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Articles - Academic: コンピュータゲーム研究入門  
執筆者: r_hoshino
発行日付: 2004/9/14
閲覧数: 5316
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コンピュータゲーム研究入門 - ゲーム研究文献のちょっとしたイントロダクション
Computer Game Research 101 - A Brief Introduction to the Literature

原文)<訳注1>

By Jonas Heide Smith (smith@game-research.com )
翻訳: 星野瑠美子(r_hoshino@igda.jp)
Published: 2002年12月 (日本語版: 最終更新2004年9月14日)



 数年前には話すようなことはあまりありませんでした。しかしながら今ではコンピュータゲーム研究は急速に発展し、共通の語彙、競合するパラダイム、そしてゲーム自体とゲームを遊ぶことに関する真剣な議論が起こっています。この記事はコンピュータゲーム研究の分野の紹介を行おうとするものです。

 コンピュータゲームは、他のメディアと同様に、学術的なレーダーに現れるまでにしばらくの時間がかかりました。映画は、初期の段階で真剣に扱われた(例:Munsterberg, 1916)のですが、1960年代に実際の学科が誕生するまで全体的に妥当な研究分野だと考えられませんでした。
 今40歳となったゲームは今、突然に、広範な学問分野の注意をひきつけるようになりました。ほんの5年前にはゲーム研究のすべての領域を苦労せずに調べることが可能でした。社会学者と心理学者は行動への影響のマッピングを試みましたが、これは他の現象に対する類似研究に比べて特別の注意をはらったものではありませんでした。今では比較文学、グラフィックデザイン、コンピュータ科学、映画研究、演劇研究といったような広範な分野からの学者がコンピュータゲームという現象を理解するために貢献しています。

 以下において分野の概略図を伝えようと思います。努力はしましたが、大いに異なった見地と優先事項があり統一されていない研究コミュニティに対するバランスの取れた見方を伝えることに成功していないかもしれません。


影響パラダイムの研究

 プラトンは彼の時代において文章技術は人間の知識にとって害があるかもしれないと心配しました。それ以来新しいメディアのほとんどは社会、コミュニティ、そして特に子供や若者の精神に有害であるという考えで迎えられてきています。1970年代の後半にはアーケードゲームのゲーマーに対する影響に関しての心配が生まれました。

 これらの心配に対して行われた典型的な研究は定量的手法に頼ったもので、ゲームの遊ぶ量とある行動的側面の相互関係を示そうとするものでした。このカテゴリにあてはまる研究の数はかなり多いですが、結果の合意にはまだ達してはいません。したがって研究者はゲームが行動に対しネガティブ、それともポジティブな影響を持つのか(それとも影響がないのか)同意していません。
 この混乱のなかには、少なくとも、このパラダイムにおけるジャンルの問題への無関心に帰属するものもあるかもしれません。非常に異なったジャンルのゲームへの結果の一般化はできそうにありません。そして年齢層についても一般化できるのかどうか明らかではありません。
 EgliとMyers (1984)<訳注2>はカリフォルニアの調査結果を引用しゲームは中毒性があると考えられず、アーケードの客も警告的な意味で特別ではないとしました。
 McClureとMears (1986)はゲームの重い使用と精神障害や非行行動の相関関連はないとしました。

 同様なポジティブな流れとしてはG. D. Gibb(1983)などはゲームのネガティブな影響に関しての証拠はなく、実際男女ともにゲーマーは強迫観念症の評価基準について平均より点数が低いとしました。
 しかしながら他の研究のなかにはより直接的な観察に基づいてゲームを遊ぶことが若いゲーマーにネガティブな影響を与えると結論付けたものもあります。例:Ellis (1984) そして MehrabianとWixen (1986)
 Schutte ら(1988)そしてIrwin & Gross (1995)は若い子供たちはゲームのテーマを続く遊びにおいて真似するとしています。
 ある比較的大規模な研究(母数は477)では常習的なゲーマーはゲームによって緊張が解けるが、これらのゲーマーは警官と衝突する頻度が高くなっているとしました(Kestenbaum & Weinstein, 1984)。後者の結果は、他の研究の結果とはうまく協調しないようです。

 さらに広範な研究は1980年代に行われましたが、その大多数は少人数についてのもので長期間の影響について目をつけていたのはほとんどありませんでした。
 1990年代にはJeanne Funkは共感レベルへの影響を測定することを主に狙った一連の研究を行いました。Funkら(1998)は暴力的なゲームを好むプレイヤーは他に比べて低い共感レベルをみせるとしました。Funk & Buchman (1996)はこれらのゲーマーは他の問題も持つとしました。

 これらの研究についてですが、因果関係の方向について主張する術がないことに留意する必要があります。若いゲーマーは問題をもっているから暴力的なゲームを遊ぶのかもしれないし、その逆にかもしれません。
 明確に研究を実世界の暴力的なエピソードに結びつけたものとして、Anderson & Dill (2000) は「現実において暴力的なビデオゲームを遊ぶことが攻撃的な行動と非行行動に関係している」そして「研究室でグラフィカルな暴力ビデオゲームに接することで攻撃的な考えと行動が増えた」としました。

 この20世紀後半において影響の研究がかなり一貫しない結果をだしているのは興味深いことです。この結果によってメディアの影響は単に計測できず、これらの研究の多くは(全てではないでしょうが)理論的な背景に欠けていると主張するひともいます。なぜ行動への影響を見ることを期待するのでしょうか?
 とりわけ、題材によって領域がひどく分断されているようです。心理学者のなかにはこのパラダイムのなかでの研究を続ける人もいますが、多くのメディアそしてコミュニケーションの学者は直接影響の問題は答えられず非科学的だ、とする科学の歴史に納得しているようです。


より広範な文化的観点

 数人の著者はゲームを適切な文化的見地に当てはめる挑戦を行っています。しかしながら、今までアカデミックでの地位を主張した主な作品はまだありません。ジャーナリスティックな取り組みではJ. C. HerzのJoystick Nation (Herz, 1997) とSteven PooleのTrigger Happy (Poole, 2000)はゲーム文化を記録し、Joystick Nationは公平に体系付けています。

 この題目において言及に値する他の作品としては心理学者Sherry TurkleのThe Second Self (Turkle, 1984) とLife on the Screen (Turkle, 1995) でどちらの本もゲームとコンピュータ文化についてのより一般化した哲学的、社会的な影響について取り組もうとしています。
 Janet MurrayはHamlet on the Holodeck (『デジタル・ストーリーテリング―電脳空間におけるナラティヴの未来形』Murray, 1997)において文化的技術的変化に関連したゲームの広範なイメージを描き、CasselとJenkins (1998)はゲームとゲーム文化におけるジェンダーの側面を検証しました。


MUDと仮想世界

 マルチ・ユーザー・ダンジョン(MUD)<訳注3>は多種多様の学者の関心を長い間集めています。この現象において、哲学者は現実とシミュレーションの差に言及し、言語学者は現実の社会構築における問題を指摘し、社会学者は社会力学研究のための価値ある実験室を手に入れ、文学者は読者と作者の境界に挑めるということで魅了されてきました。MUDが学術的に人気があるのはとても納得できることです。しかしながら、MUDは主流のゲームであるというより時にチャットルームに近いということでゲーム研究の外周に留まっています。

 最初のMUDの父であるRichard Bartleはこのジャンルに関するレポート(Bartle, 1990) を書き、MUDに適合するプレイヤーは「ゲーム」または「社交的」タイプであるとコメント(Bartle, 1999)しました。
 MUDにおける実証的研究はCurtis (1992)とCurtis and Nichols (1993) によって提示され、そのなかにはJullian Dibbell (1993)のようにユーモラスな記事でより広い層に紹介されたものもあります。
 Turkle (1995) はMUDをすることについての心理的、文化的な側面についてコメントし、この現象についての読みやすい紹介を提供しています。
 MUDに関する他の価値ある研究としては社会的見地からの権力とコントロールに焦点をあわせたReid (1999)やスウェーデンのMUDにおける人生体験に基づく分析を提供するPargman (2000) があります。


コンピュータゲームの歴史

 コンピュータゲームの歴史について体系的にまとめられた年表は驚くほど少ないです。私達はまだこの主題についての教科書の登場をみていません。それでも多くの著者がゲームの歴史についての共通理解を作り出す貢献をしています。
 Steward BrandのRolling Stone誌のかなり初期のゲームであるスペースウォーについての記事(Brand 1972)、そして同じ題材に対してのJ. M. Graetzの1981の記事(Graetz, 1981)はどちらもしばしば引用されています。

 実際に本になっているものも存在します。Leonard HermanのRise of the Phoenix (Herman, 1997)はゲームの一般的な歴史を伝えようと真剣に取り組んでいます。SheffとEddyのGame Over (Sheff & Eddy, 1999)はビジネスジャーナリズムの立場から任天堂に集中し、KentのThe First Quarter (Kent, 2000) は構造的ではありませんがゲームビジネスについての大量の情報を提供します。


文学的観点

 コンピュータゲーム、特にアドベンチャーゲームは、実に早い段階から文学の学者の注目を集めました。Adventure (Crowther & Woods, 1976) やZork (Infocom, 1981) といったアドベンチャーゲームはプリミティブな形でしたが新しいメディアにおいて物語を語る試みを明らかにしていました。さらに、そのインタラクティブな性質から、著者、テキスト、読者の関係の議論のためのわかりやすい道具になり、読者の自律性に関するポストモダン理論について述べる文学理論者にとって興味深いものになっています。

 これらのゲームに関する観点は影響パラダイムの外で学術的人気を得た最初のものです。現在では、しかしながら、現在はゲーム研究のアプローチは特に以下で議論するデザインやゲームプレイの問題に方向をかえ、この文学的観点は主流ではありません。

 文学的観点は長期間あるのですがこの分野で広く言及されている研究は多くありません。しかしいくつか主要なものもあります。そのなかでもEspen AarsethのCybertext (Aarseth, 1997)はめったに無視されることのないマイルストーンです。Aarsethはテキストがリンクするゲームを分析し、インタラクティブフィクションは一歳になった迷宮的テキストのための文学慣習であるとしました。このキーとなる問題への体系的な分析と、ゲームの歴史への真剣な扱いのほかにこのAarsethの作品を人気付けているのは彼がコンピュータゲームはそれ自体アカデミックな分野になりえると議論したところにもあるかもしれません。

 そのほかにこの主題において広範に影響をあたえたものはJanes MurrayのHamlet on the Holodeck (Murray, 1997、日本語版の題は「デジタル・ストーリーテリング―電脳空間におけるナラティヴの未来形」)でMurrayの方法論はAarsethほど厳格ではないですがインタラクティブ物語の可能性と特色を持つメディアとしてのゲームについての豊富なアイデアを提供します。

 90年代後半にはインタラクティブ性と物語性は排他的であり「本当」のインタラクティブ物語は夢に過ぎないのではないか(Smith, 2002)という議論に多くの試みがなされました。この問題はすべての参加者にとって満足のいく解決を見たかは明らかではありませんが、今では他の問題がより重要と考えられているようです。


Ludologyとゲームプレイ

 近年新しい観点が流行りだしました、それはLudology(この言葉はFrasca, 2000によって導入)です<訳注4>。この言葉は時に広く使われますがその生みの親である研究者Gonzalo FrascaはLudologyはビデオゲーム理論を含むが「それを越えてすべてのゲームと遊びの形態を含む」と定義し、そして「ゲームの研究」であるludologyは既存のメディア(演劇、映画など)を通じてゲームを理解しようとはしないと強調します。さらに、Ludologyはゲームにおけるルールと戦略と報酬の関係といったゲーム特有のダイナミクスを検証しようとしています。
 このようにludologyはそれ自体妥当な観点であるだけでなく、他の観点への対抗としても存在し、他の現象を研究するために作られた外の分野を借りたゲームへのアプローチよりも自身のアプローチは間違いなく純粋であるとみなしています。

 多くの問題に関する徹底的な調査はJesper Juul (Juul, 2001)の記事にあり、そして同じ著者のThe Open and the Closed (Juul, 2002) の記事では枝葉の問題を除いたLudologyの観点について知ることができます。
 Juulのようなゲームプレイのコンセプトに集中しゲームを面白くするものは何であるか見つけようとするアプローチはludologyのカテゴリーにはいります。
 さらに、Aarseth (1997)は上にみられるような言葉を使っていませんがゲームは物語としてではなくシステムとして分析されるべきだと議論しています。


他の観点

 以上のテキストは頻繁に言及されていますが、これらがコンピュータゲーム研究の分野の全てを代表しているわけではありません。最も重要なのは、おそらく、ゲームデザインのトピックがここ数年体系的な興味を引いているということです。デザインテキストはしばしば経験則と、ベストプラクティスと、学術的興味分野の周辺の実際の研究のバランスをとっています。ゲームデザインについての多くの知識はwww.gamasutra.com に集められ、またデザイナーの基準として小さな本のコレクション(例 Rouse, 2001)も出ています。

 ゲームにおける人工知能の構築といったプログラムの問題はデザインの問題に属しているのかもしれませんが、こうしたものにもまた明らかに学際的な要素があります。

 最後に、遅くとも1980年前半からゲームを教育の道具としてつかうことが注目されています。学習と影響パラダイムは研究のモチベーションは確かに違っていますが興味深い類似性があります。

 同領域の専門家によって批評される世界初のコンピュータゲーム研究の論文誌(www.gamestudies.org) は2001年に始まりました。この論文誌、そして増加したアカデミックなカンファレンスにより、コンピュータゲーム研究は小さいとしても、詳しい議論と情報共有によって特徴付けられる実際の学術領域になってきてるのです。


引用文献


  • Aarseth, Espen J. (1997). Cybertext - Perspectives on Ergodic Literature. London: Johns Hopkins.
  • Anderson, Craig A. & Dill, Karen E. (2000). Video Games and Aggressive Thoughts, Feelings, and Behavior in the Laboratory and in Life. In: Journal of Personality and Social Psychology. Vol 78, no 4, 2000.
  • Bartle, Richard (1990). Interactive Multi-User Computer Games. Colchester: MUSE Ltd.
  • Bartle, Richard (1999). Hearts, Clubs, Diamonds, Spades - Players Who Suit MUDs. Colchester: MUSE Ltd.
  • Brand, Steward (1972). Spacewar - Fanatic Life and Symbolic Death among the Computer Bums. In: Rolling
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  • Cassel, Justine & Jenkins, Henry (eds.) (1998). From Barbie to Mortal Kombat. Cambridge: The MIT Press.
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  • Kent, Stevel L. (2000). The First Quarter - A 25-Year History of Video Games. Bothell: BWD Press. [別名 The Ultimate History of Video Games]
  • Kestenbaum, Gerald & Weinstein, Lissa (1984). Personality, Psychopathology and Development Issues in Male Adolescent Video Game User. In: Journal of American Academy of Child Psychiatry. Vol. 24, no 3, 1984.
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  • Mehrabian, Albert & Wixen, Warren J. (1986). Preferences for Individual Video Games as a Function of Their Emotional Effects on Players. In: Journal of Applied Social Psychology. Vol. 16, no 1, 1986.
  • Munsterberg, Hugo (1916/1970). The Film - A Psychological Study. London: Dover Publications.
  • Murray, Janet H. (1997). Hamlet on the Holodeck - The Future of Narrative in Cyberspace. Cambridge: The MIT Press. (デジタル・ストーリーテリング―電脳空間におけるナラティヴの未来形、ジャネット・ホロウィッツ マレー 著、有馬 哲夫 訳、
    国文社、 2000年)
  • Pargman, Daniel (2000). Code Begets Community - On Social and Technical Aspects of Managing a Virtual Community. Linkobing: Linkobing Universitet (thesis).
  • Poole, Steven (2000). Trigger Happy - The Inner Life of Videogames. London: Fourth Estate.
  • Reid, Elizabeth M. (1999). Hierarchy and power: social control in cyberspace. In: Kollock, Peter & Smith, Marc (eds.) (1999). Communities in Cyberspace. New York: Routledge.
  • Rouse, Richard (2001). Game Design: Theory and Practice. Wordware Publishing.
  • Schutte, Nicola S. et al. (1988). Effects of Playing Violent Video Games on Children’s Aggressive and Other Behaviours. In: Journal of Applied Social Psychology, Vol. 18, 1988.
  • Sheff, David & Eddy, Andy (1999). Game Over - Press Start to Continue. Gamepress.
  • Smith, Jonas Heide (2002). The Road not Taken - The How’s and Why’s of Interactive Fiction. Game Research. http://www.game-research.com/art_road_not_taken.asp.
  • Turkle, Sherry (1984). The Second Self - Computers and the Human Spirit. New York: Simon and Schuster.
  • Turkle, Sherry (1995). Life on the Screen - Identity in the Age of the Internet. London: Phoenix.


[ Last update: December 13, 2002 ]

訳注1: 101は初心者向けという意味です。
訳注2: 「EgliとMyers (1984)」と書かれている形式は、論文の文献を紹介する際の基本形式で、最後に付属する参考文献リストの中に、1984年に出された、この二人の書いた論文、もしくは本が紹介されているという意味です。
訳注3: MUDとは、90年代に欧米ではやったUNIXベースのテキストベースのマルチプレイヤーオンラインゲームです。今のMMORPGの先祖にあたります。
訳注4: Ludologyは「ゲーム」を意味するラテン語です。しかし、どう訳すべきかは、悩ましいところです。そもそもは、「ゲーム学」と訳すべきか、言語のニュアンスを生かすべきか。それでも、「ルドロジー」となのか、「ルードロジー」なのかどちらの発音かわかりません。なので、現時点では英語表記のままとしています。
訳注5: Ludology Meets Narratology: Similitude and differences between (video)games and narrativeのアドレスを現在のものに変更しました。
 
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