生きていた”。世間を騒がせた問題は、国が超高齢者の削除の簡素化を認め、一応解決に向け動き出した。しかし、なぜこんな騒動になったのか。そもそも戸籍とは何か。知っているようで知らない戸籍の謎に迫った。

削除簡素化までの経緯

厳格管理も浮世離れ 全国から「何とかしろ」殺到

この夏、全国で相次いだ戸籍上、生存する超高齢者問題。現実離れした状況に、国は削除手続きの簡素化にかじを切った=高松市役所
この夏、全国で相次いだ戸籍上、生存する超高齢者問題。現実離れした状況に、国は削除手続きの簡素化にかじを切った=高松市役所
市町による高齢者削除の手続き
市町による高齢者削除の手続き(画像クリックで拡大表示します)

  「町内最高齢者(103歳)を超える年齢の戸籍があるのは知っていたが、まさか169歳がいたとは…」。“県内最高齢者”が見つかったまんのう町。戸籍担当の職員はそう驚く。
  同町は今回、マスコミの問い合わせで高齢者の戸籍を初めて精査。89人もの120歳以上の戸籍があることが分かった。
  どの市町でも戸籍担当者の間では、超高齢者の戸籍の存在は「常識」という。三豊市の担当者は「戸籍担当になったころは生年月日に江戸時代の年号を見つけ、びっくりしたが、今では特に驚かない」。しかし、どれほどの戸籍が残っているかとなると、まんのう町のように初めて知ったという市町が大半だ。
  各市町によると、戸籍が残っている原因としては、▽戦争や災害で一家全員が死亡した▽海外に移住した▽戦中、戦後の混乱期に死亡届けが出されなかった▽身元不明のまま死亡した―などが考えられるという。
   ◆  ◆  ◆
  興味深い文書がある。
  1957年に山口県防府市長が法務当局にあてた伺い書。当時、人口10万人の同市に約150人分の100歳以上の戸籍が残っていたといい、市長は「消す方法はないか」と訴えている。超高齢者の存在は当時から知られ、それを問題視した自治体があったのだ。
  それから50年。今になって150歳超の戸籍が見つかるのは、当時100歳だった戸籍がそのまま残っているということ。それは、行政が長年この問題を放置してきた証左でもある。
  それでは、なぜ戸籍は放置されたのだろう。
  「戸籍は届け出がないと消せない。それに役所も住民も実害がないから」とまんのう町の担当者。自治体は住民票の基となる住民登録に基づき年金支給などを行っており、戸籍が残っていても支障はなく、親族らからの指摘もないという。
   ◆  ◆  ◆
  届け出主義が原則の戸籍だが、高齢者の戸籍は削除する方法がある。
  防府市長の訴えに、国は「所在不明で、生死の調査ができない高齢者の戸籍は消していい」と回答。この回答は現在も効力があり、100歳超の戸籍は、安否を調査し、死亡したと考えられる場合は消すことができる。この手続きは「高齢者消除」と呼ばれる。
  だが、実際に消除を行う自治体は少ない。手続きが非常に煩雑なためだ。
  高齢者消除には、直系子孫のほか、兄弟姉妹、甥姪(おいめい)にまで安否調査が必要とされ、この作業に膨大な時間と手間がかかる。
  昨年度から高齢者消除を進める三豊市。戸籍業務に精通した職員が減り、戸籍に詳しい職員がいるうちに作業を始めたという。
  「この人は調査対象の親族が約70人。家系図を作るとこんなになった」。担当者はA3用紙3枚にわたる家系図を取り出し、作業の大変さを強調した。
  作業はまず親族の所在を確認。その上で、全国に散らばる親族に、戸籍に残る高齢者の安否を尋ねる照会状を送り、返送を待つ。
  「長いケースでは1年もかかる」と担当者。作業があまりに複雑で、調査が途絶えてしまうケースもあるという。昨年度は10件を調査し、消除できたのは4件にとどまった。
   ◆  ◆  ◆
  こうした事情から、各市町は超高齢者の戸籍が多数見つかっても「すぐに消除できない」としていた。
  そんな自治体に朗報が届く。6日に法務省が出した通知。厳格だった高齢者消除の条件を120歳以上の場合は大幅に緩和。煩雑な安否確認は必要なくなった。
  この通知を県内市町は一様に歓迎している。今月にも消除に乗り出す予定だった三木町は「本当に助かった。これで120歳以上の戸籍はすぐに消せる」と安堵(あんど)する。
  「個人の出生から死亡までを公証する貴重な資料」(高松法務局)だからこそ、高齢者消除に高いハードルを設けていた法務省。消除を簡素化する今回の決定は、自治体などの間では「思い切った方針転換」と受け止められている。
  通知発令の理由について、同省は「戸籍事務を担う自治体から『消除しやすくしてほしい』との声が多数寄せられたため」と説明する。ただ「今になって、なぜ」との疑問は残る。
  年金の不正受給につながる高齢者の所在不明問題に端を発し、表面化した超高齢者の戸籍問題。正確と信じられている公的文書と実際の高齢者の安否の不整合性が社会問題化し、これ以上放置すれば、戸籍の信頼性が損なわれかねないとの判断が働いたのは想像に難くない。

 

要るのか要らないのか

相続人特定や親族調査 証明する唯一の手段

 一連の騒動でスポットを浴びた戸籍。考えてみれば、普段の生活でお目にかかる機会は少ない。一体、何に必要なのか。その役割をあらためて調べてみた。
  戸籍制度が始まったのは、明治初期の1872年。法務省によると「当初の目的は国民の人口や住所把握」で、納税や徴兵制に生かされた。夫婦とその子供を1単位とする今の戸籍編成になったのは戦後からだ。
  では、戸籍は一体、何を証明するものなのか。
  仮に、既婚男性のAさんがいるとしよう。戸籍には本籍や氏名、出生地、生年月日などのほか、結婚相手がだれで子供は何人か、養子縁組しているか―などが記載される。つまり、戸籍が証明するのはAさん個人の生い立ち。いわば究極の個人情報だ。しかも戸籍は、載っている人全員が死亡しても150年間は保存される。
  戸籍が必要になる機会は結婚などがあるが、親族のつながりをたどれる利点を生かし、遺産相続で活用されることも多い。「一人の戸籍から、何代も前の人の戸籍をたどれる。相続人の特定に欠かせない」。相続人調査を手がける県司法書士会の西山正寛副会長は、データベースとしての戸籍の有用性を説明する。
  日本国籍を証明するのも戸籍。そのため、パスポート申請には欠かせない。
   ◆  ◆  ◆
  ところで、身近な証明書というと、住民票が頭に浮かぶ。氏名や生年月日が記されるのは戸籍と同じだが、役割はどう違うのか。総務省に尋ねてみた。
  「個人の生い立ちを証明するのが戸籍なら、住所を証明するのが住民票」と担当者。行政サービスを受ける証でもあり、年金支給などの基礎資料となる。戸籍と異なり、「住所地に住んでいない」と分かれば市町の判断で削除できる。
  法務省などによると、明治初期は戸籍の本籍が住所そのものだった。しかし社会の発展などで人の移動が激しくなるにつれ、本籍と住所が異なる人が増え始めた。そこで住所を把握する制度が必要になり、1952年に住民登録制度が始まったわけだ。
  役割を分担している戸籍と住民票だが、二つをつなぐ制度もある。それが戸籍の付票だ。引っ越し先で住民登録すれば、付票に住所の履歴が記載される仕組み。本籍と住所が異なっていても付票を見れば現住所が分かる。
   ◆  ◆  ◆
  ここで、ふと疑問が。戸籍の本籍って一体どこを指すのだろう。出身地を連想する人は多そうだが…。
  「そうとは限りませんよ」と法務省の担当者。実は本籍は国内のどこに置いても構わない。変更も自由で、人が住んでない場所や、他人の居住地でもいいという。だから、自分の住所が知らぬ間に他人の本籍に―なんてこともあり得る。
  現に、有名スポットに本籍を置く人は多い。兵庫県西宮市の甲子園球場はその一つ。「多くは阪神ファンですね」と西宮市の戸籍担当者。戸籍を管理するのは本籍のある市や町だが、行政事務上の問題は特にないという。
  にしても、これだけ自由だと、本籍に意味はないのでは? 「確かに、場所そのものに深い意味はありません。要するに、戸籍を管理する上でのインデックスなんです」(法務省)。
  一方、戸籍をめぐっては夫婦別姓や非嫡子の取り扱いなどの問題が指摘され、廃止を求める声もある。だが、そう簡単ではないようだ。離婚調停など家事事件を扱う県弁護士会の藤本邦人弁護士は「今の法体系では、夫婦関係一つ証明するにも戸籍がいる。住民票では家族のつながりはたどれないので、代わりはできない。戸籍を無くすなら戸籍の役割を担う新たな手段が必要」と指摘する。

【取材】金藤彰彦 福原健二

(2010年9月12日四国新聞掲載)

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