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サブスリー記者のもっと楽しむマラソンの見方

猫ひろしは五輪代表になれない、と思う

別府大分毎日マラソンで自己記録を一気に7分以上も縮めた猫ひろしさん(2月5日)

 2月5日に開かれた別府大分毎日マラソンで、お笑いタレントの猫ひろしさん(34)が、自己ベストを7分以上縮める2時間30分26秒でゴールした。

 芸能界で1、2を争う快速ランナーの猫さんは、陸上競技選手層の薄いカンボジアの国籍を取得し、ロンドン五輪のマラソン出場を目指している。テレビ中継では猫さんに専用カメラをつけるなど特別扱いだった。夜のニュースでも猫さんのゴールシーンが繰り返し放送され、翌日は、スポーツ紙だけでなく、一般紙もほとんどが猫さんの写真を載せていた。「ロンドン目指して猫まっしぐら」というコメントまでつけて。

 盛り上がる応援団のみなさんには気の毒だが、猫さんがカンボジア代表に選ばれるのは難しいと思う。

 五輪の陸上競技に参加するには、標準記録を突破する必要がある。ただし、どの種目についても標準に達する選手がいない国の場合、一人だけいずれかの種目に出場できる特例がある。カンボジアには、過去、標準記録を突破した選手はおらず、猫さんが狙っているのはこの<特例枠>での出場だ。

 私が彼の五輪出場が無理と考える理由は、カンボジアにはヘム・ブンティン選手(26)という速いランナーがいるからだ。ブンティン選手は自己ベストが2時間25分20秒で、2008年の北京五輪に特例枠で出場した。

五輪委、猫さん評価せず

 カンボジア五輪委員会は、昨年11月にジャカルタで行われた東南アジア大会をロンドン五輪選考レースと定めた。そこで最上位の成績をおさめたカンボジア人選手が代表に選ばれるはずだった。しかし、陸上競技協会との間でトラブルを起こしたブンティン選手は大会前に選手団を離脱し、選考レースを欠場してしまった。

 選考レースに出た「カンボジア代表」は猫さんだけ。無条件で五輪代表が決まりかと思われたが、五輪委は、5位に終わった猫さんを評価しなかった。

 雪辱とベスト更新を期してのぞんだ別府大分マラソン。猫さんの記録は、ブンティン選手の昨年のベスト記録2時間31分58秒よりも早かったが、五輪委のチョモラン事務局長は、共同通信の取材に対し、「(猫さんには)25分台を期待していた。ブンティンと大差ない」とコメントしている。

 ブンティン選手は、過去の東南アジア大会で3個のメダルを獲得している。そのエースが欠場した11月の大会で、カンボジア陸上選手団のメダルはゼロだった。関係者は「ブンティンが出ていれば」と悔やんだはずだ。

 欠場したのは、ブンティン選手が国から十分な支援を得られなかったことが原因の一つらしい。両者の関係はまだ修復されていないが、1月9日付のカンボジア英字紙プノンペン・ポストは「(政府、ブンティンとも)和解の道を模索している」と伝えている。

 ブンティン選手はカンボジア北東部の貧困家庭の出身。過去の記事やインタビューを読むと、練習環境に恵まれず、資金不足、用具不足に苦しみながら夢を追い続ける長距離ランナーの姿が浮かび上がる。英国のBBCが北京五輪前に「靴さえ買えない代表選手」として取り上げたところ、同情した海外の視聴者が新しいシューズをプレゼントしたというエピソードが泣かせる。庶民のヒーローなのである。

カンボジア人の立場ならどう思うか…

 カンボジア人の立場で考えてみよう。かたや五輪出場のためだけにカンボジアに帰化し、活動の拠点を豊かな国(日本)に置く、母国語を話せないランナー。かたや貧乏な暮らしからはい上がろうと、栄光を目指して努力を続ける自国の若いランナー。両者のタイムに差がないとしたら、どちらに代表になってほしいと思うだろうか。

 ポスト紙によると、ブンティン選手は現在、日本人が社長を務める企業のサポートを受け、マラソン王国ケニアで約3か月間の高地トレーニング・プログラムに参加している。専門の医師やトレーナーらの協力のもとで用意されたメニューをこなし、仕上げに4月のパリマラソンを走るというものだ。マラソンのB標準記録(2時間18分)を突破し、「真」の五輪代表になることを目指しているという。

 もし彼が標準を突破したら特例枠は消滅し、猫さんの出場はなくなる。標準に届かなくても、自己新を出せば、ブンティン選手ががぜん有利になるだろう。猫さんに残された道は、一騎打ちで勝つことしかないのではないか。両者がパリマラソンに出場して対決すれば、観戦の楽しみが増える。

 そもそも真面目に考える問題ではないのかもしれない。猫さんは代表に選ばれなかった時のネタをすでに用意していて、五輪がダメでも、珍しい「カンボジア人お笑いタレント」として売っていくつもりなのかもしれない。(調査研究本部 芝田裕一)

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■読売新聞調査研究本部の芝田裕一研究員は、フルマラソンを3時間以内で走るサブスリーランナーです。本コラムは、芝田記者がその経験などをもとに、ロンドン五輪のマラソン国内選考会をはじめ長距離種目に関する様々なテーマ・話題について掘り下げます。
2012年2月13日  読売新聞)

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