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【東京】

収まらぬ余震 …不安 東北・関東大地震

2011年3月12日

JR代々木駅前の交差点には警察官がパトカーで到着して、交通整理を始めた。電車が止まった駅前では大勢の人々が立ち尽くしている=渋谷区で

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 東北・関東大地震による激しい揺れが都内を襲った十一日、オフィス街ではビルの窓ガラスが割れ、交通、通信も混乱。収まらぬ余震に、通行人らは口々に不安を訴えた。

 江東区役所での取材を終え、地下鉄東陽町駅の構内に降りようとした時、年配の女性が血相を変えて階段を上ってきた。ただならぬ気配のアナウンスが流れているが、早口でよく聞き取れない。「地震よ」。女性の絶叫で事態に気付いた直後、激しい揺れに襲われた。

 立っているのがやっとで、壁に体を預けてしのぐ。目の前の夫婦は、手をつなぎしゃがみ込んだ。電柱やビルが大きくゆがんで見える。震度5強。揺れの時間を異様に長く感じた。

 やがて揺れは収まったが、地下鉄の復旧はいつになるか分からない。都営バスで千代田区内幸町の本社に戻ることにした。鉄道がストップした影響で、バスにはみるみる人が乗り込んでくる。運転手が「次のバスにしてください」と乗車を断るようになった。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内では携帯電話が頼りだった。電話のつながりは悪かったが、インターネットのホームページやツイッターを見て、被害が予想以上に大きいことを知った。そんな時、震度5弱の余震が発生。バスに乗っていてもはっきりと揺れが分かった。「あの茶色いビル、あんなに揺れてるわ」。乗客の女性の声に、周囲から悲鳴が漏れた。

 しばらく後、都営バスの本部から無線で運休の指令があった。「お客さんをどうしたらいいんですか」。運転手と本部の緊迫したやりとりが車中に響いた。結局バスは永代橋のバス停で運休となり、乗客はその場で降ろされた。

 タクシーはつかまらず、信号のシステムが影響を受けたらしく道路が渋滞。やむなく永代通りを西へ歩くことにした。道路は大勢の人であふれ、ヘルメットや防災ずきんをかぶっている人もたくさんいた。点在する小さな公園には、余震を恐れビルに戻れない人が集まっていた。皇居付近まで来て空が開けると、ヘリコプターが飛び交い、あちこちで煙らしきものが立ち上るのが見えた。

 普段なら三十分足らずの道のりに、二時間近くかかった。ようやく到着した本社のエレベーターは休止。八階の持ち場まで重い足を引きずって上がった。

 地震直後の都心を歩いて特に感じたのは、災害に対する交通システムの脆弱(ぜいじゃく)さだ。これ以上の地震が来たらと考えると、背筋が寒くなった。 (岡村淳司)

 

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