文化

仮面神「ボゼ」が降り立った−トカラ・悪石島
知覧哲郎
「ボゼ」が現れたのは?予定時刻?からかなり遅れた午後4時すぎだった。トカラ列島の悪石島(鹿児島郡十島村)公民館。ビロウの緑葉をまとい、赤と黒で隈取られた仮面という異形でもどこかユーモラスな「神」の姿に、待ちわびた島民や観光客の間から歓声が沸く。ボゼが赤土の泥を塗った杖を持って女性めがけて追い回すと、歓声は嬌声に変わる。泥を塗られた人には悪魔祓いのご利益があると言い伝えられるが、追われるのが小さな子供なら悲鳴に変わるのもやむを得ない。写真で見た印象と異なり、その姿は意外に巨大で圧倒的な存在感なのだ。動きも相当に激しく、村の長老は「今年のボゼはえらい元気じゃ」と喜んだほどだ。
ボゼは、旧暦の7月7日夜から同16日まで続く盆行事の掉尾(とうび)を飾る。村のパンフレットによると、「来訪神であるボゼは、死霊臭が漂う盆から、人々を新たなる生の世界へ蘇らせる役目を負っている」。もっとも、ボゼは?自主的に?現れるのではなく、長老が出現を求める口上を読み上げてから、というのには、どこかのどかな親しみも感じてしまう。
「悪石島の盆踊り」は県の無形民俗文化財の指定を受ける。「花踊り」や「財布踊り」「魚釣り踊り」など7種類の踊りがあり、男だけが鉦を鳴らしながら踊る。祖霊を慰めるとともに、収穫祭や漁願祭、航海安全祈願祭の意味も込められている、と公民館近くの案内板は語る。ボゼ祭りの前夜、島民は「コニセ」という若者組、「オオニセ」の年寄り組に分かれてそれぞれに集落の各戸を回り、踊りを披露する。満月。ぽつりと街灯。家々からひそかにこぼれる明かり。それでもほとんど真っ暗闇のなかで、男たちが静かに舞う。ゆったりとして優雅な踊りだ。コニセは2曲、オオニセは1曲を舞うという。
そして盆の最終日、今年の場合は8月20日。踊りの場に「ボゼ」が突然出現して刻(とき)を現世に戻す。盆踊りで「ボゼ」が出現するのはトカラでは悪石島だけという。