完璧(かんぺき)

 中国の戦国時代に趙(ちょう)の国に「和氏の璧(かしのへき)」と言う有名な宝玉(ほうぎょく)がありました。
その頃、どんどん力をつけてきた隣の秦(しん)の国の昭王(しょうおう)は、その「和氏の璧」が欲しくてたまらなくなりました。
そこで、昭王は趙の国に対し、国境にある15の城と交換しようと使者を送りました。
趙の国は困ってしまいました。秦の国は力が強いので、「和氏の璧」を渡したとたん昭王は知らん顔をする恐れがあったからです。

 そこで、趙の国は藺相如(りんしょうじょ)と言う男に「和氏の璧」を持たせ、昭王のもとに送りました。藺相如は趙の国に滞在していた食客(しょっかく)でした。

 さて、藺相如が昭王のもとに到着し「和氏の璧」を差し出すと、案の定、昭王は璧を手に取り喜ぶばかりで交換条件の15の城の事を口に出そうとしません。そこで、藺相如は昭王に言いました。

「実はこの和氏の璧には少しキズがあるのです。」

すると、昭王はどこにキズがあるのか探しましたがよく分かりません。

「ここに・・・」

すかさず藺相如が進み出て璧を手に取り言いました。そして昭王から璧を取ると素早く後ろに下がり、昭王に言いました。

「私のいる趙の国では礼儀を非常に重んじているから、こうして璧をお持ちした。しかし、昭王様は璧を手にしたとたん約束の15の城の事は忘れてしまっているようだ。それでは約束が違うので璧は持って帰ります。止めようとするならば、私の頭と一緒に璧をこの柱にぶつけて砕いてしまいます。」

昭王はその気迫に押されて何も出来ず、藺相如は無事に璧を持って帰国しました。

 こうして、壁を完全な形のまま持ちかえったことから璧を完(まっと)うする、という事で「完璧」と言う様になりました。

 さて、話は変わってこの「和氏の璧」ですが、この宝玉の由来については「韓非子(かんぴし)」の中にエピソードがあります。

 紀元前8世紀頃、楚(そ)の国に卞和(べんか)という人がいました。
ある日、卞和は山の中で美しい石を見つけたので、?王(れいおう)に献上しました。ところが、?王はその石をただの石ころだと思い、怒って卞和の左足を斬ってしまいました。卞和は次の武王(ぶおう)にも献上しましたが、同じく今度は右足を斬られてしまいました。次の文王(ぶんおう)の時代になりましたが、悲しんだ卞和はずっと山のふもとで泣き明かしていました。

 山の中でずっと泣いている男がいるという噂を耳にした文王は卞和の所に行き、どうして泣いているのかと尋ねました。すると卞和は言いました。

「私は自分の足を斬られたことが悲しくて泣いているのではありません。この様に天下に2つと無い宝玉をただの石とみなされてしまったことが悲しくて泣いているのです。」

そこで、文王がその石を磨かせると、卞和の言った通りすばらしい宝玉になりました。こうしてその石は「和氏の璧」と呼ばれるようになったのです。

BACK