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大人気日本酒イベント「若手の夜明け」は第二章へ――仕掛け人・山本典正が語る引退の理由

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若い蔵元と若い消費者がふれあう日本酒イベント「若手の夜明け」。2007年9月にスタートして以来、定期的に開催されているこのイベントは、20代、30代の消費者を中心に着実にファンを獲得してきました。今や参加蔵元は30蔵を超え、チケットは毎回完売、2000人以上が足を運ぶ人気イベントに成長。2017年は3月20日(月・祝)に東京・渋谷での開催が決定し、今後ますますの盛り上がりを見せることが期待されています。

「澤の花」を醸す伴野酒造の蔵元杜氏・伴野貴之さんが中心となり立ち上がった「若手の夜明け」に2回目から加わり、その後の発展に貢献、2011年からは実行委員会会長を務めているのが「紀土」で知られる平和酒造の蔵元・山本典正さん。「若手の夜明け」は、山本さんをはじめとする8人の蔵元が幹事となって、若い蔵元と若い日本酒ファンをつないできました。しかし年明け早々、「2017年の開催を最後に会長職を退き、2018年からは新たな幹事体制でイベントを運営していく」という一報がSAKETIMES編集部に届いたのです。

なぜ人気イベントの運営から手を引くのか? 果たしてこれから「若手の夜明け」はどうなるのか? 数々の疑問を抱えて行われた、山本さんの独占インタビューをお届けします。

会長は“完全引退” 次代の蔵元へ引き継いでいく

「2017年の春と秋、この2回の開催をもって、僕は『若手の夜明け』の会長職から引退します。2018年以降は、僕が運営に携わることは一切ありません」

確固たる意志を持って、そう宣言する山本さん。すでに「若手の夜明け」の幹事を務める各蔵元にはその旨を伝えたそうですが、突然の引退宣言に、みな一様に驚いていたといいます。しかし、数年前から本イベントにおいての自身の進退について思いを巡らせており、ちょうど1年前の2016年1月ごろには引退の意思は固まっていたのだそうです。

「引退を決めた理由はいろいろあるのですが、最も大きい理由は『若手の夜明け』を”次の代”に引き継いでいかなければならないと思ったからです。これまでは、僕と幹事蔵元が主催者として、若い蔵元を引っ張っりながら走ってきました。ですが数年前、日本酒のマーケットについて改めて考えたときに『僕もいつか若手ではなくなる。このイベントを我々がずっと引っ張り続けていくのは、果たして良いことなのだろうか?』と考えるようになったのです。もちろん、僕もまだまだ日本酒業界の中ではチャレンジャーでありたいと思っていますし、新しいことに取り組む姿勢は今後も続けていくつもりです。その一方で、若い世代に代替わりしていくことはすごく大事だとも思っているんです。日本酒業界の繁栄には、老舗銘柄だけが輝き続けるのではなくて、若く新しい蔵元の台頭が必要不可欠ですから」

自分が「若手の夜明け」の会長として立ち続けることが、後輩の蔵元たちの道をふさいでしまうのではないか。そう危惧した山本さんは、考えた末に、イベントを若い蔵元へ引き継ぎ、自身は“完全引退”することを決意。そして、同じタイミングで、現在幹事を務める8人の蔵元も全員退任することが決まりました。どの蔵元も、「若手に引き継いでいこう」という意志で一致したようです。

「現在の幹事の中で、今後も出展したいところはしていいと思いますし、平和酒造も声をかけていただければ、若い蔵人たちが中心となって出てほしいと思っています。ただ、僕自身が関わることは今後ありません。次の幹事や会長の動きが、僕の存在によって制約されてしまうかもしれない、それはできるだけ避けたいんです。ですから、2018年の開催から、僕の影響力は限りなくゼロの状態にすることが目標です。何か起こったときに彼らが『山本さん、どうしましょう』と僕のところに相談に来て、それに対してひとつひとつ口を出していたら、引退する前と変わりませんからね」

日本酒ファンにどう貢献できるか? イベントに携わって感じた自身の成長

会長をはじめ、幹事蔵元が総入れ替えすることが決まった「若手の夜明け」。山本さんは今後の動きとして、2017年を引き継ぎ期間とし、2018年から新体制での開催を想定しているといいます。これまでイベントに参加してきた蔵元から8~9人ほど新幹事候補を指名し、2017年の10月を予定している秋の開催終了後から、2018年の開催に向けて新幹事体制を発足。山本さんがイベントに関わるのは、2017年の春と秋の開催を残すのみです。

「 “引退”という言葉を使っていますが、気持ちとしては“卒業”に近い。後輩たちに継承していくという感覚です。代替わりや継承には、力のある有能な人たちの台頭が大切なのはもちろん、その本質は『もといた人間がいかにきちんと退いたか』であると思うのです。2017年の開催で、若い蔵元たちに『来年からは自分たちが引っ張っていくんだ』と意識を持ってもらえるよう、うまく繋いでいきたいですね」

山本さんが知る若い蔵元たちは、アグレッシブに動く野心的なタイプもいれば、コツコツと物事に取り組んでいくタイプもいて、「『若手の夜明け』の幹事候補としてはどちらの力も必要」と言います。現幹事とともに新幹事候補を決める予定ではいますが、あえて次期会長は指名せず、新幹事たちの間で議論して決めていく方向です。若い蔵元たちにとっては大きなプレッシャーになりますが、「若手の夜明け」の幹事を務めるという経験は、蔵元として大きな意味があるのではないでしょうか。

「僕自身、非常に大きな成長につながったと思っています。何といっても、日本酒業界のことを改めてよく考えるようになりました。イベント運営自体は他でもできますが『ここに集まったたくさんの日本酒ファンのために、僕たちはどう貢献できるのだろうか』と考え始めたのは、『若手の夜明け』がきっかけです。毎回、開催前は何かトラブルが起きるんじゃないかとかなりピリピリしていましたし、逃げ出したいと思うほど不安にもなりました。イベントのリーダーや運営を務めるというのは、やはり大変。予定調和的なこともしなければいけないし、そのために臆病にもなりがちです。だからこそ、次の幹事となる蔵元には一切口出しをせず、自分たちの好きなように、のびのびとやってほしいと思っています」

「若手の夜明け」は、自分たちだけではなく社会が作り上げたもの

2007年の開催から共に歩んできた「若手の夜明け」。会長になってから8年という歳月をかけて取り組んできたイベントから離れることは、やはり山本さんにとっても感慨深いものがあるといいます。

「やっぱり、寂しいですね。これまで心血を注いできたものを手放すということは、寂しいですし、一個人として残念な気持ちはあります。ですが、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、手放すことに対しての未練は一切ないんです。『若手の夜明け』の魅力は、若い蔵元が若いお客様にアピールをするという新鮮さや、若い蔵元がその場で成長していく姿が見えるというところ。大事に育ててきたイベントだからこそ、次の世代に気持ちよく渡したいと思っています」

以前は、幹事の蔵元たちと「僕たちの代で終わるかもしれない」と話していたこともあったと言います。自分たちで始めた「若手の夜明け」は、自分たちの代で終わらせる。いつになるかはわからないけれど、“そのとき”が来たら終わらせよう、と。しかしイベントが次第に盛り上がっていくなかで、その考えは徐々に変化していったそうです。

「日本酒業界の中ではある意味”異質”だった『若手の夜明け』ですが、お客様が増えて認知されていくうちに、社会性や市民性を帯びてくるようになりました。運営側だけでなく、お客様やその周囲の社会がその魅力をつくり上げたのだと思っています。回を増すごとに『応援したい』という人が続々と集まって、自分たちの力以上のことができていく瞬間がたくさんありました。それは決して僕個人の力ではなくて、そのタイミングで社会が求めていた、社会自体の力なのかなと。

社会の中で生まれたレガシーは、社会に返さなきゃいけない。自分たちの代で終わると思っていたけれど、『やっぱりイベントを存続させて次の人たちに引き継いでいきたい』という考えに変わっていきましたし、他の幹事蔵元にも理解してもらえました。そして、引き継ぐタイミングは、勢いのある今がいい。2020年の東京オリンピックまでにしっかりと体制を整えて臨んでもらうためにも、僕はこのタイミングしかないと思っています」

“新・若手の夜明け”を通して新たに台頭する若い蔵元の存在は、平和酒造や他の蔵にとってはライバルになるかもしれません。しかし、山本さんは日本酒業界が盛り上がるような健全なライバルの出現を歓迎し、自分自身も別の方法でマーケットへの新たな一歩を踏み出そうとしています。

「『若手の夜明け』を離れるということは、自分自身の可能性に懸けるという意味もあるんです。まだ具体的に何をやるかは決めていませんが、新しく何を始められるのか、非常に楽しみでもあります。ゼロからのスタートにはなりますが、8年前にイベントを始めたころと比べたら人との繋がりも増えましたし、さまざまなノウハウやスキルもアップしました。この経験を生かして、また別の形で日本酒業界に貢献していきたいですね。そういう意味でも、『若手の夜明け』をこれまで支えてきてくださった方々には本当に感謝しています。幹事蔵元、参加蔵元、そして参加者の方々、いつも応援してくださった方々。皆さんへの感謝は尽きません」

「若手の夜明け」。シンプルでありながら大きな希望を感じるその名前には、山本さんや蔵元たちのさまざまな思いが込められているように思います。おいしいお酒を造っても魅力を知ってもらえずにいた若い蔵元、人気銘柄だけではなくもっといろんなお酒に出会いたいと思っていた若い飲み手。彼らが一堂に会する場を提供してきた「若手の夜明け」は、2017年に第一章を終えます。2018年から始まる第二章が、“夜明け”を待つ人たちにどんな出会いをもたらすのか、SAKETIMESは若手の夜明けの今後にも注目していきたいと思います。

(取材・文/芳賀直美)

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