コンピュータ関係の創作保護についての最近の米国での話題

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コンピュータ関係の創作保護についての最近の米国での話題
(ロータス対ボーランド事件およびアップル対マイクロソフト事件)

松 本 直 樹
初出: 『法律実務研究第11号』東京弁護士会(1996年2月)



目次
1. プログラム著作権の権利範囲
2. ロータス対ボーランド事件
3. アップル対マイクロソフト事件
4. 両事件判決の影響



1. プログラム著作権の権利範囲  目次へ戻る

 コンピュータ・プログラムについて著作権が成立し得ることは、日本でも米国でも既に確立している。しかし、その権利がいかなる幅広さを持つものなのかについては問題が残っている。

 ウェラン対ジャスロー事件(797 F.2d 1222 (3d Cir. 1986))など、一時の米国の裁判例は、非常に広い権利範囲を認めた。完全なデッドコピー以外でも著作権侵害が成立し得ることは当然であるが、相当に違いのあるものについてまで権利侵害を認めた。

 その上、そこで示された理論は、侵害の限界が見出しにくいものであった。ウェラン対ジャスロー事件は、その事案としても、かなりの違いのある被告製品について侵害を認めたものであったが、同事件の判示した議論によればさらに広範に侵害が認められてしまう可能性がある。同事件では、著作権法による独占権はアイディアには及ばず表現だけが権利の対象となるとしながらも、プログラムの使用目的だけをアイディアであるとする理解をしたため、何でも表現だということになりかねない判示となった。

 こうした議論を前提としたのでは、いったいどこまで侵害になり得るのか、限界が必ずしも明らかではなかったとさえ言える。どこまで離れれば、権利侵害とならないのか。プログラムについて著作権が認められ、デッドコピーは許されないにしても、同類のプログラムを作ることがすべて権利侵害になるというわけはないのに、いったいどこから侵害でなくなるのか、依拠するべきものがない状況であった。

 その後は、さすがに妥当な議論をする裁判例が現れるようになった。たとえばコンピュータ・アソシエイツ対アルタイ事件(982 F.2d 693 (2d Cir. 1992))は、三段階テストによる侵害成否判断のフレームワークなど、極めてもっともな判示をしている。しかしそれでも、権利範囲を制限する法理を適用して非侵害との結論をくだした裁判例は、数多く知られているわけではない。

 ここに紹介する近年の裁判例2件は、いずれも、ユーザー・インターフェースについての著作権を主張して提起された事案であり、プログラム・コードそのものについての権利が争われたものではない。しかも、かなり特殊な事情のもとでの判断である(特にアップルのケースはライセンスがあったことが重要な前提となっている)。そもそもユーザー・インターフェースについての著作権の主張は、コードについての侵害が無い場合にまで権利範囲を拡張しようとして試みられた議論であると見ることができ、そうした観点からは、無限定な権利拡大が不成功に終わったにすぎないということになる。しかしながら、さらに広がるかとも思われた権利範囲を制限するものであり、紹介する意義があるように思う。

2. ロータス対ボーランド事件  目次へ戻る

       (49 F.3d 807, 34 USPQ2d 1014 (1st Cir. 1995))

2.1 事件の概要

 ボーランドの表計算ソフトであるクアトロおよびクアトロ・プロ(現在はコーレルのものなのでリンクしたのはコーレルのページです)が、ロータス1-2-3のメニュー構造と同じメニュー構造を持っていたのに対して、ロータスが著作権侵害を主張して訴を提起した。控訴審裁判所は、メニュー構造には著作権は成立しないとしてボーランドを勝訴させた。

2.2 表計算ソフトの歴史

 表計算ソフトの歴史は、1979年に発売されたビジカルクに始まる。ビジカルクの開発者であるダニエル・ブリックリンは、当時ハーバード・ビジネス・スクールの学生であり、ビジネス・スクールでのシミュレーション演習での経験から表計算ソフトを発案したと言われる。ビジカルクは、ビジネスマンが取引による利益を試算するなどの計算を簡便にする画期的な製品として非常な評判をとった。ビジカルクは、アップルII上で動作したので、ビジカルクを使うためにアップルIIを買うビジネスエグゼクティブも多数にのぼり、アップルIIの売り上げにも大いに貢献したとされる。

 1981年に発売されたIBM-PCは市場を席巻したが、このIBM-PC上で動く表計算ソフトとして定番となったのは、1983年発売のロータス1-2-3である。1-2-3は、ビジカルクなどよりも遥かに大きな表を扱うことができ、しかも計算した表をグラフ化したりデータベースとして扱う機能も備えていたことから、高い人気を集め、文字通り表計算ソフトの代名詞となった。

 1987年に、マイクロソフトとボーランドが表計算ソフトを発売した。マイクロソフトの製品はエクセル、ボーランドの製品はクアトロ、である。いずれも、ロータス1-2-3が一種の標準となっている市場状況を前提として開発されたもので、1-2-3のユーザーに対する売込が考慮されていた。使い勝手が1-2-3と共通する(ようにすることができる)もので、1-2-3に慣れ親しんだユーザーも違和感なく移行することができた。アプリケーション・プログラムでは一般的に、多数に上るコマンドをグループ(さらにはサブ・グループあるいはサブ・サブ・グループ)に分けて階層化し、そこから各コマンドを選択して実行させるような仕組みをとっている。各種のコマンドをどのようにグループ分けするかには、いろいろな構成があり得るが、ユーザーにとっては、一度慣れ親しんだグループ構成と違うものを使うのはやっかいなことである。エクセルとクアトロは、1-2-3と同じメニュー構造を持っていて同じ操作で使うことができ、しかも1-2-3にはない機能が備えられている、というのが謳い文句だった。

2.3 争点

 この「使い勝手が共通している」ということが、問題点となった。

 明白なのは、これによって、クアトロなどがロータス1-2-3と同じ土俵で競争をする機会を得たということである。ユーザーとしては、慣れた使い勝手から離れることは、それ自体が大変な苦痛である。たとえ機能や性能が向上していようとも、使い勝手が変わるのでは、新しい使用方法に慣れるための訓練の時間が必要になってしまうのだから能率が悪い。そう簡単には踏み切れない。したがって、高いシェアを得たソフトウェアは、その後の新バージョンを売り込む場合でも、いわばユーザーを囲い込んでしまった状態となり、有利な競争が可能となる。1-2-3と同一の使い勝手を持たせることは、この囲い込み状態を破るものである。こうした理解をするなら、ボーランドのしたことは正当な競争行為であるとの結論につながりやすいであろう。

 やっかいなのは、今一つの側面があることである。使い勝手ないしメニュー構造というもの自体も、ロータスの開発したものであり、ロータスが著作権を有するのではないか、ということである。ロータスは、こうした意味での著作権侵害を主張して訴を提起した。

2.4 本事件の結論

 第一審は、ロータス1-2-3のメニュー構造に著作権が成立するとした上で、ボーランドによる著作権侵害を認めた。これに対してボーランドが控訴した。

 ボーランドは、1-2-3のメニュー構造をコピーしたことを認めつつ、メニュー構造は著作権の対象とならないと主張した。控訴審(1st Cir.)は著作権侵害を認めなかった。すなわち、控訴審はボーランドの主張を認めて、method of operation は独占されないとしてメニュー構造の著作物性を否定し、第一審判決を覆した。

2.5 コメント

 ロータス対ペーパーバック事件(740 F.Supp. 37, 15 USPQ2d 1577 (D.Mass. 1990))や、本件一審では、いずれもロータスが勝訴していた。しかし、こうした裁判例に対しては、行き過ぎとの見方は強かったように思われる。その意味で、本判決はある程度は予想されたものであったともいえる。

 ロータスの主張したように、1-2-3のメニュー構造がそれなりに工夫されたものであることは確かであろう。しかし、ボーランドがそれを取り入れた動機は、そのロータスの工夫を盗用しようとしたというよりも、ロータスによる囲い込みに対処しようとしたということだったと思われる。本判決は、こうした事情を適正に反映したものであると考えられる。もちろん、動機によって著作権侵害の成否が直接に左右されるべきものではない。しかし、囲い込みの対処は原則として正当な行為であると考えられるし、そうした目的でなされたコピーであれば、少なくとも「著作権によって保護するべき価値あるものであるためにコピーがなされたのであろう」という推認をするべきではないことになろうから、結論に影響を与えることは十分に正当であると思われる。

 なお、現在のパソコンソフトでは、本件のような問題は重要性が減少している。使い勝手については、ウィンドウズが規定する操作方法を各ソフトが採用するようになってきており、本件のような問題状況は、無くなったとは決して言えないが、深刻なものではなくなってきている。

3. アップル対マイクロソフト事件  目次へ戻る

        (35 F.3d 1435, 32 USPQ2d 1086 (9th Cir. 1994))

3.1 概要

 マイクロソフトのシステムソフト(またはシステム環境)であるウィンドウズに対して、アップルが同社の著作権を侵害しているとして訴を提起した。ウィンドウズののグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)が、アップルのマッキントッシュのGUIに類似しており著作権を侵害するとの主張である。

 しかし裁判所は、アップルの主張を認めなかった。

3.2 アップルの主張

 アップルのマッキントッシュは、特に初心者にとって親しみやすいパソコンだと言われている。その親しみやすさの相当部分は、GUIを採用していること、それもマッキントッシュのGUIは非常に一貫性があることによっている。この意味で、GUIはマッキントッシュの最大のセールスポイントであり、IBM-PCおよびその互換機を同様に使用できるようにしてしまうウィンドウズは、アップルにとって脅威であった。事実、IBM-PCおよびその互換機の販売店では、「ウィンドウズによって、マッキントッシュと同じように使いやすくなった」といってIBM-PCおよびその互換機を売り込んでいることがよくある。

3.3 争点

 ウィンドウズのユーザーインターフェースがマッキントッシュに似ているといっても、それを実現しているプログラムの内容(コード)が窃用されているといったことがあるわけではない。プログラム自体は独自に開発されたもので、アップルの主張は、あくまでもその機能として現れるユーザーインターフェースが似ているということである。したがって、ユーザーインターフェースそのものにアップルの著作権が成立するという場合に初めてアップルの請求が認められる可能性が生じる。

 本件に特殊な事情として、一九八五年にアップルによるライセンスがされているという事実があった。このライセンス契約では、@マイクロソフトが五年内に作るグラフィックのライセンス、AマイクロソフトがエクセルのIBM-PCバージョンを供給するのを遅らせること、Bおよびマイクロソフトによるワードの改良版の供給、などが対価として約束された<注1>。しかし、その後のウィンドウズは、バージョンアップの度に、ますますマッキントッシュに類似したものになっていった。アップルは、これはライセンスの範囲を越えるものであり、著作権侵害になると主張した。さらにアップルは、むしろ、ライセンス契約を求めたことが、マイクロソフト自身がアップルの著作権を認めていることの証拠であると主張した。

 また、マッキントッシュは、商業的に成功したパソコンとしては初めてGUIを採用したものであるが、全くの独創というわけではない。GUIを備えたコンピューターとしては、既にゼロックスパロアルト・リサーチ・センター(PARC)において開発されたアルトおよびスターがあった。そもそもマッキントッシュおよびリサ(マッキントッシュの前のアップルのコンピューター)は、これらのPARCの成果を参考にして開発された。

3.4 判示事項

 第一審は、著作権侵害を認めなかった。控訴審(9th Cir.)もかかる結論を支持した。

 著作権侵害を否定するにあたっては、大略次のようなステップを踏んだ認定をしている。まず、原告と被告のユーザー・インターフェースの間の類似性がどこにあるのかを特定する。次に、それらが、著作権法の保護の対象となるものか、そうでないのかを決定する。さらに、類似点を分析し、代替の可能な表現がどれだけあるのかを考慮した上で、原告の著作権の幅(scope)ないし保護の程度(degree of protection)を決定する。

 本件では、1985年に右記のライセンス契約がかわされており、これが結論に重要な影響を与えた(少なくとも判決のロジックではこのライセンス契約が認定の出発点にある)。判決によれば、この契約によってマイクロソフトは、当時のウィンドウズ1.0の表示画面についてライセンスを得た。さらに、そもそもアップルが作り出したものは限られている(ゼロックスの開発などに負うところが大きい)という事情がある。このために、類似している要素の大部分が著作権侵害になり得る対象ではなく、こうした場合には「薄い保護(thin protection)」しか与えられないのだとして、全体としてのユーザー・インターフェースについては実質的に同一(substantially identical)である場合に初めて著作権侵害が認められるとした。通常の場合には、実質的類似性(substantial similarity)があれば侵害が認められるのに十分であるが、これとは違うとしたのである。

3.5 コメント

 本事件において裁判所が非侵害の結論をくだすについては、ファイスト対ルーラル・テレフォン事件連邦最高裁判決(499 U.S. 340 (1991))が相当の影響力を持っていたように思われる。明示的には、ゼロックスの開発などとの関係を議論するところで引用されているにとどまり、決定的な論拠とされてはいないが、それ以上のものがあるのではないか。たとえ価値ある情報でも、著作権法による保護の対象から外れるものがあることを最高裁が実際に示したことの影響力はかなりのものがあるように思われるのである。

 判決のロジックについては、余り明解なものではない。類似要素の多くが保護の対象とならない場合には実質的同一性が要求されるとしているが、これがどういう論理関係にあるというのか疑問である。

 なお、筆者は、1991年9月から1992年11月まで、本件でアップルを代理していた法律事務所(Brown & Bainのパロアルト・オフィス)に勤務していた(ただし、本稿は判示事項の簡単な紹介にとどまるもので、その内容は筆者のこの経験とはまったく関係がない)。筆者自身は、仕事としてこの事件にかかわることはなかったが、パソコンの仕組みや使い方を裁判官に説明するための工夫を見聞する機会は何度かあった。最新の機器を活用し、さらにマッキントッシュのNo.1セールスマン(ガイ・カワサキという日系米人)を登用するなど、大変に興味深いものがあった。 

3.6 現状

 このほどウィンドウズ95が発売されたが、従来のウィンドウズ(ウィンドウズ3.1)に比べてもますますマッキントッシュに似てきたと言われている。こうした製品までが許されるべきであるのか、疑問を感じないではない。といって、マッキントッシュに似たインターフェースをアップルがすべて独占できるというのにも、(特に本件では1985年のライセンス契約があることもあって)にわかには賛成できないというのが裁判所の判断なのであろう。

 ウィンドウズ95がますますマッキントッシュに似てきたというのも、マイクロソフトに言わせれば、あるいは、このユーザー・インターフェースに技術的な必然性があるということの論証、すなわちマージ理論が適用されるべきであることを示しているにすぎないのかもしれないが。

4. 両事件判決の影響  目次へ戻る

 どちらも、プログラムのユーザー・インターフェースが共通することをもって侵害とする主張について、被告を勝訴させたものである。プログラム関係の著作権に限界を画したといえる。

 両事件は、プログラム・コード自体の権利が争われたものではなく、プログラムの機能であるユーザー・インターフェースが問題とされたものである。この点で、特殊な問題点についての判断にすぎないとの理解もあり得る。しかし、一定の限界が示されたには違いがないし、ユーザー・インターフェースは重要な問題である。他社の有力商品に競合する新商品を開発する場合についての指標を示した意味は大きいように思う。

 こうした判決の結果として、著作権の限界が明らかとなってきたと言える。近時、プログラムを納めた媒体(フロッピーディスクなど)そのものをクレームする特許を認めようとする議論がなされるなど、プログラムについての権利保護において特許権に目が向けられつつあるように見える。ここで取り上げた二つの事件だけではないが、著作権の限界が認識されてきたことの結果という面があると思われる。

<注1>

 後知恵であるが、こうした対価でライセンスを与えたことについては、アップルの経営陣は、何がアップルにとっての中核的販売品なのであるかについて考えを誤っていたとの批判を免れないように思われる。アップルは当時、マイクロソフトによるアプリケーションプログラム(ワードおよびエクセル)がマッキントッシュにとって必要だと判断したが故にマイクロソフトにライセンスをしたわけだが、今から考えてみれば、こうした判断は、何が本当に大事なものなのかについて認識を誤っていたためになされたものと思われる。マイクロソフトのアプリケーションによって販売が助けられるのは、実はマッキントッシュのハードであるのに対して、アップルの真の売り物(ないし利益の源泉)は、ハードではなくてマッキントッシュOS自体なのだ、と思われるのである。

 もちろん、ライセンスがたとえ無かったとしても、マイクロソフトに必ず勝訴できたというわけではない。また、アップルは元々コンピュータのハードウエアーを製造販売してきた会社であり、右のような認識をしていたのにも無理はない。こうした点で、右の指摘はせいぜい後知恵に過ぎないものではあるが、しかし少なくとも一面の真実ではあると思われてならない。 本文に戻る


後記

 本文脱稿後に、日本でも同様の裁判事例が提起されたとの報道に接した。日本ではこれまでユーザー・インターフェースの権利についての議論はなされてきたものの裁判例は知られていなかったが、1995年11月22日付けの日経新聞朝刊38頁によれば、東京のシステム販売会社「システム産業」が売り出した輸出業務の書類作成ソフトに対し、名古屋市のソフト開発業者「バイナル」が、「独自の画面表示の方法や工夫をまねされた」と著作権法違反などで製造・販売差し止めの仮処分申請を名古屋地裁に出した、とのことである。仮処分申請書においてバイナルは、同社のソフトであるTOSSがパソコンのディスプレーに映し出す画面表示と印刷した出力文書は、輸出取引項目の選択、配列、位置関係、表示方法などの視覚的な効果を工夫しており、この部分も創作性を持つ著作物にあたる、と主張していると同紙は報じている。


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