グルメ ユリアンのネオ・ヴェネツィア日記

ユリアンのネオ・ヴェネツィア日記【ARIA×銀河英雄伝説】


 ◆2302年10月12日(地球時間)
 ヤン提督より日記帳を頂いた。ただ放置しておくのももったいないので、これより少しずつ日々の出来事を記していこうと考えている。いつまで続くかな……


 ◆2302年10月13日
 考えてみれば、ここネオ・ヴェネツィアにヤン提督の護衛として共に着任してから1ヵ月が経とうとしている。早いものだとは思うが、地球やイゼルローンにいた頃と比べて時間が経過する速度が随分と遅く感じるのも事実だ。時間の流れが違うのではないかとも思う。
 けれど、どうやら提督はこの街が気に入ったようだ。もともと怠け癖がある人だから、こういったゆったりと流れる空気は肌に合っているのだろう。イゼルローンのように敵性勢力との戦闘行為があるわけでもなく、提督にとっては格好の休息地だ。もっとも、これでも広域治安維持の指揮官として任命されたわけだから、多少はしっかりしてほしいとも思う。
 これを書いている最中にも、3度ブランデー入りの紅茶を要求された。もちろん、ぼくはちゃんと要求を拒否したけれど。提督の健康維持もぼくの仕事だ。もし不備があったら、フレデリカさんに合わせる顔がない。


 ◆2302年10月14日
 今日は買い出しのため、提督と共にサン・マルコ広場へと出向いてみた。相変わらず賑やかなところだ、空気もおいしい。提督はどうやら、おいしいと評判のワインを物色したかったらしい。どうりで、普段は家でごろごろするか作戦本部でアッテンボロー中将とチェスでもしているはずが、わざわざついてきたわけだ。
 そういえば、この街にはウンディーネと呼ばれる人々がいるらしい。ゴンドラと呼ばれる小船をこいで、観光案内をする職業のようだ。ヤン提督の着任式典の際に綺麗な女性が何人かいたけれど、あの人たちはウンディーネの中でもトップの実力者だということを聞いた。ちなみに情報源はポプラン中佐だ。別の星の女性までチェックしているとは、さすがにぼくも呆れてしまった。
 あの女性たちが、中佐の毒牙にかからないことを祈りたい。


 ◆2302年10月15日
 特に書くこともない。
 強いて言えば、奇妙な猫が家に転がり込んできた。太くて随分お腹が大きい猫だ、火星猫というものらしい。それにしても、青い目の猫というのは珍しいなあ。


 ◆2302年10月16日
 びっくりすることが起きた。水の三大妖精――先日書いたウンディーネの実力者の1人、アリシア・フローレンスさんが提督を尋ねてきたのだ。なんでも、昨日転がり込んできた猫は彼女が所属する会社の社長だという。猫を社長にするなんて奇妙な話だと思えるけれど、なんでも青い目の猫は航海で守り神のような役割を果たしていたかららしい。
 それにしても綺麗な人だ、落ち着きもあるし雰囲気が大人だと感じる。あれで20歳だというのだから驚きだ。イゼルローンに残してきたカリンにも見習ってほしい。ああ、この部分はあとで削除しておいたほうがいいかな、見られたらスパルタニアンで追いかけられるかもしれない……
 どうでもいいけど、ヤン提督は終始デレデレとしていた。今度の定時報告では、フレデリカさんに伝えておこうかな。


 ◆2302年10月17日
 今日は提督と三次元チェスで楽しんだ。8勝0敗。ぼくの圧勝だ。


 ◆2302年10月18日
 ヤン提督からぼくに辞令が下された。と言っても、簡単なお使いだけれど。
 アクアのルナツーに寄航している第8方面調査艦隊の指揮官に合流し、調査資料をもらってくるように、とのことだ。ちなみに第8方面調査艦隊と言えば、『鉄壁』ミュラー提督が指揮をとっている。あの方とはよくお会いしているし、今回の任務は気が楽だ。
 以前ラインハルト閣下に拝謁した時は、緊張の余りなにを喋ったのかまったく覚えていない。もっとも、それと比べるのはどうかと自分でも思うけれど。
 それはそうと、ヤン提督がチャリティーでユリシーズの艦内公開をすると言い出した。さすがに耳を疑ったが、どうやらアクアの上層部から「英雄の旗艦をぜひ子どもたちに見せてあげたい」という打診があったかららしい。キャゼルヌ中将が許可を出したのなら問題はないのだろう。ジュニアスクールの1年生を抽選で招待するとのことだけれど、ぼくが引率をするなんてことはない……と信じたい。


 ◆2302年10月19日
 ミュラー提督は相変わらずお元気そうだ。再会するなりぼくの手を取って、気さくに挨拶をしてくれた。
「どうですか? アクアの住み心地は」
 と質問されたので、ぼくはとりあえず「すごくのんびりしています」と応えた。ヤン提督の怠けっぷりをみたら、ミュラー提督も呆れるかもしれないな。
 それから資料を受け取って、少しだけお茶をご一緒させていただいた。次からは、その中で交わした会話を覚えている限り記録しておく。
「ヤン提督はさぞかし喜んでおられるでしょう。アクアの雰囲気とあの方の雰囲気は、どこか似たようなところがあります」
「そうですね。ぼくもなぜかそう感じるんです。おおらかと言うか、悪く言えば怠け者なだけかもしれませんが」
「ははは、そうかもしれませんね。ユリアンくんもお元気そうでよかった。イゼルローンにいた頃よりも、さらに成長したように見受けられます」
「光栄です、提督」
「そういえば、もうウンディーネの操るゴンドラには乗ってみましたか?」
「いえ、まだ乗っていませんが……」
「あれはなかなか素晴らしいものですよ。ヤン提督にもぜひ、楽しんでいただきたい。心が洗われます」
「ミュラー提督がそこまで薦めてくださるなんて、よほどのことですね。今度提督にも進言してみます」
 ミュラー提督に言われて気がついたけれど、ぼくたちはまだネオ・ヴェネツィア名物のゴンドラに乗ったことがない。今度体験してみるのもいいかもしれないな。
 ちなみにミュラー提督のお話では、外宇宙探査はイゼルローンより先になるとなかなか芳しくないらしい。やはり地球から離れるにつれて治安も悪くなるし、人々を同じ方向にまとめることは大変なのだろう。
 そう考えると、アクアという星は奇跡だ。この星では犯罪発生率が極端に少ない。ヤン提督も、それを凄く気に入っているらしい。
 それにしても今日は疲れた。早めに就寝することにする。


 ◆2302年10月20日
 チャリティーの日程が決まったらしい。今月の26日だ。あと6日しかないが、キャゼルヌ中将は「最近暇だったからな。たまには忙しくないとどこぞの政治家のように腐ってしまう」と笑っていた。たぶん地球のトリューニヒト議長のことだろうが、相変わらず毒舌だ。もっとも、ネオ・ヴェネツィアにはジュニアスクールが2ヶ所しかない。そういう意味では、抽選も楽にできるのだろう。
 そして引率はぼくが責任者になってしまった。ヤン提督曰く「中尉なんだから、責任ある仕事をこなさないとね」だそうだ。それは確かにそうだと思うけれど……


 ◆2302年10月21日
 異常なほどの速さでチャリティーの準備が進んでいる。さすがはキャゼルヌ中将だ、手際のよさは半端じゃない。ちなみにヤン提督は指揮卓でそれを眺めているだけだった。でも、サボっている姿があれほど絵になる元帥もほかにはいないんじゃないかな。フレデリカさんがいないと、提督の怠けっぷりは拍車をかけてひどくなっている気がする。


 ◆2302年10月22日
 カリンから遠距離メールが届いた。内容を記録しておく。
『チャリティーの責任者になったそうね、ユリアン。おめでとう……といいたいところだけど、随分と楽しそうじゃないの。こっちではシェーンコップ中将が毎日のように訓練生を叩きのめしているわ。実の父親ながら、とんでもないサディストね、あれは。
 まあそんなことはともかく、任されたんだからしっかりやんなさい。戦争するばかりが仕事ってわけでもないしね。特にあんたはいろいろ器用なんだから、ヤン提督の顔に泥を塗るようなことだけは絶対にしちゃダメよ。それはつまり、フレデリカさんの恥でもあるんだからね。
 それじゃあ、また連絡する。あんたからもたまにはメールくらいよこしなさいよ』
 なんだか心配してくれているらしい。久しぶりに、カリンにメールでもしてみよう。


 ◆2302年10月23日
 今日は司令部に意外なお客さまが来た。ウンディーネを統括すると同時に政治的な影響力も大きいゴンドラ協会から、ヤン提督との会談を申請してきたのだ。いや、よく考えればヤン提督はアクア方面の軍司令官なのだから、意外というわけでもないかな。こちらに来てからはまともに仕事をしていないヤン提督も、さすがに面倒くさい顔をするわけにはいかなかったらしい。当然だけれど。
 会談は内密のものではなかったらしく、軍の状況やネオ・ヴェネツィアの政治に関する情報などの交換だった。その会談にはキャゼルヌ中将と一緒にぼくも同席させていただいた。さすがに政治的な話はよく分からないところが多かったけれど、軍関連の話は提督からいろいろと伺っていたからか理解することが出来た。
 ゴンドラ協会の会長は、帰り際にぼくと握手をしてくださった。そのやり取りを記録しておく。
「君がヤン提督の秘蔵っ子かね?」
「秘蔵かどうかは分かりませんが、ヤン提督にお世話をしていただいています」
「そうかそうか、うん。君の噂はよく聞いているよ、ユリアン・ミンツ中尉。14歳で初陣して、幾度となく戦果を上げたとね」
「いえ、あれは統制されていない小規模の宇宙海賊でしたので……」
「はッはッは、謙遜は美徳になりがたいよ、ミンツ中尉。それはそうと、ヤン提督の旗艦ユリシーズの艦内公開では引率を務めるそうだね?」
「はい、その予定です。ジュニアスクールの1年生を招待することになっていますが」
「さすがに大変だろう。どうかね、ウチからも何人かボランティアに出そうと思うんだが」
「ぼくの一存では決めかねますが――」
 ここで提督が顔を出してきた。どことなく機嫌がよかったのは、きっとこの会長さんとウマが合うからなのだろう。
「いいんじゃないかい、ユリアン。ウンディーネの方々と親しくなるいい機会だ。仲良くなったら私にも紹介しておくれ」
「浮気ですか? 提督」
「違うよ、ユリアン。これは交友関係を広げるという意味さ」
 ものは言いようだ、とこの時は感心してしまった。もっとも、提督の場合はフレデリカさん以外の女性と関係を持つことはないだろうけど。


 ◆2302年10月24日
 ゴンドラ協会会長との話題で上がったボランティアの方が、今日司令部に訪れた。なんでも、先日我が家に遊びに来てくれたアリシアさんの後輩と、その友人たちだという。
 挨拶の際に交わしたやり取りを記録しておく。
「ほへ〜、ここが軍人さんたちのいるところなんですね。意外に落ち着く雰囲気かも〜」
「ちょっとこら灯里、失礼でしょ?」
「いえ、いいんですよ。藍華さん……でいいのかな?」
「は、はいッ! こっちのぽけぽけっとしたのが灯里で、そっちの口をへの字にしてるのが後輩ちゃ――」
「アリス・キャロルです、ミンツ中尉」
「はじめまして。ああ、それとぼくのことはユリアンでいいよ。中尉とかもなしでね」
「分かりました〜。ところで、中尉ってどれくらい偉いんですか?」
「灯里ーッ!」
「でっかい暴言です、灯里先輩」
「あははは……」
 随分と楽しい人たちだった。水無灯里さん、藍華・S・グランチェスタさん、アリス・キャロルさんだったかな、ちゃんとメモしておこう。イゼルローンや地球では見たことのない性格をしている。でも、これなら意外に楽しくやっていけそうだ。


 ◆2302年10月25日
 前日だ。先日の三人にユリシーズの艦内を簡単に説明して、危険区画や立ち入り禁止区画などの説明をしておいた。三人とも記憶力がいいみたいで、作業はスムーズにいったほうだと思う。ユリシーズで出迎えてくれたマシュンゴが、三人に挨拶されて顔を赤らめていたことは意外だった。あの勇猛な戦士も、女性には弱いんだなあ。
 それはそうと、あの藍華さんという女性はカレンにどこか似ている気がする。容姿はまったく違うのだけれど、きっと勝気な雰囲気がそう見せているのかもしれないな。アリスちゃんは人見知りが激しいようだが、意外にもキャゼルヌ中将には心を開いていた。やはり妻子がある中将ならではだろうか。灯里さんは誰にでも気軽に話しかける明るい人だ。アッテンボロー中将は彼女と一通り会話をして、ぼくに小声でこんなことを言ってきた。
「いいかユリアン。あの娘のような可愛くて元気で少し天然なところがある女性が伴侶としてはベストだと思うぞ? ラインハルト元帥はともかく、ヤン提督にしろキャゼルヌ中将にしろ、奥さんが優秀すぎると本人の影がどんどん薄くなるってものだからな」
「アッテンボロー中将こそ、早く素敵な女性を見つけたほうがいいんじゃありませんか? もう30歳なんですから」
「なにぃ? 言ってくれるじゃないか、ユリアン。好きで30になったわけじゃないぞ。だがまあ、確かにそろそろ相手を見つけにゃ生涯独身かもしれんしな……」
 切実な悩みらしいから、とりあえずぼくは一礼をしてその場を離れた。
 さあ、明日のために今日は早く寝ることにしよう。

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