トップページ
明治芸予地震北丹後地震明治東京地震
庄内地震陸羽地震

1889(明治22)年7月28日、熊本県西部を強い地震が襲いました。震源は熊本市の西、マグニチュードは6.3と推定されています。死者20名、建物の全潰239棟の被害がありました。この地震は地震学会が1880年に日本で発足してからはじめて都市を襲ったものとして調査が行われ、また、遠くドイツのポツダムの重力計に地震波が記録され、遠い地震の観測のきっかけとなったといわれています。ここに掲げた写真は、地震の被害を写したしたものとしては、おそらくわが国でもっとも古いものと思われます。

旧熊本城闇ガリ 第六師団本部石垣崩壊之景 旧熊本城飯田丸 第六師団弾薬庫上石垣崩壊之景
旧熊本城西出丸 第六師団火薬庫崩壊之景 旧熊本城平左衛門櫓床 第六師団号砲台裂地之景
熊本市唐人町仮小屋之景 熊本市細工町仮小屋之景
熊本監獄内土塀崩壊之景 熊本市大字東坪井見性寺境内墓碑顛倒之景
飽田郡高橋町負傷者船住居之景 飽田郡高橋町字川端家屋崩壊之景
飽田郡芳堅村大字堅出馬ノコー子?裂地之景