過去ログ

 

《水木氏ホームページの2000年7月4日付 向井千景弁護士のコメントについて》

 向井弁護士が「名木田恵子様及びキャンディキャンディのファンの皆様へ」と題して、水木杏子氏といがらしゆみこ氏との裁判の和解打ち切りに至る経緯について記述されておりますが、不正確かつ事実と異なる点があり、遺憾に思います。 以下に、正確な事実を記します。

 第1回和解期日において、和解の前提として、次の2点を踏まえること、と述べておられます。
1.和解の内容はあくまで一審判決を前提とすること。
2. いがらし氏側が契約違反をしたことを認める。

 裁判官は、上2点を条件として裁判上の和解を行うなどとは述べておりません。
水木氏代理人が、裁判官に対しどのような話をしたのか、当事者片方ずつ交互に裁判官と話を行うため正確には分かりません。水木氏代理人が、和解の前提として、上2点を条件として欲しい旨を申し入れたようではありますが、裁判官が、その条件をそのまま裁判所の意見として、いがらし氏側に対して和解を勧めたという事実はありません。
 また、第2回和解期日において和解が打ち切られたのは、いがらし氏側が上1.2.には応じられないとの態度を表明したことが理由ではありません。そもそも上1.2.が和解の前提条件とはなっていないからです。

 また、原画展等の情報の開示について、水木氏側から要請があったのは事実ですが、いがらし氏側としては、安易な情報の開示が意図に反して利用されることによる弊害等(インターネットによる偏った情報の流布等)があることを危惧し、その弊害がないことが保証されるならば開示を行う旨を裁判所に伝えました。
 正確な情報が伝えられず、誤った情報に振り回されるということは、本裁判では頻繁に生じていることであります。意図的な、不正隠しのごとく情報の開示を拒んでいると言われておりますが、事実は異なります。
以上

平成12年7月28日

弁護士 本橋光一郎
弁護士 下田 俊夫

 

 


《皆さんこんにちは、いがらしゆみこです。》

(キャンディ・キャンディ裁判)に関しまして、この度の高等裁判所での判決と、それに引き続き最高裁判所で判断を求めることにしたことについて、心を痛め心配してくださる皆さまにはお知らせしたいと思います。高裁での和解の経緯や判決の要点などを弁護士さんにまとめて頂きましたので、ご一読ください。

 キャンディ・キャンディ裁判は、もともと水木さんが原告となって訴えてきた訴訟です。キャンディの絵を使用したいのならば、使用したい業者の方が水木さんの許可を求めるのではなく、いがらしが業者の代理でお願いしてくるのが当然と水木さんは思っていたのでしょう。通 常は使用したい業者さんや出版社がそれぞれに許可をとります。当人同士で許可をとりあうケースは稀にしかありません。最初の訴訟でテストケースのプリクラを作成した業者さんを飛び越えて、絵の使用を許可したいがらしだけを被告にした水木さんの行為は、水木さんが、口先だけでいがらしを大切な友人と言っていた、という事の表れだったと考えるしかありませんでした。残念で淋しい気持ちになります。

 たくさんの応援メールを頂き、温かく見守っていただいている皆様には本当に感謝いたします。

 皆様をまき込むつもりは毛頭ありませんでしたが、他のネットに、いわれのない方々が私と関わりがあると決め付けられて、悪の片棒を担いでいると祭りあげられている書込みが多数あると聞きました。胸がしめつけられる思いです。私は偽りのない事実をお伝えしているつもりですが、多くを皆様にお話していない為に、在らぬ 誹謗中傷がはびこってしまったと心痛めております。
同じキャンディファン同士なのに・・・。 とてもつらいですが、今しばらく、ご心配をおかけする日々が続くことをお許しいただきたいと思います。 その分、新作も含め皆様のご要望に沿うよう頑張って仕事をして行きたいと思いますので、今後も、応援を宜しくお願いいたします。

平成12年5月26日 いがらしゆみこ

 

 

《代理人弁護士さんから見守っていてくれたファンの方々へ》

◆ 高等裁判所での判決に至る経過は次のとおりでした。平成11年10月、高等裁判所の裁判長は、この件は影響の大きい問題なので和解による解決を促したい、として双方に和解勧告がありました。(通 常、裁判所から和解が勧められる場合には、判断が微妙である場合が多いです。)その法廷で双方の弁護士は「和解の席に着くことに異議はありません」と答え、和解の場が設けられることになりました。

◆ 裁判所の勧告により和解の場が設けられた事で、いがらしさん側として、より適切な漫画の利用方法の指針などを事前に裁判所に伝えるなどして、話合いの場に臨みました。ところが、水木さん側のとった話し合いの場での態度は、進んで和解をしようという意思はあまりみられないものでした。2回目の和解の席で、水木さん側は「和解できない。結審してすぐに判決をして欲しい」と述べたことから、裁判官はその発言を受けて、「それなら和解は無理ですね」と和解を打ち切りました。そして、その後予定されていたはずのいがらしさんの尋問もおこなわれる事なく結審となり、平成12年3月30日に東京高等裁判所から判決が言い渡されるに至りました。

◆ 高等裁判所の判決内容は、控訴を棄却するものでした。一審同様、文章作成を担当した原作者が拒めば、漫画家は自分の個性で創りあげたキャラクターすら自由に描く事ができなくなるという結論です。これは漫画家にとって非情であり、受け入れがたいものと考えています。

◆ 漫画が企画されて、完成していく過程は、作品によって色々なケースがあります。「キャンディ・キャンディ」のケースについては、CC-netでも発表していますが、漫画が作成されるに至った経緯、漫画における絵の重要性や漫画家の関与している度合いの大きさについて、うまく裁判所に伝わっていないように思われ、残念でなりません。

◆ 特に今回は、裁判所の勧告により和解による解決を目指したにも拘わらず、水木さん側の和解拒否によって和解が不成立となってしまいました。これによって漫画界の将来に禍根を残す事になってしまうことは、憂慮すべき事だと思っています。

◆ それでも、今回の高等裁判所の判決においては、漫画家にとって一定の前進が見られた事も事実です。判決では、『明示の契約が成立していない場合であっても、当該漫画の利用の中には、その性質上、一方が単独で行いうることが、両者間で黙示的に合意されていると解することの許されるものも存在するであろう。』と述べています。つまり、たとえ明示の合意がなくとも、利用方法によっては黙示的合意が存するとして、漫画家が単独で絵の利用ができると高等裁判所は認めたのです。例えば、サイン色紙、ファンクラブ会報、CC-net等における絵の使用については、水木さんの明示の合意がなくても、いがらしさんの許諾のみで利用できるものと考えられます。これは、裁判所が、漫画家の「絵の創作者」としての立場に十分配慮したものと思われます。

◆ また、判決では、『契約によって解決することができない場合であっても、著作権法65条は、共有著作権の行使につき、共有者全員の合意によらなければ行使できないとしつつ、共有者は、正当な理由がない限り、合意の成立を妨げることができないとも定めており、この法意は、漫画の物語作者と絵画作者との関係についても当てはまるものというべきであるから、その活用により妥当な解決を求めることも可能であろう。』と述べています。この指摘するところによれば、契約のあるなしにかかわらず、水木さん側は、漫画家による絵の利用について、正当な理由がない限り拒絶することはできないことになります。

◆ このように、今回の高等裁判所の判決においては、漫画家の立場について前進が見られ、その点では、控訴には十分の意味があったと思います。

◆ キャンディは、漫画家あっての企画として始まった作品で、原作者が発案・企画して漫画家を探していたというケースではありません。いがらしさんが予告カットも新連載のカラー原画もすべて描き上げ、一話目の構想がまとまりネームにとりかかった段階で、ようやく水木さんの原稿が届いたのです。 企画が進んだ後で参加した物語作者が、“原作者”という肩書きを有するが故に、漫画家が独自に創作した絵についてまで、原著作者としての権利を有することになってしまう事は、今後、漫画家だけでなく、あらゆるジャンルで絵を描く人々にとって良くない先例を残してしまいます。 以上のことから、このたび、最高裁判所できちんとした判断を求めることとして、上告受理申立をおこないました。

以上 平成12年5月26日

 

 

皆さんこんにちは、いがらしゆみこです。

このたびの〈キャンディ・キャンディ裁判〉に関しまして、3月に私が控訴し、先月 末に高裁より和解勧告がありましたのでご報告いたします。今まで心配させてし まったファンの皆さんに、その一連の経緯や要点をまとめてみましたので、長文 ですがどうかご一読ください。

◆まず念頭において欲しいのは、この裁判は連載漫画〈キャンディ・キャンディ〉 の、キャラクターの「絵のみの権利」を争うものであり、決して漫画作品その ものの権利を争うものではないという事です。
◆水木杏子氏は「原作者である事を否定されたのでやむなく提訴した」と言って いるようですが、事実ではありません。私は 〈キャンディ・キャンディ〉という漫 画作品に関しては、原作者の著作権を否定するつもりはなく、実際、現在ま での印税の支払い等は、滞りなく行われています。もっとも、印税の支払い等 は、私からではなく出版社や企業から行われるものであって、私には関与でき ません。
◆原作つき漫画作品における原作者と漫画家の権利関係は、ケースバイケース でしか語れないものだと私は思っています。今回の〈キャンディ・キャンディ〉に ついては、私と担当編集者との間でまず企画が生まれ、その企画に合う原作 者を選んだ、という経緯で制作されました。キャラクターデザインは、水木さん の指示を受けることなく、また、第1回のストーリー原稿を受け取る前に私が生 み出したものです。
◆第一審ででた判決は、“漫画〈キャンディ・キャンディ〉はストーリー原作原稿を 原著作物とする(字が先にありき)、二次的著作物である”という判断です。キ ャラクターの絵のみの使用についても、原作者の同意がなければ認められな いというもので、これは連載された作品そのものの使用のみならず、現在新しく描くも のに関しても及ぶ権利であるとしています。また営利目的以外のものにまで、 漫画家側は絵を使用する事さえ禁じられています。つまり私は原作者の許可 なしには、ファンの要望に応えてキャンディの色紙を描く事さえできないのです。 実際に、私のファンクラブやインターネットホームページまで訴えられ、現在は 控訴審が何らかの形で確定するまで、キャンディの絵を使用する事を禁じられ ています。
◆発端となったいわゆる「プリクラ」騒動に関してですが、講談社から離れた私と 水木杏子氏はキャンディの使用についての契約を結びました。しかし水木さん は、絵のみの使用に関しては必ずといっていいくらい首を縦に振りませんでし た。コマーシャルもグッズも、キャンディを使いたいという人と私の間で話が進 んでも水木さんはノーといいます。動きの取れなくなったキャンディを使いたい という人は私に頼み込み、やむなく私の方から水木さんにお願いをしてやっと OKをもらう・・・。ずっとこんな図式が続いていました。絵の保管、監修、サンプ ルチェック、さらにキャンディを使いたいという人との交渉もみな私の方が担当 して、その上彼女のOKも、私が「どうしても」という形でお願いする。こうした事 を繰り返しているうちにだんだん私は、彼女の機嫌をとりながら窓口をやって いる自分に疲れてきました。(水木さんは自宅なので夜遅くは遠慮するしかな いし、昼間はつかまらず、当時は留守電はついていないし、FAXも手動なので、 本人が居なければつながらない・・・) 〈キャンディ・キャンディ〉は20年前に連載終了した漫画です。けれど私は、キ ャンディというキャラクターは、一番良い形で大衆性を持ち愛されているキャラ クターだと思っております。色々な場で登場しても作品の純粋性を失うことなく 愛されていくキャラクターだと思い、グッズもコマーシャルも依頼があれば受け ても良いと考えました。しかし水木さんはキャンディは自分達のものだけで良 いといつも言いました。キャンディはビジネスではないと主張します。けれど、 商品としてファンの皆様や企業にとって価値あるものなら世に出る事も自然の 流れではないでしょうか。愛された連載漫画だからこそ、当然依頼が来る訳で すから、断るだけではいけないと私は考えました。
98年のはじめ頃、これからは企業の依頼も受けていく事を私は水木さん に報告しました。その直後に訪れたプリクラの話を、テストケースとして私は承 諾しました。あくまでテストケースですから、ギャラも発生しません。しかし、水 木さんに話をして今までのように断られたら、と危惧した私はテストケースが成 功した時の方が水木さんに話しやすいと考えましたし、業者さんもテストが成 功したら水木さんに許可を求めようと考えていました。ところが、水木さんにビ ジネスの話をする前に、CG処理したキャンディの絵はすばらしく、たちまち人 気ナンバーワンとマスコミに取り上げられたのです。情報をつかんだ彼女は 「知っていたら断らなかったのに、おゆみは利益を独り占めしようとしている」と 電話で一方的に責め立て、プリクラを中止に追い込み、弁護士をたてて私を訴 えてきたのです。20年来の友人から突然話し合いの機会ももらえず、公に犯 罪者扱いをされ、私は非常に傷ついてしまいました。
◆今回の裁判以前にも、「キャンディの絵を使いたい」と要請のあったCMや商 品化のお話を先に述べたように、幾度となく原作者の理不尽な拒否によって潰 されてきました。当然、そこに利益が発生する場合は原作者の配分も設定して おり、なんら不都合があるとは思えない条件での事です。これが、何十件何十 回と繰り返されたとき、私は「絵とストーリーの権利は分けられてしかるべきだ」 と思うようになっていました。ですから水木さんから今回の訴訟を起こされた時 これを機にして、自分の権利を法的に明確にする為、受けて立つ事にしたので す。でも一審の弁護士の進め方に若干の疑問はありました。ただ法律の事は 専門家である弁護士さんに任せるしかありませんでした(別途一審の弁護士さんからの 報告書があります)。そして・・・思いもかけなかった一審判決が出たときに私 は即、控訴し、現在に至っているのです。(二審は今、別の弁護士さんにお願 いしています。)
◆現在私が裁判で求めているのは、漫画家が自由に絵を描く権利であり、決し て原作者にもいくべき利益を独り占めしようというものではありません。実際、 業者さんが原作者の許可をとる予定で商品化し、得た利益の原作者の分は、 受け取ってもらえない為に現在も、業者さんの方でプールしてあります。それ なのに、水木さんは許可しないまま罰金としてその何倍もの額を裁判で要求し ています。
◆オリジナルのキャンディが描けるのは世界にただ一人、私だけです。その私に 「キャンディを描くな」と言える権利を、描けない原作者に与えてしまった一審 判決は、どうあってもくつがえさなければなりません。これを私が容認すれば、 今後この判決の論理は全ての原作付漫画にも適用される可能性があり、絵を 描けない原作者の気分に左右されながらしか、漫画家は絵を描くことができな くなることになります。そうなれば多くの漫画家が今後原作者と組もうという気 持ちをなくす事が容易に予想され、結果的には原作者側も職を奪われる可能 性が出てくるのです。つまり一審判決は、漫画家・原作者双方にとって不利益 なものであると私は確信致しております。

控訴審ではこれから和解の席に着く事になりました。これは高裁の裁判官が、 水木氏と私との関係修復を考慮して出して下さった結果だと受け止めています。 私はこれまで通り真摯に、謙虚に、話し合いを続けていくつもりでおりますので、 ご心配頂いている皆様には、裁判の主旨を正しくご理解頂いた上で和解成立への エールを送って頂きたいと思い、このように私の考えを文面に致しました。 さらに、あくまですべて真実をお伝えしたい意味から、弁護士さんより控訴内容と 陳述書等を発表していただきますので、難しい文面もあると思いますが、どうぞ ご一読いただいて私が不条理さを感じる訳をご理解ください。 長々とここまで読んでくださった皆様に心から感謝を込めて、ありがとうございま した。

平成11年11月11日
いがらしゆみこ

 

 

<いがらしゆみこ弁護団からみなさんにお伝えしたいこと>  

控訴審において裁判所から和解の勧告があり、いがらし先生として和解のテーブ ルに着くことに同意いたしました。  

いがらし先生がこの裁判(控訴審)で求めていることは、決して漫画「キャンデ ィ・キャンディ」を(お金儲けのために)独り占めすることではなく、いがらし先生 が(キャンディの)絵を描くことを止める権利は誰も有しないことを確認すること にあります。  
別に、控訴審でのいがらし先生側の法的な主張の内容を掲載します。この主張は、 水木さんがいがらし先生、フジサンケイアドワークほかを複製原画の件で訴えた裁 判でいがらし先生側で出した書面での主張そのままのものです。控訴審では、いが らし先生側はこれまで2通の準備書面を提出しているのですが、全文は長くなりま すので、同様の主張を比較的簡潔にまとめた別の書面でいがらし先生側の法的主張 を読んでいただければと思います。裁判所に提出した書面そのままの文章ですので、 難しい言い回しもあり、みなさんが一読しても分かりにくい部分もあるかと思いま すが、正確を期すためにも原文のまま掲載します。  

一審判決は法律論としておかしい点がある、と弁護団は考えております。おかし い点をただすことに控訴の意義があります。「一審判決は絶対である。一審判決に 従わない者、控訴する者は不法者である。」といった論調もまま見られますが、誤 った判決に従わなければならないという法律的な根拠はありませんし、少なくとも 自分が不服と考える一審判決に従わねばならないという道義もありません。一審判 決は仮のものに過ぎないのです。  
一審判決を批判した論評もいくつか出ております。公刊されているものでは、作 花文雄氏(横浜国立大学助教授、元文化庁著作権課課長補佐)「キャラクターの保 護と著作権制度」コピライト1999年5月号、牛木理一氏(弁理士)「連載漫画 の原作とキャラクターの絵との関係」パテント1999年7月号、豊田きいち氏(元 小学館取締役)「出版・著作権メモNo124キャンディ・キャンディ」出版ニュ ース1999年4月上旬号、同「著作権メモNo126キャンディ・キャンディ再 論」同6月上旬号など。いずれも一般には手に入りにくいものですが、興味のある 方はご覧になって下さい。  今回、高裁において和解のテーブルに着きますが、合理的な話し合い解決がなさ れることを期待しております。  

いがらし先生が控訴をしてから、先生に対する数知れない非難―特にインターネ ットを通じて―がありました。それこそ、罵詈雑言、誹謗中傷のたぐいから、事実 と異なること、名誉毀損・侮辱的言辞までありました。その都度いがらし先生から、 「(訴えてでも)何とか止めさせて欲しい。真実を伝えたい。」と求められました が、裁判で争っている以上その決着を待てばよい、その他のことについてはかまう 必要はないと、いちいち気にしないようにしていただきました。その間、先生には かなり不満・ストレスが溜まっていたと思います。ただ、その中でも当事者であり、 発言の影響力の大きい水木さんや井沢さんから事実に反する事が述べられていた のは残念なことです。ここで一つ一つ反論するのは控えますが、いずれ別の機会で 触れることになるかと思います。  

これから控訴審において和解のテーブルが開かれます。  
和解をすること自体は、一審においても控訴してからも一度も拒んだことはあり ません。問題は和解内容です。いがらし先生としては、適正な慣行に則った和解内 容であれば、いつでも和解に合意する用意はあります。  
この裁判は、2人が争っているばかりでは、キャンディファン、漫画関係者、出 版関係者、グッズ業者などにとって良い方向では解決しないものと思います。キャ ンディキャンディを世に出し、後生に残していくためにも、2人の関係を修復し、 2人の間で疑義のないきちんとした取り決めをする必要があります。高裁での和解 を通じて、適正なルール・取り決めを確立してもらうことが紛争の抜本的解決にと ってより良いとの認識のもと、話し合いに望むつもりです。  

平成11年11月11日  

文責 : 弁護士 下田俊夫

 

 

陳述書

「キャンディ・キャンディ」の誕生とその過程

いがらしゆみこ

『“アルプスの少女ハイジ”のような、親子で楽しめる名作物を描いてみる気は ないですか?』 という打診が、当時編集者だった清水氏からきたのは1974年10月「ひとりぼ っちの太陽」という学園物を連載している最中でした。
連載も予定の回数の半分をすぎ、そろそろ次の作品をということが気になりは じめていた矢先の事だったと思います。 その提案は、私にとって非常にうれしいものでした。 中学時代から私は「赤毛のアン」や「若草物語」「そばかすの少年」といった名 作物に読みふけり、いつかはそれらを彷佛とさせる、物語性豊かな作品を創り あげたいものだと思いつづけていたからです。

描きたい!私は二つ返事で引き受け、清水氏とその後何度も打ち合わせを重 ねることになりました。 早くからの打ち合わせは、連載の開始までにたくさんの資料を探したり用意す ることができるので、休みなく連載を続けていた私にとっては必要なことでし た。
私の大好きだった「赤毛のアン」「ローズと7人のいとこ」「そばかすの少年」の 少女小説から新連載の骨子を組み立てていくことになりました。私は次のよう なことを考えました。 主人公は「赤毛のアン」のように、どんな逆境にもくじけない元気で明るい女の 子にしたい。
“いがらしゆみこ”といえば学園物、という固定されたイメージから大きく飛躍す るために、学校は登場させないことにしよう。そして主人公の不屈さや前向き さを物語の強い光とするために、孤児という深い影を設定する(実際、名作物 には出自の不幸を背負った主人公が数多く登場するのです)。 主人公の“悲劇性”の湿度が高くならぬよう、舞台は外国におくこと。 ストーリーの核心は、どんな女の子でもわくわくさせる“王子さま探し”にしたい とも思いました。 ある日、幼い主人公は素敵な男の子と遭遇する。女の子は初恋の男の子が 落としたイニシャル入りのバッチを大切に持ち続ける。そのイニシャルにぴっ たりの男の子こそ、自分の王子さまだと夢見ながら。その女の子の前に、同じ イニシャルの男の子が何人か現れて…。これは「シンデレラ」の逆バージョンと して、何の迷いもなく現れてきたイメージでした。 さらに外国を舞台にするなら、私にはどうしても描いてみたいシーンがありまし た。
それはオルコットの「ローズと7人のいとこ」という作品にあった、ひとコマ。孤 児になったローズを、スコットランドの正装で身を包んだ男の子達が、「ようこ そ」と迎え入れるシーンです。その情景が、すばらしい絵となって頭の中にあり ありと浮かび上がってきたのです。でも、7人も描くのは大変なので3人位でい いなぁ…。この小説の中で、プリンス・チャーリーという素敵な男の子が死んで しまうシーンが気に入っていた私は、3人の少年の中で一番素敵な男の子は 絶対物語の途中で死なせることにしよう―、と決めました。ストーリー中、主人 公の相手役が死んでしまうと話が中途半端になってしまうので、主人公の女 の子が一番最初に好きになった人をラストで出そう、と考えた時やはり少女小 説で大好きだった >「足長おじさん」のラストに行き当たりました。
―初恋は王子様でラストはその人が足長おじさんだった―それでいこう!オリ ジナルで連載する予定でいたので、物語りの最初のほうは清水さんにああし たい、こうしたいとずいぶん話しをしました。 「ひとりぼっちの太陽」の4回目の原稿を渡した(11月中旬頃)後に清水さん が「原作をつけてやらないか?」と言ってきました。(当時からの慣例で、ストー リー書き手のことを原作者と呼んでいた)当時私は75年2月号に「さなえちゃ ん」という読み切りと「ひとりぼっちの太陽」の連載を抱えていました。しかし私 は描くのがとても遅い漫画家で、ひと月に40ページから60ページがやっとで した。

そのため清水さんから、編集部の意向として作品数を増やす代わりにストーリ ーをサポートしてくれる人を用意するというのです。 それまで私は38本の作品を完成させていましたが、サポート付きというのも 珍しくなく、そのプラス面も良く分かっていましたから、清水さんの提案ももっと もなものでした。 私は、ある程度私の中で固まりつつあるストーリーをサポートする人は、私の 感性を理解し、同じような少女小説を読んだ事のある人でなければ無理だと 思いました。
『会ってみるかい?』と清水さんは言いました。 『多分彼女は、おゆみの知っている少女小説は大体読んでいると思う。今、 「なかよし」で志摩ようこさんと組んで「ロリアンの青い空」の新連載を始めた人 で、名木田恵子さんというんだ。年はおゆみより一つ上だよ』
『その人って原ちえこさんと組んで、「うたえ!ポピーちゃん」もやってる人でし ょ?』
同じ雑誌で、別の漫画家2人と組んで、おまけに私と組む。
原ちえこさんのは、アイドルを扱った漫画だし、志摩ようこさんと私は画風が違 うので問題はないけれど、「ロリアンの青い空」という作品は少女名作物路線 の作品なので、一人の原作者が似たような話を同じ雑誌に二人の漫画家と組 んで書くのはあまりに芸がないと、清水さんに言いました。 まして、3本もの連載をたった一人でこなせないと思いました。 『ロリアンとダブルのは75年4月号で、4月号がでる時には名木田さんはその 最終回を終わっている。おゆみと原さんのだけになる。』
『じゃあ、私の新連載の1回目の原作とロリアンの最終回の原作が重なって、 うたえ!ポピーちゃんもやるなら名木田さん大変じゃない?』
『1回目はおゆみの中で大体できているから、それ以降に厚みのある作品に するためにも彼女は適任だと思うよ』 私のネームの遅さ絵の遅さに懲りている清水さんは、少しでもネームが速くで きるようにと考えてくれているんだ。

「ひとつ屋根の歌」のような私のオリジナル作品では、自分の中でいつもいろ いろなパターンがあって、どのシーンを選ぶとどのエピソードにつながるか自 問自答の連続で、一つのシーンを一つのエピソードに絞りながら作品を構成し ていくので、ずいぶん時間がかかりました。 ネームも何度も書き直し、同じページのネームを5枚も6枚も書いて次のペー ジにつなげていく。そして次のページができると前のページの一番表現が適切 なコマを選んでつなげる。前に進み、後戻りしながらネームはやっと一つのス トーリーを完成させていく。

一方で、キャンディのように漫画用に書かれる原作の場合は、材料探しから悩 んでいくオリジナルに比べ、原作という材料を与えられる分だけネームの仕上 がり日数が少しは早くなると思います。 ラストシーンは最初の打ち合わせで、ある程度決めてスタートします。一話目 の出来上がった漫画を読んだ後に続きのストーリーの材料を提供してもらい、 その材料で悩み、ストーリーを構成しネームにしていきます。その間には私と 清水さんとで緻密に打ち合わせを繰り返し、次回にはどんなエピソードをもっ てくるか、こういうシーンは是非入れたい、などを清水さんが原作者に伝えて ストーリーの中に組み込んでもらうとういう流れです。

名木田さんという人がどういう人かは知りませんでしたが、会って組みたいと 思える人ならば組もう。そうでなかったら断って、別の人を探してもらおう。そん な気持ちで清水さんにセッティングしてもらい、11月の後半に初めて会う事に なりました。

最初に名木田さんと会った時、清水さんも同席していました。 自分が好きだった小説のことを話すと、名木田さんは打てば響くという感じで、 冴えた反応が返ってきました。
『それは知っている。それも読んだ』 と私たちは興奮しながらたちまち同好の友となりました。
『主人公かそれに次ぐ人が、死んでしまうような作品が好き』 と私が言うと、名木田さんは私もそうだと賛同してくれました。 この人なら、作品の趣向をよく理解してくれるだろうと、私は安心しました。そ れは、彼女と組んでもいいと決めたときでもありました。 加えて私とは何から何まで違うことも魅力的でした。私が地に足つけて進むタ イプなら、名木田さんは思いがけないところで飛んでしまうタイプ。綿密で理屈 っぽい私に対して、名木田さんは感覚的。キラキラ光るような台詞やことばが、 ぽっとした瞬間に生まれてくるのです。
ここで私は第1回目のプロットに関して語りました。 スタートは孤児院からで捨てられた赤ちゃんのシンデレラストーリーだという事 や、清水さんと話して、ある程度方向性の出来ている部分を、―特にスコットラ ンドの衣装を着た主人公と最初に会う少年を、その何年か後にそっくりな男の 子と出会いその子は途中で死んでしまうことも、(兎に角これらのシーンは絶 対に描きたかった)―、さらに主人公が行った先で、スコットランド衣装の三人 の少年に出迎えられるシーンも是非いれて欲しいと頼みました。それは「ロー ズと7人のいとこ」でローズが引き取られた先で、7人のいとこがスコットランド の衣装で出迎えると言うシーンそのままなのですが、私が一番好きなシーンだ からです。その次に、プリンス・チャーリーの死。ローズが愛した少年の死のエ ピソードはどうしても、自分の絵で主人公に経験させたかった事です。
ラストシーンは(私はいつも最初に、最後のシーンを考えます)足長おじさんが 王子様だったと分かる場面でハッピーエンドにしたい―、と彼女に話しました。 そうね、そうねと名木田さんはにこにこしながらうなずき、かわいいメモ帳にメ モをとっていました。
私は『主人公の女の子はこんな風に考えているの』とキャラクターのイメージも 以前から頭の中で描いていたものを、いつも持ち歩いているネーム用紙(B5 の無地レポート用紙)にその場でスケッチしました。リボンを付けたフワフワ頭 の女の子をです。その女の子に“赤毛のアン”のようにそばかすも入れまし た。
名木田さんは、漫画家が目の前で漫画を描くのを始めて見たように喜んでい ました。
清水さんも、名木田さんもその絵に指図はしませんでした。清水さんは私の担 当をして一年近くになっていましたが、その間私の絵に対して指図をしたこと は一度もありませんでした。(誉めていただいた事は何度もありましたが…) 初対面の名木田さんが私の絵に何か指図をしていたら、私はきっと彼女とは 組んでいなかったと思います。
漫画を描く作業は時間も長くかかるし、描いている漫画家は思い込みを強くし て、その絵に表情を動作を積み重ねていきます。愛しぬいてその絵を描きま す。自分の絵をきらいと言う人や、変だと言う人には制作過程の中であまりそ ばに居てほしくないものです。気が削がれて描く気さえ失せてしまうからです。 つらい作業の中で、せめて私の愛する絵を好きだと言ってくれる人達と仕事を したいものです。
ですから、何も指図をしなかった名木田さんは私の絵が好きなんだ。と内心嬉 しかった事を覚えています。

ネームの段階で清水さんは、ここがおかしい、繋がりが不自然だとよく場面展 開について指摘し打ち合わせてくれましたが、名木田さんは清水さんに原作を 渡すだけで、後は私に任せられていました。場所も「赤毛のアン」のようにカナ ダの近くにしたくて、地図帳(小学館ジャポニカ世界大地図)を広げ、レイクウッ ドという地名があまりにこの作品にピッタリだったので、そこを王子様のいる舞 台に使う事に決めました。行ったことのない「湖と森」の名のついた地名は、私 の育った北海道と重なります。ミシガン湖の南、山あいのポニーの家から木々 の間に湖がみえるレイクウッドのお屋敷へとイメージも膨らみました。また主人 公の名前は、私が映画女優のキャンディス・バーゲンが好きでしたので、愛称 として『キャンディ』、色が白い子はそばかすが多いので、『ホワイト』と、キャン ディス・ホワイトの名前がすぐ決まりました。あとの主だった登場人物のネーミ ングについても、私の友人であり、プロの漫画家の村中さんが当時私のアシ スタントもしてくれていたので、彼女が集めていた名前リストから選んで決めて いきました。

予告カットがほしいと言われ、清水さんに渡したのは、「ひとりぼっちの太陽」 の最終回を描き終える前でした。(75年1月8日) 私が名木田さんの原稿を初めてみたのは、私が既に連載第1回目の表紙絵 (75年1月20日渡し)やカラーページを描き終え、その続きの白黒ページのネ ーム(仲良しのアニーが養女にもらわれて行くところ)を描いていた最中です。 前述のとおり、一話目のストーリーは私の中ですでに出来上がっていましたし、 名木田さんは「ロリアンの青い空」の最終回に加えて連載中の「うたえ!ポピ ーちゃん」の原稿を執筆していたため、こちらの原稿が遅れたのだと思いま す。
漫画が一話完成すると、名木田さんはそれを読み、その続きを考えるのです が、その時やはり、清水さんは名木田さんにも内容を指摘し、打ち合わせを続 けてきたのでした。清水さんがいたからこそ、この作品は一年の予定をゆうに 過ぎ四年半もの長編になったのだと思います。
『厚みのあるストーリー』とは、清水さんの口癖でした。作品を引き伸ばしていく 時の指示は見事でした。アンソニーという少年が死んで、場面をイギリスに移 したのも彼のアイディアでしたし、作品をより確かなものにするために時代を決 め、第一次世界大戦を入れようと言ったのも彼でした。『じゃあキャンディはナ イチンゲールにしたい!戦争に行かせよう』と私は喜びました。私は、西部劇 や戦争映画が大好きだったので、アクション的なものは大得意でした。(”ひと りぼっちの太陽“もアクションものでした) しかし、低学年の少女読者を対象としている『なかよし』という漫画雑誌でどの 程度まで戦争が描かれるかが問題になりました。結局、戦場にキャンディが行 っては場面的に暗くなるので、戦場行きだけはカットになりましたが、看護婦と いう職業をキャンディに与えたのは、それから先の話を大きく広げることになり ました。
名木田さんは戦争のことは全然わからないと言い、「おゆみ宜しくね!」と言わ れたのをはっきり覚えています。彼女は資料を使わずに書くタイプで、私はそ の逆でした。
4年半の長編で、私は名木田さんから参考資料として何一つ用意してもらった ことはありませんでした。
最後にたった1枚だけ送られてきた写真は、わざわざ最終回を書くために、ヨ ーロッパの古城のホテルに行き、そこのライティングデスクで書き上げた原稿 の束を撮ったものでした。
その最終回の原稿はとても使える出来ではなく、旅行中の彼女にリテイクを出 す術もなく清水さんから変わった編集さんは、別の編集部に移った清水さんを 私の仕事場に呼んで来てくれて、3人で相談しましたが、結局「おゆみの描き たいように描きなさい」との結論を出してくれたのです。
私は、初めて名木田さんとあった時に伝えた最終回のシーンを、あの時考え ていた思いを込めて、名木田さんの原作なしで描き上げました。

平成11年9月3日

いがらしゆみこ

 

 

 


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