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2013/8/2 金曜日

SFセミナー2008「Specuatlive Japan始動!」聴講記

Filed under: イベント, 報告 Akira OKAWADA @ 18:53:45

※本稿は2008年5月3日に開催されたイベント「SFセミナー2008」の筆頭を飾った「Speculative Japan始動!」の聴講記(執筆:2008年6月)をご紹介するものです。当時、筆者はspeculativejapanのメンバーではなく、内容の正確性について、参加者のチェックを受けてはおりません。イベントの雰囲気を理解する一助という形でご利用いただければ幸いです。なお、聴講者のなかには、故・伊藤計劃氏の姿があったことを付記しておきます。

●ニューウェーヴ/スペキュレイティヴ・フィクションとは

昨年、横浜で開催された「ワールドコン・Nippon2007」にて、パネル「ニューウェーヴ/スペキュレイティヴ・フィクション」が開催された。
おおまかに説明すればニューウェーヴ(SF)/スペキュレイティヴ・フィクションとは、狭義には1960年代を中心に起こったSFの変革運動のことを意味する。
例えば、近代文学が個人と世界の間の軋轢を描くことで内側から社会性を描くものだとすれば、従来のSFは、科学というフレームをもって外側から社会のモデルを浮き彫りにするものだった。
SFのテーマとしてよく用いられる「外宇宙」は、いまだ謎に満ちた空間でありながら、我々が生きている現在を相対化するにはまことに都合のよいものである。
しかしながら、「外宇宙」に代表されるフレームのみにこだわりすぎると、それによって囲い込まれる主体そのものに対する考察がおざなりになる場合がある。
世界に囲い込まれる主体が、世界そのものを見詰め返すという観点――それを例えば「内宇宙」と呼ぶとしよう――も、忘れられるべきではない。
いや、ともすれば「外宇宙」以上に「内宇宙」は重要となる。
かような問題意識から、パルプ雑誌の申し子として「ハリウッド的」なアメリカの代名詞ともとられたSFというジャンルを、再定義しようという動きが生まれた。
それがニューウェーヴSF、あるいはスペキュレイティヴ・フィクションの歴史的な出発点である。

●ワールドコンの余波

ワールドコン・Nippon2007のパネルでは、荒巻義雄・山野浩一という、かつて激しく論争を繰り広げながら日本SFの基礎を造り上げた作家・批評家両名を筆頭に、川又千秋、増田まもる、巽孝之、飛浩隆など、日本のニューウェーヴ・ムーヴメントに深く関わった人々が結集し、熱く意見を戦わせた。
ワールドコンがもたらした共振作用はイベントが終わった後も続き、「Speculative Japan」というグループが発足するに至った。
それが今回の「SFセミナー」でのイベントに繋がる流れである。

そもそも「Speculative Japan」とは、グラニア・ディヴィス、ジーン・ヴァーン・トロワイヤーらが編集した日本SF傑作選『Speculative Japan』の名前に由来する。
同傑作選には、荒巻義雄の「柔らかい時計」や山野浩一の「鳥はいまどこを飛ぶか」をはじめ、ニューウェーヴSFの傑作として評される作品の英訳版が、多数収録されている。収録作には「ニューヨーク・タイムズ」などで、高い評価を受けているものも少なくない。
かような状況を享けて、発表当時には難解というレッテルを張られ敬して遠ざけられていたニューウェーヴ/スペキュレイティヴ・フィクションを、むしろ「今こそ時代がニューウェーヴに近づいた」と再評価することで、SFをシリアスに語ることのできる土台を構築すべきではないか。
荒巻義雄はSFセミナーのパネルの開口一番、挑発的に繰り出した。

●ニューウェーヴの撒いた種

荒巻は続ける。ポストモダンの哲学理論をうまく用いれば、SFの独自性、現代性をうまく言葉にすることができると。
つまり、理論武装が必要なのだ。
その発言を聞いた山野浩一は、「かつては哲学に意義があるとみなされた。自分の世代はサルトルやハイデガーを必死に読んだものだが、今はそのような時代ではなくなった」と、「哲学の死」をシニカルに語りながらも、「カイエ」や「遊」といった雑誌の意義についても言及する。
さらには、作家の高橋源一郎が(山野浩一の)自宅を訪れた際にサンリオSF文庫の棚をずっと食い入るように見ていたというエピソードなども織り交ぜつつ、「衰退」のさなかにあっても、哲学と文学の融合を目論んだニューウェーヴ的な視座が失われたわけではないということをやんわりと語った。
現に、山野氏は20年以上のインターバルを経て『山野浩一傑作選』(仮)が、東京創元社から発売される予定だという(註:2011年に『鳥はいまどこを飛ぶか 山野浩一傑作選I』、『殺人者の空 山野浩一傑作選Ⅱ』が刊行)。
川又千秋は文学と哲学の融合という見地から、文学の制度的な逆説性について語った。
文学がリアリズムを問題とする限り、リアリズムを相対化するSF的思想とは不可分であるにもかかわらず、なぜかSFは理解されずにきた。
しかしSFの手法では、(ゴシック的な)伝統への回帰と、新しい装いのもとで伝統が復活する、その両方が同時に可能となる。
こうした特性は再考されても良いのではないかと、川又は告げた。
巽孝之は笙野頼子に、現代文学におけるニューウェーヴSFへの共振性を見い出した。
そもそもニューウェーヴSFのパネルをNippon2007で行おうと計画したのは、例年のワールドコンで毎年ニューウェーヴ系のパネルが立つという英語圏のSF界における伝統に則る心づもりがあったからだが、実際に開催してみると、日本においてもニューウェーヴSFの撒いた種が色々と再確認できたという。
現に、ワールドコンの『アヴァン・ポップ』パネルに参加していた笙野頼子が、荒巻義雄に「大いなる正午」を読んだものだと声をかけた事例があるという。
この事例に象徴されるかのように、ニューウェーヴ的なモードが着実に浸透している。
こうした状況を巽は概説してみせた。

●理論構築の必要性

ふたたび荒巻が言うには、当時、SFの主要な「輸入源」であったアメリカSFに飽き足らない人たちがファンダムを形成し、アメリカSFをうまく換骨奪胎して理論的な裏付けを創り出そうとしていた。
それから40年。再びSFの理論的な側面に注意を集めるようになったいまでは、例えばクリステヴァの「アブジェクト」(中間存在)という概念に代表されるポストモダン哲学を軸にした理論的な土台構築の重要性を最重視するようになってきたということだ。
現に、筒井康隆を「Speculative Japan」に誘ったら、「今頃“新しい波”か」と笑われた。
しかし、「いつでも“新しい波”だ」と答えたら、妙に納得していたという。
このようなエピソードを、荒巻は披瀝した。
筒井康隆の名前に、すかさず巽が応じる。
筒井康隆が用いた比喩は、「濫(乱?)喩」とでも言うべきものだ。
くだらないダジャレのように見えても、換喩、提喩などの既存の比喩の文脈では表現できなかった事柄をうまく拾い上げた。
こうした筒井康隆の苦闘を、川又が創作の難しさという観点から引き継ぐ。
「SFは嘘を描くものだが、その嘘を伝える方法はなかなか難しいもの」という含みがそこには見られた。
現に、川又氏の『ラバウル烈風空戦録』という架空戦記には、ニューウェーヴ的な問題意識が籠められているのだという。

●SFという形式

増田まもるは、創作と比喩との関係性を、翻訳という観点から再考する。
スペキュレイティヴ・フィクションは往々にして、思弁性を重視するあまり表現の凝集性が増し、比喩に対応する日本語を見つけることが困難になる。
こうした比喩の問題は、フィクションとしてのSFの形式にも関わる問題にも繋がる。
E・R・バロウズも、そもそも馬鹿正直に火星がああいうものだとは思っていなかった。
J・G・バラードも、外宇宙と内宇宙を峻別したかのように言われるが、もともと比喩のなかでは、構造としての外宇宙と思弁としての内宇宙は、SFという形式のなかでひとつになっていた。
SFの形式性に話がシフトしたところで、荒巻が応じる。
いわゆる自然主義リアリズムでは語り尽くせない問題があることから、SFは形式に対して、極めて敏感だった。
SFでは当たり前のことが、文学の世界では凄いこととされていた。
筒井康隆も、こうした形式性を生活レベルから実践していたし、評論『虚構船団の逆襲』を「ユリイカ」へ発表したりもした。
とりわけ、筒井の差別問題への挑戦を荒巻は高く評価し、タブーに挑戦しないと新しいものが出てこない、と告げた。
ここでもやはり、哲学的なフレームは重要で、荒巻はガストン・バシュラール『物の精神分析』の、原初的なレベルでの「モノ」再考を紹介することで、理論のみが先行しうる、新しい手がかりを模索しようとした。

●質疑応答

質疑応答の時間では、客席にいた牧眞司が、ニューウェーヴの現在性について、とりわけニューウェーヴ当時の基準に照らし合わせて、川上弘美や笙野頼子は鑑賞に堪えうるのか、あるいは(荒巻/山野的な経緯を経ずして)他にニューウェーヴ的な作家は現存するのかなどと、挑発的に問いかけた。
巽は牧の質問に対し、やや捻れの位置で言葉を返す。
例えば、笙野頼子の『水晶内制度』は、ジェンダー、あるいは国家論(国家身体)のレベルから、スペキュレイティヴ・フィクションのフレームをさらに押し広げたものとなっていた。
さらには、バラードの『楽園への疾走』など、笙野や筒井が抱いていたのと同種の問題意識を、さらに拡大発展させた内容となっている。同種の事は川上弘美とケリー・リンクの関係にも当て嵌めることができる。伊藤計劃や円城塔のようなまったく新しい作家も出てきた。
かつて、川又千秋は「夢の言葉、言葉の夢」にて、「状況が痙攣するとき、分析は創造を模倣した」と語ったが、同種の現象が現代でも起こりうるのではないか、そこにこそ、スペキュレイティヴ・フィクションの新たな可能性があるのではないかと巽氏は提示した。

●「Speculative Japan始動! 番外編」

SFセミナーの合宿では、本会のパネラーが車座になって話を続けた。こちらは、荒巻のフランクかつ雑多な形式で話が進められていった。
荒巻×山野論争が結果的に、スペキュレーションの意義を問い直し、新たな理論の登場をもたらしたように、境界解体を進めることで、SFの射程を広げるという意識が重要だと宣言された。
また、『百億の昼と千億の夜』に繋がる話として、ジェンダーや部落差別、ひいては土着性や少数民族の問題などにもSF的な観点から切り込めるのではないかという提言(これはアヴァン・ポップ作家・向井豊昭の問題にも通じるものがあるだろう)、荒巻氏が提唱した〈術〉の概念が有した概念の普遍性の問題、「怪物」なるものをどう理解するかというSF史の伝統的問題との接続、ヤスパースなど西洋哲学と東洋哲学との融合の可能性など、話題は自在に広がっていった。
結果的には、こうした射程を現在の日本SFを語る問題にも応用できるかが重要になってくる。
また、通史として、巽孝之の『日本SF論争史』は必須文献だという確認とともに、80年代以降のニューウェーヴ的な問題意識の「浸透と拡散」を問い直すにあたっては、ラディカルかつ創発的な川又千秋の評論集『夢の言葉、言葉の夢』の読み直しが有効であるとの示唆もなされた。

(岡和田晃)

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