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節操のない前議長 宮内雪夫


遂に3連立会派から離脱、自民党会派へ




  本年1月、長崎県議会3連立会派会長の地位を放棄して、そして同士を裏切り続け自民党に復帰した彼の行動は、政治生命の終焉を迎える大事件である=前県議会議長宮内雪夫

1.はじめに。

前長崎県議会議長であった宮内雪夫は、24年7月6日、夕方5時に開かれた議会運営委員会で万策尽き果て遂に議長職を辞任した。ボケかかった能力と、ヨタヨタの体力を省みず、何が何でも権力の座に死ぬまでしがみつきたいととりつかれた欲の塊の宮内は、少数会派6人が中心となって3連立会派を結成し、自らを議長ら押し立ててくれた3連立会派を裏切り、除名されたにも関わらず自民党国会議員、自民党一部県議達をてんびんにかけながら、平気で人を欺き、裏切り、騙し続けた。この世に二人としていない「異常人格者、ペテン師宮内雪夫」も、遂に悪の万策が尽き果て、辞任届を提出した。
 
 今度は、本年1月31日に3連立会長の立場を放棄し、自身を除名した自民党に復党した。ことある事に自民党復党をほのめかし3連立会派と自民党会派とを両天秤にかけ議長職に固執し続けた宮内は、今回の自民党復党は「次回の議長選挙で再度宮内議長誕生を約束します」との二人の国会議員と、一部県議達の甘い囁きに乗っての3連立会派離脱、自民党復党である。県民、選挙区の佐世保市民も今回の彼の行動には、驚きを通り過ぎただ呆れるばかりである。政治家であることを忘れ、「議長・議長」の立場のみを欲しがる今回の宮内雪夫の行動は、その政治生命の終焉を迎えようとしている。
 
 国費と県費3千億の大金を諫早湾干拓農地に費やし事件を、九州ジャーナル社は前金子知事と、その時の農林水産大臣政務官谷川弥一の犯罪と捉え、今日まで取材報道に携わってきた。

 金子前知事をはじめとして県庁役人達が、農業経験も全く無い農業生産法人(TGF、実質的社長は衆議院議員、現文部科学省副大臣谷川弥一)に対して、他の入植者達を押しのけ広大な農地10万坪(東京ドーム7個分)に堂々と入植させた。長崎県の疎かに疑問を感じ、その不正入植がどのように行われてきたのかを取材し、県議会「百条委員会」を一度も欠かすことなく傍聴している。

 東京に在住するある法律家は、「長崎県の国会議員は、まだこんな事をやっているのか。この事に県民は怒らないのか」と、吐き捨てるように言ったと伝え聞く。

 「百条委員会」を長期にわたって傍聴する中で、長崎県議会の動向や議員達の様子も手に取るように見えてきた中で、宮内雪夫が議長職の延命を謀るために、次々と議員達をペテンにかけていく姿に出会い、その異常さに驚き、具体的な取材を行ってきた。

もくじ。
1.はじめに~。
2.宮内雪夫の1年2ヶ月にわたる議長経緯。
3.宮内雪夫は、「約束を守らない、信用できない」。
4.議長辞任の約束を返る宮内の行動。
5.議長辞任を6月25日から、7月13日に変更してくれ。
6.議長にして貰った連立会派を裏切り、離脱。
7.宮内議長の議長延命に手を貸し、公明党はどうするのか。
8.公明党は結党の精神に戻れ、自民党と手を組み宮内延命策は学会員の失望を買う。
9.本紙の取材を、在庁ランプを消し逃げ惑う宮内。
10.宮内雪夫への公開質問書、回答はない。
11.おわりに。

2. 宮内雪夫の1年2ヶ月にわたる議長経緯 


 平成23年4月の県議選が終わった直後、金子・谷川二人の国会議員に、ゴマもすらない、イエスマンにもならない、二人に嫌われた県議を蚊帳の外にはずし、なんのポストにも与えず冷や飯を食わせ、二人の国会議員の意のままに動くふがいない県会議員達を中心とした会派を作った。金子・谷川の主導の下早く日の当たるポストに就きたいと、功を焦る能力も経験もなく、長崎自民党退潮のお手本みたいな一部陣笠議員が手を組み、無所属の右も左も分からない新人議員達を色々な手で取り込み、自民党県議団三役にも相談することなく、ましてや議員総会にかけることもなく、正規の手続きも踏まず、目的のためには手段も選ばないやりたい放題、無法地帯と同様な卑劣なやり方で、14名の県議達がある日突然、勝手に会派届けを出し長崎自民党県議団は3つに分断された。自民党長崎の組織は崩れ、今日の混乱がはじまった。

 ところが、宮内雪夫には誰からも声はかからなかったのである。自民党関係者の取材から聞こえてくる複数の声は、「宮内は信用ならん、何か事あるときに当選11回を吹聴し、後輩や若い議員を育てるという思いは微塵もない。あるのは自分の名誉欲と権力欲だけ。だから宮内には誰もついて行かない。宮内と行動を共にする議員は誰一人としていない。年甲斐もなく人の悪口ばかりで、本人の前ではいい顔をして陰でボロカスに言って組織を壊すトラベルメーカーだ。だから宮内を誘う声は誰からも出なかった」と、吐き捨てるようにいう複数の自民党県議達がいた。

 自民党分裂が引き金となって、県政史上初めての連立会派が誕生した。連立会派は、金子・谷川二人の国会議員の、県庁と県政に必要以上の介入を止めさせること。県政を県民に取り戻すための県政改革を断行する政策で合意した。そして議長には連立会派で県議の数が最も多い改革21の代表渡辺利勝議員が就任するのが順当であった。

 連立会派の誕生に貢献した小林・馬込・末次県議などは、渡辺県議の議長就任が当然としながらも、「初めての連立会派に何が起こるかも知れない、渡辺県議が慣れるまでの間、1年間に限り経験豊富な宮内県議に当分の間、議長をやって貰おう」と、提案がなされた。

 ところがすんなりとは宮内で決まらなかった。連立の最大会派改革21から、「なぜ宮内なのか、当分の間というが宮内は約束を守らない。自民党時代の居座りを知っているのか、奴は絶対信用ならん」との声が想像を超えて高まった。このままでは宮内議長どころか連立会派まで壊れてしまうと思案しているところに宮内から、「自分は1年で辞めて渡辺県議に間違いなくバトンタッチするから議長をやらせてくれ」と、議長辞任届を自ら書いて3人の世話役県議に託したのである。

 しかし、それでも改革21からは「宮内は信用できない」とクレームが止むことがなく、説得を繰り返し、議長選挙直前にやっと了承にこぎ着けた。宮内雪夫は自らなんの努力もすることなくタナボタで、再び議長の席に着いたのである。

3.宮内雪夫は、「約束を守らない、信用できない」

 宮内は、平成3年5月17日から6年9月19日の間、3年4ヶ月にわたり議長を務めた。自民党県議団の議長は2年、副議長は1年の慣例に従って就任していた。議長に就任した宮内は、その喜びようは普通ではなかったと聞く。宮内は、自民党の約束事である議長2年の任期が終わろうとしていた時、「長崎県議会に全国議長会会長のポストがまわってくる。3ヶ月間だけでも延長して、やらせてくれないか」ともちかけ、自民党県議団は「あんたは3ヶ月では辞めないだろうから、6ヶ月間議長任期を延長する。それだけ異例の恩情を与えたのだから6ヶ月後には必ず辞めることが出来るのか」。辞任する時期を立会人の基、念書と誓約書とを自ら作成し、県議団に提出したのである。ところが、宮内は延長して貰い誓約書と念書とを書いていながら、議長職を辞任する当日の朝、いきなり唐突に、「自民党離党届」を突きつけたのである。

 宮内は、「2年6ヶ月で議長職を辞することは自民党内部のことである。地方自治法は、4年間となっているのだから離党した以上、自民党の約束と拘束は関係ない」。まさかの宮内の裏切り行為に対して、自民党県議団は宮内の背信行為は許さず、全員一致で宮内の「除名」を決定した。

 まともな人間には出来ない宮内の卑劣な裏切り話は、その時はまだ議員でなかった若手議員達に対しても後日伝えられているのである。当時、興隆を極めた自民党長崎県連は以後、無所属議長を容認せざるを得なかった。この事は、自民党長崎県政に残る大汚点である。

4.議長辞任の約束を変える宮内の行動

 連立会派の渡辺利勝と小林克敏とは、通年議会の開催日(平成23年5月23日)の前に、議長の議会秘書から電話がかかり、「宮内議長が午前8時30分に、議長室に2人出来てくれ」との連絡を受けた。行ってみると宮内は、「議長を辞するから後の準備を頼む。ただ、辞める準備もあるから今日、明日ではなく少し時間をくれ」と、明確に自らの意思で辞意を表明した。

 この話を受けて連立会派は、戦略会議を直ちに開催し、議長より辞意の表明があったことを明らかにし、議長選挙をいつ行うかの日程調整が行われ、「議長が、少し時間がほしいと」と言っているので、6月25日に議長選挙を行うことが内定した。ところが、6月25日に辞任すると決めたにも関わらず、今回もまた宮内は、7月13日まで伸ばしてくれとの申し出があった。

 宮内本人から確認したいと、連立会派の8人が議長室に出向いた。宮内は自らの言葉で、「妻の看病と介護。自身の体力の衰えを」訴えた。そしてか細い声で、「7月13日まで延ばしてくれたら自分は辞任する」と、またまた辞任する日を変えてきた。連立会派は、7月13日に全てがうまくいくならばとこの話も了承したのである。
 
 それにしても、辞表を何度も書いたものである。1回目は6月6日の県議会一般質問の冒頭、2回目の辞表は6月25日、そして3回目は7月13日と、計3回の辞任届を提出したのである。宮内は、辞任の重さを単なる紙切れと思っているのではないか。どうせ辞表は破り捨てるのだからと思っているふしがある。

5.議長辞任を6月25日から、7月13日に変更してくれ

 宮内は、「思い残すことはなく、きれいに辞めたいから」と、連立会派の幹部議員達を前に涙ながらに語りながら、その裏では激しい延命策を謀る宮内の行動。


 宮内という男は、本当に気は確かなのか。連立会派の幹部議員達を前にして、7月13日で辞職する理由を、「妻の看病、介護をしたい。自分の体力も限界」と、か細い声で涙混じりに語り約束しながら、その裏で宮内は除名され、その縁は切れているはずの自民党県議に巧みに近づき泣きついて延命策の数々で協力を求めた。宮内は、「民主党議長をつくっていいのか。自分をそのまま議長として継続させてくれたら、連立会派の思うようにはさせない。自民党側に協力できる」、そんな意味の話を持ちかけ、議長選挙の前に行われる「議長辞職に許可を与えるかどうかとの採決で反対して欲しい」、それだけではない。宮内は自民党と公明党だけでは得票が過半数に足りず、連立会派の中から2~3名を反対させようと、「自分は議長を辞めないから反対してくれ」と、働きかけていた。

 また、他の議員には、「妻の看病のため議長辞任届を書いたが妻が元気になった。妻が引き続き議長を続けなさいというので、辞表を取り下げる。辞めることに反対してくれ」と。

 連立会派には、「妻が大病を患い療養中である。看病のために辞職したい」と言いながら、その数日後には、妻が元気に回復したのでと語りかけている。宮内の家庭は関係者が語るところによると、典型的な「か内の態度がぐらつき、県政上の問題が左右されるほどグラッキ、県政上の問題が左右されるほど県議会は、「落ちぶれてはいないだろう」。

6.議長にして貰った連立会派を裏切り、離脱

 宮内は24年2月15日、1人会派「自由民主党・県民の会」を設立した。同時に、「自民党に対して、議長を2年間やらせて下さい」と、頭を下げた。


 筆者も長い間、国政・県政といろいろな政治取材を通して政治家達を見てきたが、宮内ほど人の裏切りをなんとも思わない冷酷な政治家に会ったことはない。宮内は自らの裏切り行為を「政治家だから」と正当化するが、それは間違いである。そんなに政治は、人を騙し、嘘・偽りを並べ立て、裏切ることが許される職業なのか。確かに政治はいろいろとあることは知ってはいるが、政治は最高の道徳、人の上に立つ倫理が求められる職業である。

 宮内は3連立会派が結成され、タナボタ式に議長にして貰った。それだけに宮内は、連立会派の結束を維持し、一宿一飯の義理を貫くのは人間として当然のことではないか。ところが宮内は、ある自民党議員が「議長を1年で辞めるのはどうか、2年はやってもらわんと」と、心にもない言葉を信じて、「2年議長をやらせてくれるなら連立会派を離脱して1人会派をつくり、自民党会派と共同会派となってやっていきたい」と、申し入れた。自民党側も宮内の自分のためなら人を裏切ることも、手段を選ばないことも、承知の上で議長を2年間延命させることを宮内にエサとしてぶら下げた。連立会派を離脱させ、自民党の議長にする計画通り、宮内はそのエサにむさぼり付いたのである。

 宮内は、連立会派の議長でありながら、自民党県議団の議員総会に1人のこのこと出かけていった。自民党の議員団も、議長2年の延命をひき替えに、連立官派を早々に裏切る宮内の「節操と品格」の無さに、複雑な思いを抱きながらも、拍手して彼を迎えた。議員総会で得意気に挨拶をした宮内は、加藤幹事長に1人会派「自由民主党・県民の会」を設立することを約束した。

 みやうちの1人会派届けはたちまちの内に、県議会運営委員会の話題となり、議員・報道・関係県庁役人が居並ぶ中で、連立会派の誰1人にも相談しないまま、設立の了解を求めた。すかさず立ち上がり発言したのが小林克敏議員であった。小林議員は、「宮内議長、あなたは誰から推せられて議長になったのか。連立会派の中にと留まるのか、出ていくのか」と、たたみかけられると信念のない宮内はヨタヨタとなり、意味不明な発言を繰り返すばかりであった。更に小林議員からたたみかけられると、「連立会派は離脱しない、3会派の連立が4連立会派になるだけだ」と弁明した。議会運営委員会の自民党議員は、「議員総会にも出てきて、あんなにも約束したのに」と、宮内の豹変ぶりにあ然とするばかりであった。今度は自民党側が騙され、裏切られた。

7.自民党は除名した宮内の議長延命に手を貸し、公明党はどうするのか

 自民党は宮内ら6人を、反党行為を理由に除名した

 
 ところが理解できないのは、除名したはずの宮内の議長延命に自民党が最大の支援と協力とを行っているのだ。とても理屈には合わないし、自民党員からも「なぜ、何をやっているのか」と、かなりの批判がある。当然だろう、宮内本人は本当に自民党とやりたいのか、あるいはやっていけるのか。

 宮内は連立会派の議員達にこう言っている、「2区から立候補予定の加藤寛治は、絶対に落とさないといかん」「次は八江利春の入札問題を問題にしょう」とか発言し、また加藤の本会議での発言を懲罰委員会にかけさせ、出席停止9日にしたのも宮内の並々ならぬ思いと主導であった。

 7月6日の議会運営委員会で、副議長より「7月13日付けで議長を辞任する」との辞任届が読み上げられ値と、自民党議員会長中島廣義は宮内との打ち合わせ通り「全国初の通年議会を導入したばかりで辞めるのは、如何なものか」と発言したが、宮内は「辞めない」と辞表を撤回するまでの気力はすでに逸していた。万策尽き果てた哀れな宮内の姿であった。

 通年議会に終始反対した自民党が、宮内を辞めさせない理由として使った言葉が「通年議会」とは皮肉なものである。中島議員は助け船を出したものの、約束通りの返事が宮内から返ってこず、反対に共産党の堀江ひとみ議員から、「昨日、宮内議長が共産党の私の部屋を訪れて、辞表を書いたが辞めないので協力して欲しいと頼みながら今日は辞めると、一体なんですか。こんなに態度がコロコロと変わるようでは議会の品格が問われます。どうぞお辞め戴きたい」と、宮内のいい加減さに怒り心頭で、こう切り捨てたのである。この共産党堀江議員の発言で流れは一気に決まった。自民党はまたもや宮内によって恥をかかされたのである。

8.公明党は結党の精神に戻れ、自民党と手を組み宮内延命は学会員の失望を買う

 「百条委員会」を傍聴して率直に言って驚いたのは、公明党が自民党の議員達に隷属していることに驚かされた。結党の精神に立ち返るならば、おのずと議会での行動は支持者達には理解できよう。これでは支持する創価学会の婦人部と女子部は、失望を通り過ぎ怒るだろう。


 以前の公明党はあくまでも県民・市民の立場に立ち、清廉潔白な政治を目指し、日夜活動していた。
ましてや権力者の不正を断じて許さないと、いの一番に真相解明の先頭に立っていた。報道された国会での公明党は、不正を許さない姿勢は、国民の共感を呼ぶところであった。その証拠に、その事を信じて寝食を忘れて支援を惜しまない創価学会会員は、特に婦人部と女子部との支援は傍目も羨む熱狂的なものである。

 ところが、長崎県議会「百条委員会」における公明党議員の発言を聞くに付け、疑惑隠しに協力しているとの発言が随所に見られ、自らもそうした動きを行っているとしか思われない。公明党結党の理念は何処にと、敢えて叫びたい。

 この現状を、長崎県下で支持する創価学会婦人部と女子部とが知れば、なんと理解するであろうか。長崎県議会の自公協力とは、県民不在なのか。ただお互いに選挙に勝つだけの県民不在の選挙協力なのか。筆者は、以前から公明党の真の姿を正面から捉えてきて、今日の姿に残念でならない。今や、公明党県議は自民党県議の数合わせの予備軍に成り下がっている。一日も早く健全野党に立ち返らなければ明日の公明党はない。

9.本紙の取材を、在庁ランプを消し逃げ惑う宮内。

 九州ジャーナル社は、宮内が自らの議長任期を延命するために、議員として、あるいは議長として、公職にあるものとしては許される行為を行っていない。限度を越える裏切りの数々に心底怒りを感じ、議長宮内雪夫に数回取材を求めたが、彼は会おうとはしなかった。議員が在庁しているかどうかはランプの点灯で直ぐ分かる。

 ところが、宮内のランプが消えているので在庁していないのかと思いきや、宮内は在庁していて、自らの延命を図るために議員達に働きかけていたのである。本当に情けない人間で、よくもこんな人間を11回も当選させる佐世保市民はどうかしていると言わざるを得ない。長崎県議会の議員達も人を見る目をもう少し養って貰わないと、最低の議員の議会人と言われても仕方ない。

 考えようによれば、それ程宮内はペテン師であることを証明しているようなものだ。筆者は宮内が会おうとしないので、この原稿を議会秘書に渡しときたが、宮内からは回答がなかった。本紙は常に真実を報道して止まない。片方の話を聞くだけでかくようなことはしない。相手の話も聞いてから真実を報道したいのだ。従ってこの記事の基になる原稿を秘書に渡し、間違っていたら連絡を戴きたいと依頼して回答を待ったが、宮内かは連絡がなかった。回答を依頼して相当経過しても、何ら宮内側から連絡がなく、この内容は間違いないと確信し、報道した。

 宮内議長のデタラメ過ぎる品格の無さを、第一弾として取り上げて報道したが、本紙は取材を徹底して繰り返し確信を持って真実を報道する。だから本紙は、差出人、住所、氏名、電話番号、携帯までも公表し、報道した記事に責任を持ち、いつでも記事に責任を持ち、意見を聞けるようにしている。自信と誇りを持って、正直者が馬鹿を見ない、権力者が権力に溺れ違法行為をする実態を明らかにする。そんな世の中にいささかでも貢献できればと思い報道を続けていきたい。読む人達にこの事を理解して戴きたい。

10宮内雪夫への公開質問書、回答はない。

 取材に応じず、逃げ惑う宮内雪夫議長に対して「公開質問書」を送付して、回答を待った。質問内容は次の通りである。

1.自民党時代の第49代議長に、2年間の任期申し合わせを破り議長に居座った理由は。
2.その時に、古藤・吉住・宮内・小林4名が立ち会い、宮内議長が書いた議長辞任確約書・誓約書がある。なぜそれを破ったのか。(この時の、確約書を本紙は入手している)
3.3連立会派から擁立され議長に就任し、1年任期の約束をなぜ破ったのか。

 以上3項目も質問に真摯に回答願いたい。
 
11.おわりに。

 「政界は、一寸先は闇」、「猿は木から落ちても猿、政治家落ちればただの人」などと語られ、また「何が起こり得るか分からない悪魔の宿る世界」とも語られてきた。本紙が、長崎県議会「百条委員会」(諫早湾干拓事業における入植者選定に関する調査特別委員会)の傍聴をはじめて感じ得たことは、委員会における自民党・公明党委員の腐り果てた質問と態度で、一方、答弁する理事者側の回答は、自民党・公明党議員達に優に及ばず無責任極まりない答弁の内容である。また、証人として呼ばれた谷川建設関係者達の嘘・偽りの証言は、「偽証罪」にあたる内容の数々で、それを裏付ける根拠として議会から長崎地検に対して告発されている。

 一方、本紙の報道で話題の主、前長崎県議会議長宮内雪夫は、自民党時代を含めて3会派が擁立し、議長に就任したにも関わらず1年の任期約束を破り居座り続けた。それ程までして議長ポストが欲しいものなのかは我々庶民には理解しがたい。

 また自民党長崎は、議会内与党を狙う余り3連立会派を離脱した宮内を、議長就任を条に再度復党させたとも聞く。当選11回のみを自慢しているが実態さにあらず、老齢が災いして体力と思考力は著しく減退し、己の欲、議長への再度の就任のみの欲望で長崎県政を遊泳しているしか過ぎない。その宮内を除名したにも関わらず自民党は再度の復党を認めた。この事は、現在の議会内野党の立場を与党にならんが為だけの数合わせで、両者とも政策で結ばれた関係ではなく、ただ両者の思惑だけの関係でしかない。

 議会人は、選挙区の有権者から選ばれた優れた理念の持ち主であろう。その持ち主達が集う長崎県議会には、広く県民の期待に応える議員はいないものか。また、それに応えられる日常活動を行っている議員はいないものかとの疑念が湧いてくる。宮内雪夫如き議員に振り回されている自民党長崎は、その程度が知れる。

 次回の報道予定は。
1.宮内雪夫が自民党幹事長時代に、多額の「カネ」を横領している。問題となった800万円の横領と、その他の金銭問題
2.社会福祉法人「博愛会」の理事長として、長崎地検に告発され徐利されている内容と経緯。


 これらを報道する。


| http://www.kjnn.net/index.php?e=91 |

| 節操のない前議長 宮内雪夫 | comments (x) | trackback (x) | 2013,02,15, Friday|

  

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