佐野洋子さんの文章に触れる 率直な言葉に心晴れる
夏休み。不意に空白の時間ができたら、絵本『100万回生きたねこ』をはじめ、数々の小説やエッセーで知られる佐野洋子さん=写真=の文章に触れてみてはどうだろう。
没後5年を迎える今年、関連書籍の刊行が続き、横浜市の神奈川近代文学館で企画展が9月27日まで開催中だ。飾らない言葉は、心の隙間に染み込んでくる。
「私は 気分転換などしない」
「疲れている人は 堂々と疲れたい」
どのページを開いても、真っすぐな言葉が胸に刺さる。『ヨーコさんの“言葉”』(講談社)は、佐野さんの文章に北村裕花さんが絵をつけた。NHKのEテレで放送中の5分番組をもとにしている。
自分が平凡な人間だなとか、年を取ったなと感じて心が沈むようなとき。著者の言葉は短く、時にぶっきらぼうでさえあるのに、不思議と気分を晴れさせてくれる。
新たに見つかった掌編群を収めた『私の息子はサルだった』(新潮社)も、出版された。保育園でもてて仕方なかった息子の話をはじめ、思わず頬の緩む作品が続く。最後の一編に、こんな一行を見つけた。
「私はうたがいもなく子供を愛しているが、その愛が充分で、適切であるかどうか、うろたえる」
『友だちは無駄である』(ちくま文庫)、『嘘ばっか』(講談社文庫)。著作は、書店の文庫本の棚で題名を眺めるだけで胸がすく。野菜や果物を題材にした才気あふれるショートショート集『食べちゃいたい』(ちくま文庫)、『もぞもぞしてよ ゴリラ/ほんの豚ですが』(小学館文庫)など、新しい文庫本の刊行も続いている。
おごり高ぶったオス猫が、真の愛を知ったために、本当の悲しみを知ることになる『100万回生きたねこ』は現在、110刷、211万部を数え、作家の愛読者も多い。『100万分の1回のねこ』(講談社)は、井上荒野、角田光代さんなど13人の書き手が、『100万回生きたねこ』にささげる短編を執筆した。江國香織さんの「生きる気まんまんだった女の子の話」は、絵本の話を逆手に取るような遊び心ある展開をたどりながら、胸がぎゅっと苦しくなる。
現在、神奈川近代文学館で開かれている「まるごと 佐野洋子展」は、絵本の原画や愛用品、日記、自筆資料など約330点が展示されている。その中に、子供を抱いた若い頃の著者の写真や、育児時代の日記があった。小刻みに眠る赤ん坊に与えたミルクの分量を記録したページには、すやすやと眠るその姿がスケッチされていた。若い頃の絵本は意外なほど、絵や言葉にとげがなかった。
書くことで著者は、自分の不格好な心を受け入れ、包み隠さず語る潔さを得ていた。その道のりが、読者の心を打ち続ける。(待田晋哉)
◆佐野洋子さんの生涯◆ | |
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1938年 | 中国・北京生まれ |
47年 | 日本に引き揚げ。弟を同年、兄を翌年亡くす |
58年 | 父死去。武蔵野美大デザイン科入学 |
62年 | デパートにデザイナーとして勤務。1度目の結婚(80年に離婚) |
66年 | 単身渡欧。ベルリン造形大で学ぶ |
68年 | 長男・弦誕生 |
77年 | 絵本『100万回生きたねこ』 |
84年 | 絵本『ふつうのくま』 |
90年 | 詩人の谷川俊太郎さんと結婚(96年に離婚) |
2003年 | エッセー『神も仏もありませぬ』。紫綬褒章 |
08年 | 小説『シズコさん』 |
10年 | 11月5日、72歳で死去 |