狡兎に三窟あり(こうとにさんくつあり)

 斉(せい)の国の孟嘗君(もうしょうくん)の話(参照:鶏鳴狗盗)を覚えていますか。これは、その後のお話です。

 ある日、孟嘗君のところに馮驩(ふうかん)という人が食客(しょっかく)としてやって来ました。馮驩は、ぼろ草履(ぞうり)をはき、ぼろぼろの服を着ていて、唯一(ゆいいつ)の持ち物といえば長剣(ちょうけん)だけでした。そんな格好(かっこう)だったので、孟嘗君は馮驩を伝舎(でんしゃ)という一番位の低い宿舎(しゅくしゃ)に入れる事にしました。

 10日位して家の人に馮驩の様子を見に行かせたところ、長剣の柄(つか)を叩(たた)きながら、こう唄っていました。

「長鋏(ちょうきょう)よ、帰来(かえ)らんか、食に魚なし(長剣よ、帰ろうか、食事に魚も出ないよ)」

 それを聞いた孟嘗君は、馮驩を幸舎(こうしゃ)という一つ位の高い宿舎(しゅくしゃ)に変える事にしました。今度は食事に魚が出るので、これで馮驩も満足しているだろうと家の人に馮驩の様子を見に行かせたところ、長剣の柄(つか)を叩(たた)きながら、こう唄っていました。

「長鋏よ、帰来らんか、出(い)づるに輿(よ)なし(長剣よ、帰ろうか、外出するにも馬車がないよ)」

 それを聞いた孟嘗君は、今度は代舎(だいしゃ)という一番位の高い宿舎(しゅくしゃ)に変える事にしました。今度は外出のための馬車が用意されているので、今度こそ馮驩も満足しているだろうと思っていると、また長剣の柄(つか)を叩(たた)きながら、こう唄っていました。

「長鋏よ、帰来らんか、以(もっ)て家を治むるなし(長剣よ、帰ろうか、これじゃ家を持てないよ)」

 それを聞いた孟嘗君は、今度ばかりはさすがに怒って、そのまま放っておくことにしました。

 しばらくして、孟嘗君は領地(りょうち)の薛(せつ)に使いをやり、貸付金(かしつけきん)の回収をさせる事にしました。孟嘗君の所には食客が大勢いたので、人にお金を貸してその金利(きんり)を費用の一部にしていましたが、貸したお金を返さない人が出てきたためです。そこで馮驩を使いに送る事にしました。

 馮驩はすぐに薛に行き、お金を貸した人々を集めました。そして、すぐに払える人には払わせ、払えそうな人には期日を延期させ、払えそうもない人の証文(しょうもん−証拠の文書)は焼き捨ててしまいました。そして、集めたお金でお酒や肉を買って宴会(えんかい)開き、領民たちに振舞(ふるま)いました。

 さて、帰ってきた馮驩の話を聞いた孟嘗君はとても怒りましたが、馮驩はこう答えました。

「私は返済できる人には払わせましたが、できない人はいくら催促(さいそく)しても払えません。無理に取り立てようとすれば、その人たちは夜逃げしてしまい、結局お金は返ってこないでしょう。そうなると世間では、『薛の領主はお金を愛して領民を愛さず、領民は領主を裏切り借金も払わない。』という悪口を言われます。それならば、いっそ返って来ない借金の証文と引き替えに、領民たちにはあなた様の恩義を売り、天下にはあなた様の人徳の高さを知らせて参りました。」

 それから1年が経ち、孟嘗君は斉の宰相(さいしょう)の任務をやめさせられました。孟嘗君はがっかりして薛に引き上げましたが、領地に着くと領民たちが、皆、道に並んで出迎えていてくれました。この時、孟嘗君は馮驩の言った事を思い出し、感謝しました。すると、馮驩は言いました。

「利口な兎(うさぎ)は穴を3つ持っているので安全なのです(狡兎に三窟あり)。あなたはまだ1つしか持っていませんから、あとの2つも急いで作っておきましょう。」

 そして、馮驩は魏(ぎ)の国の恵王(けいおう)の所へ行き、言いました。

「恵王様、斉の王は孟嘗君を解任しました。今、あれほど徳の高い孟嘗君を用いる国は必ず栄える事でしょう。」

 恵王は、すぐに孟嘗君を招くよう使者を出しました。この話を聞いた斉王は、孟嘗君を魏に取られないよう、再び宰相に任命しました。すると馮驩は孟嘗君に言いました。

「先代の王様の廟(びょう−祖先の霊をまつる所)を薛に建てるよう、王にお願いしてみなさい。」

 孟嘗君が斉王にお願いすると、すぐに薛に廟が建てられました。

「これで斉と魏と薛の3つの地に穴が出来ました。これであなた様も安全です。」

と馮驩は言いました。そして孟嘗君はそのおかげで安泰に一生を送りました。

  

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