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平成能楽 進取と継承の両輪…世阿弥 生誕650年

世阿弥生誕650年にちなむ梅原猛作の「スーパー能 世阿弥」。左から2人目が世阿弥役の梅若玄祥。(4月19日、国立能楽堂)=高橋美帆撮影

 今年は室町時代に能楽を大成した世阿弥の生誕650年、その父である観阿弥生誕680年の節目にあたる。それを記念して哲学者の梅原猛による新作能、能楽全般の見直しを目指す書籍の出版などが相次ぐ。今も多くの人々を引き付ける『風姿花伝』を残した世阿弥らの業績を再認識する機運を紹介し、併せて平成の能楽界の課題を探る。

梅原猛、新作「スーパー能」

梅原猛

 スーパー歌舞伎、スーパー狂言と、古典芸能の世界で大胆な新作を手がけてきた梅原猛(88)作の「スーパー能 世阿弥」が4月19日、東京の国立能楽堂で初演された。

 世阿弥(梅若玄祥(げんしょう))と、息子の元雅(もとまさ)(片山九郎右衛門(くろうえもん))の別離をめぐる物語。照明や舞台装置などで視覚的な実験を試みつつ、時の政治状況に翻弄される芸術家の悲劇を描いた。

 世阿弥 政治(まつりごと)には政治の権限があり。芸には芸の権限がある。

 地謡 芸の権限は将軍でもどうにもならぬ。私はこの天照大神(てんしょうだいじん)の昔より伝わる芸の道に命を賭けて

 詞章の多くは現代文で構成するが、玄祥らの巧みなせりふ、謡に違和感はなく、世阿弥晩年の挫折、未来への創作意欲を表現した。

 「古典的な能と異なる、一つの独自な世界を作りたかった。現代語にしたのは『スーパー歌舞伎』の成功が現代語だったから。古典を認めつつ、新作が不在なら芸能は駄目になる。古典と新作が車の両輪でなくては発展しない」と梅原は説明する。

 会場は満席。好意的な意見が多かったようだ。「歌舞伎に比べて、能の客は常に限られている。多くの若手が新作能を作っていくなら、ファンも増えるだろう」と期待をかける。

 「世阿弥の業績は、時の将軍から民衆まで幅広い層の人々が楽しむ芸能を作りあげたこと。世界的な天才だと思う。日本人はもっと世阿弥を知るべきだ」

観阿弥(かんあみ)世阿弥(ぜあみ)
観阿弥(1333〜84年)は南北朝時代の能役者でシテ方観世流始祖。名作「卒都婆(そとば)小町」などを作り、能楽発展の基礎を築いた。息子の世阿弥(1363〜1443年。異説あり)は能楽を大成した最大の功労者。室町幕府将軍・足利義満に愛され、能役者・作者として芸術性を高めた。『風姿花伝』などの芸術論は海外にも翻訳され、多大な影響を与えた。


関連書籍の刊行も

全4巻の「能を読む」(角川学芸出版)

 角川学芸出版は1月から全4巻の「能を読む」を刊行中だ。128曲の能を全訳。さらに、シテ方の梅若玄祥や片山幽雪(ゆうせつ)、ワキ方の福王茂十郎、囃子(はやし)方の亀井忠雄ら一流と目される人々や、5月23日に死去した狂言師の茂山千作らへのインタビューなどで構成する。

 編集委員の松岡心平東大教授は、「能を現代語訳して、幅広い読者に自由に解釈してもらう切り口を提供したかった。研究書は多くても、一般向けが充実しているとは言えない。能楽師との座談が充実している本は珍しく、好きなページだけでも読んでもらい、能楽の入り口になったらうれしい」と語る。監修は梅原猛と観世清和。編集委員には現代思想の分野で活躍する中沢新一も加わっている。

 『翁と観阿弥』『世阿弥』『元雅と禅竹(ぜんちく)』が既刊。7月刊行の第4巻『信光(のぶみつ)と世阿弥以後』で完結する。

 また、『風姿花伝』は、角川ソフィア文庫(竹本幹夫訳注)、講談社学術文庫(市村宏訳注)などに収録。より手軽に読みたい向きには、単行本『現代語訳 風姿花伝』(PHP、水野聡訳)も増刷を重ねる。

観世流宗家・観世清和 謡や舞 普及の先頭に立つ

 世阿弥を先祖とする能楽界最大流派、観世流宗家の観世清和は、今年を大きな節目と捉える。「700年近くも綿々とつながる能楽の記念の年を子孫として祝えるのは誠にありがたく、今の能楽界の繁栄を考えると、観阿弥や世阿弥ら先人に感謝するばかりです」

 昨年末から今年初め、東京都内の百貨店で開催した「観世宗家展」は7万人を集めた。「能楽への関心に手応えがありました。その人々を能楽堂の観客につなげたいと考えています」

 世阿弥作の能を舞いながら、「室町時代の作者は、様々な題材を用いながらも、根本は人間そのものを描きたかったはず」と痛感するという。しかも単なる芸術作品ではなく、「亡き人々を供養する中世の人々の心情、優しさがある」。自ら『風姿花伝』をひもとくことも多い。「演劇論にとどまらず、いかに生きるべきかを表現した人生論でしょう。能の作品と同じく、世阿弥は人間そのもの、人生を常に問うている。名言、箴言(しんげん)がちりばめられていますので、目を通してもらえたら」と願っている。

 記念の年に浮かれることなく、率先して素人向けの「謡教室」を能舞台で開く。「鑑賞だけではなく、実際に謡や舞を経験してほしい」と普及の先頭に立つ。

「先細り」危機意識の共有 雑誌「花もよ」編集・小林わかばさん

 隔月刊の能狂言雑誌「花もよ」の編集責任者を務める小林わかばさん(37)に能楽界の現状を聞いた。

 ――素人弟子の減少、客の高齢化が進んでいます。

 「若い能楽師は危機感を覚え、イベントや体験型の舞台を通じて観客を開拓してきました。能楽界全体で『このままでは先細りになる』との意識が共有されたのは近年です」

 「観客が減少しても、公演数は多い。能楽師なら自分の公演をやりたいと望むのです。みんな忙しくなって稽古が減り、準備不足を感じることもあります」

 ――歌舞伎は若い層や、女性の観客も多いですよね。

 「能狂言に興味のある若い人はいるのです。でも、実際に舞台に足を運ぶまでに至らない。個々の公演での販売が多く、チケット購入の面倒さがある。価格も他の演劇に比べて高い」

 ――将来はどうなる?

 「確実に能楽師の淘汰(とうた)が進むでしょう。水準を高めるためには仕方がないのかもしれません。それに能楽師は弟子に褒められることに慣れ、批判に対して過敏です。率直に観客と意見交換をすべきでしょうね」(文化部 塩崎淳一郎)

2013年6月7日  読売新聞)

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