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ひとインタビュー家族が亡くなっていき ひとりになることと向き合う 第七十四回 吉行和子さん

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年齢を経ても役がある幸せ

この6月、最後の舞台にのぞむ吉行和子さん。何よりも芝居が好きだという彼女の演技にかける思い、7月に101歳を迎える母あぐりさん、亡くなってしまった作家の兄・淳之介さんと詩人の妹・理恵さんへの思い、そして自ら「個」として生きる姿勢について語ってくれた。

(取材・文/田中亜紀子 写真/小山昭人)
――なぜ、今回で舞台を最後に

以前から自分が元気で、気力と体力が充実しているうちに舞台をやめようと思っていました。舞台は基本的に大変なエネルギーが必要ですが、私の場合、最初の準備段階から参加するのが好きなものですから。人がおぜん立てしてくれた舞台、たとえばこんなきれいなじゅうたんがあるからここにお座りなさいといわれるより、まだ色のついていない糸を何色に染めようか、と考える。そういう形でずっと演劇をやってきたことを最後まで通したくて。でもやめるといっても舞台活動だけなので公言することもないのですが、これをラストステージとうたうことで、自分の中にさらにファイトがわいてくる。また、13年間「ミツコ」という一人舞台を続けてようやく自分が舞台の上にいる感覚をわかってきた。全部わかることは一生ないと思いますけど、おぼろげにわかったことで、その後いい戯曲を見つけて舞台を最後にするのが自分の中で自然な形になって……。探していたら今回の「アプサンス〜ある不在〜」という戯曲に巡り合ったんです。

最後の舞台に選んだ戯曲

――この戯曲を選んだのは

主人公が、私の境遇や気持ちにピッタリきたんです。彼女は高齢で孤独な環境にいて、自分がひとりきりになったショックで一過性の記憶喪失になってしまう。そして、自分が子どもの時から現在までのいろんな時期がよみがえってくるという戯曲なので、一生のいろんな時期を演じられるのはおもしろいと思いました。ただ、いくら記憶が飛んでも、彼女がひとりきりという現実は歴然とあり、記憶が戻った時にいよいよひとりで生きていく、という決心をする。

私はここ数年で妹と親友の岸田今日子さんを亡くし、母もこの7月で101歳、やがて消えていくでしょう。本当に自分がひとりきりになる目の前の現実がこの主人公と重なり、とても共感を持って演じられると思いました。

――これまでも節目で自分がおもしろいと思う作品を選んでいます。たとえば40歳過ぎにヌードでのラブシーンが多い大島渚監督の「愛の亡霊」へ出演するなど、とても勇気があります

私の50年以上の役者人生にピークはなかったけれど、堕落しなかったのは、その時々に油を注いでくれるおもしろい作品との出合いがあったからでしょうね。私たちの頃は30歳を過ぎると、女としておもしろい役が来なくなったんです。このまま終わっちゃうのかなと思っていた40歳を過ぎた頃、大島監督から話が来まして。「愛のコリーダ」の後の作品なので出演はものすごい冒険で、周囲には「せっかく地道にやってきたのに」と反対されましたが、私はこの作品にかけて、だめならだめでいい、と思った。幸い結果がよくて、それまでのまじめ路線の役から、この後全く違うところからおもしろい仕事が来だしたんです。

でも、また60歳も過ぎるとおもしろい役が来なくなって……。すると今度は「折り梅」という映画で痴呆(ちほう)老人の話が来てね。

――女優さんは老け役は嫌いますね

普通はね(笑い)。しかも痴呆だし。「その年でぼけ老人をやったらおしまい」と周囲にもいわれましたが、やってみたらうまくいって。その後70歳で恋愛にはまったりする「百合祭」とか、いろんなおもしろい役が来るようになったんです。最近、本当に女優をやっていてよかったと思うのはそこ。この年齢でも待っていてくれる役があり、この時期の自分でないとできない役がある。いい職業を選んだと思います。

――小学生の時は授業で手をあげるだけで貧血をおこすタイプだったとか

いまだに普段はあんまりしゃべれないんですけど、不思議に役では何でも大胆にできちゃう。最初は劇団の裏方志望だったこともあり、自分ではいつも人に後れをとっているような気がしていたのですが、年齢を重ねて舞台にたっている時が一番楽しくなりました。親友の女優・冨士真奈美いわく、芝居のことしか考えてない「芝居パラノイア」(笑い)。私はいつも役のことで頭がいっぱいで、次の日に舞台があると友人といても一目散に家に帰るので、それを見て「もっと楽しいことあるでしょ」とみんなにあきれられています。でも私は何より「この役はどういう人で、どう演じようか」と考えている時が一番好きですね。

(写真)吉行和子さんプロフィール

東京生まれ。女子学院高校を卒業後、劇団民藝に入り、1957年「アンネの日記」のアンネ役で初の主役の舞台を踏む。69年よりフリーになり舞台や映画、テレビドラマと幅広く活動している。74年「蜜の味」で紀伊國屋演劇個人賞受賞。78年に大島渚監督の「愛の亡霊」で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。2002年に「折り梅」などで毎日映画コンクール田中絹代賞を受賞。ドラマは「3年B組金八先生」「ふぞろいの林檎たち」など人気作に多数出演。昨年は映画「舞妓Haaaan!!!」や「監督・ばんざい」に出演。今年は5月に映画「僕の彼女はサイボーグ」、9月には映画「おくりびと」が公開。舞台はライフワークだった「ミツコ―世紀末の伯爵婦人」を終え、6月に最後の舞台「アプサンス〜ある不在〜」(俳優座劇場)に挑む。

お知らせ

吉行 和子さんの最後の舞台「アプサンス〜ある不在〜」

長年舞台で活躍してきた吉行和子さんの最後の舞台が、6月19日から29日まで、俳優座劇場にて全13ステージ行われる。彼女が最後に選んだのがロレー・ベロン作の「アプサンス〜ある不在〜」。愛憎の果てに誰にでも訪れる老い、孤独、病気、介護などの問題がさりげなく、ユーモアにあふれて書かれている戯曲。舞台は終始病院の中で展開しますが、主人公が過ごしたあらゆる場所に瞬時に変容し、観客はある女の一生を見ながら、吉行和子さんの女優としての姿勢も記憶にとどめることになる意欲作になりそう。

  • 作/ロレー・ベロン
  • 訳・演出/大間知靖子
  • 出演/吉行和子、岡田浩暉、山本郁子、加藤美津子、村中玲子、山口森広
  • 企画制作/ヨオの会、ジェイ・クリップ
  • 日時/6月19日(木)〜29日(日)
  • 場所/俳優座劇場
  • 料金/全席指定6300円(税込み)
  • 問い合わせ/ジェイ・クリップ
    TEL03-3352-1616

吉行和子さんのエッセー「老嬢は今日も上機嫌」が6月19日に、新潮社から発売予定

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