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中村彝(なかむら つね)
1887-1924
≪エロシェンコ氏の像≫
1920年/油彩・キャンバス/45.5×47.2cm
東京国立近代美術館
重要文化財
Tsune NAKAMURA
1887-1924
Portrait of Vasilii Yaroshenko
1920/oil on canvas/45.5×47.2cm
The National Museum of Modern Art, Tokyo

当時、新宿中村屋に身を寄せていた盲目の口シア人詩人ワシリイ・エロシェンコの肖像である。中村彝とその友人の画家鶴田吾郎の二人が同時に彼をモデルとし、彝のアトリエで8日間をかけてそれぞれ描いた。この詩人はその天衣無縫な人柄と美しい風貌によって出会う人をみな魅了し、また、杖も使わずに坂道を駆け下りられるほどに冴えた感覚を持っていたという。描かれた人物からの視線を欠いた肖像画という特異なありかたがここではむしろ積極的に機能し、絵画が画面全体としてひとつの視線と化して見るものを捕えるかのようである。それはまさに、「敬虔なる緊張を以って対する時、自然は最も厳かなる美を示してくれる」と語る彝の写実観を体現するものとなっている。ルノワールからの感化は明らかであるが、それも充分に消化され、色数を限った静かな画面の中、柔軟な筆運びが生動感をもたらしている。(K.N)