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【特集企画・2012年10月クール振り返りコラム】「『銀河へキックオフ!!』のすゝめ」 杉田悠
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『銀河へキックオフ!!』(以下『銀オフ』)の主人公のサッカー少年・太田翔は目がいい。
パスやドリブル、シュートといった技術はチームでも一、二を争うほど下手で、おまけに身長が低い。サッカー選手としてはマイナス面ばかりだ。
しかしサッカーに対するひたむきな情熱を持っており、そしてディフェンダーとして後方から戦況を見極めて、チームメイトに的確な指示を出すことができる、優れた観察眼と戦術眼を持っている。
『銀オフ』はSF感のあるタイトルとは裏腹に『キャプテン翼』や『イナズマイレブン』で見られるようなド派手な必殺技は登場しない、あくまで現実に即したサッカーアニメだ。
死んだ兄の心臓を弟が受け継ぐという『エリアの騎士』のような劇的で大仰なドラマも、Jリーグの監督を主人公に据えてタクティクスやマネージングにスポットライトを当てた『GIANT KILLING』のような設定の目新さも(一見)ない。
導入部分で翔とエリカがなでしこの日本代表選手と出会う点などには現代性や新鮮さがあるものの、「主人公であるサッカー少年が、一度はメンバー不足のために解散しかかったチーム「桃山プレデター」を個性的な仲間たちとともに立て直し、元プロ選手のコーチのもとで世界一……「いや銀河一!」を目指す」と要約してしまえば、類型的なきらいすらある。実際、この粗筋だけで『銀オフ』に強く興味を惹かれる人はそう多くはないだろう。
しかし『銀オフ』は面白い。
とにかく面白い。
なぜ面白いのか。
『銀オフ』は川端裕人の小説『銀河のワールドカップ』と、その前日譚である『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』をくっつける形でアニメ化されている。
『銀河のワールドカップ』の主人公はコーチの花島勝で、次に重要なキャラクターが桃山プレデターのコーチに勝が就く最初のきっかけになる降矢虎太、竜持、凰壮の「三つ子の悪魔」。『風のダンデライオン』の主人公はサブタイトルに“ガールズ”とあるように高遠エリカである。
ところがアニメ『銀オフ』の主人公は前述したようにそのどちらでもない、へたっぴのキャプテン太田翔である(原作では太田翼という名前だが変更されている)。
なぜアニメは翔が主人公なのか?
そもそも『銀オフ』は特定の誰かを中心にしてストーリーが進行するというよりは、スポットライトの当たるキャラクターが次々と入れ替わる群像劇の様相が強いため、誰が主人公かによって大きく物語が変わってしまう作品ではない。極端なことを言えばアニメも原作も、全員が主人公だとすら言える作品だ。
外見がそっくりの三つ子でありながらパーソナリティの異なる降矢三兄弟のそれぞれの心境の変化。コーチである勝の過去の悔恨の浄化。翔以上に様々なハンデを抱えた西園寺玲華の克己。青砥ゴンザレス琢磨と杉山多義の関係性。
サッカーを通じて三者三様の成長が丁寧に描かれており、そうして形成されたキャラクターたちが桃山プレデターというチームへと還元され、一つの大きな絵を描き出す。
まさにサッカーというスポーツの本質そのものとも言える、この優れたトータルデザインこそが『銀オフ』の面白さの一つだ。
そしてだからこそ、『銀オフ』の主人公は個性的な桃山プレデターのメンバーを優れた目で観察したうえで、チーム全体としての意志を最初に発する翔なのではないだろうか。
もちろん『銀オフ』は「サッカーアニメ」としても面白い。
原作は一読すれば、作者が相当サッカーに詳しい人間だということがわかる。リアリスティックな戦術論や試合展開はもちろん、「少年サッカー」というシステム自体にも精通していることが端々から覗えるし(「大会に参加するなら審判を二人出せ」というルールをちゃんと記載しているフィクションを見たのは初めてです……)、ブラインドサッカー(視覚障害者が行うサッカー)といったコアなネタまで組み込まれている。
一方アニメ『銀オフ』はサッカーに明るくない視聴者や、(NHKで朝九時半や夕方の六時半といった時間帯に放送されていることからも)おそらくメインターゲットである小学生児童に配慮してか過度の複雑化を避けたうえで「ここぞ」というポイントをしっかり押さえ、原作のテイストをわかりやすく落とし込んでいる。
しかしそれでも、桃山プレデターが作中で展開する「ヨーイ」「ダイサン」「ビルド」といった戦術の数々を完全に理解できていない視聴者は少なくないはずだ。にもかかわらず、おそらくそれでも『銀オフ』は十分に楽しい。面白い。サッカーを分からずとも、ドラマや視覚によって強く訴えかける力がある。そういう風に作られている。しかしたんにシンプルなのではなく、その背景には確かな血と骨があり、サッカーファンとしてもその緻密な構成や巧みな演出に驚かされる。
わかりやすい。けど深い。
たいへん陳腐な表現で恐縮だがこの両立こそが『銀オフ』の凄さであり、そしてそれはキャラクターやドラマなどにも共通している。
ここまで全39話(予定)のうち32話を消化し【編集部注:2012年12月末時点】、物語はいよいよ佳境へ。現在進行形の未来カップ決勝の新東京FCアマリージョ戦は、本稿で記したような『銀オフ』の魅力が凝縮している試合であり、まさに圧巻の一言だ。
ストーリーの大筋や設定に派手さはなくとも、そこに確かな内容が詰まっていれば、それはベタではなく王道になる。『銀オフ』はそんな王道を突っ走る、最高の群像劇であり、成長物語であり、サッカーアニメなのである。
『銀河へキックオフ!!』番組情報
NHK総合テレビ 毎週土曜日 9:30〜9:55
BSプレミアム 毎週火曜日 18:30〜18:55
好評放送中!
番組公式サイト:http://www.nhk.or.jp/anime/ginga/
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