葉山から、はじまる。

<18>ごはんは土鍋で、夕食は2時間かけて

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2013年5月17日
古家1681の台所。流しの上の棚には使い込んだ愛用の道具。大家さんから引き継いだものもある

  • 古家1681の台所。流しの上の棚には使い込んだ愛用の道具。大家さんから引き継いだものもある

  • 「和の薬膳」の教室では、奈美さんと参加者が一緒に台所で作業する

  • 台所の作業台には、みんなで下ごしらえを済ませた材料が

  • 湯がいた「ふき」は、筋を取って水に漬けて下ごしらえ。薄緑の色がみずみずしい

  • 春の旬、桜鯛の道明寺蒸しが並ぶと、参加者から「わぁ」と歓声が上った

  • 「ふきの青煮ごはん」に「新たまねぎのすり流し汁」と「桜鯛の道明寺蒸し」。お皿に春のお惣菜を盛って「いただきます!」

  • 昔ながらの釜で炊くご飯をよそっていると、おいしさへの期待が高まっていく

 葉山町一色の住宅街にある、古い木造家屋の「古家1681(こや・いろあい)」。食養薬膳研究家の山田奈美さんはここを拠点に、「和の薬膳教室」「ぬか漬け教室」「病気にならない体をつくる食養生教室」など、日本に伝わる食の知恵を伝える教室を定期的に開いている。

 たとえば、4月にあった「和の薬膳教室・基礎編」のテーマは「春は苦味を盛れ」。苦味を宿した春の山野草には、冬の間に体内に溜まった老廃物や毒素を排出する役目があるという。メニューに並ぶのは、「たけのこの木の芽和え」「根三つ葉と新わかめの八朔(あ)和え」「ふきの青煮ごはん」など、春を告げる食材をふんだんに使った料理だ。そこに「桜鯛の道明寺蒸し」など、手をかけた本格的な一品が加わる。

 奈美さんが提案する和の薬膳の原点には、生まれ育った静岡県浜松の家で、祖母と母が日常的に作っていた保存食と料理がある。

「お味噌、梅干、ぬか漬け、沢庵、白菜漬け……家庭で当たり前のように作っていたそれらのおいしさが、体に染みこんでいるんです」

 東京薬膳研究所の武鈴子氏に師事し、北京中医薬大学日本校でも勉強した奈美さんは、学びの中から「昔ながらの伝統食こそ日本人にふさわしい薬膳」という基本を身につけた。薬膳や食養法、発酵食に関する本も著して知識をたくわえているが、それでも、その教え方は一つの考えに固執するものではなく、おおらか。

 教室は午前10時にスタートし、参加者となごやかにおしゃべりをしながら調理に取り組む。ふきの塩ずりと下ゆで、絹さやの筋取り、新玉ねぎのすりおろしなど、みんなで下ごしらえにいそしんでいると、裏山から野鳥の鳴き声が届く。途中、手よりも口が忙しくなることもあるが、慣れない生徒を急かすこともなく、生後7カ月の大地くんをあやしながら、ゆうに2時間。おっとりと時間は進んでいく。この時の流れ方こそが、葉山暮らしの味わいなのだ。

 東京にいたときも、古い平屋に住んだり、畑で野菜を育てたり、ぬか漬けや味噌や梅干しを作ったり、と、マイペースな暮らしを貫いていた。その暮らしの延長線上にあるのが、今の葉山での日々。一色の古民家という場所と出会って、水を得た魚のように、活動が広がっている。

 道路から一歩入ると、車の喧噪(けんそう)も消え、たちまち別世界へと誘われる。聞こえるのは鳥や虫の声と風や波の音。ここに引っ越してきてからは、人工的な音が邪魔に感じるようになり、テレビも音楽も必要なくなった。

「物欲がどんどん削ぎ落とされていって、同じ服に、ノーメイクでも平気(笑)。どこかに行きたいという気持ちもなくなったし、車も運転しません」

「不便じゃない?」と心配する人もいるが、食材の買い物はバスで逗子駅前までゆっくりと出かけ、魚屋、鶏肉屋、乾物屋、自然食品店などを1軒1軒回る。野菜は、横須賀市の子安に借りている畑や、市民運動グループの「トランジション葉山」が運営するコミュニティ農園で、自分たちが育てたものを基本的に使っている。

「それと、裏山とかその辺に生えている山野草。ここに来て、急速に見分けられるようになっています(笑)」

 朝ご飯は、土鍋で炊いたお米のおにぎりが定番。夜は7時ぐらいから食事作りを始めるが、間に大地くんのお風呂などをはさむと、食べるのは9時ぐらいになる。それでも、あせることもなく、毎日、2時間をかけた夕食をゆるゆると楽しむ。

「そういう暮らしをしていると、お金に駆り立てられないで済むんです。東京はお金と自分のエネルギーを交換する場所だけど、こちらは、自分のできることを、お金以外のものと交換していく、という感じなんですね」

 それは昭和時代の日本が各地で育んでいた、地域コミュニティの姿でもある。仕事は仕事できちんとこなし、休みの日は地域のイベントに家族で参加する。葉山では、世代を問わず、そういう暮らしを自然に楽しむ人が多い。奈美さんと春日さんは、古くからの絆が残る土地で、町内会、子ども会、森山神社の氏子会にも参加して、ご近所付き合いも大切にしている。都内にいたときよりも、地域でつながる機会は増えた。消費文化とは違う、そんな豊かさを発信することで、縁のできた「古家1681」の寿命を、できるだけ長く伸ばしたい。2人はそう思っている。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)など。

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