トップページ

おおいつきくにのおおみち

平成十八年一月十八日
2006/1/18
佐藤明司
http://sumeramichi.net/data/index.html
このページはルビ表示機能を有する InternetExplorer での閲覧を推奨します
印刷用 PDFファイル
   

目次

(おお)()(つき)(くに)(おお)(みち)
第一巻 ()()()()()()() 第二巻 ()()()()()()() 第三巻 ()()()()()()()
第 1 帖 [1]
第 2 帖 [2]
第 3 帖 [3]
第 4 帖 [4]
第 5 帖 [5]
第 6 帖 [6]
帖外
第 7 帖 [7]
第 8 帖 [8]
第 9 帖 [9]
第 10 帖 [10]
第 11 帖 [11]
第 12 帖 [12]
第 13 帖 [13]
第 14 帖 [14]
第 15 帖 [15]
第 16 帖 [16]
第 17 帖 [17]
第 18 帖 [18]
第 19 帖 [19]
第 20 帖 [20]
第 21 帖 [21]
帖外
第 1 帖 [22]
第 2 帖 [23]
第 3 帖 [24]
第 4 帖 [25]
第 5 帖 [26]
第 6 帖 [27]
第 7 帖 [28]
第 8 帖 [29]
帖外
第 9 帖 [30]
第 10 帖 [31]
第 11 帖 [32]
第 12 帖 [33]
第 13 帖 [34]
第 14 帖 [35]
第 15 帖 [36]
第 16 帖 [37]
第 17 帖 [38]
第 18 帖 [39]
第 19 帖 [40]
第 20 帖 [41]
第 21 帖 [42]
第 22 帖 [43]
第 23 帖 [44]
第 24 帖 [45]
帖外
第 25 帖 [46]
第 26 帖 [47]
第 1 帖 [48]
第 2 帖 [49]
第 3 帖 [50]
第 4 帖 [51]
第 5 帖 [52]
第 6 帖 [53]
第 7 帖 [54]
第 8 帖 [55]
第 9 帖 [56]
第 10 帖 [57]
第 11 帖 [58]
第 12 帖 [59]
第 13 帖 [60]
第 14 帖 [61]
第 15 帖 [62]
第 16 帖 [63]
第 17 帖 [64]
第 18 帖 [65]
第 19 帖 [66]
第 20 帖 [67]
第 21 帖 [68]

付録
(あめ)(つち)(いや)(さか)祝詞(のりと)
副題 『 難を喜びに替える方法 』
()(おり)

第一巻 ・ あめつちの巻

第一帖 ・ 1

 三界を貫くあめつちの(みち)(いや)(さか)に開けるのである()(道)。この(みち)(おお)()(つき)(くに)(おお)(みち)ぞ。人民もと共に苦労に苦労してきたのであるが、時節到来いたして、いよいよ世に出ることに相成りたぞ。先づおろがめよ。()のでに(むか)いて対等に立て。大地に立て。一切の邪念さらりと捨てて、光り輝やく自己を見出せよ。(うつ)せよ。(おのれ)()け入れるのであるぞ。(ひと)となるのであるぞ。

()(ツキ)(しょ)

先頭に戻る

第二帖 ・ 2

 元のキののことは、元のキの()(すじ)でなくては判らんぞ。判らん者は、判らんのが正しいのであるぞ。判らんものが判った顔して上に立つことあるぞ。

十二月三十日

先頭に戻る

第三帖 ・ 3

 (ふで)少し判ると自分が救世(しゅ)に見えてくるぞ。深く判れば恐ろしくなるぞ。判らん者が上に立つことあるぞ、と申してあろう。これも仕組の節々であるぞ。悪憎むでない、と申してあろう。善も悪もあなないて新しき善と申してあろう。

先頭に戻る

第四帖 ・ 4

 (うえ)(した)ぐれん二度三度。五(たび)の岩戸一度に開く。()()()()()()()()(いつわ)り申さん。

先頭に戻る

第五帖 ・ 5

 人間には欲もいるなれど、無理せず水流れるように、に従いてくれよ。無理すな、(あせ)るな、(さか)らうな。自分光りているぞ。光り人に伝えよ。この道開く。

先頭に戻る

第六帖 ・ 6

 書かしているが、(なに)やら自信無く書いているぞ。落した上にも落してあろう。よく納得なされよ。仕組いよ世に出るぞ。三千世界が(うな)りだすぞ。早よう目覺めよ。

先頭に戻る

帖外

()()()()()()()()(オオ)()()()()()()(オオ)
(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)
()()()()()()()()(オオ)()()()()()()(オオ) ()()()
()()()()()()()()()()()()()()(オオ) ()()()()
先頭に戻る

第七帖 ・ 7

 この巻、あめつちの巻。は自由自在、見通してあるから、必要あれば()()でも()()でも、(ふで)でるぞ。この度は明司使いたぞ。御苦労ぞ。一人前の顔しているが、()が取れん。天国まで我を持って行く気か。お通し申さんぞ。皆一致和合せよ。一人で偉くなってはならん。皆々みろく様でないか。(とき)来たぞ。節分(さかい)。用意よいか。急ぐぞ。

十二月三十日 ()(ツキ)

先頭に戻る

第八帖 ・ 8

 新しき年の始めに書き知らすぞ。今年こそは、と(まい)(とし)申しているが、いよ本当の今年こそは、何が何んでもであるぞ。待たれん時と成りたぞ。何回でも何回でも、造りては壊し作りては壊ししてきたのざが、十一ができたので、今年からの(しん)(ぎょう)、つくりては育ててゆかなならん。今迄は(はら)鎮まっておらなんだであろう。(うわ)の空の神業でありたろうがな。これからは肚に鎮まるぞ。肚に鎮めて、自信を持って堂々とやりて下されよ。一歩も(あと)え引くでないぞ。(ただ)只管(ひたすら)に進めよ。一筋道。()()()

先頭に戻る

第九帖 ・ 9

 は喜びそのものであるから、心となれば喜び満ち満つのであるぞ。(うれ)し嬉しとはこのことぞ。()(おお)()(まつ)り御苦労でありたぞ。(しば)し絶えし祭り(よみがえ)りたぞ。の足場できたぞ。足場(ひと)いざ進め。三千世界喜びに満つ。皆御苦労でありたぞ。良く辛抱してくれたぞ。の世明け。

先頭に戻る

第十帖 ・ 10

 奥山から十を追い出して、(あく)(がみ)(ども)が自由に致しているのであるが、悪の殿こんなこと長く続くとでも思うているのか。はできるだけ(おだ)やかに致して、改心してくれるのを待ちているのであるが、待たれん事に相成りたるから、悪の殿お出ましくれよ。出て行かねば(つま)み出すぞ。覺悟よいか。

先頭に戻る

第十一帖 ・ 11

 (おお)(かた)団居(まどい)(われ)が天下を取るような事を申しているであろうがな。人民は目(くら)で欲が深いから、自分が信じている道が世界中で一番高く正しいと思う様になりて、自分が世に出度いから、辛抱して儲けてきた財産を、どんどん注ぎ込んで、(おだ)て上げられて得意になり、先生と呼ばれて有難たがっているが、そこに深い悪の仕組があるのであるぞ。何んな団居(まどい)も初めの目的は正しくとも、だんだんと(くも)りできて、悪の仕組に落ちるのであるぞ。見通しのならば、何んな人でも救う事できるのぢゃ。金有る時に利用して、無くなれば知らん顔するのは、(しも)々の(れい)のする事ぢゃ。大きく目開けよ。(だま)されるでないぞ。宇宙(たい)(どう)、あめつちの(みち)(せい)々堂々と進めよ。()(よう)(まつ)(せつ)(えだ)は枝。元のの元の(みき)、大地に根を張った幹であるぞ。心大きくあめつちに(はな)てよ。光満ち満ちてくるぞ。この道理肚底から納得できるであろうがな。

一月十日 ()(ツキ)(しょ)

先頭に戻る

第十二帖 ・ 12

 其方(そなた)のしている事がの御心に(かな)っていれば、喜びが湧きでて希望に満ち、光がでてくるのであるぞ。の御心に添わんものは、何か暗い影差すのぢゃ。影あってはならん。影から生れたものは(まが)(きま)っているぞ。光から生れたものは喜びぞ。喜びが光を生んで、(うず)がだんだん大きくなってくるのが、誠のの道であるぞ。今迄のやり方間違っていた事、よく判りたであろう。今からは間違って下さるなよ。肚にアオウエイ吸いて、キを鎮めよ。の大のキ肚に鎮めよ。肚に鎮まればタカアマハラぞ。タカアマハラは(ひと)すむところ。(ひと)()(さか)(いや)(さか)

一月十日 ()(ツキ)(オオ)(しょ)

先頭に戻る

第十三帖 ・ 13

 先づ五人集まれよ。小さい自分捨てて、肚の底から相談せよ。導くぞ。次に十人集まれよ。柱であるぞ。(ちから)加わるぞ。の智(さず)けるぞ。言葉、行い正せよ。今迄の小さい自分捨てて、の大の大船に乗れよ。(ちから)与えるぞ。誠の千人力でるぞ。

()(ツキ)(オオ)

先頭に戻る

第十四帖 ・ 14

 あめつちの光もちて、(だい)(せん)世界、救いの大岩戸開きの船出ぞ。この道を進む者、永遠(とことわ)に光あり。

一月十日 ()(ツキ)(オオ)()()

先頭に戻る

第十五帖 ・ 15

(こと)()きて 書きしらせたる この(ふみ)は (もと)()()の 誓いの筆ぞ
あめつちの (おお)(みこと)もち この度の 岩戸開けよ ()()()(ます)(ひと)
あめつちの 大命もち (また)となき 岩戸開けよ 益人
先頭に戻る

第十六帖 ・ 16

 や佛の名を(かた)りて、(しん)(ぎょう)(せい)(ぎょう)と申して、人民の首に縄を付け、病気にしたり不幸にしておいて、治してお陰と申して、(かね)巻き上げている(じゃ)()(たま)達よ。悪戯(いたずら)もよい加減にせよ。このが誠の(しん)(りき)だしたら、何んな事になるか、承知しているであろうが。この()(ぶき)よく存じているであろうが。真面(まとも)に見ると目暗になるぞ。(とどろ)き聞けば(つんぼ)になるぞ。影も形も無くなるぞ。早よう心入れ替えて大様にまつろへよ。皆助かる道あるのぢゃ。気の毒できぬ内に、念の為に知らせおくぞ。

()()()()(しょ)

先頭に戻る

第十七帖 ・ 17

 自分のしている事は絶対に正しいと思っているであろうが。それでも何処か心に残る事があろう。気になりておろうがな。邪靈に見入られると、間違った事が正しく見え、理屈を立派につけて正しいものが皆、悪に見えてくるのであるぞ。正しいが押し込められたのであろうがな。押し込めた殿、いよいよ出てくるぞ。出てきても煙たくないように、サッパリ改心結構なり。(きん)(けん)万能、法律勝手は通らんぞ。この(ほう)(さばき)の庭に立つぞ。今迄の(われ)が勝手の()り度い放だい。灰になるか(うみ)の藻屑じゃ。よくよく心得ておりて下されよ。(とど)めを刺す(おん)役であるから、くどいようなれど重ね重ねに知らせておくぞ。助かる(みち)残しておくぞ。この(おお)(みち)にまつろえよ。

先頭に戻る

第十八帖 ・ 18

()人なり
(いのち)捨てて、(いのち)に生きよ。
()欲捨てて、(みこと)に生きよ。
見栄を捨てて、誠に生きよ。
()れ一切を生かす人なり。
先頭に戻る

第十九帖 ・ 19

 これからの(しん)(ぎょう)は生かす事ぢゃ。救う事ぢゃ。(いのち)に光を出す事ぢゃ。先づ一歩()み出せよ。光もちて肚で進めよ。道開けてくるぞ。思案投げ首一切無用。押して押して、押しまくれよ。皆御苦労ながら、がついて(ちから)与えるのであるから、やれば必ず出来るのであるぞ。

先頭に戻る

第二十帖 ・ 20

あめつち一切が喜びであるぞ。
一切が自分であるぞ。
一切に和せよ。
一切に感謝せよ。
一切を生かせよ。
先頭に戻る

第二十一帖 ・ 21

 祈りが喜びを生み、喜びが感謝を生み、感謝が更に喜び生み出すぞ。祈りとは口先で頼む事でないぞ。誠の祈りは喜びを実行する事なり。祈りにも色々あるぞ、唯祈るだけでは(なに)もならん。喜びの念を生み出し、今の環境に和して、喜びを行う事によって、更に大きい喜びが生れて来るぞ。のキ、肚に鎮めて、(たべ)(もの)よくよく、よくよく噛めよ。噛まねば身に付かんぞ。身に付かんものは毒となり、邪靈の(かん)(のう)強くなりて、邪の道に落ちるぞ。いらんもの生み出すでないぞ。誠の喜び生み出せば、くにの岩戸(おの)づから開く。地上天国、(ひと)なり。あめつちの巻これ迄。

一月十六日 ()()()(オオ)

先頭に戻る

帖外

()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)
()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)()()()()(メイ)()()()()()()()()()
先頭に戻る

第二巻 ・ とこたちの巻

第一帖 ・ 22

 ()(中心)が、あめのみなかぬしの大、となり、おおくにとこたちの大、となり、すさなるの大、とあれ、()(つき)、まつろいて、(おお)()(つき)(くに)(おお)となり、()()()()(おお)()(つき)(くに)(おお)、となるのであるぞ。 黒住・天理・金光・大本・()(つき)、とあれ、(おお)()()()()()、とあらわれたのであるぞ。()()()、とあらわれたら最後と、くどう申してあろう。 まだうたがう人民あと廻し。判る人民(ふで)読み上げよ。アオウエイ、ひふみ、判るが元の()()(すじ)。判らん者は渡り来た

先頭に戻る

第二帖 ・ 23

 この(まき)、とこたちの巻。右も左も上も下も世界平和と申しているであろう。世界平和は、なかなか便利で勝手のよい言葉であろうがな。人民申す世界平和は(たわ)(ごと)ぢゃ、(うわ)(ごと)ぢゃ、方便の平和ぢゃ。(しん)の世界平和は、あめつちの(のり)人が(おこな)う事ぢゃ。この方、大すさなるの大とあれ、()(つき)したがえて、世界を救い(おさ)めるのぢゃ。大すさなるの大、世に光り輝くと申してあろう。人民も人となり光り輝くぞ。この方の光が人民に(うつ)り、大きい光となるのぢゃ。この方に従いて苦労に苦労してきた人民、悪くなったと申す人民、誠に御苦労でありたぞ。なかなか(めぐ)り取れんで苦労したのであるぞ。よくも自分の我を通したものぢゃ、と悟りたら光でるぞ。同じ(あやま)ちを何回も何回も繰り返す内に、得心改心するのであるぞ。改心できる人民御用幾らでもあるぞ。喜びの御用して(みち)開けるのであるぞ。自分光り他人(ひと)も光るのであるぞ。内からの声聞けよ。審神(さにわ)せよ。この方肚に鎮まるぞ。肚の声実行せよ。人に伝えよ。喜び(わき)()きてくるぞ。

一月二十四日 ()()()()

先頭に戻る

第三帖 ・ 24

 人民の(ちから)で幾ら()()いても(もが)いても、益々苦しくなるばかりであろうがな。身につかん(かね)幾ら()めても(かせ)いでも、益々苦労が()えるであろう。(めぐ)りは幾ら積んでも徳にはならん。(めぐ)り取れると徳光る。巡りは祈りせねば取れん。祈り大切と申して祭り(おろそ)かするでないぞ。あめつちの中にいる者が、あめつちの心に(そむ)く事が巡りとなり、不幸を生む道理、よく得心できるであろう。()()いても(もが)いても、あめつちの中ぢゃ。この方の中ぢゃ。見通しの(そむ)いても一文の(とく)にもならん。小さい料見、はき捨てて、もちて進むはあめつち(ごころ)

一月二十四日

先頭に戻る

第四帖 ・ 25

 あめつちの(みち)開け輝く事を大千世界に呼び掛けよ。始の(あいだ)は疑う人民も、段々判りてくるぞ。神(がか)り沢山でると申してあろうが。神憑りでは目先は見えても、元の仕組はなかなか判らんのぢゃ。判らん者も段々判りてきて、これは大変ぢゃと云う事に成って来るのであるぞ。今迄とは違って直ぐ出て来るのぢゃ。

先頭に戻る

第五帖 ・ 26

 生命(いのち)が喜びであり、喜びが新しい生命を生み出すのであるが、守護靈、(ゆう)(かい)が好きでなかなか改心できんのであるぞ。色の乱れが岩戸閉めの動機であるぞ。本来喜びであるべきものが、(たましい)の盗み合いから、悲しみ、(なや)み、(やみ)(にく)み、苦しみの、巡りの世界を生み出したのが幽界ぢゃ。幽界の喜びは悲しみに変る喜びぞ。迷うでないぞ。(なん)(にょ)の道大切と申してある事、これでよく判るであろう。幽界は影であるから本来は無きものぞ。あめつちの(みち)(おこな)えば喜び湧きて、巡りは消えて(しも)うぞ。巡り消えれば人ぞ。喜びの()()(立体の道)となるぞ。

二月十三日 ()()()

先頭に戻る

第六帖 ・ 27

 自分は悪い事した(おぼ)え無いのに、こんな(ひど)い目に合わねばならんのは、(なに)(ゆえ)かと申す人民沢山あるぞ。肉体の自分はチョットの()であるが、(たましい)の自分は()き変り(うま)れ変りして、永遠(とわ)に生きているのであるぞ。(ぜん)(せい)の巡りが出てくる事もあれば、因縁によって、その家に生れ出たのであるから、その家の巡りを果す事もあり、大きく()(ほん)・世界の巡りを果す事出て来るのぢゃ。戦争で苦労した人沢山あろう。巡りあるから戦争起るのぢゃ。祈り祈り祭りて巡りを溶かす事が、大難を小難にする道ぢゃ。

二月十五日 ()(ツキ)

先頭に戻る

第七帖 ・ 28

 人とならねば生きては行けん事に相成ったのであるから、残る人民(いや)でも応でも、人となるのであるぞ。今、自分の()ている事が、(みち)に従っているか何うか、肚で考えてみるがよいぞ。自分の()で行動している事あれば、明日と申さず、(ただち)に改める事ぢゃ。我を張って意地を通した処で()にもならん。苦しむばかりぢゃ。()()()(てい)の御心で無いぞ。人も生かし、我も生かし、世の中が段々明るくなり、(ひかり)(あら)われて来るのであるぞ。間違った心で行えば、皆逆に出て来るぞ。神罸はなくとも、見せしめはあるぞ。楽な道すすめよ。()りに選って苦の道ばかり行く人民、成る程と得心改心して、あめつち(いや)(さか)(おお)(みち)()けよ。

()()()

先頭に戻る

第八帖 ・ 29

 自分だけは(なん)とか小難で助かるものと思い度がるが人情じゃ。とことん(おん)落して書かせた筆じゃ。今度は人情通らんぞ。(めくら)千人の世の中じゃ。人助けよ。助けよ。助け合ってこそ助かるのじゃ。助け合っていれば、が割れても、大地()けても心は晴じゃ。死ぬ時は皆一度じゃ。一人助かって何んになる。今の経済は(うば)う経済ぞ。取り合いの経済ぞ。勝たねば亡ぶ経済ぞ。長く続かんぞ。取り合いから与え放しに変って来るぞ。(たべ)(もの)でも飲み物でも、だんだん量が増えてくるものに気付けよ。(くすり)(どく)となり、()()いには共喰いとなるのじゃ。人民の苦しみ此の方の苦しみぞ。人苦しめる事相成らん。

先頭に戻る

帖外

()()()()(いっ)()()()()()()()()()
()(ツキ)(オオ)
先頭に戻る

第九帖 ・ 30

()()()()()()()()()()()()()()、が、
アタカナハラ、となり、
アカタマハラ、となり、
タカマガハラ、となり、
タカマノハラ、になったのであるぞ。

 奥山からを追い出したと申してあろう。小さくとりてはならんぞ。イロの乱れとは(なん)(にょ)だけでないぞ。コトタマの乱れが(もと)ぞ。マナがマガと(かわ)りているであろうが。()を通すでないぞ、我を通すとイロ乱れるぞ。総てが乱れてくるぞ。この筆インチキと言われてもよいぞ。寄せ集めと言われてもよいぞ。()からの筆読むには一生掛ろう。いざと言う時、間に合うように纒めているのであるぞ。自分の心の曇り良く判りたか。幽界との(つなが)り良く判るであろう。なかなか捨て切れまいが。得心ゆく迄トコトン我を通してみよ。思い当るぞ。それもなかなか出来んであろうが。中途半端で左へうろうろ、こちらへヒョロヒョロ、(なに)しているのざ。早よう良きコトタマ()れよ。祈れよ。良きコト、良き行いとなれよ。

二月二十二日 ()()()()(オオ)

先頭に戻る

第十帖 ・ 31

あめつち (いや)(さか) と ()れよ。
あめつち 弥栄 と 祈れよ。
あめつち 弥栄 と (たた)えよ。
あめつち 弥栄 と (おこな)えよ。
あめつち 弥栄 と ()り切れよ。

 あめつち弥栄は(しん)(ゆう)(げん)を貫き、あめつち人一切を(たた)える誠のコトタマであるぞ。「ひふみ」も、「ひとふたみ」も、「アオウエイ」も、人間の言葉にすれば、あめつち弥栄となるのであるぞ。「()()()()()()()」誰が(たた)えても少しも無理のない、最高のコトタマであるぞ。「いろは」は(ほろ)びるもの称えているであろうが、これからは「いろは」いらんぞ。色乱してならんぞ。散るものであってはならんぞ。あめつち弥栄、と祈り(なが)ら仕事せよ。岩戸開きの心の火が、だんだん燃え上り来るぞ。

三月五日 ()()()(オオ)

先頭に戻る

第十一帖 ・ 32

 光は内から出て来るのであるぞ。御化粧した外からの光は(ばけ)の皮ぞ。今の世は九分通り(ばけ)の皮であるが、洗えば落ちる光ではならんぞ。内から光れば、自分を偉く立派に見せる必要あるまいが。(ばけ)た光は何んとかして、自分を立派に見せようと苦労するのであるが、必づ()()か化の皮が(はげ)て来るのじゃ。自分を偉く見せようとするのは下級靈のする事ぞ。内からの光り出てくれば、(ほう)って置いても人が集って来て、押し上げてくれるぞ。えらくとも、()輿(こし)(かつ)いでいる人は、喜んでいるであろうがな。

三月六日 ()(ツキ)

先頭に戻る

第十二帖 ・ 33

 ()(ほん)(じん)、本来でありたのであるから、祭りを(ちゅうしん)として()きて来たのであるぞ。渡りて来たも、元を正せば分家筋であるから、元の(みち)が判りたのであるが、「いろは」からは()(かく)、元の(みち)(かす)んで来て、とうとう判らなくなったのであるぞ。「いろは」も()(よう)(おん)(やく)であるが、元のには必要ない事ぞ。靈に乗って喜ばせても何にもならん。(もと)()()まねば人なし。(わけ)の判らん邪靈に御奉仕するのは、自分を落して邪を押し上げているのであるぞ。(くだ)らん事止めよ。四月七日大切な日なり。あめつち(いつき)(おお)()(つき)(くに)()()(てん)()五十鈴(いすず)(ひこ)()(みこと)、と、あめつち(いや)(さか)(たた)(まつ)れよ。この世の(つみ)(けがれ)()()いて()ったのであるぞ。(せい)天明(よみがえ)るぞ。(こと)()きて書き知すぞ。

()()()()()(ツキ)(オオ)

 喜び来るぞ。

先頭に戻る

第十三帖 ・ 34

 ()()()(もと)()()の喜びは、口や筆で(あら)わせるような事でないぞ。肉体からの喜びも大の喜びの(あら)われであるが、元の大の喜びは、それに何千倍する澄み切った誠の喜びであるが、人民努力が足らず、()(たま)曇りているから、(かん)(のう)したくとも、何うにも仕様がないのであるから、身魂磨け、磨け、くどう申しているのであるぞ。千人力与えると申しても、人間心では見当取れん事であるから、早よう人間心捨てて、素直にに付いて来るが、遠廻りのように人間心で考えるなれど、一番の近道を進む事なるぞ。コトタマの力、()(はじ)めたであろうが。コトタマに力出んで、ちから現れるはずあるまい。誠のコトタマ大切。肚底から宣り上げよ。「()()()()()」のあと、「アヤワタカマナハラヤサワ」三回宣れよ。いよいよ「ひふみ」の力加わるぞ。

三月二十日 ()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十四帖 ・ 35

 お目出度うと生れたら、有難とうと働いて、(いや)(さか)と死ぬのじゃ。御用しに生れたのであるから仕事(いのち)ぞ。命掛けで(つか)(まつ)れよ。命掛けで働けば、死が楽しみになるぞ。何処で、何時死んでも、一切(くい)あるまい。岩戸が閉まっているから、死がじめじめしたものになっている事よく判ろうが。生きる事喜びなり。死は楽しみなり。今の人民九分九厘一度死なねば、(ひと)となれんぞ。有難く死なして(いただ)いて、人と生れ変るのじゃ。此の度の死は、今迄の考えでは判らん。()(つき)(クニ)の働き()まれば、人間生きているはづあるまい。大きい変動が起るから、生き物皆仮死するのざ。冬眠に輪を掛けるような事じゃ。()が割れてもと申してあろう。恐れる事一切無用。ここは(まか)せて置く事ぞ。ドッカと乗った(だい)()(まる)、沈んだ処で大空じゃ。今岩戸開く。

三月二十二日 ()()()()()(ツキ)

先頭に戻る

第十五帖 ・ 36

 今迄の(ふで)は多かれ少かれ遠慮しながら書いた処が在るから、奥歯に物が(はさ)まった様な、割り切れない処が沢山あったのじゃ。この筆は一切遠慮無く、言い度い事、書き度い事を、その(まま)書いているのであるから、カラリとしていて判り(やす)かろうがな。判り良いが(のど)(つか)えたり、胃へ(つか)えたりする人沢山あろう。(すだれ)(はず)し、唐紙を明け、障子戸を開き、ガラス戸を外し、玄関を通り、門を押し明けて、一切御免の筆じゃ。(ちいさ)(われ)()(つか)えさしては苦しむばかり。いらん物は吐き出せよ。くだらん物、取り捨てよ。これだけ(こと)()きて判らん人民、助けてとらせん。

先頭に戻る

第十六帖 ・ 37

 十分(じゅっぷん)早くするのと十分(おく)れてするのでは、二十分の開きと考へるなれど、働きは二十分でないぞ。祈り乍ら余裕(ゆとり)を持ってするのと、(あせ)り乍らするのでは、多く開きとなろうが。に通じていれば良き言葉が生れ、良き(おこな)いとなり、幽界に通じていれば悪き言葉、悪き行いとなって来るぞ。自分が何んな言葉使(つか)っているか(かえり)みよ。悪き言葉多ければキが乱れて、幽界に通じているのであるから、今すぐキから正し、言葉を(いや)(さか)の波に乗せよ。運開けて来るぞ。思うように成らんのは、運()まるのは、キが枯れているのじゃ。(けがれ)(つみ)ぞ。キから正せよ。良きコトタマ()れよ。良き(おこな)いとなり、運開けて(うれ)し嬉しと成るぞ。

三月二十六日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十七帖 ・ 38

 九分九厘、大きい都会はキが枯れ、コトタマ(にご)り、色乱れているであろうが。立派なビルを(きそ)い、(ひる)(あざむ)く光で厚化粧して、立派に見せようとしているなれど、(めぐ)りありたら何うしても火と水で(きよ)められる仕組であるから、心しておいて下されよ。大き都会は一ゆれしても大変じゃが、今度はトコトン()すらねばならん事になっているのであるから、何んな事になるか見当取れまい。今迄の焼け野ヶ原は()ぐ家建ちたが、今度は勝手が違うぞよ。二千年三千年も昔の(はい)(きょ)が、一度も住まずにその(まま)残っているであろう。都会へ人民集っているが今(しばら)くじゃ。今度は風が変るのじゃ。(きん)持って威張った処で(いのち)続かず。今迄は(とき)が来なかったから、で食って行く事ならんと申しておりおろう。時節到来したのであるから、で食おうが食うまいが、お構いなしじゃ。(とよ)食いて何万年生長して来た人間ぞ。となる迄は食わねばならんのじゃ。で食いてゆく事結構であるぞ。与えられたもので生きて行く事人間の使命じゃ。有難く預き、有難く生かせよ。前え進む事判りているのに、(そで)を引張る人民気の毒乍ら、()から()(なお)せよ。(ふで)(うたが)うもの結構なり。()れより立派な筆書けよ。遠慮いらんから、生命(いのち)()けて堂々とやれよ。勇むぞ。

三月二十六日 ()()()()()(ツキ)(オオ)

先頭に戻る

第十八帖 ・ 39

 (ちから)次第に加わるのであるから、キ乱れていると事故や災難益々増えるばかりであろうがな。良きコトタマ()りて、難を喜びに祭り変えよ。キを正さねば生きては行けんぞ。守りとして分けてとらせよ。(第十九帖の祝詞の原文の事・付録はその訳。)費用いるのであるから、(かね)(いただ)いてよいぞ。無理するでないぞ。災難が出て来て、初めてキの付く民であってはならん。(わざわ)い無きを喜べよ。一家の無事を感謝せよ。喜べば災い遠()かるのざ。

四月四日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十九帖 ・ 40

ア、ア、ア。
アオウエイ、アオウエイ。
アオウエイ、アオウエイ、アオウエイ。

アヤワタカマナハラヤサワ、
アヤワタカマナハラヤサワ、
アヤワタカマナハラヤサワ。

ひふみゆらゆら。
ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。
ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。

(ひと)(ふた)()()(いつ)()(なな)()(ここの)(たり)
一二三四五六七八九十、
一二三四五六七八九十(もも)()(よろず)

()()()()()()()()()()()()()()()
()()()()()()()()()()()()()()()
()()()()()()()()()()()()()()()、 () ()
(右の四十七文字を三回繰り返す。終りの二字は長く伸ばす。)

アメツチオオイツキクニオオ
 やさかましませ、いやさかましませ。
アメツチオオイツキクニオオ
 まもりたまえ、さちわえたまえ。
特に、○○様、(とお願いする。)

あめつちいやさか。
(右を五回、五回。合計十回繰り返す。)
先頭に戻る

第二十帖 ・ 41

 悪()(まい)らすと申して悪に抱かれて、参らせられているであろうが。三千世界を自由に致している悪ぞ。生れ赤児抱く様な訳には参らんぞ。あめつち(いや)(さか)と成り切れば、悪は(かぶと)ぬぐぞ。兜かぶっている内は抱けないぞ。

四月六日

先頭に戻る

第二十一帖 ・ 42

 の国には資本も共産もないぞ。喜びがあるのであるぞ。(きん)や思想の奴隷となるでないぞ。

先頭に戻る

第二十二帖 ・ 43

 (うつわ)小さいから腹立つのじゃ。器大きくなれば腹立たんぞ。合せ飲めるからじゃ。腹立ちたら自分の至らざるを計る物指しぞ。憎むから腹立つのざ。自分を小さくしているのざ。の国には憎む事ないぞ。憎むと争ひ起るのじゃ。国と国と憎み合えば戦さ起るであろが。口で愛を説き、武器で人の生命(いのち)(ねら)っているのでは、()()()っても平和は無いぞ。恐ろしいから武器作るのじゃ。恐ろしいのは巡りあるからぞ。今迄の考へ、サッパリ水に流せよ。火で()けよ。生れ変れば、マコトの祈り合いとなるぞ。祈り合えば敵なぞ、在るはずないぞ。こんな判り切った、小学生でも知っている事が実行できないのは、人間(われ)が我が、と思い上っているからじゃ。道に従うは生れ赤児の心。道行うは二十(はたち)の意気。

四月八日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

 祭り御苦労。おろがみ合う団居(まどい)作れ。

先頭に戻る

第二十三帖 ・ 44

 自分の云うた事、した事が皆自分に返ってくるのざ。(かえり)みる事大切なれど、後悔いらんぞ。自分の不徳を人の所為(せい)にしても(なん)にもならん。人になすると巡り増えて、益々苦しくなりて来るぞ。此の世の御用しに生れて来たそなたに皆責任あり。御用ある自分ぞ。自分の使命大切ぞ。心勇み、喜び湧き出て来る事が、そなたの使命じゃ。今筆読んでいるそなたは、このに縁あったのじゃ。御用大切。使命に生きよ。導くぞ。努力した(あと)の結果は、(まか)せて置きなされ。

四月十二日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第二十四帖 ・ 45

 人の悪口を云う前に、自分の(あら)(さが)せよ。人を(とが)める前に自分の悪い事を咎めよ。人の悪口を言ったり咎めたりするのは、小さい自分があるからぞ。小さい自分が照しては、此の度の大仕事は出来ん。(とら)われた自分であってはならんぞ。に溶け入った大き自分となれよ。総てが喜びに変りて来るぞ。此の岩戸は嬉し嬉しで開くのじゃ。(いく)ら利功でも、今迄の考え方していたら行き詰るぞ。心して新しい自分に生きて下されよ。

五月九日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

帖外

()()()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)
()()()()()()()()()()()
先頭に戻る

第二十五帖 ・ 46

 誠の感謝は祈りであるぞ。本当に有難い時には、思わず手合せているであろうが。本当に嬉しい時には、思わず手(たた)くであろうがな。口で有難たうと申しても、誠の感謝は、なかなかであろう。心掛けて努力すれば誰でも出来る。誰も皆弥栄となる道。理屈や不平申さず、只管(ひたすら)進めよ。初め(うへ)つ巻出して、二廻りしたぞ。生れた子、二十四じゃ。役員人生大学卒業ぞ。六月十日新しき出発ぞ。邪魔する者はさせて置け。道進むに誰に遠慮がいるものぞ。あめつち貫く(ひと)(すじ)(みち)。くにの岩戸が開く日を、先楽しみに進めかし。

六月三日

 ()の役員人なり。

()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第二十六帖 ・ 47

 (めぐ)りが取れて幽界からの波動が消えたのであるから、(くに)(いや)(さか)波動じゃ。喜び、楽しみ、(やわ)らぎ、安らぎ、望みぞ。地上は愛の()(かご)ぞ。の国は皆んなで作るのざ。我れ一人(おこた)れば(じょう)(じゅ)せんのざ。に溶け入った同志、力合せよ。立つべき(とき)は今なるぞ。()()()悟りて果断実行。とこたち、これ迄。

六月六日

 一三のおわりひらく。

()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第三巻 ・ すさなるの巻

第一帖 ・ 48

 起してならん(いくさ)人民起すぞ。見物席にいればよい者(まで)(うま)い口に乗り、尻たたかれて舞台に出てくるぞ。()(ほん)(くに)(じゅう)(おお)騒動となるぞ。先に知らせてあるのざから(あわ)てるでないぞ、恐れるでないぞ。これから生きて行く道が本物ぞ、(しょう)(ねん)()ざぞ。すさなるの巻。

六月九日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第二帖 ・ 49

 世が(せま)りて何かと()()(がら)くなりているのであるから、感謝する事は良い事と判りていながら、時間に追われ、金に追われ、仕事に追われ、物に追われ、力に追われたりすると、感謝は何処かへ行ってしまって、愚痴や不平が出て、心が暗くなりてくるであろうが。これが(ゆう)(かい)の波動であること良く判るであろうが。ここが肝心のことぞ。(あめ)(つち)(いや)(さか)と宣れよ。今そなたのしている事が祈りであろうが。仕事していれば仕事が祈りであり、(はなし)ていれば話が祈りであるぞ。云うこと行うこと一切が祈りであるぞ、祭であるぞ。人なりとは此の事ぞ。一切が祈りであり、祭りであれば、常に神界と交流しているのであるから、この世はの国であり、人なること。

七月十四日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第三帖 ・ 50

 次第に道絶えてきたであろうが。誠無くなりて、無くするから道絶えるのであるぞ。これも仕組ぢゃ。心配無用。道絶えてはならん、絶えたら新しい道創れよ。道は世界に満ち満ちているぞ。とらわれた道は邪道ぞ。すむ処奥山ぞ。()()()人奥山ぞ。身を(きよ)めて、正しき道伝えくれよ。

()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第四帖 ・ 51

 ()の花咲くや、()()動くぞ。いよいよ世明け近づいたぞ。永い永い(やみ)の世でありたであろうがな。(やみ)の世と永遠(とわ)の別れぞ。世界中の(ちから)合せ、道一筋に貫きてくれよ。全世界に大建替への夜明けを知らせる為、ふじ動くのであるぞ。富士(さん)ばかりが、ふじでないぞ。元津の仕組の山は皆動き出すぞ。大掃除の(ねん)()つ。(あめ)(つち)(いや)(さか)祝詞(のりと)()れよ。大きい(わざわい)を小さく(まつ)()えたい為の日夜の苦労であるぞ。判らん者は最後迄判らんのがこの仕組。実地(じっち)出てきて(あわ)てても、誰も助ける者ないぞ。天災・地変・(いくさ)(わざわい)されぬ誠の人結構なり。今、(ふで)信ぜよと申す事無理と判りており(なが)ら、知らせ(みちび)かねばならん役であるから、申している(まこと)(さと)れよ。

八月十一日 ()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第五帖 ・ 52

 仕組通り進めているのであるから、人民の頭では判らん常識はずれの見当とれん事が起ってくるのであるが、地の上ばかりでなく、天にも現われてきて、これは(ただ)(ごと)ではないぞ、何かの前触れでないか、という事になり、この方の仕組がやっと人民にも判りかけてくるのであるぞ。時(たが)えて雪の中に(たね)()き、実結ばず苦労してきた人民、筋金が入ったであろうがな。筋金入りで元を固め、新しくきた人民動かして(うず)が大きくなってくるのであるぞ。この道、三界を貫く(あめ)(つち)の道、教でないぞ、宗教でないぞ。全世界を救い(たば)ねる道。生きるためには小さい事もせなならんが、大きい(うつわ)結構なり。富士動くから宮は(かた)でよいぞ。何れ世界の中心ぞ。

十月十日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第六帖 ・ 53

 ()(もと)の国、大きくなるぞ。(あめ)(つち)の力集まる処。(あめ)(つち)の大宮建つぞ。世界中の人集りて、世界治める(もとい)つくれよ。元のキの(おん)()(すじ)()()()()()()()()()()()(うな)(ばら)(しら)す道。(とこ)とはに定まるぞ。()(おん)()(すじ)(つき)の御靈筋、(まつ)ろいて()(さか)(いや)(さか)ぞ。世界の人、()()()高らかに宣る日近づいたぞ。日本人民、用意はよいか。三千世界、人一体、(だい)()(らく)(うれ)し嬉しの御代明け()めたり。

十月十四日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第七帖 ・ 54

 三の()の祭り結構でありたぞ。(みち)(ひら)く元津柱御苦労ぞ。次には、へ()ぢゃ。大きく(ひら)けてくるぞ。心に火ともしてやれよ。因縁の()(たま)待ちているぞ。()()人民(くも)(ひど)いから、思い切った事やりくれよ。人民アフンの仕組と申してあろう。

十一月十二日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第八帖 ・ 55

 慢心するから(じゃ)(れい)()入られるのでないぞ、邪霊に魅入られるから慢心するのであるぞ。慢心すると自分が慢心していることが判らなくなるのであるぞ。他人(ひと)(あら)はよく判るが、自分の(あら)はなかなか判らんであろうがな。有利な条件をつけて旨い事申したり、(おど)したり、(すか)したり、(おだ)てられたりすると、初めは可笑(おか)しいとは思っていたものが、段々判断が付かなくなり、慾に負けて、邪霊に引掛かるのぢゃ。()(よく)や弱点に感応するのは、邪霊の()(わざ)であるぞ。(れい)がくると、霊に相当する人が現はれるぞ。よくよく審神(さにわ)せよ。審神は正しい神霊に従い邪霊正しく導く事大切ぞ。アオウエイ、(あめ)(つち)(いや)(さか)は、邪を正しく導く(こと)(たま)であるぞ。(わけ)の判らん事唱えているように思うているなれど、人民の()(たま)(きよ)め助けたいので、やらせている(ごころ)よくよく納得して下されよ。邪霊は後ろからきて(みぞ)落ちに感ずるぞ。正霊は前からきて下肚に力はいり暖かく感ずるぞ。見分けつけば迷うことないぞ。迷う時は邪霊が感応している時ぞ。邪を正しく導くには(はら)大切ぞ。

十一月十二日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第九帖 ・ 56

 大難を小難に祭り替えても、人民には判らんから、()(かげ)ないと申すのであるぞ。(まこと)(ごころ)あれば、努力しただけの御陰はあるのであるぞ。因縁の()(たま)にトコトンの行さしていたのであるから、御陰は小難に祭り替えられたのぢゃ。借金返す迄は、(かね)も物もなかなか身につかん道理ぢゃ。めぐりが光っている間は、誠の徳は光らんぞ。磨けたら徳がついてくるから、御陰目に見えてくるぞ。(ふで)読んで判らん事ありたら、に尋ねよ、人に尋ねよ。判りていて導かざるは罪作りじゃ。判っていて云われん事、心で悟らねばならん事もあるぞ。

十一月十五日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十帖 ・ 57

 今、世に出ている幾ら偉い人も、頭の良い者にも、今度という今度は判らんのぢゃ。自分に使命を感じ、良き世にしようと努力しているなれど、誠の自信はないのぢゃ。心の内に、何処か淋しい処があるのぢゃ。世が迫っているのに、誠のを見失なっているからぞ。人間の智慧や学問では、幾ら(もが)いても行詰るぞ。心を無にして、一人で静かに考へてみよ。大きい忘れ物致しているに気付く筈ぞ。尊んでも、大地の親忘れているであろうが。()が何んなに苦労しているか、何んなに力があるかを、ハッキリと見せねば得心せん人民ばかりが、よくも頭を持ち上げてきたものぢゃ。グレン一瞬ヒックリ返るぞ。(たか)()()(はら)に天照す、南無妙、南無阿弥、天の父だけで、良き世がくると思うていたら大間違いぢゃ。裏に陰れて守護する(たた)えよ。(あめ)(つち)一体の大岩戸開けるのであるから、()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)称え、特に○○様とお願いせよ。今迄の縁ありた道、粗末にするでないぞ。()()()(ひら)けたら今迄のやり方、考へ方、一切役に立たん。

十二月七日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十一帖 ・ 58

 誠のの道が判らんから、()(たま)(くも)りていると、曇りただけ曲げられて(うつ)るのであるぞ。皆の人民、何かを信じて生きているのであるが、曲げられた世界を、誠の最高の世界と信ずるから、間違った事を真理と教えるから、間違ったものが育ってきて、間違いだらけの、手に負えん世となって来るのであるぞ。こうなる事も判っているのであるが、玩具(おもちゃ)にされている人民可愛想なから、早よう身霊磨いて心晴れ晴れとなりてくれよ。磨かねば知らず知らずに曇るのであるから、祭りに(はら)い大切な事よく判るであろう。(はら)いが(かたち)だけになりているなれど、生れ赤子の心でに溶け込む心構え大切ぞ。皆、が使っている事よく判るであろう。(いよいよ)、つキの大(みち)出てくるぞ。天の異変出てくるぞ。

十二月二十三日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十二帖 ・ 59

大岩戸 開かんときぞ 元津立つ。
(あめ)(つち)の (とき)二度となし 立たでやむべき。
(わざわい)の あること(なか)れ (もと)()()
先頭に戻る

第十三帖 ・ 60

 (あめ)(つち)(まこと)の岩戸開きなるぞ。いよいよ大建替えの真只中に飛び込むのぢゃ。覚悟なされ。三千年の(とき)は巡りて、(うしとら)より(ひつじさる)金神、表になり出ずると、何かと(きび)しくなりてくるぞ。世界中の(みん)、用意よいか。

四月九日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十四帖 ・ 61

 西と東に宮建てよ。足場早よう造りくれよ。誠の(つく)るのぢゃ。(れい)かかり作るでないぞ。肚に鎮まれば人じゃ。祭りて(いや)(さか)(おこな)へよ。頭で造った、役に立たん。肚に鎮まれば、いざという時、万人力ぞ。(あめ)(つち)(ひと)(いや)(さか)なり。

四月十日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十五帖 ・ 62

 (いま)大切、(なか)(いま)ぞ。五十億年昔も、五十億年先も、今の連続であるぞ。無と、今が判れば、が判ってくるのぢゃ。なりなりて、人と()れたのぢゃ。人の(たべ)(もの)は定まっているのぢゃ。正しく食べれば人ぢゃが、(たべ)(もの)間違えて段々、血が(にご)って、言葉濁ってきて、人間になり(さが)ったのであるぞ。誠のを押し込めて岩戸閉めが始まりたのぞ。曇りた頭で、勝手な神々を作り出して、神が人を作りたと、(うそ)(おし)へ拡めて、次々に岩戸閉めてきたのであるぞ。間違いが、大間違いを生んで、人がをこう作りたのざと、理窟作りて争い出して、今の有様じゃ。誠から喜び生れ、間違いから争い・悲しみ生れること、合点できるであろうがな。火と水の間違い同志から、何が生れるか、ほぼ見当つくであろうがな。誠見せても間違いぢゃ、気狂いぢゃと申して、吾れ大将の天狗殿、誠を曲げた(まが)つ殿、今日、(いま)改心結構ぞ。

七月三十一日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十六帖 ・ 63

 ()(こく)()(すぎ)ると()()るぞ。気減ると心に不足起るぞ。(あらそい)(たね)ぞ。四ッ足食べ過ぎると血濁るぞ、血濁ると気乱れるぞ。(わざわい)の元ぞ。幾ら立派な理窟(なら)べても、食物間違えると平和来ないぞ。世界国々、食物皆違うぞ。その国の食物、その国で、正しく食べよ。正しく食べれば不足することないぞ。世界一家の国ぞ。中心は(もと)ぞ。すむ国ぞ。()()()人、世界から集まってくるぞ。

七月三十一日

先頭に戻る

第十七帖 ・ 64

 誰一人()げられん(とど)めの時となりたら、上も下も、右も左も、上げも下ろしもならん事になりてくるぞ。自分が生きているのやら、死んでいるのやら、訳の判らん事になって来るぞ。縁ある()(たま)はそれ迄に(めぐ)(はら)いて身霊磨いておいて下され。この(ほう)、磨けた人民にうつりて、の息吹きをはっきりと、得心ゆく迄見せてやるぞ。ひたすらに(もと)()祈り、(まこと)(ぎょう)ぜよ。

八月一日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十八帖 ・ 65

 判らんと申しても、余りにも判らんのが、このと縁深い人民の(おお)(かた)ぢゃ。(われ)が勝手の解釈で、都合のよい所抜き取って、誠の事は頬被り、判らん者程知ったふり、は我が身に鎮まれり。いざという時腰抜けぢゃ。の仕組は大きいが、身近な御用が始まりぞ。に頼らず拝み、人に頼らず人拝め。頼る処は人が去り、尊ぶ処へ集まるぞ。

()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第十九帖 ・ 66

 ()の強い者だけ集めて、やり度いだけやらせて、頭を打たせ、鼻高の鼻を折り、(めぐ)り取って御用に使うのであるから、その苦労は、人から見たら判らんが、なかなかの事でありたのぢゃ。(ばけ)(もの)使って(わな)()け、(ばか)してやらせた事も(なっ)(とく)できるであろう。これも新しい()を造るための試練でありたのぢゃ。今、世界を自分で動かしていると思うて御座る統領も、化け物付きぢゃ。人に付けた火が自分に(まわ)ってきて、九分九厘で引繰り返るのぢゃ。(しょう)()入れて、書かした(ふで)、夢々おろそかにしてならん事ぞ。

九月十一日 ()()()()()()()(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第二十帖 ・ 67

 主義から生れたもの役に立たん。仏もキリストもになるのぞ。役に立たんものが、最高の真理と申しているが、からみれば水の泡ぢゃ。ナムをアオウエイと()れよ。アメをアオウエイと宣れよ。今の我れ助かろうと思うでないぞ。()(ここの)(たり)(もも)()(よろず)

()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

先頭に戻る

第二十一帖 ・ 68

 此の世は国となり、人民、人となるのであるから、人育成に一切の力を集めて、(まこと)(ぎょう)ぜねばならんぞ。今迄の政治・経済・教育・宗教一切が間違いだらけでありたから、間違ったもの生み出して、手に負えん世を作ったのは、上に立つ番頭達であるぞ。誠のを押込めて、邪霊のおもちゃとなり、金権思想の麻薬が骨の髄迄、しみ込んで、我れ知らぬ()に、頭が変になって仕舞っているのであるぞ。気狂い()みた者や変人が、案外誠の人であり、偉い人・立派な人が()(ちがい)でありたこともあるであろうがな。(おお)(いくさ)を起した者も、負ける迄は偉く見えたであろう。よくよく審神(さにわ)大切。今の(まま)では日本(つぶ)れる。それが嫌なら上の人から、(たま)入れ変えよ。

二月二十四日 ()()()()()(ツキ)(クニ)(オオ)

 元津 えみため (あめ)(つち) ()(さか)(いや)(さか)

先頭に戻る

付録

(あめ)(つち)(いや)(さか)祝詞(のりと)
副題 『 (なん)を喜びに替える方法 』

初めの礼拝

(一) 大神様には「一(ゆう)三拝五拍手」
(二) 守護神様には「一揖二拝三拍手」
(三) ()(たま)様には「一揖一拝二拍手」

ア、ア、ア。
アオウエイ、アオウエイ。
アオウエイ、アオウエイ、アオウエイ。

アヤワタカマナハラヤサワ、
アヤワタカマナハラヤサワ、
アヤワタカマナハラヤサワ。

ヒフミユラユラ。
ヒフミユラユラ、ヒフミユラユラ。
ヒフミユラユラ、ヒフミユラユラ、ヒフミユラユラ。

ヒトフタミヨイツムナナヤココノタリ、
ヒトフタミヨイツムナナヤココノタリ、
ヒトフタミヨイツムナナヤココノタリモモチヨロズ。


 () () ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()() ()()()()() () () ()

 () () ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()() ()()()()() () () ()

 () () ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()()
 ()()()() ()()()()()() ()()()()()()()() ()()()()() () () ()

()()()()(オオ)()(ツキ)(クニ)(オオ)(イキ) ()(さか)ましませ(いや)(さか)ましませ、
つ千一二 守り給え(さちわ)え給え。
特に○○様(とお願いする。)

アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ、
アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ。(水の意。)
アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ、
アメツチイヤサカ、アメツチイヤサカ。(火の意。)
のキを頂く。

終りの礼拝

(一) 大神様には「五拍手三拝一揖」
(二) 守護神様には「三拍手二拝一揖」
(三) ()(たま)様には「二拍手一拝一揖」

「天地弥栄祝詞の解説」に戻る

先頭に戻る

()(おり)

(表面)

の読み方
イキ ・ イ ・ キ ・ ス ・ 中心 ・ 元 ・ 神 ・ 球極

(裏面)

(岡本天明画伯)
 そなたがつかめば、はそなたをいだくぞ。
いだかれたそなたは、へいめんから、りつたいになつ
たのであるぞ。そなたはゆうげんからむげんになつた
のであるぞ。ひととなるのじや。このどうりわかる
であろうが。自分でなるのであるぞ。たのためにぎよ
ぜよ。はむりもうさん。たのために、はたらくこと
は、じぶんのために、はたらくことぞ。ふじははれた
り、にほんばれ。

「枝折の解説」に戻る

先頭に戻る

訂正箇所

先頭に戻る

トップページに戻る

Copyright © 2006 meishi & meifuu. All rights reserved.