(第4話)

 スターダムは発信しましたが、奈苗&夏樹の二人は年内の決まったスケジュールを終えた後に本格合流という形になりました。その間は風香が練習生を集め、新木場や新小岩のシーザージムを借り合同練習を続けました。最初はロープワークも受身も出来なかった練習生たちも、日に日に上達。まさに日進月歩のよう。そんな時期が1カ月経ち、いよいよ愛川ゆず季はひと足先にデビューの日を迎えたのです。デビュー戦の相手を務めたのは奈苗でした。スターダムからは美闘陽子と須佐えりがエキシビジョンで出場。3分間という限られた時間で練習の成果を少しだけ披露したのです。それは期待しても十分に値するものでした。

 愛川ゆず季のデビュー戦は新人のデビュー戦を大きく超えた闘いを繰り広げました。グラビア・アイドルという看板をリング上では取っ払い、壮絶な張り手の応酬、実に44発ものキック(ゆずポンキック)を奈苗に叩き込んだのです。マスコミはこの激しくも、闘い抜いたデビュー戦を絶賛。ヤフーのトップニュースにもなったほどでした。たった1試合で愛川ゆず季は女子プロレス界で注目の存在に躍り出たのです。これはスターダムという団体にも大きな期待が集まって当然の成り行きになりました。

 (第3話)奈苗&夏樹が設立会見直前に入団


 新人ばかり大勢集まりましたが、このメンバーだけでは旗揚げするのは無謀と判断したロッシーは現役選手の入団にも着手。それがフリーでパッション・レッドというユニットで活動中の高橋奈苗&夏樹☆たいようの二人でした。入団に当り何回もミーティングを重ねましたが、そのたびに奈苗の気持ちは動揺し「京子さんたちと一緒に出来ないものか?」と団体が乱立することに危惧。新しい団体名はスターダムと決まっていたので、スターを作っていくことが最大の目標。そこに既存の選手がいれば、いるほど新しいイメージが根付かない。だから従来の選手は二人もいれば良かったのです。それでも慎重な奈苗はなかなかOKの首を振らなかったのです。夏樹は1度だけ、風香に頼まれ練習に参加したため、気持ちは固まっていました。次から次に出てくるプロレスラーの卵たちに目を見張らせていました。「このメンバーたちとやっていきたい!」と。

 これまで奈苗は名勝負製造マシンのごとく、期待がかかれば、かかるほど素晴らしい試合を創り上げていましたので、新団体を牽引するには最適。それにプロレスリングSUNを立ち上げ、団体プロレスの生みの苦しみをわかっている。夏樹は奈苗の名参謀だし、風香とは同期の関係。同じ団体でやっていくには、同志でなければ上手くいきません。奈苗からスターダム入団の意思を最終的に確認したのは設立会見の1週間前でした。その間に愛川ゆず季のスターダム所属を決め、そして9月7日、運命の記者会見を迎えたのでした。

 会見の前の週に愛川ゆず季のプロレス・デビュー会見が渋谷で行われ、女子プロレスでは異例の50社のマスコミが集まりました。それだけグラビア・アイドルのプロレス・デビューは注目になったのです。だからスターダムの会見もそれ相当のマスコミが来てくれました。通常、女子プロレスの会見というと3~5人しか集まらない。週刊プロレス、サムライTV、RINGSTARSとたまに東京スポーツが来る程度。それが新団体設立というニュースは、それ以外のマスコミも動かしたのです。会見の会場には約30名集まりました。スターダムの大半がこれからデビューを目指す新人ばかり、それもいわゆるビジュアル系揃い。これは注目度が違います。真っ白なキャンバスを描くスターダムは大きな夢と希望を乗せて船出したのでした。

  (第2話)続々と練習生が集まってきた…

 7月下旬に一人の練習生が入門してきました。風香のブログを通じて連絡があった女性は、新木場駅前の喫茶店にやって来て面接。極真空手の選手で170センチと長身でビジュアル的にも優れていたため、その場で即、入門が認められたのだ。それが美闘陽子である。基礎体力は出来ており、他の練習生と遜色ない動きを見せた。「彼女が入ってきたのは大きかった。団体の設立に拍車がかかりましたね…」(ロッシー小川)。

 風香の元にはもう一人、17歳の少女が入門を打診してきた。山口県美祢市に住む、岩谷麻優だ。ドラゴンゲートがきっかけでプロレスが好きになったという、よくあるタイプの女の子だが、未成年のため親権者の許可が無ければ入門は認められない。1カ月ほどかかったが、岩谷は一念発起し上京を決意。親には半ば事後承諾だった。手提げ袋を2つ持ち、所持金3,000円という岩谷は律儀にお土産を持参してきたのだ。

 8月にはさらにシュートボクシングの練習生でもある星輝ありさと、愛川ゆず季の後輩でプラチナムパスポートに所属する北條まみが練習に加わった。ありさは14歳のまさに美少女で、スレンダーなボディから繰り出すキックはカモシカのようにしなやかだ。北條はセクシー・キャラで芸能界で頑張ってきたが、愛川の存在を見てプロレスラーを意識してきた。デビュー前の練習生がついに8名も揃ってしまったのである。

 (第1話)風香引退試合~愛川ゆず季との出会い~そして…


 2010年3月29日、後楽園ホールで風香が6年間の現役生活から別れを告げました。その引退記念試合は団体ではない単独の大会では、例のない盛況ぶり。それは風香祭の集大成でもあったのです。風香祭とは、風香自身がプロデュースしていた冠大会で、試合のカードだけでなく、イベント全体のコーディネートをしていたのです。プロモーターであるロッシー小川の役目は風香の希望を具現化すること。これは長年の経験からのコネクションが大いに役立っていました。

 この風香祭が開催する前に、ロッシーの元にプラチナムプロダクションの渡辺氏より1本の電話がありました。「風香祭を継承するイベントを愛川ゆず季で行いたいので、話しを聞いてもたいたい」と。ロッシー自身は愛川ゆず季の名前は正直、知りませんでした。風香に聞くと「有名なグラビア・アイドルですよ」と言っていたので、とりあえずネットで調べるたのです。

 4月14日、渋谷にあるプラチナムプロダクションでロッシーは愛川ゆず季と初対面。「プロレスをやるなら、ちゃんと練習して恥ずかしくないものをやりたい」、「安売りはしたくない」と…愛川ゆず季の言葉からしっかりした意思を感じました。それから練習場所と練習を教えてくれる人の手配に動きましたが、なかなか都合が合いません。ようやくスタートしたのがゴールデン・ウイーク明け。新木場1stRINGを借り、そして風香がコーチを買って出たのです。

 初めての練習で愛川ゆず季は相当、戸惑いました。風香の教えることが、まるで理解できないのです。プロレスは好きで見ていたけど、まさかプロレスをやろうとは想定外だったのでしょう。そこで風香が体力作りから教えることになりました。そうすると愛川は見る見る上達してきました。

 そして風香はプロレスをやりたいという少女を連れて来て、愛川と一緒に練習をさせるようになりました。そうこうしているうちに風香は自らプロデュースする新団体を画策していたのです。初期メンバーは須佐エリ、夢ちゃん、その後から世Ⅳ虎が参加。7月まではこのメンバーで練習を積んでいったのです。