虹色百話~性的マイノリティーへの招待

2015年8月27日

第9話 男とセックスするけど、「ゲイ」じゃない? 性的指向を深掘りする

性的指向の3つの側面

 セクシュアリティの3つの要素をご紹介したとき、性的指向とは性愛的な感情が向かう方向性、いわば「好きになる性」と説明しました。

 ところで、性的指向をもう少し掘り下げると、つぎの3つの側面があるといわれます。

 (1) 性的にかれる、性的感情を抱くという側面

 (2) 性行為を行うという側面

 (3) アイデンティティをもつという側面

 当たり前なことを、なにをいまさら切り分けているのか。あなたがた同性愛者というのは、当然この全部がそろっていることだろう、とおっしゃるかもしれません。

 たしかに私は、(1)(2)はもちろん、(3)についても、ゲイであることを自己のアイデンティティ(の一つ)として受け入れています。そして、ヘテロセクシュアルの集団ではなく、ゲイのコミュニティに所属感を感じ、ゲイであることを大事にしたライフスタイルや人生を送りたいと、願っています。

 ゲイ・レズビアンという言葉も、元来は、そういうアイデンティティをもった人びとが自己を呼称するために選びとった言葉でもありました。

 しかし、現に同性との性行為をもちながら、同性愛者としてのアイデンティティをもたない人もいます。

 たとえば、同性愛者とかゲイとかはテレビのなかの「女っぽい」人たちのことであって、自分は断じて同性愛者でもゲイでもない、そう思いながら同性との性行為を続けている人はいます(ライフヒストリーのなかで後年、そのように自己を回想する例は珍しくありません)。

 本人が同性と性行為しているからといって、ゲイであることを前向きにとらえたいとか、さらにはゲイのコミュニティに参加していきたい、ゲイとしての生き方を得たいと思っているともかぎりません。私自身は、ゲイリベレーション(解放運動)と呼ばれる潮流のなかでゲイアイデンティティを形成してきた口ですが、おなじ同性愛者でもさまざまなスタンスの人がいることも、身をもって知ってきました。

 そういう人たちへ、ゲイやレズビアン、同性愛者というアイデンティティの言葉を用いて語っても、それはすべて身体をすり抜けていったり、場合によっては反発されたりする結果に終わることもあるのです。

 女性と性行為をもちながら、男性と結婚したり子どもを出産したりすることはいまでも普通にあります。また、ゲイのあいだでの重要な健康問題であるHIV感染症への啓発活動や疫学研究では、ゲイというアイデンティティの言葉ではなく、男性間で性行為を行う人、MSM(Men who have Sex with Men)という行為面に着目した概念がよく使われます。そのほうが啓発でより高い効果をあげる場合があったり、対象の実態をよくとらえていたりするからです。この語が英語であることからもわかるように、ゲイアイデンティティを伴わないで男性間の性行為を行う人は世界中にいます。

 現在、性的マイノリティに理解のある医療職や心理的支援職のかたも増えてきて、目のまえのクライアントに、つい「もっとゲイだということに自信をもったら?」「サークルなどで他のゲイの人と会ってみたら?」と、善意からアドバイスすることもあるでしょう。それは昔日の「異常です、治療が必要」よりはるかによいでしょうが、同性に性的欲求を抱いたり、現に同性と性行為をもったりしながらも、ポジティブなアイデンティティ形成を(少なくとも当初は)望まない人もいることは、ちょっと心にメモしておいてもよいかも、です。

そもそも「同性」「異性」に向かうって、なに?

 もう一つ、性的指向のトリビアかもしれませんが……。

 性的指向は、自認する性別に対して、感情が向かう相手の性別との組み合わせで、同性愛、異性愛、両性愛と呼び分けられます。ここで、性愛的な感情が向かう「相手の性別」とは、相手の生物学的な性別よりも、自分が相手の性別をどう認知しているかが、重要であるようです。

 たとえば、FTMトランスジェンダーに惹かれるシスジェンダーの男性は、いわゆるニューハーフなどの性風俗産業が成立する程度には、一定数おられます。また、FTMトランスジェンダーとシスジェンダー女性のカップルも、珍しいものではありません。

 いずれも相手の実際の性別にかかわらず、相手を異性と認知していることが、より重要であるようです。

 また、アメリカだったか、FTMの人がトランス後、体も鍛えまくって(ホルモンも打ちまくったのでしょう。アメリカはなにかと過剰な国です)、ボディビルダーの体を作り上げていた写真に、「これだったらイケる」と言っていたゲイの知人がいました。そのFTMの人はペニスの造設は不完全だったようですが、性器の有無よりも対象の性別をどう認知するかが重要の、これも一つの例証でしょうか。

 自分は異常な同性愛なんかじゃない、ノーマルな異性愛者だ、と信じて疑わない人は、その「異性」ってなに、つねにブレないの?と考えてみたらどうでしょう(笑)。


《追記》

 きょうは論旨の都合で詳説しませんが、同性愛者/性的マイノリティとしてのアイデンティティ獲得を阻害する大きな要因の一つは、ホモフォビア(同性愛恐怖症、他のカテゴリーの性的マイノリティにも汎用できるよう、たんにフォビアと言ってもよいでしょう)と呼ばれています。フォビアについては、他日、考えてみたいと思います。

 また、私は、ゲイであることを自己が受け入れ、それをアイデンティティとしていくことを「よいこと」として記述しましたが、一面で、他者との性愛関係のもち方が個人のアイデンティティを決定づけるという現象は、すぐれて「近代」的なものでもあります。 近世以前の日本で、武士の衆道や男色など男性同士の性愛関係があることはよく知られますが、信長と蘭丸にしろ世之介(好色一代男)にしろ、男色者や衆道者というようなアイデンティティがあったとは考えにくい。古代ギリシアの「同性愛」も、例として想起しやすいでしょう。

 遠い将来、同性と性行為をすることは自己のアイデンティティの根拠とはなりえないかもしれない――セクシュアリティへの歴史的複眼も、意識したいものです。

コメント

考えてみればゲイリブなんて西洋の珍文化
[カイカタ]2015年8月27日

いつも感心して読ませていただいております。

性欲そのものとアイデンティティは別だというのは、私に当てはまると思います。

私自身、Bですが、結婚は異性の女性としたいと思っている方です。男性同士だと果実が実らないような虚しさを感じることがあります。

もちろん、出会うパートナーと成り行きによってそれも変わると思いますが、敢えてこうしなければならないという制約を定めたいとは思いません。せっかく自由なんだから好きにしてよくても、トラッドなものを否定する気にもなれないということです。

フェミニストだけど専業主婦も選択肢と考えるようなものですね。

そもそも、そんなことを深く考えないといけないのは、同性愛に対しての抑圧があるからでしょう。

ゲイリブ本家の西洋では日本より抑圧が厳しいからこそ、それに対する反動が起こってLGBT文化が育ったということでしょうか。

考えてみれば、魚が好きか肉が好きかの程度のことなのかもしれません。魚好きが、魚好きだけの会をつくって、私たちは「魚好き」であるとアイデンティティを主張はしないでしょう。

ただ、性愛は家庭を形成し、人類の存続させることと関連しており、その意味で、単純発想として再生産能力のない同性愛は歓迎されないとみられるようになった面もあるのでしょう。

(以下、非掲載でもかまわない永易様への報告とリクエスト)

8月25日、新宿区内のイベントで社会学者の宮台真司氏とジャーナリストの神保哲生氏に対し「自分の子供にゲイであると告白されたらどうする?」と質問したところ、「別にかまわない。日本のフォビアは同調圧力に起因するもの」と回答されました。

リクエストですが、カミングアウトに対してのご意見をお聞かせください。特に家族に対してはどう対処すべきかなど。

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虹色百話~性的マイノリティーへの招待
永易至文(ながやす・しぶん)
1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。
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