「クールでシンプル」な表現が長く主流だったモードシーンに、この秋冬物から、感情に強く訴えるような服作りが広がっている。キーワードは「エモーショナル」。合理性や効率優先の現代社会が大きな曲がり角に差しかかる中、感動や高揚感から始まるもの作りが改めて見直されている。
「エモーショナル!」
3月のパリ・コレクション。ルイ・ヴィトンのショーの舞台裏でデザイナー、マーク・ジェイコブスは開口一番、そう叫んだ。発表した新作は、まるでホテルのベッドからそのまま抜け出してきたかのような、エロチックで退廃的なスタイルだった[1]。
ジェイコブスは世界でもトップクラスのトレンドセッターだ。この春の黒白ストライプの流行も、彼が仕掛けた。
「前回は究極の無感情な表現で、時代へのけじめをつけた。そして今回は、逆に人々の感情をかき立てるような服にした。そういう風に変わるべきだと思ったから」とジェイコブスは語る。
ランバンは、パリの老舗ならではの刺繍(ししゅう)や布を斜めに使うバイアス仕立てを際立たせ、華やかなドレススタイルを並べた。デザインを手がけたアルベール・エルバスも「これまで技や素材に重点を置いていたが、今回はエモーショナルな雰囲気作りに焦点を当てた」と話し、こう続けた。「社会も女性も大きく変化している今こそ、心を奪うような創造性が必要なのでは」
ここ数年の「ニューミニマリズム」の流れの発信源とされるセリーヌも、情感に訴えるようなフェミニンスタイルに変わった[2]。「直感と欲望に従った」とデザイナー。フレアスカートやコートのわずかなラインに、とことんまでこだわったという。
作品作りへの熱意と周到な創意に満ちたブランドもあった。コムデギャルソンは身頃からつながる布が服のあちこちで大輪の花を咲かせる斬新なジャケット[3]。ミラノではプラダの、あえて着古したようなセクシーなドレスが印象的だった。
ロンドンでも、トム・フォードがあらゆる民族調を複雑に切り替えてミックスした[4]。「最近のファッションは移り変わりが激しすぎて悲しい」とフォード。現代的でかつ長く着られそうな、極めて手の込んだ服には、見る者の心を揺さぶるような力があった。
もの作りへの「熱さ」を根源的な身体感覚になぞらえ、内臓をモチーフにしたブランドも目についた。日本のアンダーカバーは、内臓や骨からヒントを得て、凝った装飾的な一点物をパリ・コレでみせた[5]。デザイナーの高橋盾は「外皮をはぎ取り、より本質的なものを求めてどんどん内側に入っていく感じが『今』かなと思った」と語る。
東京コレクションでも、フェミニンで作り込んだドレスをそろえたソマルタの廣川玉枝が「エモーショナルな作品にしたかった」。イヴ・サンローランを念頭に「完璧なテーラードジャケット」を目指したビューティフルピープル[6]は、肩のライン作りを幾度もやり直した。デザイナーの熊切秀典はショーの後、「もう中途半端じゃいけない。胸を締め付けられるような美しさを突き詰めたい」と話した。
20世紀後半のトップファッションは、とびきりの新しさを求め、めまぐるしく変わった。今世紀に入ると新しさも尽きてしまい、作り手は「クラシック回帰」に活路を見いだした。現在はその伝統的なスタイルですら、安価なファストファッションや新興国向けのわかりやすい服作りに取って代わられている。
熱の冷めた、どこかビジネスライクなもの作りの現状にあらがうかのように、トップデザイナーたちの切実な感情を込めた表現が、世界各地で自然発生しつつある。その熱に新しい希望を感じる。(編集委員・高橋牧子)
※写真は大原広和氏撮影
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