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ノロの写真

 ノロは、神々(こうごう)しい、というほかはない、村のおばあさんたちだ。沖縄本島を中心にいた、そして今もいる、村という共同体のためにその祭りを主宰し、あるいは神そのものになって村人から尊敬され、時には畏敬の念をもって崇(あが)められる、神女(しんじょ)たち。宮古島・八重山地方などでは大(おお)アムという神職のもとにツカサとかウフツカサとか言った。歴史的には『おもろさうし』にも出て来る。琉球王の妻である聞得大君(きこえおおぎみ)は、言ってみればノロの大(おお)親分。一般のノロはもと琉球王府の神女(しんじょ)組織から辞令をもらって村に帰り、祭りに従事した。もっと古くは村々(むらむら)ごとの根神(ねがみ)であったのが、王府の成立により全国組織されたのだろう、と推定されている。そして王府が崩壊したのちにも、村が続く限り、ノロたちは村々(むらむら)で継承され、活躍し続ける。

 研究者の宮城栄昌(みやぎえいしょう)が一九七九年に出した『沖縄のノロの研究』によると、二十年間に彼が会ったノロやツカサは、一覧表に見ると百数十名。その宮城さんによれば、彼の故郷である国頭(くにがみ)村安波(あは)のノロだった人は、ノロ殿内(どぅんち)に住み、子供心にも神々しく感じられる、霊力(セジ)の高い、ノロアンマァ(ノロ母)と畏敬された人で、シヌグ祭やウンジャミ(海神祭)の時は白い神衣装を着け、安田(あだ)のウガミを拝みに山道を裸足で駆けて行くのを、見てはならない(見ると神罰を受ける)と戒められたという。しかし私的に接するときのノロは柔和そのもので、旅安全を祈願してくれる時などの、その様子は敬虔さに満ちて、深いまなざしのなかに笑みをたたえたものであった。

 ノロは独身主義ではないので、結婚もすれば、恋愛もする。『おもろさうし』(13-117)に、

きこヘ、ばてんのろ(名高い馬天(ばてん)〈地名〉のろ)

みやけぼしやの(見上げたい)

わかいきよ(と思う立派な人)

しのび、あぐみちよに(偲び待ち望む人に)

まぶるかみ、そわて(守る神、寄り添いて)

まぶられて、かよい(守られて、通って)

ふさよわちヘ(思いを遂げて)

 とあるのは尚思紹王の妹である格式高い馬天(ばてん)ノロの、熱烈な恋愛を唄ったものという。「オキナワなんでも事典」より

執筆者:藤井貞和
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関連項目
ウグヮン(拝み)
おもろさうし
セジ



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