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ルーキー群像<7>金丸将也投手(23)=東海理化 '11/1/24

 山あり、谷ありの野球人生を歩んだからだろうか。新人らしからぬ落ち着きの中に、どこか達観したムードが漂う。「ライバルも目標の投手もいない。独自の位置を築きたい」

 ▽故障をバネに進化する左腕

 全国に名の知れた強豪チームに属した経験はない。エースと呼ばれた時期も短い。武器は恵まれた体格と、中学時代に独学で覚えたシュート。成長の原動力は、故障という挫折だった。

 宮崎・佐土原高3年の夏に背番号「11」をつけて甲子園に初出場し、初勝利も挙げた。ただ、当時の球速は130キロそこそこ。「野球は大学まで」と決め、中部大に進む。

 1年からリーグ戦に登板したが、球速は120キロ台に落ちた。体重75キロの細身が原因と分析し、2年秋に左肩を痛めたのを機に一念発起。1日5食を課し、1年間で10キロ以上の体重増に成功した。球速は狙い通り140キロを超えていた。

 4年春には先発として同大初の全日本大学選手権出場に貢献。1回戦で完ぺきなロングリリーフを演じ、プロの注目を集める。しかし、ドラフト会議を目前にした秋に再び左肩を故障。「すべてが終わったと感じた」。自暴自棄になり、練習場からも足が遠のいた。

 失意と肩痛を抱えて東海理化へ入社。会社に貢献できない悔しさに、部屋で泣いた夜もある。それでも地道にリハビリを続け、1年目の秋に実戦復帰。翌2010年の都市対抗予選では150キロをマークした。不屈の左腕がよみがえった。

 「何が通用して、何が通用しないかを早く見極めたい。不安もあるが、自分への期待感の方が上回っている」。プロという最高峰へ踏み出した一歩に、迷いも気負いもない。(加納優)

 かねまる・まさや 1987年3月19日生まれ。187センチ、87キロ。左投げ左打ち。宮崎市出身。背番号30。宮崎・佐土原高―中部大―東海理化。

【写真説明】「1軍に定着するのが夢」とトレーニングに励む金丸




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