失敗学法則の解説インタビュー(前編)

上越新幹線脱線事故は、失敗に学んだ“大成功事例”

――尼崎脱線事故と比べて、昨年10月に発生した新潟中越地震の際の上越新幹線脱線事故は「大成功」だと常々おっしゃっていますね。

畑村:
 一人のけが人も出なかったにもかかわらず、このときもマスコミは「新幹線の安全神話の崩壊」とJR東日本を責め立てました。だが、私に言わせれば、この脱線事故は過去の失敗に学んだ近年まれに見る「大成功」事例です。私に取材に来た各メディアにもそう説明したのですが、大成功と報じたところはなかったですね。

 もちろん、この現場も実際に見て、現地の技術担当者に話を聞いてきました。すると驚いたことに、JR東日本は「起こるべき事故」と想定して、対策を進めていたというんです。1995年に起きた阪神大震災で山陽新幹線の橋脚が壊れたことを受けて、JR東日本は東北新幹線と上越新幹線の全橋脚の安全基準を見直し、さらに2003年に起きた宮城地震で新幹線の橋脚が30本ほど損傷を受けたことを機に、特に地盤の弱い地域にある橋脚(実に全体の5分の1)の補修を完了していたんです。

 脱線現場の付近を歩いてみると、地中にあったマンホールが1メートルほども地上に突き出ているのを見つけました。これは地盤が液状化を起こし、浮き上がったんです。まさに地盤の弱い地域だったわけで、もし補強工事をしていなかったら、橋脚が折れて、高架が崩れていた可能性もありました。そうなれば、多くの犠牲者を出していたに違いありません。

 もちろん、現場の線路が直線であり、高架のためレール脇がコンクリートだったこと、台車の部品と車輪の隙間にレールがはまって転覆をまぬがれたことなど、幸運もあります。ただ、過去の失敗に学んでやるべき事をやっていたからこそ、幸運の女神がほほ笑んだとも言えます。これはJR東日本の「愚直な努力の勝利」と素直にたたえるべきではないでしょうか。

 日本人は事故が起きるたびに「安全神話が崩壊した」と騒ぐが、自虐的になる必要は決してありません。一方ではJR東日本のように、安全神話を支えるための愚直な努力が続けられているのですから。

「失敗学」は自立した個人を育てる

――ところで、なぜ「失敗学」を提唱されるようになったのでしょうか。

畑村:
 私はもともと機械工学の専門で、大学で教え、実際に機械の設計に携わる中で、たくさんの失敗をしてきました。命にかかわるような失敗も経験しています。そうした経験に基づいて、学生には「失敗しない方法」を教えていたのですが、うまくいく方法を学んだ学生たちはまねることや、過去に起きた問題への対応は上手ですが、新しいものを創造する能力が育ちにくいことに気づきました。そこで、あれこれと思案して行き着いたのが、「失敗に学ぶ」ことだったのです。

 重要なことは学ぶ人間が自分自身で実際に「痛い目」に遭うことなんです。あるいは体験しないまでも、痛い話を本人から聞く。すると、人は自分で考え始め、自分から知識や経験を欲するようになるのです。ちゃんと失敗経験をしないと、発生したときに対処できず、思考停止になって、失敗の連鎖を広げてしまう。大事故はこのパターンですね。

 その後、こうした失敗体験を元に設計の本を作ってみようと、仲間と一緒に書き上げたのが『続々・実際の設計―失敗に学ぶ―』(日刊工業新聞社)だったのです。これが予想外に売れまして、いつの間にか「失敗学」が広がったというわけです。

――2000年には文部科学省が「失敗知識活用研究会」を開催し、畑村先生が統括して構築された「失敗知識データベース」が今年3月に一般公開されましたね。

畑村:
 様々な分野で起こっている失敗のデータベースを構築しようということになったのですが、学・産・官が一緒になって今までにない新しい考え方が提起されたことは時代の転換を感じさせます。

 バブルの崩壊という失敗を直視できず、ズルズルとここまで来てしまったこの国で、自分しか自分を救うことはできないと気づいた個人が、組織や社会から精神的に自立することができれば、日本も再生するでしょう。「失敗学」は自立した個人を育てる道具なのです。

 失敗といっても「よい失敗」と「悪い失敗」があります。よい失敗とは個人が未知の経験や知識を獲得する課程で避けることのできない失敗です。新しいことに挑戦しようとすれば十中八九、失敗する。人間の成長や技術の発展にこうした失敗は不可欠なんです。その一方、悪い失敗とは単なる不注意や誤判断から繰り返されるものです。この両者を一緒くたに考えて、「失敗してはいけない」「恥ずかしい」となると、何も挑戦ができなくなるのです。

 人の営みを冷たく見る見方からは何も生まれず、暖かい見方だけが新しいものを生み出し、人間の文化を豊かにします。失敗は起こるものと考え、失敗に正しく向き合って次に生かすことが重要です。逆に失敗を無視し、隠し、責任回避するような風土からは新しいものは生まれにくく、問題や事故が発生しやすくなると言えるでしょう。



畑村洋太郎氏畑村洋太郎(はたむら・ようたろう)氏

工学院大学教授・東大名誉教授

 
1941年東京都生まれ。

66年東大大学院工学部機械工学科修士課程修了、日立製作所勤務を経て、68年東大工学部助手、73年助教授、83年教授。2001年4月工学院大学国際基礎工学科教授、畑村創造工学研究所開設。同年5月東大名誉教授、同年10月東北大客員教授。

ナノ・マイクロ加工、力センサー、加工の知能化、医学支援工学、技術の伝承と教育の方法論を研究。「失敗知識活用研究会」を通じ「失敗学」の構築に取り組む。その成果が「失敗知識データベース」として結実。さらにNPO「失敗学会」を主宰し「失敗学」の普及啓蒙に努める。また「実際の設計研究会」を主宰し、創造設計原理の研究を行う。

編著書に「実際の設計」「続・実際の設計」「続々・実際の設計―失敗に学ぶー」(いずれも日刊工業新聞社)、「設計の方法論」(岩波書店)、「失敗学のすすめ」(講談社)、「失敗を生かす仕事術」(講談社)、「社長のための失敗学」(日本実業出版社)、「失敗学の法則」(文芸春秋)がある。


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