2011年09月29日 (木)

市川亀治郎さん・香川照之さん 記者会見全文掲載

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テレビなどでも活躍する歌舞伎俳優の市川亀治郎さんが、来年6月に四代目市川猿之助を襲名することになりました。

また、猿之助さんの息子で人気俳優の香川照之さんが、来年6月の興行で「市川中車」を襲名して、長男の政明さんとともに初舞台を踏むことも発表されました。

大名跡を、親子の因縁を、それぞれ背負ったお二人の記者会見を全文掲載します。

 

 

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▼市川亀治郎さん挨拶

伯父・市川猿之助のたっての希望によりまして今回私が四代目として猿之助を継ぐことになりました。しかし名前というものは個人のものであって歌舞伎というものは個人のものではないので、やはり諸先輩方、市川宗家、そして松竹株式会社の方々のご協力がなくてはあいつとまりませんので皆様にご相談したところ、松竹にはぜひと言うことで快諾を頂き、市川宗家(團十郎)からは「君なら大丈夫だろう」ということでお許しをいただきました。こののちは猿之助という名前を次の世代に受け継ぐべく、預からせていただきまして、市川家の一門として歌舞伎界をますます盛り上げて歌舞伎のために襲名を決意しました。日本の誇る歌舞伎がますます隆盛いたしますよう、ご宣伝のほどよろしくお願いします。


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▼香川照之さん挨拶

 いとこにあたります市川亀治郎が猿之助を襲名します。これは非常に僕自身も納得する話ですし、もとをひもとけば、この猿之助という名前をどうするのか、父ともたまに会う中で話したこともございますし、亀治郎君とも話してきた中で、すんなりと亀治郎さんが快諾して下さったことで僕自身もうれしいです。
 ただ、このテーブルからこちら(香川さんと息子のこと)の話はこれから説明を非常にしなければなりません。
 私自身ことしで46歳になりますけれども、歌舞伎の世界とは無縁に過ごして参りましたのは皆様ご存じの通りでございます。しかし2004年に私の右隣にいる政明が誕生いたしました。父も祖父も曾祖父もつけていた「政」という文字を頭につけました。それは偶然ではありません。僕自身の意図があります。それはきょうこういう日を迎えるためでございます。7年かかりましたが、私の中で140年にわたって続いているその代を僕自身が生きていて政明という長男がいて、やらなくていいのか、「この船に乗らなくていいのか」とこの10年、それと彼が生まれたこの7年、ずっと思ってきたことです。
 しかしこの船に乗らないわけにはいかない。いろいろな迷惑も考えました。いま亀治郎くんの方からお言葉がありましたけれども、市川宗家、松竹株式会社、お客様すべての支えがあって初めて成り立つ世界と言うことも重々承知しております。そこに我々のような素人が入っていいものかと本当はきょうも怖くてたまりません。
 しかしもう一度いいますが、この船に乗らないわけにいかないんです。それが僕の人生なんです。幸いなことに20年以上商業演劇の世界で映像の仕事をやっておりますので、少しはお客様の前で気持ちのようなものを出せるかと多少の自分自身の思いはありますが、本当に素人だと思います。本当に色んな人にご迷惑をおかけしてしまいます。しかしこれをやらねばならないと思った僕の気持ちをくんで下されば。くんでくださいというほかありません。
 実はことしの春から45年間無縁でありました父と同居しております。3世代同居です。
これは初めて打ち明けますが、これはいろいろな人のサポートを受けて成立しております。父と24時間、いっしょにいてその病気を横で見て体調を見て、良い日悪い日いろいろなものを見てまいりました。その中で、お弟子さん達も市川猿之助という人で集まっている人がたくさんいる。お弟子さん達の運命も私の父が握っているという思いの中で、では誰がサポートしていくのか、父は2年前の3月に藤間紫さん亡くなられてから1人でございますので、どうにか、父と一緒にという思いの中で実現した同居の中でこの思いを伝えるには、僕がやっぱり立ち上がらなければならないという思いを強くしました。
 私の父の先祖の墓参りをしていたとき(8代目)市川中車さんのお墓があり、中車のお墓の前で手を合わせる度にぼくの名前を出してくれと言っている気が、勝手な想像ですけどずっと致しておりました。
 この名前が気になっていて、それで父と同居する中で、この名前を僕が継いでもよろしいでしょうかという話をしました。もちろん松竹の社長、専務の方にこんなドラマティックなことをしても良いものでしょうか。はっきりいって本当に素人です。何もできません。
 もう何にもできないんです。でもこの船に乗らなくてはいけないんですと話させていただきましたところ、幸いわたしの父も宙を飛んだり、風雲児とかいわれて色々アクロバティックなことをして参りました。その血が僕にも流れていると思って、どうかお願いいたしますということも言わせていただきました。その中で受け入れて下さって本当に松竹株式会社さんと市川宗家にもご相談させていただいて受け入れて下さったことを本当に感謝しています。ただ、本当にご迷惑をかけることになると思います。全歌舞伎役者さん達に対して本当に僕を助けて下さい。ご迷惑をかけます。ダメなら足を洗います。本当に頑張るしかないんです。この船に乗らなくてはいけないという思いでさせていただきます。
 ベースはあくまで映像なんですが、時々本当に小さな役で、できるだけ小さな役で。どこにいるか分からないという感じでやらせていただきたいというのが本心です。
 香川照之という名前をこれは特例として残すと言うことも松竹から了解してもらっています。映像に戻るときは香川照之という名前でいます。そして、父の残した世界を継ぐという使命を帯びたときは「市川中車」を名乗らせていただきます。今後とも色々迷惑をかけると思いますが、ゼロからの出発です。うちの息子も本当にゼロからの出発です。芸は本当にこのおふたりを(段四郎、亀治郎をさして)見ていただいて、私たちはなんて言うんでしょう、「何々パンダ」的なそういうことで、舞台に立たせていただけたらと思います。本当に今後ともご迷惑をおかけします。どうぞ宜しくお願いいたします。

 

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▼香川政明さん(7才)
初めまして。香川政明です。
歌舞伎は初めてですけど、頑張ります。よろしくお願いいたします。


 

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ーーー(以下、質疑応答)ーーー

問:猿之助襲名と聞いて、段四郎さん(亀治郎の父親)の気持ちは

段四郎さん:
 私の名前が初代市川亀治郎だったのですが、せっかく僕では大きくできなかった名前を亀治郎が大きくしてくれたので、亀治郎という名前も捨てがたい気持ちがしましたけれども、当人も大人になりまして意思もございます。最初は「亀治郎でいい」と言っておりましたけれども、家の芸を継いでいきたいということで、将来的に考えますと猿之助を継ぐことが重要と考えますので私どもは寂しいとは思いますが、襲名して頑張ってくれと言いました。


問:亀治郎さんは猿之助を継げと言われたときどんなことを思ったか。

亀治郎さん:
 僕の人生計画の中では「市川亀治郎を一生変えません、襲名しません」興行をやるつもりだったんです。私は亀治郎で大河ドラマに出させていただいてから、大きくしたというつもりはないんですが、本当に亀治郎という名を知っていただいて先輩、そしてお友達、後輩から「亀ちゃん亀ちゃん」と呼ばれて、その名前を大きくしていただいて、その中でやっぱり、先輩である坂東玉三郎さん、仁左衛門さんであられます孝夫さんも一代で名前を大きくされてそういう先輩方があったからこそ、僕も「亀治郎でいこう」という勇気をいただいて、決意していました。
 しかしながら伯父から僕のやってきたことを継いで欲しいと言うことで、その時点では猿之助という名前は神様に等しいような憧れの名前というのはありますけれども憧れイコールそれになりたいということではないです。あまりにも憧れすぎてて、それにはっきり今の時点では亀治郎という名に愛着があります。しかしながら僕も好き放題やりたい放題日ごろやって、伯父には何一つ恩返しをしていませんから、ここでひとつ恩返しをさせていただくなら、継いで欲しいといわれたら、継がせていただきますというのがひとつの恩返しになればいいなという思いで受けました。
 でも一番の念頭にあるのはやはり、襲名を通して、個人ではなく歌舞伎を末永く守りたいというそのための襲名と言うことは僕の中では変わりません。なのであくまで歌舞伎のため。


問:亀治郎という名は結婚して子どもが生まれたら継がせる?

亀治郎:
 いやその子は出来が良ければ、です。出来が悪い子にやっても無理ですので。
でも密かな希望として僕は死ぬときにまた亀治郎になって死にたいなという、それはゆくゆくは猿之助を譲って、また亀に戻っていたいという気持ちを今は思っております。でもすぐ変わると思います。


問:香川照之さんは歌舞伎の世界に入ると決めたのはいつごろから。

香川照之さん:
 うちの息子が生まれた2004年から芽生えたことです。女の子でしたら考えませんでしたが。その後やはり本格的には去年、徐々に固まっていった意識があります。
 もっと早い段階で名前のこととか亀治郎君に相談していたので、流れの中で起こってきたことだと思います。


問:今まで辛かったこと。悔しかったこと。

香川照之さん:
今まで辛かったことはないです。父との間、45年、全く話もしないできて、いきなり同居するというのもこれだけでも十分「映画かよ」っていう本当にそういう意味では、その毎日はすごいなと思いながら過ごしておりましたので。幸せな人生だと思いますし、あとはこういう席でこんなことを許していただいているわけですから。本来なら何もできない人がやるわけです。ありえないことなんです。これまでの僕の芸の世界でのいろいろな姿が少しは影響しているのかもしれませんが、ただ、やはりゼロからのスタートなので、これからおそらく、できないできないで本当にゼロに戻って悔しい人生を歩むことになるかもしれない。


問:父の猿之助さんと同居して、再発見することは。

香川照之さん:
 ものすごく後頭部の生え際が似てるっていう。そういうことを発見しました。
 ただ、本当に父と子というのは母と娘という関係性はないと思うんですね。それは僕は
段四郎さんと亀治郎さんを見ているときも、くっついてる離れてるようなこれが本当の親子だな、正直、どう接して良いのか僕も分からないところもあります。でもまあ、それはお互い言わないでも血だねと、濃い血が流れていると思いますので、僕自身が今回一連のことを思いついたのも、夢見る力とか父の「天翔ける心」とか、どっかに杭を打ち込んでやるとそういう精神があったのだと思います。それが、DNAとして入っているので、改めてそういうことを確認したいというのもなく、意識はしていない。


問:お母様は(浜木綿子さん)何と言いましたか

香川照之さん:
 これもまたいろいろな問題もございます。母の方では最終的には快く受け入れてくれて、いろいろな気持ちがあるでしょう。でも僕がやろうとしていることについては最大限のエールを送っていただいてますね。香川照之という名前も残して欲しいと母の方から言われましたし、僕も含めてかなりいろいろな思いがあると思います。
 一番心を痛めているのは母かもしれません。ただ彼女にも言いましたが、僕はこの船に乗らずに死ぬわけにいかないですね。
 ただそれだけです。それが僕の人生なので、母に感謝しています。最終的に母が許してくれなかったら前に出なかった話です。そういう意味では本当に感謝しています。


問:中車としてやっていく気持ちは

香川照之さん:
不安しかないです。だから僕のことは見ないで!こちらの確かな芸を見て!本当にもう本来であれば逃げ出したい気持ちですが、しかしその気持ちは徐々に高めて行かなくてはいけないし、本当に1日にしてなる世界ではないので、今はこういってますけど、本当にできないという日が早晩来るかもしれない。その時にはまた記者会見を開いて・・・


問:お父様はその点についてなんと言っていますか

香川照之さん:
 父は周りのこれがこうなってこちらはこうなってというような・・・基本的には興味がないというか口うるさく言う方ではないので、それに関しては何とも。これから聞いていきますけども。

 

問:市川團子という名前はどうですか。好きになりそうですか。

政明さん:
 ふつうです。

問:羽織袴の着心地はどうですか。

政明さん:
 暑いです。


問:どんな役者になる?

政明さん:
 わかりません。


問:どんな四代目になりたいですか。

亀治郎さん:
 どうでしょう。何をやっても三代目の枠からは出られないと思うので。宙を飛ぼうが、地に潜ろうが、火をおこそうが水を出そうが、全部やっております。鏡をつかってのこともやっております。やってないことはないと思うんですけど唯一やっていないのがあるとすると金閣寺の雪姫だと思います。
 やはり私は(中村)芝翫のおじさま、坂田藤十郎のおじさまはじめ諸先輩方に(中村)雀右衛門のおじさまをはじめ、女形の芸をうつしていただいたので、そちらの方もしっかりやっていきたいと思っています。猿之助で女形をやった人はいないと思いますので、そういう諸先輩から教わった芸を何とか守って伝えていくというか守っていきたいそういう守りと破ると、早い話、やりたい放題やるという役者になりたい。


問:猿之助さんからはどんなことをやって欲しいと?

亀治郎さん:
 僕の残した物をやって欲しい。僕の作品、考え方ということです。スーパー歌舞伎、猿之助48選含めて。あと物のとらえ方、見方。澤瀉屋(おもだかや)の精神だと思います。


問:きょう襲名披露の演目は発表されていませんが自分の中でこれはと思っているものあるか。

亀治郎さん:
 (市川)染五郎さんが言っていたが、48選、昼夜で1本ずつやっても2年かかるというほどの作品を残しているので、その中からなるべくやっていきたいと思います。


問:血のつながった方が澤瀉屋入りすることについて

亀治郎さん:
 あまりそこはないです。血と言うよりも仲間。そういう意味で行くと歌舞伎界全員が家族だと思っているので。歌舞伎界に一員が増えたという広いとらえ方をしている。


問:歌舞伎の仕事とこれまでの映像の仕事の割合はどうしていくのか。

香川照之さん:
 それはまだ正直決めていない。でもおいそれとできる世界ではないので、映像の仕事は今まで通り続けていくつもりです。そこにどういう形で入っていくかはこれから考えさせていただきたいと思います。しかし、このことをやらねばならないという思い。


問:歌舞伎の具体的な準備は。

香川照之さん:
 多忙の中で準備というものもまともなことはしておりません。本当に冒険です。これから間に合う範囲でやらなくてはいけないし、大変なことをしています。


門:踊りのおけいことかしていない?

香川照之さん:
やっていた時期もありますし、多忙の中でできなくなってしまったことも事実です。
全くやっていないといったほうが正しいと思います。


門:息子さんの方はどうでしょう。おけいこごとは。

香川照之さん:
5歳の時から日本舞踊をやっていますが、子どもでございますので、何かをやっているうちには入っていないと思います。本当にふたりの素人が入るのを許していただけますかと言うことです。ダメですという声が大きければ、身を引かなくてはいけないと思っております。そういうことです。

投稿者:かぶん |  投稿時間:00:26  | カテゴリ:会見&インタビュー
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コメント(6)

香川照之さん、市川亀治郎さんの大・大・大ファンです。
今回の、このドラマチックな展開に大いに感激しています。
香川さんが熱望していた歌舞伎の世界へ亀治郎さんが見事にアシスト!ゴーーール!!
なでしこJAPAN以来の感動を頂きました。おぉ(゚ロ゚屮)屮
香川さん、お稽古大変でしょうがこれまで培った役者魂で乗り切ってください。
来年6月の舞台をとてもとても楽しみにしております(*'▽'*)/☆゜

投稿日時:2011年09月29日 09:16 | 中村洋子

初めまして、私は紫派藤間流創流から紫先生に指導を頂いておりました藤間掬穂(きくほ)と申します。
このたびは、大変おめでとうございました。
紫派藤間流幹部としてお祝い申し上げます。
益々のご活躍をお祈り申し上げております。
現家元への連絡の手だてが皆無で御座いますので、失礼ながらメールをさせて戴きました。
ごめんくださいませ。

投稿日時:2011年09月29日 13:09 | 藤間掬穂

昨日の記者会見からいろいろな番組でこの襲名について取り上げられていましたが、記者会見の全容がわからなくて、「香川さんと猿之助さん、浜木綿子さん」のことばかりで・・、だいぶ消化不良気味だったのですが、この全文で納得、了解しました。
ありがとうございました。
きっとこれから、この襲名や香川さん、亀治郎さんのことについてNHKスペシャルあたりでやってくれるんじゃないかなぁ~って期待しています。

投稿日時:2011年09月29日 18:02 | 更紗

歌舞伎は5年前に1幕だけ見たことのある程度の全くの素人です。しかし、今回の一連の報道には、感動を越えて涙がでてきました。物心ついたときから不在の父の面影を追い求めて45年。香川さんの心の揺れや葛藤を思い、人間の存在の在り方やDNAの素晴らしさを再確認しました。香川さんは「出来なければ足を洗う」とやや自嘲気味のようでしたが、映像で見る彼の存在感は、きっと不可能を可能にしてくれるのではないかと、良い意味で本当に期待しています。市川中車を応援する会に入ってもいいくらいです。澤瀉屋は、堅実で聡明な2人の男子(亀次郎さんも素晴らしい)により今後さらに発展されていかれるでしょう。香川さんに、どうしても頑張ってくれ、ここが人生の見せ場だ、皆も期待していると、伝えて下さい。どうやって伝えたらいいか連絡手段がないので。6月には是非観に行きたいです。

投稿日時:2011年09月29日 22:23 | 前田

家族で歌舞伎ファン、長年沢瀉屋を応援しているものです。

文章化してご紹介頂き、ありがとうございます!
どちらでも、一様にまとめられてしまっていて、ヤキモキしておりました。
段四郎さん、亀治郎さんのお言葉も、とても感慨深いです。
相当な覚悟と、歌舞伎界への思い、家族の姿がしっかり伝わって参りました。

以前、亀治郎さんもご出演なさった、伝統芸能の若手を取材したBS放送の番組も見応えがありましたが・・・
来年6月の興行に向けての、密着ドキュメンタリーなど・・・期待致しております!

投稿日時:2011年09月30日 00:55 | 鈴吉

記者会見全文載せて頂いてありがとうございます
今回のことはファンとしてとても嬉しく思っています
亀治郎さんなら、また新たな澤瀉屋を作ってくれると信じています

香川さんはこの年齢で歌舞伎に挑戦するのは容易なことではないと思います
でも、それはご本人が一番お分かりなのでしょう
覚悟と熱意、伝わりました
楽しみにしています

政明くんという未来の希望も得て、ますます澤瀉屋が発展していきますように応援していきたいと思います

投稿日時:2011年09月30日 10:26 | 古藤

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