選挙君主制

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選挙君主制(せんきょくんしゅせい)は、君主世襲によらず選挙によって選出する政治体制のこと。

概要[編集]

古今東西の君主制の多くは、親から子への世襲、あるいは兄弟その他への継承も含めた世襲君主制だが、中には例外も存在し、選挙によるものがこの選挙君主制である。ただし、現代の民主政における普通選挙のようなものではなく、一部の特権階級による貴族制寡頭制に近い性質のものがほとんどであった。

有名な例では古代ローマ王政ローマで、王は終身だが世襲ではなく、原則として市民集会が選挙でローマ市民権を持った者の中から選出した。選出は必ずしも家系や身分によらず、市外の者が選出された例もある。王の一族は貴族(パトリキ)となる。

モンゴル帝国クリルタイ皇帝選出機関としての機能を持ち、チンギス・カンの子孫の中から次代の元首を選んだが、このように君主の被選挙権が特定の家系に限られている事例では、事実上の世襲君主制として機能した事例も多い。他には神聖ローマ帝国ハンガリー王国ボヘミア王国などヨーロッパ中世後期の国家群の例があり、多くの国家は公式には選挙君主制を採用していたが、最終的には1つの家系が君主位を数世紀の間も保ち続けた。

ポーランド・リトアニア共和国[編集]

ポーランド・リトアニア共和国は特異な例として挙げられる。同国では16世紀から18世紀末まで世襲君主制原理を否定した「国王自由選挙」が行われ、17世紀にヴァーサ家の国王が絶えた後は実際に世襲がほとんど行われなくなった。

これは大貴族(マグナート)による実権の掌握と王権の著しい弱体化につながり、諸外国の干渉も招いた。そのため末期には改革の動きもあったが、第3次ポーランド分割によって国家そのものが消滅することで終焉に至った。

現代の例[編集]

現代では公的な選挙君主制国家は存在しないが、構成州のスルターンによる互選制のマレーシアや、4大首長家から任期制の国家元首(オ・レ・アオ・オ・レ・マーロー)を議会が指名する慣行のサモア、二人制大公の片方が民選元首(フランスの大統領)であるアンドラなどが、選挙君主制に類似した一面を持つ君主国として現存している。

また、厳密な意味での君主制とはいえないが、カトリック教会枢機卿による選挙(コンクラーヴェ)によって選出されるローマ教皇を元首とするバチカン市国も選挙君主制に類似した体制を持つ国家である。

関連項目[編集]