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有島生馬「大震記念」1931年 

 【目次】
  苅部直さん(東大教授・日本政治思想史)「知識人がみた大正大震災」(全3回配信)
   │「大正」への眼差し個人を超えた「力」の発見「メディア知識人」という存在
   │百年後の群衆と反原発デモ震災と大衆社会国民性をめぐって「心」への傾斜
  絓(すが)秀実さん(近畿大教授・文藝評論家) 「大正アナキストと現代」(全3回配信)
   │「大逆」から始まる「大正」天皇制論の不在アナ・ボル論争の再評価
   │大正アナキズムとポストモダニズム世界資本主義の問題としての原発問題ニューエイジと終末の皮膚化
  筒井清忠さん(帝京大教授・社会学) 「大正・昭和・平成」(全2回配信)
   │選挙雑感──「第三極」が問い掛けるもの政党政治の本質ポピュリズムの淵源躓きの石──中国と軍部


絓秀実「大正アナキストと現代」

〈第3回配信-1〉
世界資本主義の問題としての原発問題

──せっかくの機会ですので、現代の反原発・脱原発運動についてもお伺いしておきましょう。
 絓さんは『反原発の思想史』で、これまでの日本の反原発運動が「マイナー」な運動でしかなかった理由を分析しています。原発問題は、そもそも国家的、世界的なエネルギー政策の問題であり、世界資本主義の問題です。本来は「大きな」政治の問題であるはずなのに、なぜか迷惑施設反対的な住民運動、市民運動といった「マイナー」な運動としてしかあらわれてきませんでした。
 もちろん、86年のチェルノブイリ事故を契機とした新しい反原発運動の登場で状況は大きく変わるのですが、原発問題=「マイナー」という風潮は、90年代中盤にも体感できたことです。私が知らないだけかもしれませんが、記憶に残っている原発がらみの運動というと、先ほど絓さんがおっしゃった96年の巻町原発建設の住民投票ぐらいしかない。恥ずかしながら、あんまり知識も関心もありませんでした。

絓氏 原発運動が「マイナー」化したのは、俺が歴史的に重視する70・7・7華青闘告発の受容の悪い側面ですね。華青闘告発について少し話しましょうか。華青闘(華僑青年闘争委員会)は毛沢東主義を掲げる在日中国人(台湾人)学生を中心とした組織で、1970年7月7日に日比谷野外音楽堂で全国全共闘・全国反戦と共催で「盧溝橋事件三十三周年、日帝のアジア再侵略阻止人民集会」をひらくことになっていました。ところがその準備の段階で、華青闘は日本人新左翼の民族問題に対する認識の不十分さや取り組みの甘さを告発して共催から降りてしまいます。その時、中核派など新左翼党派代表の「差別発言」が相次ぎ、ノンセクト系実行委員からの糾弾が起こりました。
 7月7日の日比谷野音は、在日中国人・朝鮮人やノンセクトによる既成新左翼の糾弾の場となりました。一種の「下克上」で、衝撃的な光景でした。告発を受けた党派の幹部たちは罵声を浴びながら、わけも分からず壇上で自己批判させられ、以降、新左翼は民族問題や差別問題に積極的に取り組まざるを得なくなります。この7・7華青闘告発以降、日本の新左翼にマイノリティ運動の視点が公然と導入されるようになりました。それまでの「日本帝国主義打倒」や「世界革命戦争」を怒号する街頭での「機動戦」から、入管法などの民族差別、部落差別、障害者、フェミニズム、公害などの「小さな」具体的諸課題へ、というパラダイム・シフトが起きたわけです。この傾向は、新左翼のみならず市民運動へも広がっていきます。日本におけるPC(ポリティカル・コレクトネス)的雰囲気は、ここに胚胎しました。今や、自民党でも「差別はいけない」くらいは言うわけですからね。
 原発問題もこういった「マイナー」な運動の枠組みに納められていくんですが、この新しいパラダイムでは、差別、公害、障害者、フェミニズムなどの具体的に見えやすい問題が優先されますから、「事故」が起きなければ一般には見えない原発問題の優先順位はどうしても低くなります。結局、三里塚や水俣などの地域住民闘争の「外延」に位置づけられてしまうんですね。
 よく考えてみれば、原発問題というのは唯一残された「大きな物語」だったわけなんですけれども、誰もそれを捉えられなかった。第一次オイルショックやロッキード事件を契機に、いち早く原発問題を提起した津村喬は別ですけれど、彼にしても、原発は資本主義の問題だと言いながら、その後は基本的に「エコロジー」や「ニューエイジ」の方向に転換していきます。これは彼の個人的な問題もあるんですが。原発問題を政治経済状況から論じる左派がいなかった。今もいないんだけれど。

──今、毎週金曜日夕方に首相官邸前でやっている再稼働への抗議行動や、その延長線上にある「国会大包囲」行動は、再稼働反対ないし脱原発という単一課題を掲げて多くの人を集めています。たしかに、ガレキの広域処理や放射能汚染といった意見の分かれる問題や、他の政治課題を脱原発運動に持ち込んだとしたら、ここまで大きな運動にはなっていなかったでしょう。その意味で運動の方法論としては正しかったとは思うのですが、絓さんが最も重視する「世界資本主義の問題としての原発問題」という位相は、表向き取り扱われないことになります。特に民主党政権が相変わらず原発の輸出に対して非常に前向きであることなどは、この運動の文脈ではなかなか焦点化しません。

絓秀実氏

絓氏 「福島」以降、民主党も自民党も、日本国内において新たな原発の建設はもはや不可能だという認識を示しつつあります。この意味で、歴史は、日本一国では「脱原発依存」の方向に進んでいるとは言えるわけです。欧米もこのような方向に進んでいく(いる)ことは間違いないでしょう。今、デモに象徴される「市民」の民意と議会政党との間に乖離があるとか言われていますが、とんでもない。「脱原発依存」で一致してるじゃないですか。俺は別に予想屋ではないですが、来たる総選挙では原発問題は争点になりえないんじゃないですか。そもそも、総選挙で最も昂然と反原発を掲げるのは、橋下「維新の会」でしょう。「市民」は維新の会に投票するということですかね。
 一方で日本(のみならず、世界)資本主義は、労働力の安い旧第三世界に製造業などの生産拠点の移転を進めています。このことは、必然的に日本国内の電力消費の軽減と、旧第三世界諸国での電力需要の拡大をもたらしますから、日本国内では「脱原発依存」が相対的に達成されていく一方で、旧第三世界では原発の新設・増設が行われることになります。旧第三世界諸国の原発建設推進に、日本などの先進資本主義諸国が国策として加担する必要が生じる。旧第三世界諸国でも原発建設は国策でしょう。原発問題を日本一国だけの問題として見ることなどできない理由です。
 ところが、今の反原発運動は「反資本主義」とは言いません。“Occupy Wall Street”は一応、反資本主義ですけどね。あの例のメタボ本『1968』上下(新曜社、2009年)を出した小熊英二は、反(脱)原発運動でフィクサー気取りで動いているようですね。彼はウルリッヒ・ベックのリスク社会論を称揚しているし(しかし、にわか「脱」原発派はベックが好きですねぇ)、菅元首相との「パイプ」を誇っているところからも明らかなように、世界的には今や政治的に破産した「第三の道」派でしょう。おそらくは、俺や『「脱原発」異論』(作品社、2011年)の他の著者たち(市田良彦、王寺賢太、小泉義之、長原豊)を念頭に置いて(しかし、名前は出さず)、脱原発運動では「反資本主義と言ってはいけない」と言っていますが、資本主義をやめないで、世界的に原発なんてなくなるわけがない。小熊が言っているのは、日本では脱原発がハッピーにも達成されるだろう、ということですね。すでに述べたように、あたり前です。
 俺は反原発を言う人たちが資本主義を許しているのが、不思議でしょうがないんですよ。「日本の原発輸出反対」という声さえ、デモでは、ほとんど聞かれない。しかし、スローガン的には、せめて、これが第一に来るべきでしょう。「シングルイシュー」って、何がシングルイシューなんでしょうね。シングルイシューだとしたら資本主義の廃棄だろうし、せめて「原発輸出反対」でしょう。共産主義というのがカスでも残っていれば、資本主義が続く限り原発はなくならない、という論調が出てくると思うんだけれども、それが出てこない。まあ、レーニンは「電力+ソヴィエト」が共産主義だと言っていたわけですし、そもそも、日本の原発推進は中曽根や正力と、武谷三男ら左派の共同歩調でやってきたんだから、それを自己批判するのは──本気でやるなら──大変でしょうが。

──もちろん、シングルイシューというのは運動の「方便」であり、参加団体や個々人はそれこそ原発輸出反対であったり、ガレキ広域処理反対であったり、あるいは被害者救済だったりと多様な意見を持っているだろうとは思います。ですが、逆に反原発・脱原発運動に否定的な保守の方が、あけすけな物言いができる分だけ、原発問題の世界性・国際性を強く押し出してきている気がしますね。前に政治学者の北岡伸一さんが脱原発の論理を批判しているのを聞いたのですが、日本国内の原発だけを止めることにどれほどの意味があるのか、中国が沿岸部に原発を作りまくったらどうするのか、という話でした。

絓氏 僕も大体同じことを考え、そう主張しつづけています(笑)。世界的には、これから原発は増える一方なわけですよ。資本主義なんですから。旧第三世界も資本主義化して、当面、どうしても原発が必要になってくるわけです。カネがジャブジャブ回るのが原発ですから。だから資本主義を問題にしなければ、反原発なんて言えない。なんでそこに目をつぶって原発問題を言えるのか、と。

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尾原宏之氏
尾原宏之(おはら・ひろゆき)
1973年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、日本放送協会(NHK)入局。番組制作局、福岡放送局でディレクターとして勤務。退職後、東京都立大学大学院社会科学研究科(日本政治思想史)、首都大学東京都市教養学部法学系助教を経て、現在、『週刊SPA!』等で取材、執筆活動を続ける。「明治前期の政治思想と「軍事」」で博士(政治学)取得。近刊論文に「元老院議官としての津田真道」『政治思想研究』第12号(風行社)他。

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