AERA 2008年8月4日号
東京都内に住む50代の男性団体職員は、これまで足かけ5年、都市再生機構(UR)に約550万円を預けてきた。
「積み立てれば、URの宅地の当選確率が20倍になる」
そんなふれこみの「宅地債券」が魅力的だと思ったからだ。しかし、この男性は今、こう話す。
「当初の約束を果たさないのはおかしい。URは売れ残りばかり押しつけてくる」
●分譲は「遠い所」ばかり
怒りの原因は後述するとして、男性が宅地債券の存在を知ったのは2002年、URの前身の都市基盤整備公団が出した新聞広告だった。年2回、約50万円ずつ7年間振り込んで、計約650万円を積み立てる。積み立ての実績で、公団が分譲する宅地の抽選に、10倍か20倍の倍率優遇が受けられる。つまり、「優先入居」できるというのだ。
「今後の供給予定地区」として首都圏の地図があり、東京の多摩、八王子、横浜の港北、埼玉の大宮、飯能など、開発が予定されるニュータウンが首都圏だけで46カ所示されていた。
男性は長く、賃貸住宅で暮らしてきた。いつかはマイホームで暮らしてみたい。7年間の積み立てが終わるころ、ちょうど定年を迎える。
「退職金も出るから家が建てられるかもしれない。30年以上働いた人生、そのぐらいのことができてもいいんじゃないか」
債券はその都度、国土交通相が認可して発行する「お墨付き」だし、公団が分譲する宅地は民間のものよりも比較的広いし、上下水道もきちんと整備されているだろう。どんなにくじ運が悪かろうと、同じくじを20回ひけるのなら、当たるに違いない。
債券を買うことを即決した。
一昨年。男性はまず10倍の倍率優遇が受けられるようになった。URから送られてくる資料やメールマガジンで、分譲される物件に目を凝らし始めた。
しかし、すぐに途方に暮れた。
東京・多摩で分譲された宅地は6千万円近くで、とても手が出ない。それ以外は千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県などの都心へは「遠すぎる物件」ばかりだった。
代わりに、大手住宅メーカーが、ニュータウン内で開発した建て売り物件のダイレクトメールばかりやってきた。
「民間が開発するプロジェクトを紹介します」
と、URの紹介文がついていた。価格は7千万〜8千万円。やはり手が届かなかった。
●個人向けは15%
今年になっても状況は変わらない。しびれを切らして約1カ月前、URに電話で問い合わせた。すると、電話に出た男性職員は、こう言った。
「この先、一般の方に向けた宅地分譲をするかどうかはわかりません。横浜の港北ニュータウン内の宅地は、すべて民間業者に卸してしまいました。今はハウスメーカーにまとめて卸すのが主流になっているんです」
男性に代わって、URに事情を質した。すると、おかしな状況が見えてきた。
そもそも、宅地債券は「ニュータウンの開発資金にあてると同時に、顧客の確保のため」に、販売された。
だが、2004年の設立後から昨年度までにURが売り出した住宅用宅地740ヘクタールのうち個人向けに売り出されたのは、わずか15%。残りは、民間住宅メーカーに卸されていた。
●「手早く換金」を優先
都心から40キロ圏内の各ニュータウンごとに、個人向けに分譲された宅地の比率を見ると、多摩(4.8%)や八王子(4.1%)、港北(1.3%)など、都心に近くて人気が高そうな物件は極端に低い。鎌ケ谷(千葉)や越谷(埼玉)、八潮(同)などは民間業者に卸しただけで個人はゼロだった=一覧参照。大宮(同)や八千代(千葉)にいたっては、個人はおろか民間業者にも販売されていない。
下の一覧が示すように、都心40キロ圏内の大半は、個人向け分譲の実績はなく、あってもごくわずかだった。
個人への比率が低すぎはしないか。URは取材にこう答えた。
「個人と民間業者にどう分譲するかは、毎年の市場状況などを見ながら決めてきた。債券の売り出し時に方針が決まっていたわけではなく、結果的にこうなったまでだ」
URによると、債券は2002〜03年の2年間で2300口売り出したものの、買ったのは結局608人。不人気で販売が終わってしまう。さらに翌04年、URとして独立行政法人化された後のニュータウン事業は、明らかに雲行きが変わる。
独法となって採算性を問われるようになったため、URは積み上がっていた借金の整理を求められた。「中期計画」で、ニュータウン事業からの撤退を視野に入れた「民間業者への宅地の早期処分」を明記した。
2008年度までに2千ヘクタールを売却するという厳しいノルマだった。
04年度からの4年間、URが販売した宅地の民間業者向け比率は、04年度は73%だったが昨年度は90%に。年を追うごとに増した。自然、個人向け宅地の比率は下がっていった。
昨年度、首都圏で個人向けに分譲された宅地500のうち、都心から40キロ圏内のものは122しかなかった。
大手鑑定事務所の不動産鑑定士はURの動きをこう解説する。
「個人向けの宅地販売に比べ、民間業者への販売は、大規模に手早くできる。借金の返済を迫られていたら、手早く換金できる方法として選ぶのは自然の流れだろう」
●買えたのは22人
そうは言っても、債券を買った人から見れば、販売時の売り文句と反するかに見える方針転換は、納得できるはずがない。
URはこう反論する。
「債券の積立者に特別に知らせていないのは事実だが、中期計画については、URのホームページに掲載している。処分の影響で個人向けの宅地数が減ったことはない」
前出の男性は、URのこうした方針変更を知らされないまま、積み立てを続けてきた。預けた金の元本は保証され、年利率は7年で1.05%。
男性は言う。
「金融商品としての魅力は感じていない。宅地を入手するために積み立てたのに、住みたいところがない。民間業者に大量処分する方針を知っていたら、積み立ては途中でやめていた。URは積立者に方針変更を知らせるべきだった」
債券の購入者が積み立てた27億円も、ニュータウン整備に使われたが、購入者のうち、これまでに実際に宅地を買ったのはわずか22人にとどまる。
URはこのニュータウンの残った宅地3600ヘクタールを、2018年度までに完全に処分する。「個人向けは一定量確保する」とは言うものの、その量も、未定なのだという。
■宅地債券の販売時に「供給予定」とした宅地と、個人に売られた宅地の比率
個人向け宅地の比率(%)
●八潮南部中央……………………………0
△港北…………………………………1.3
●三郷中央…………………………………0
●新鎌ケ谷…………………………………0
◇吉川駅南…………………………33.5
●越谷レイクタウン………………………0
●吉川………………………………………0
●流山新市街地……………………………0
●坪井………………………………………0
●西八千代北部……………………………0
△黒川………………………………17.0
△南多摩………………………………4.8
●浦和東部第二……………………………0
●岩槻南部新和西…………………………0
●野田山崎…………………………………0
●金田東……………………………………0
●柏北部東…………………………………0
△千葉北部…………………………11.2
●大宮西部…………………………………0
●物井………………………………………0
△南守谷………………………………8.4
△北守谷………………………………5.5
△南八王子……………………………4.1
△千葉東南部………………………13.2
△千原台……………………………12.8
●下高井……………………………………0
◇内守谷……………………………58.5
●寺崎………………………………………0
△北竜台……………………………13.1
◇萱丸………………………………34.0
●菖蒲北部…………………………………0
●成瀬第二…………………………………0
◇東下根……………………………60.2
△牛久北部…………………………27.1
●飯能南台…………………………………0
◇飯能南台第二……………………39.1
●坂戸入西…………………………………0
●高坂駅東口第二…………………………0
△龍ケ岡……………………………29.0
△葛城…………………………………3.6
●筑波研究学園都市………………………0
●真田北金目………………………………0
△間々田………………………………5.0
●南台………………………………………0
◇東谷・中島………………………46.1
●宇都宮テクノポリスセンター…………0
●=(個人への供給)なし
△=(同上)30%未満
◇=(同上)30%以上
(UR提供資料より)