[ 椎名林檎 『カーネーション』 オフィシャルインタビュー ]

●ドラマからもらった創作欲求

——新曲『カーネーション』は同タイトルのNHK連続テレビ小説の主題歌ですが、オファーありきで作られたんですか?
椎名 はい。映画『さくらん』の時お世話になった安井さんとおっしゃる方が今回のドラマの制作の中にいらして、お声掛けいただきました。実は、「とにかくアッパーな楽曲を」というオーダーをいただいて、そういうつもりの曲も作ったんです。ドラマは関西が舞台ですし、パッとした上方好みな感じを求められているんだろうなと。でも、オープニングの辻川さんの映像を拝見したり、脚本を読み進めていくうちに、もっと全世界共通の普遍性があったほうがいいような気がしたんです。
——朝の澄んだ空気にも、懐の深い内容にもぴったりな曲だなと思いました。
椎名 ありがとうございます。渡辺あや先生の脚本にあまりにも感激したんですよね。世界大戦前後の混乱や、登場人物の心情にもごまかしがないというか、誰のことも変に庇わずに明け透けに描いていらした。そういう思い切った作品って、今はなかなかお目にかかれないじゃないですか。映画ですらも、何かしら統制されてるものが溢れている。お金出す意味がないものが大半だなと、個人的には感じてるんです。そんな中、NHKという公共の電波で、毎朝こんなに志の高いドラマが放送されるなんて、胸が踊りました。だから主題歌も、表面だけを捉えて小手先で描いても、たぶん合わないだろうと。自分のこれまでのキャリアとかそういうものも勿論全て差し置いて、ドラマに必要なものだけをお持ちしたかった、生き物として率直に、腹の底から描かないといけないと感じたんです。
——楽曲を作る上では、いつもそういう意識はおありですよね。
椎名 たしかに、いつもそうですね(笑)。でも、今回は特にそれを意識していた気がします。一切の雑味禁止というか。ろ過した部分だけを残したいと云う欲が高かったのかもしれません。


●以心伝心のサウンド作りとは

——いつも通り、まずはサウンドから作っていかれたんですか?
椎名 はい。サウンドから入って歌詞は、後からもう一段階悩ませていただきました。ずっと、そのことばっかり考えてるっていう感じでした。
——曲の展開も、ドラマの中で流れる前半部分は敬虔とした美しさがあって、中盤、後半と静かに広がりながら、変化していくさまもドラマティックだなと。
椎名 そういえば朝に流れるということも考えましたね。明るくちゃかちゃかした音楽もいいですけど、朝はやはりリセットされていてほしい。<全く新しい私>、<全く新しいあなた>から出会い直してほしいと思うと、このほうがいいんじゃないかなと。
——アレンジは、斎藤ネコさんとの共同作業ですよね。
椎名 最初にメロディが浮かんだ時、バックにはハープがあって、弦が入ってくるっていう編成も一緒に浮かんでいたので、やっぱりネコさんがぴったりだと思ってお願いしました。
——ネコさんには、今回どんなオーダーをされたんですか?
椎名 そういえば、言葉ではオーダーしていないですね。いつも言葉じゃないんですよ。デモに入れた材料で大体どういうものかを伝えているつもりですし、実際に伝わっていますから。デモの中にはじめからある情感やムードを汲み取ってもらっていて、作為的に何か変えたいということがなければ、言葉にする必要はありません。あとは具体的なフレーズをリクエストするくらいで、「どんな詞になるの?」と聞かれても、「書けてないから知らないよ」みたいな感じです(笑)。歌詞は今回も最後の最後でしたから。
——言葉にせずとも、伝え合えるってすごいことですよね。MVの児玉監督とも、言葉でのやりとりは少ないとおっしゃっていましたけど、作品の中ではすごく溶けあっているし。
椎名 それは、私のほうがビックリです。ネコさんも児玉監督も、曲だったり被写体である私たちをものすごくひいき目に聴いたり見たりしてくださっているんだと思います。粗探しをするような方だと、そうはいかないんじゃないですか。いろんな方とお仕事していく中で、結局今ご一緒してるレギュラーの方々は、それだけ私たちを大事に思ってくださっていると感じるので自然とリピーターになっているんだと思います。
——椎名さんの人を発見する選択眼のたしかさも素晴らしいと思います。
椎名 有難うございます(笑)。好き嫌いは、はっきりとありますね。
——椎名さんが「好き」とか「この人、素敵」って思う勘所はどこにあるんですか?
椎名 若い時から確信を持っていたのは、顔つきに表れちゃうと云うことです。だから、表情とか声や話し方で、すぐ好きになっちゃう。「この曲は如何仕上げる?」って打ち合わせを軽くしたら、もう音を出す前から分かっている(笑)。音楽なんて、出音と話し方が等しいものですから。話し方でもう音楽的か音楽的じゃないかすぐ分かるものです。歌はもちろん、楽器を使う人もそうだし、映像を撮ってくださる監督もそう。もう打ち合わせ段階でワクワクする相手とそうじゃない人ははっきりしちゃいます。
——それは面白い! 非常に興味深いです。
椎名 その方の作品を知るほど、想いは確信に変わりますし、すると、今度は「この人のこういう面が見たいから、それに合わせて曲を書き下ろしてこよう」と閃いたりする。結局、惚れ込んでいるからこそ、ネコさんとはずっとご一緒できているんだと思います。


●"何でもない人"として描いた歌詞

——歌詞はドラマの物語を越えて、今、気持ちが痛んでいる人たち、この時代を生きるすべての人に向けられているのかなと感じました。
椎名 "向けている"というつもりはなかったんですけど、ただ、この曲を聴いてくれる人に人工人間なんて1人もいないですよね。人の子であれば、誰もが感じる"当たり前のこと"の中からしか書いてないつもりです。
——だからなのか、「生きよう」という大きい言葉が使われていますけど、とてもすんなりと身にしみてきました。
椎名 仮面をつけることよりも、何でもない者へ帰ろうとすることのほうが難しいと思うんです。私はよく、「あんなに尖っていたのに、お母さんになって普通になっちゃったね」って言われるんです。特に男性に言われることが多い(笑)。でも、実はそっちのほうが難しいことだから「ありがとうございます」ってお応えします。奇異な感じを作ることは簡単。当たり前のことと逆のことを反対の場所に置けばいいだけですから……。じゃあ、ほんとに脱いでごらんよって言ったら、なかなかできないものですよ。「俺様はこうでござい」と主張することは容易いけれど、"何者でもないままで、何かをすること"は、難しい。
——『カーネーション』は母親の花でもありますけど、"母親として生きる"ことは、まさに、"何者にもならずに何かをすること"ですよね。
椎名 そう。他人の子どもを宿して産んで育ててっていうことは、"人の営み"としては、当たり前のことですけど、いちばん難しいことだと思います。でも、その営みのおかげで私たちはもれなく生きていて、こうしてくだらない話もしていられる……というところから丁寧に描きたかった。母親じゃなくても、みんな人の子ではあるわけですから、結局は一緒かなとも思いますし。人の営みの原点に帰ることができたら、もっと正しい答えがあると思って、そこを音楽にできたらなと。仮面を脱ぎたいっていうのは、若い時からずっと思ってきたことですし、仮面や冠を取りはらうために、初めは一所懸命、(衣装で)制服を着たりしていたと思うんですけど(笑)。難しいですよね。思うことは一緒でも、あの頃よりはいまさまざまな経験をしたり、好きな人ができたり、こうして日常の中でお話しして影響を受けたりすることで、少しずつは表現できるようなってきたのかなと思います。この曲こそがその完成形というわけでもないんですけど、今の時点で出せる或るひとつの結論ではあります。

●椎名林檎と東京事変

——演奏は、カップリングの2曲も含めて、全曲、事変のメンバーも携わっていますね。
椎名 主題歌のお話は、椎名林檎としていただいたんですけど、私としては、せっかくの新しい試みですから、事変のメンバーにはぜひ関わってもらいたいし、一緒に取り組みたいと思っていたんです。だから、今回の曲もソロ名義作品として別に作ったという意識はなくて、当たり前のようにメンバーに演じてもらいましたし、事変のライヴでも機会があればぜひ演奏したいと思っています。
——『私の愛するひと』も『人生は思い通り』も充実した曲ですし、このまま、ソロアルバムをリリースされるのかと思いました。
椎名 (笑)。種明かしすると、『人生は思い通り』は、実はドラマ主題歌のもう1曲の候補だったんです。最初のリクエスト通りの明るいほうですね。主人公のコシノさんの、器用ではないけれどもエネルギーをフルに使おうとする母親のたくましさをイメージして描いたんですけど、結果的にはすぐに『カーネーション』の方に決まりましたので。これは、事変のライブでメンバーがタップを踏むための曲にしたいなと(笑)。『私の愛する人』は、以前から私の頭の中にあった曲なんですけど、『カーネーション』と『人生は思い通り』を入れるなら、真ん中に別なフックが欲しい。それなら、この曲かなと。
——今回の3曲もそうだし、『女の子は誰でも』など事変でもオーケストラやビッグバンドが入った曲が増えていますけど、今、椎名さんの中にそういったムードがあるんですか?
椎名 その方向に行こうとは全然意図していなくて、適材適所をしたいだけですよ。事変のメンバーの特性をたっぷり生かしたいという想いに囚われちゃうと、今、こういう選択はなかったのかなと思うんですけど……。仕事として、ふさわしいのはどれかを冷静に判断して作りたいという意識が強いですね。今回も資生堂に関してもそうでしたけど、発注してくださったクライアントさんのご要望をうかがって、自分なりにどうやって作家として答えるかということを優先したいなと思ったから。
——たしかに。資生堂の時も、ほんと、資生堂の世界観を大事に曲作りされていましたよね。
椎名 昔から大好きでしたから! 資生堂のロゴタイプから何から、ブランディングのすべてが好きだったんです。だから、先ほどのネコさんのお話と同じで、人にも作品にも企業にも"惚れ込む"ってことは、お仕事する上で本当に大事なことだと思います。このドラマの本にもその思いは強くあって、共同で何かを作る時は、お互いにいかに相手のいいところを好くかっていうか、慈しむかっていうことで、大方決まるんじゃないかと思います。

(芳麗)



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