特集 2002.12/vol.5-No.9

デザインの時代

 デザインを経営の中心にすえる企業が登場し始めている。それは、これまでのものづくりや企業と消費者とのコミュニケーションの仕組み、人とものとの関係を変革する動きのように見える。ものづくりとはどういうことなのか。デザインを企業経営に取り入れていくとはどういうことなのか。企業、広告会社、インダストリアルデザイナー、三者の視点から探った。

ブランド資産の継承とデザイン

 日産自動車のデザイン戦略が注目されている。同社は、1999年10月に打ち出した経営再建策「日産リバイバルプラン(NRP)」を計画より1年前倒しで実現した。これを支えているのが、カルロス・ゴーン最高執行責任者(当時、現社長)が打ち出した「デザイン重視の車作り」の経営戦略だ。その中心を担っている中村史郎常務デザイン本部長に、日産自動車復活にデザインが果たしてきた役割とは何かについて話を聞いた。
 
ショールーム
 私たちは、いわゆる車という“商品”の形をデザインすることだけが「デザイン」とは考えていません。日産がデザインという言葉を使うときは、商品から広告・宣伝、CI、販売店やショールーム、新車発表会の会場選択・企画演出、そして名刺にいたるまで、商品が消費者に届くまでのあらゆる過程における統合的なデザインワークを意味しています。
 「ブランドエクスペリエンス」という言葉を使っているのですが、お客様の手に商品が届くまでの一連の過程一つ一つのデザインが、日産のブランドづくりに影響してくると考えているからです。
 その日産のデザインを統括するのが、私が本部長を務めているデザイン本部です。車はもちろんですが、広告を含めたそのほかの業務にもディレクションという形でかかわっています。車のデザインのねらいをしっかりと各部門に伝えながら、全体も見ることで、ブランドのトーンに一貫性を持たせることができるのです。
 こうしたことができるようになったことが、日産が変わった非常に大きな要因になっていると思います。トップがデザイン主導でやっていくことを明言したことで、デザイン部門の社内での発言力は飛躍的に高まりました。
 デザイナーがほかの部門の業務にまでかかわることは、欧米では珍しいことではありません。しかし、国内では組織としてそういう体制が整っている自動車会社は、おそらく当社だけです。デザインが会社を変えたのではなく、会社が変わったからデザインが変わったということです。
 日産自動車はもともとデザインの実力はあったのです。いすゞ自動車のデザインセンター部長だったときから日産のデザイン部門の人とは交流があったのですが、非常に優秀な人材がそろっていました。その当時とデザイナーはほとんど変わっていません。つまり、組織が変わって、いいデザインを引き出せる体制になったということです。もちろん、デザイン中心ですべての業務が回っているわけではありませんが、デザインが言うべきことを伝えていくのは重要なことです。

●リバイバルプランからの日産
1999年3月 フランスのルノーとの資本提携に調印。
10月 18日、「日産リバイバルプラン(NRP)」を発表。社長にカルロス・ゴーン氏就任。
2001年1月 新型シーマ発表。CCDカメラとミリ波レーダーによる自動走行運転が可能なシステムを搭載。
デトロイトモーターショーに次期Zを出品。
新型プリメーラ・プリメーラワゴン発表。
6月 新型セフィーロ発表。
7月 新型スカイライン発表。
10月 新型エクストレイル発表。
東京モーターショーで、次期Z、コンセプトカーのGT-Rを発表。
2002年1月 バイオニックチータFX45、クエストコンセプトをショーモデルとして発表。
2月 新型マーチ発表。発売開始1週間で25000台、1か月で45000台を超える受注を達成。
「日産リバイバルプラン」を1年前倒しで達成し、終了を宣言。次プラン180を発表。
3月 スカイラインクーペ、YANYA、ムラーノをショーモデルとして発表。
4月 日産初の軽自動車MOCOを発表。
5月 フルサイズ級ミニバン・エルグランドをフルチェンジ。圧倒的な存在感のデザインが話題に。
7月 フェアレディZを発表。国内外ともに絶大な知名度と人気度で、予約受注は1万台。
10月 新型キューブを発表。リヤサイド左右非対称デザインの個性的な車。

組織改革が生んだニューZ

 日産リバイバルのシンボル的な位置づけであるニュー「Z」のデザインは、グローバルな観点での組織改革を象徴する車です。「Z」のデザインは日・米・欧のデザインチームが、共同で開発したものです。これまで、海外のデザイン拠点は、現地主体のマネジメントでデザイン開発を行っていました。それをすべて日産デザインとして統合し、現在は、私がその全体を管轄しています。「Z」のデザインは、こうしたグローバルな組織がはじめて有機的に結合し、生まれたものです。
 「Z」のデザインはヨーロッパ的でもなく、だからといってアメリカ的でもありません。日本のDNAを持った、グローバルな感性を融合した独自のデザインであると私たちはとらえています。ほかの国には出せないぞ、という「日本らしさ」というものを、日本の自動車メーカーは確立していかなければならないと思うのです。私たちはそれを目指しています。

育てていくことの重要性

 日産のプロダクトデザインの変化ということで話しますと、日産車に「一貫性」をどうやって持たせるかがひとつの課題でした。
 日産は、軽自動車から高級車まであらゆる車種をつくっています。当然、お客様は非常に幅広い。それが、リバイバルプラン以前も今も、日産が置かれている状況です。その中で、信頼される日産ブランドを築きあげていくには何がベストかということを考えたわけです。
 幅広いターゲットの期待にこたえるために、欧州メーカーのようにマスクをそっくりにして車種に統一性をもたせる戦略は考えていません。
 私たちが目指したのは、一言で言えば「戦略のある多様性」です。ヘリテージ&イノベーションと呼んでいるのですが、遺産、つまり受け継ぐものと革新とをいかに高次元でバランスさせるか。「マーチ」にしても「Z」にしても、日産が長年培ってきた各車種ごとの「らしさ」があります。その「らしさ」は残しつつ、新しいデザインを加えていく。車種は異なっていても、デザインの考え方に一貫性をもたせているのです。
 どの車種も似ているところはあります。家族と一緒で、目じりや鼻は似ているという具合に。だからといって、みんな同じ顔、同じユニホームを着ているわけではない。それぞれの車種に、しっかりとした個性も与える。そういう考え方です。
 これまでの日本車には、没個性なデザインが多かったように思います。
 だれからも受け入れられるように、あたりさわりのないデザインを選択してきたのかもしれません。しかし、個性を弱めれば車は売れるわけではありません。マーチは個性的なデザインですが、販売台数は非常に好調に推移しています。そこにしっかりとした「らしさ」が表現されているからです。
 日本のほかの自動車メーカーも、これまでの日本には見られないような新しいデザインの車を出しつつあります。もちろん、これまでもそういう車は出てきてはいたのですが、市場にしっかりと残っているものはほとんどありません。イノベーションはあってもヘリテージが足りないのです。
 そもそも日本の自動車メーカーは、“ブランドを育てる”ことをしてきませんでした。育てることは非常に大事で、世代が変わるごとに新しさを加えて品質を向上させていけば、きっちりと「らしさ」がつながっていくのに、単発でいろいろな名前の車を次々と出してきました。それはある意味で、日本的な良さととらえられなくもありませんが、長期的なブランド構築からは問題があります。やはり、ひとつの名前、ブランドを大切にしていく必要があると思います。
 リバイバルプラン後ここ二年間の日産は、「MOCO」を除けば、ニューネームの車がありません。これは、日本の自動車メーカーではまずないことです。
 「シーマ」「プリメーラ」「ステージア」「スカイライン」「マーチ」、そして「Z」「キューブ」、すべて今まであった車種です。それでも、新鮮なイメージに変えることはできるのです。そう簡単に車の名前を変えてしまうわけにはいかない。それは企業の遺産、ヘリテージだからです。

シーマ スカイライン プリメーラ
マーチ エルグランド フェアレディZ

デザインは経営的視点で

 最近は、消費者のデザインに対する感度がますます上がってきています。確かに、車に限ったことではなく、あらゆることに対して消費者のセンスが磨かれてきています。だからよく、自動車はプラットホームが統一されて、技術的な差別化がむずかしくなったから、これからはデザインが重要になると言われます。
 しかし、私の言っているデザインの重要性は、そういう意味ではありません。車にも、技術の差はまだまだあります。私が言いたいのは、デザインを経営戦略に組み込んでいかなければならない、そういう時代にあらゆる業界がなっているということです。
 自動車業界は、その点に関してはまだまだ遅れています。デザインは大事だ、必要だとは言っていますが、目先の一台を売るためにそう考えていることが多いのです。かっこいいから売れるという話だけではなく、もっと長期的なブランドづくりを視野に入れたデザインをやっていかなければ意味がありません。ブランド構築のためにデザインはどうあるべきか、というレベルまで考えていく必要があります。そして、こうしたことを実現するためには、それができる組織が必要なのです。
 経営サイドという役割はありますが、私は現場でもすべてにかかわっています。仕事の量は多いですが、一貫性をもたせるためにはそこまでやる必要があると考えています。
 もちろん、今までの成果には満足もしていますが、これからも日産独自の魅力がある商品やサービスを継続的に提供し続けることが、強いブランドの実現につながるものだと確信しています。


Shirou Nakamura
 1974年、武蔵野美術大学卒業。いすゞ自動車に入社し、「ジェミニ」「ビークロス」などのデザインを手がけた。工業デザインの名門、米アートセンター・カレッジ・オブ・デザインへの留学や、いすゞの筆頭株主である米ゼネラルモーターズのアドバンス・スタジオに出向するなど、海外での経験も深い。
 「優秀なデザイナーであると同時に国際感覚を持ち合わせ、日産のブランドパワーをデザインで確立できる人物」として、1999年にいすゞ自動車からヘッドハンティングされ、デザイン本部担当副社長付として入社。2002年4月1日付で、常務に昇格。デザイン畑では初の役員となった。新しい日産のロゴも中村氏がデザインしている。
中村史郎氏
日産ロゴ




ビジネスモデルとしてのデザイン
冨狭 泰氏→


デザインという名のものづくり
栄久庵憲司氏→
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