「これがいちばん好き」「この知識ならだれにも負けない」と胸を張って言えるものが、僕にはない。それはライターにとって致命的なことだとよく言われるけれど、どうしたらそこまで没頭できるひとつのものが見つかるのか疑問だった。それをずっと考えていた時、音楽ニュースサイト「ナタリー」の大山卓也さんを思い出した。音楽に対する情熱がほとばしるような人かと思っていたのに、実際に会ってみるとすごく自然体で「いつの間にか音楽のそばにいた」という印象だった。では他のナタリーは、どんな人が作っているのか。それに興味が湧き、「コミックナタリー」編集長の唐木さんに話を聞くことにした。数あるジャンルの中で、唐木さんの場合はなぜマンガだったんだろう?




食えなくなったら生活保護受ければいいじゃん


唐木元(からき・げん)PROFILE

1974年東京都生まれ。株式会社ナターシャ取締役、マンガニュースサイト「コミックナタリー」編集長。学生時代からフリーランスライターとして活動を始め、29歳からライブドアパブリッシング、幻冬舎などで社員編集者として経験を積む。2008年に「コミックナタリー」をスタートし、2011年5月から8月は「おやつナタリー」の編集長も兼務した。会社を離れてはベーシストとしても活動し、SPEED、RAM RIDER、桃井はるこ、片瀬那奈などのレコーディングに参加している。

唐木元(からき・げん)



田島太陽(たじま・たいよう)PROFILE

1984年生まれ。フリーライター。日大法学部卒。出版社退社後、「20代クリエイター限定インタビューマガジン creatalk」を開設。「エキレビ!」レギュラーライター。WEBや雑誌でのインタビュー記事が中心。また編集、企画ディレクション、コピーライティング、電子書籍、ウェブ製作など幅広い仕事を手がける。

Twitter:@t_taiyo

田島太陽の仕事一覧

田島太陽(たじま・たいよう)


唐木 今日の取材はどんな記事にしようと思ってるの?

──コミックナタリーやおやつナタリーのことなどいろいろ聞きつつ、基本的には唐木さんの話を中心にと思ってます。

唐木 え、俺個人の話が中心なんだ? つまんないよ、自分ではなにひとつ決断しないで生きてきた人間だよ?

──そうなんですか? ずっと流れのままというか、勢いって感じで?

唐木 自分で人生を設計したことが一度もないからね。

──でもそれでコミックナタリーを作るに至ったのってすごいじゃないですか。

唐木 すごくないよ。冴えない人生だなとか、うだつの上がらない男になっちゃったなっていつも思ってる。太陽君は今の自分に満足してる?

──してないですね。先も不安ですし。

唐木 なにが不安? 金?

──今はお金ですかね。いつか食えなくなるんじゃないかって。

唐木 食えなくなったら仕事辞めて生活保護受ければいいじゃん(笑)。

──まぁ最悪そうすれば生きていけると思えば、気はラクですけど……。

唐木 俺は20代の頃に7年間フリーランスで働いていて、なんでか知らないけど仕事が途切れたことはなかったのよ。だから書き続けてれば食いっぱぐれることはないんだなって確信はあるんだよね。こんな俺でもそうなんだから大丈夫だよ。

──確信ですか。なぜ途切れなかったんでしょう?

唐木 自分がモテた理由なんてわかんないよ。実力があるわけでもないし、営業もしたことない。しかも俺、アルコール中毒で体壊したことあってさ。26歳くらいのころかな。

──そうなんですか! アル中ってどうなっちゃうんですか?

唐木 いつも酔っぱらってるから電話は出ないし、仕事も飛ばすし、いろんな人の信頼を裏切っちゃった。収入も家賃払えないくらいまで減ったし。そんなヤツとはもう関わりたくないと思うのが普通だよね、でも酒やめたらまた仕事をもらえるようになって。ずっとそうやって周囲の人に助けられてきたんだよ。



幻冬舎では自分の持ち味を示す方法が分からなかった


アル中というアウトローな過去があるとは思えない...

アル中というアウトローな過去があるとは思えない穏やかな口調でした。今では一切お酒は飲まないそう。


──フリーになったのはいつなんですか?

唐木 大学4年の時にはもう書いてた気がする。当時はインターネットブームが始まる直前で、俺は95年にMacを買ってたんだよね。それでプロパイダでサポートのバイトをやってたんだけど、そのうち会社がHP制作も請け負うことになったの。それで「作れる?」って聞かれたから「はーい」って答えた。本当はやったことなかったけど。

──どうしたんですか?

唐木 帰りに本屋で何冊か買って勉強したよ。やり始めたらどんどん発注が来るようになったからデザイナーとプログラマーが雇われて、俺は企画とライティングだけやるようになったの。しばらくしたら上司が「フリーランスってわかる? 案件ごとにお金払う関係。もう時給はやめてそれにしなさい」って薦めてくれたから「はーい」って答えて、その会社が最初のクライアントになった。そのうち出版社の人から「原稿書けるんでしょ?」って話が来て、「はーい」って。23歳で大学を卒業して、そのまま29歳まで続けちゃった。その頃がいちばん体も動いてたし、稼いでた時期だね。売上げも1000万超えるまではすぐだった。酒に溺れるのもすぐだったけど(笑)。

──1000…!! でもそこから就職するんですよね?

唐木 ライブドアが出版部門を立ち上げるから来なよって誘われて「はーい」って。フリーランスに飽きがきてた時期でもあったからちょうどよかったんだよ。しばらくして堀江さんが逮捕されたことで出版部門が解散状態になったら、今度は幻冬舎の石原さんて人が「おいでよ」って言ってくれたから、また「はーい」って。でも半年で逃げるように辞めちゃった。仕事らしい仕事はなにもしてないから、クビ同然。だから石原さんには期待を裏切ってしまって申し訳なさでいっぱいだし、この記事が幻冬舎のウェブに載るのはちょっと気まずいなー(笑)。

──うまくいかなかったんですか?

唐木 単純に実力が足りなかったんだね。幻冬舎は叩き上げが多い実力主義の会社なんだけど、その中に入って自分の持ち味を示す方法が分からなかった。今ならもっと上手にサバイブできると思うけど、当時はまだ若造だったしね。あの半年は、人生の中でもいちばん辛い時期だったな。辞める間際なんて、編集部の行き先ボードに「公園 NR」って書いてずっと外にいたもん。

──公園から直帰ですか(笑)!

唐木 それくらい病んじゃってた。でもその時の経験は今すごく生きてるよ。プライベートで楽しいことがあっても仕事が面白くないと人生はつらくなっちゃうし、自分の帰属する団体を愛せないと幸せになれないんだなって初めて気付いた。だからうちの従業員にとって、ナターシャが生きづらい会社にならないようにしようとはすごく気をつけてるよ。



不思議とマンガだけは手放さなかった


メジャー誌からマイナー誌までズラっと並ぶ打ち合わせ室

メジャー誌からマイナー誌までズラっと並ぶ打ち合わせ室。ずっとここでマンガだけ読んでいたいです。


──幻冬舎を出たあとはまた誰かに誘われるんですか?

唐木 そうそう、「LEON」を作った岸田一郎さんが新しい雑誌を作るのに人を探してるから来てって言われて、「はーい」って。

──そうやって繋がっていくものなんですね……。

唐木 だから俺は本当になにも決めてないんだよ。気がついたら状況があるだけ。その編集部では「zino」って雑誌を1年半くらいやってた。

──どんな雑誌だったんですか?

唐木 機械式腕時計とか高級外車が載ってるラグジュアリー誌。入社して1年くらい経った頃、ナターシャ社長の卓也から「ナタリーで働いてほしい」って誘われたけど、断ったんだよ。仕事をエンジョイしてたしギャラもよかったから、辞める理由がなくて。しかもワケ分からんベンチャー企業に行く理由なんてもっとないでしょ。でも、そのうちしんどくなっちゃった。

──どうしてですか?

唐木 理由はふたつあって、ひとつは人がどんどん減ってあまりにも忙しくなったこと。そうすると小説も読まなくなるし映画も観れない、音楽も聴かなくなるし最後は雑誌作ってんのに雑誌すら読まなくなって、インプットがなくなるから自分がやせ細っていくような感覚になるんだよ。もうひとつは、雑誌作りの作業自体はすごく楽しいんだけど、取り扱ってる3000万の車や50万の革靴に全然興味ないのに気付いちゃった。ベルトの特集しても掲載するのは5万10万の商品だし。

──自分では絶対買わないですね。

唐木 編集部にいると感覚が麻痺してきて100万の腕時計を買ったりもしたんだけど、冷静に考えたら興味ないんだよ。雑誌を作るのは好きだったのに、扱う対象があまりにも自分とかけ離れていることが辛くなってきたんだよね。しかも毎日めちゃくちゃ忙しい。それである日「もう会社行きたくないなー」なんて思いながら風呂入ってて、俺にとって必要なもの、切実なものってなんだろうって考えた時、音楽も本も映画からも離れちゃったのにマンガだけは読み続けてることに気付いた。不思議とマンガだけは手放さなかったんだ。

──どうしてマンガが残ったんでしょう?

唐木 そんなのよく分かんないよ。そしたら半年前にナターシャに誘われたとき、卓也が酒飲みながら「音楽が軌道にのったら映画とかゲームとかマンガとか、別のジャンルでもナタリーやりたいんだよねー」って言ってたのを急に思い出して「コミックナタリーってどうだろう、いけるんじゃん?」と。それですぐ卓也に電話して、翌日に辞表出してさ。

──それまでマンガの仕事をしたいと思ったことは?

唐木 一度もない。普通の人に比べたら読むほうだったと思うけど、もっと詳しい人は他にいくらでもいるし。

──最初に「自分ではなにひとつ決断しないで生きてきた」って言ってましたけど、それをひっくり返す一念発起がコミックナタリーだったんですか?

唐木 いや、卓也が誘ってくれなかったらありえなかったから、受け身なのは変わらないよ。ただ自分にとって切実なものはマンガしかないんだって気付いたから、それをやるしかなかった。本当は俺よりも優秀な人が編集長をやればもっとうまくいくだろうし、スタッフにもラクさせてあげられるのにって毎日考えてるもん。でももう、自分にとって用があるものしか取り扱わないって「zino」を辞める時に決めたんだよね。



私利私欲で作ったんだよ


最近はスケートボードにハマっていて...

最近はスケートボードにハマっていて、過去にはサーフィンの経験も。「30歳過ぎると得意なことしかやらなくなるから、どんどん新しいものに挑戦した方がいいよ」という言葉も印象的でした。


──コミックナタリーを始める時は、アクセスや収益の具体的な目標設定はあったんですか?

唐木 なにもなかった。ただ雑誌でクソ忙しかった時に、西村しのぶさんの初版限定プレゼントを逃しちゃってすごく悔しかったことがあったから、好きな作家を登録しておけば勝手に情報を送ってくれるサービスがあれば便利だよなとは思ってた。だから私利私欲で作ったんだよ。

──似たサイトはまったくなかったんですか?

唐木 あったよ。「漫画天国」っていう大手5社が出資して作ったサービスがあったんだけど、あんまり機能してなかった。あそこがちゃんとしてれば、コミナタが成長する余地はなかったと思う。

──なぜ機能してなかったんです?

唐木 かったるいからじゃないかな(笑)。だって、毎日ネタ集めて記事書いて確認取るのってほんと面倒くさいだもん。

──そもそもマンガの編集部って新刊情報のリリースを他社に送る習慣ってあったんですか?

唐木 ほとんどなかった。それでもアスキー・メディアワークスのような、ゲーム会社と出版が一緒になってるところは広報がしっかりしてたけど。大手出版社は連絡しても「なんですか? 今忙しいんで」みたいな冷たい対応ばっかりだったよ。でも今まではリリースなんか作ったって送る先がなかったし、そんなことしなくてもマンガは売れてたんだよね。

──今ではネタ集めもかなりスムーズになってきました?

唐木 そうだね、おかげさまで業界ではそこそこ認知されてきたし、編集の人が直接連絡をくれることも多くなってきた。でもリリース由来の記事はまだ3割くらいで、あとはライターが人力で見つけてきてる。編集部は俺を含めて4人しかいないから、記事はメジャーなものから書いてる状態。みんなレベルが上がってきてアップできる数も少しづつ増えてきたけど、本当はもっと本数増やしたいね。

──そういえばナタリーってライター経験のない人でも募集してますよね。実際にはどんな人を採用してるんですか?

唐木 ……生活保護の人?

──無職?

唐木 うん。動くとお腹が減るからずっと布団に入ってて、現実を直視すると死んじゃうから冗談だけ言って過ごしてたらしい。

──なぜ採用したんですか!?

唐木 えー、分かんないよ。出会っちゃったんだもん。話を聞いたらお父さんもお母さんも詩人だから、家族が働くのを見たことがないって。そんな人と出会っちゃったらさ、もう採用するしかないじゃん。でもナタリーで働き始めて生活保護が打ち切られちゃったのをすごく悔しがってる(笑)。一応付け加えておくと、彼のマンガ知識と言語感覚には全幅の信頼を置いてるんだ。大当たりを引いたよね。



次号予告


編集部も覗かせていただきました

編集部も覗かせていただきました。この人数で毎日膨大なニュースを書き続けてるのは改めて驚き。生活保護をもらってたのはどの人なのか聞いておけばよかった。


大山卓也さんにつづいて、いまをときめくナタリー編集部から唐木元編集長登場。ナタリーは公開中の映画「モテキ」の舞台でにもなってます。映画では、編集部で森山未來が働いていて、その先輩が唐木素子(真木よう子)という設定、ちなみに大山さんの役(墨田卓也)を演じるのはリリー・フランキー。「書き続けてれば食いっぱぐれることはないんだなって確信はあるんだよね。こんな俺でもそうなんだから大丈夫だよ」など、若いライターを勇気づけることばをがたくさんいただきました。後編はもっと「切実」に斬り込んでいきますよ。お楽しみに!

「お前の目玉は節穴か」では、おもしろい取材企画を募集しています。ブログなどで具体的に企画をはじめているかた、道場破りもありです、ぜひお問い合わせください。プロアマ問いません。編集担当のツイッター @kaerubungei までどうぞ。

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