1)水俣病と脳

 水俣病は、不知火海のメチル水銀を多く含んだ魚を摂取した結果、胎児やその母親に神経傷害がおこりました。

母から赤ん坊へ
 お母さんが食べた魚のなかのメチル水銀が、母親の体内に取り込まれ、やがてそれは、血液脳関門を通して脳に広がり、また胎盤を通して胎児の脳に広がります。そして、母親の脳の神経細胞を傷害して水俣病(メチル水銀中毒症)をおこしたり、胎児の脳を傷害して、胎児性の水俣病(メチル水銀中毒症)の子供が生まれました。しかも、お母さん以上に強い傷害をもって生まれてきました。

 

2)メチル水銀の代謝

 メチル水銀は蛋白質と結合しやすい物質です。とくに、そのHg(水銀)基はアミノ酸のS(硫黄)基と結合しやすい性質があります。

塩化メチル水銀 methylHg
メチル水銀の体内循環
 魚に含まれるメチル水銀は蛋白質(例:筋肉)と結合しています。魚を摂取すると、魚の蛋白質が消化管でアミノ酸まで分解されて体内に吸収されます。このときにメチル水銀も吸収されます。血液中ではアミノ酸のシステインと結合し、メチオニン様の物質として体内を移動する(上図の化学式参照)と考えられています。メチル水銀は、血中の特に赤血球中に多く含まれます。
 それは、やがて各臓器に広がります。特に脳や胎児脳はメチル水銀の標的臓器で、そこで神経細胞を傷害したり、増殖を抑制したりして、神経症状を発現させます。
 それはやがて、肝臓に運ばれ、胆管を通して十二指腸に放出されます。その一部が腸内細菌で無機化されて便として排泄されます。残りは、再び吸収されて体内に入ります(腸肝循環)。そのほか、腎臓、乳腺に移行したものは尿や母乳に排泄されます。また一部は体毛や爪に結合して排出されます。

 メチル水銀が一旦、摂取されて体内にはいると、その後体外に排出されて、その量が半分量になるのにかかる時間を半減期といいます。メチル水銀は約70日が半減期と考えられています。

 

3)神経細胞の傷害

 神経細胞の模式図を示します。
 その下にアミノ酸の種類を示します。

細胞体 神経細胞 樹状突起 細胞体の周囲の枝状にでている突起 ほかの神経と接合する
白丸の部分 DNAを有する
核小体 核のなかの黒丸 RNAを有する
軸 索 ニッスル顆粒 細胞体のなかの粒状のもの 蛋白を合成する
髄鞘 軸索の回りをかこっている鞘 軸索を取り囲む絶縁体
神経終末 軸索の終末部 神経伝達物質を放出する
アミノ酸
アラニン・バリン・ロイシン・イソロイシン
アラニン バリン ロイシン イソロイシン
プロリン・フェニルアラニン・トリプトファン・メチオニン
プロリン フェニルアラニン トリプトファン メチオニン
グリシン・セリン・チオニン・システイン
グリシン セリン チオニン システイン
チロシン・アスパラギン・グルタミン・グルタミン酸
チロシン アスパラギン グルタミン グルタミン酸
リジン・アルギニン・ヒスチジン・アスパラギン酸
リジン アルギニン ヒスチジン アスパラギン酸
 神経細胞は、大きな明るい核と明瞭な核小体によって特徴つけられます。これは、染色体が広がって、DNAが活発にRNAに転写されていることを示します。つまり蛋白質の合成が盛んに行われていることを意味します。メチル水銀は、アミノ酸のうちメチオニンやシステインの硫黄(S)基と結合しやすいといわれています。脳の神経細胞に運ばれてきたメチル水銀は、リボソームの多いニッスル顆粒で蛋白合成する際に、メチオニンやシステインの硫黄(S)基に結合して、正常なかたちの蛋白合成を阻害することで、神経細胞に傷害をあたえることが考えられます。

 胎児期から小児期は、特に神経細胞の分裂、増殖が盛んで、この時期にメチル水銀を与えると、完成した脳にメチル水銀を投与する以上に脳に影響がでやすいことが推測されます。

 毛髪は血液の250倍の水銀濃度を示します。これは、毛髪のケラチン蛋白に、システインが多く含まれているためです。またメチル水銀でカビ止め処理した小麦をあたえた鶏の卵は、とくに黄身に水銀濃度が高くなります。これもシステインが多く含まれているためです。

 

4)メチル水銀の吸収・排出・残留・症状

 メチル水銀の体内動態をまとめました。

メチル水銀の吸収  メチル水銀は消化管から90%以上吸収されます。おもに魚からはいります。
メチル水銀の排出  排泄の最大は胆汁から消化管、そして便に排泄されます。
 それ以外に、尿、毛髪、母乳からの排泄があります。
メチル水銀の残留 残留臓器は、最大が腎です。
 そのほか、脳、肝臓があります。胎児にも残留します。

 

5)その他 金属水銀の吸収・排出・残留・症状

水銀蒸気の吸収 金属水銀(蒸気)は肺から吸収されます。虫歯の補填剤に使用されていました。噛むときの圧で蒸気化して吸収されることがあります。
水銀蒸気の排出 排出の最大は、便です。
水銀蒸気の残留 残留は腎臓、ほか脳、肝臓、胎児です。

 

6)その他 無機水銀の吸収・排出・残留・症状

無機水銀の吸収  消化管から吸収されますが、吸収率は高くありません。

 以前使用されていた手あらいの消毒剤に利用されていました。

 それを、自殺企図で飲むときに中毒事故がおきました。
無機水銀の排出 排出は腎が最大です。
無機水銀の残留 残留は腎、肝です。