狡兎死して良狗烹らる(こうとししてりょうくにらる)

 漢(かん)の名将として名高い韓信(かんしん−国士無双参照)も最後には反逆(はんぎゃく)を企(くわだ)てた事が発覚し殺されてしまいましたが、その4年前にも謀反(むほん)を起こしたと密告(みっこく)されて、逮捕された事がありました。その頃の韓信は、その功績(こうせき)によって楚王(そおう)に任命されていました。そして、昔、高祖(こうそ−劉邦のこと)の敵であった項羽(こうう)配下の猛将(もうしょう)の「鐘離ばつ(しょうりばつ)※」という男をかくまっていました。高祖はその男を連れてくるように言いましたが、韓信は鍾離ばつと親しかったので、その命令を聞きませんでした。さらに、韓信が謀反を企(たくら)んでいるとの密告があったのです。

 その後、高祖は韓信を捕らえるように諸侯(しょこう)に命令を下しました。これには、韓信も不安になっていたところ、ある家臣が言いました。

「鐘離ばつの首を持参すれば陛下も喜び、疑いも晴れる事でしょう。」

 もっともだと考えた韓信は、それとなく鐘離ばつにその事を話し、自害(じがい)を求めました。すると、鐘離ばつは言いました。

「高祖が楚に攻めてこないのは、君と私がいるからだ。それなのに、私を殺してしまえば、君はたちまち捕まってしまうよ。私は君を見損なったよ。」

 そう言い終わると鍾離ばつは自害してしまいました。

 韓信は疑いを晴らすために、その首を持って高祖の所に参上しましたが、たちまち捕(と)らえてしまいました。そこで、韓信はくやしがって言いました。

「ああ、『狡兎死して良狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵われ、敵国敗れて謀臣滅ぶ。(ずる賢いウサギが死ぬと良い猟犬も煮て食われ、高く飛ぶ鳥がいなくなると良い弓はしまい込まれ、敵国が滅びると知謀の家臣は殺されてしまう。)』というが、まったくその通りだ。天下はすでに平定されたのだから、私が殺されるのも当然だ。」

 この時は、韓信の無実は証明されましたが、楚王の位から淮陰侯(わいいんこう)の位に身分を下げられてしまいました。

 「良狗烹らる」は「走狗烹らる」とも言われ、この話より以前にも使われていたそうです。用が済むと殺されてしまうような事が多かったのでしょうか。現代社会にもこれと似たような事はありますね。

 

※鍾離ばつ・・・「ばつ」が表示出来ないため、やむを得ずひらがな表記にしました。

 

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