アジア通貨危機後10年を考える ~アジア、そして日本の発展のために~3. 危機対応からの教訓
アジアの地域金融協力の出発点

安間
10年前を振り返って、予知・予防はできなかったのか、当時の危機対応策は適切だったのか、どういう問題点があったのか伊藤先生にお話を伺いたいと思います。

伊藤
タイ、インドネシア、韓国に絞って、その違いを整理したいと思います。

タイは2年間にわたって株価が下がる、また経常収支赤字のGDP比が8%に達するなど危機の危険性は完全に予知されていました。IMFが水面下でタイ政府にアドバイスしていたのに、それをタイが実行しなかったという事実もあります。インドネシアは予知できなかった。株価も危機になるまではほとんど下がっていないですね。韓国は、小さな財閥はいくつか倒れていたが、通貨危機に至る素地はなかったために、予知できていなかったと思います。

また、ヘッジファンドが通貨危機を引き起こしたという人もいますが、これが当てはまるのはタイだけで、インドネシアや韓国ではヘッジファンドはほとんど絡んでいない。タイの場合は、1997年5月にヘッジファンドの先物の大量売りがあり、中央銀行がヘッジファンドにドルを売る契約が積み上がっていった。その結果、外貨準備が先物ベースで失われ、先物でのドル売りが外貨準備と同規模まで拡大し、6カ月以内に外貨準備がなくなることがわかったために、7月に変動相場制に移行したわけです。

一方、インドネシアは外貨準備が潤沢だった。だから、なぜIMFに行ったのか疑問があります。予防的にアドバイスを求めるつもりだったと、後に当時の中央銀行総裁が書いていますが。

韓国の場合は、貸し手の外国銀行が借換えを拒否したことがきっかけです。中央銀行が商業銀行に外貨準備を貸付けのような形で預金し、その預金されたドルを商業銀行が返済に困っている企業に売る形で外貨準備は失われていったのです。

この3カ国に共通する教訓を見出すのは難しいのですが、少なくともタイについては適切に予知・予防はできていたが、防ぐことができなかった。

ヘッジファンドについては、規制すべきかせざるべきかで議論が続いていますが、国の通貨体制を突き崩すような状況が以後起きていないので、各国はタイのケースを教訓として学んでいると思います。また、外貨準備が不十分だったことを教訓に、自己保険として、アジア各国では外貨準備を積み上げているといえます。

安間
当時の危機対応策については、どのように評価されていますか。


【写真】
東京大学大学院経済学研究科
伊藤 隆敏 教授
 

伊藤
危機対応では、タイに対して、IMFとアジア各国が協調して貸し出しました。IMFが貸せる限度額はIMFに出資している額の3倍から5倍ですが、それでは全然足りないので、IMFが40億ドル、JBIC(当時:日本輸出入銀行)が40億ドル、他のアジアの国が10億ドル、5億ドルと出してパッケージをつくり、全体で172億ドルの融資を実行しました。

インドネシア、韓国に対しては、IMFと世銀、アジア開発銀行(ADB)の3機関が貸しています。この二カ国については、パッケージのなかに日本や米国も名を連ねてはいますが第2線準備ということで実際には出しておらず、マーケットはほとんど評価しなかったですね。

パッケージの中身がそのようであったことは押さえておく必要があります。

パッケージの規模についても、タイで172億ドルの融資が発表された8月20日に、一方で中央銀行の債務残高が234億ドルであることが明らかとなったため水を差され、バーツは増価しなかった。この結果、この融資も他の国への伝播を断ち切る防波堤の役割を果たし得ませんでした。1994年のメキシコの危機の際の、十分に大きな額を出すことでラテンアメリカへの伝染を防いだ事例が生かされなかったわけです。

したがって、教訓は、とにかく十分な資金を投じて市場の信任を回復し、伝播を防ぐことが重要だということです。ただ、タイの危機では有吉所長のご指摘のように民間から民間への問題なので、過度に救済するとモラルハザードを起こすという議論もあって、中途半端に終わってしまったのだと思います。

インドネシアでは、IMFを迎えた有力な仮説として、スハルト体制に危惧を持ったテクノクラートが、これを機に構造改革をやろうと考えたことがあるのではないか。そのテクノクラート対スハルトという図式が、IMF対スハルトになってしまった。これが政治危機となって経済の低迷が長引いたものと思います。教訓は、政治的な構造改革にIMFが口を出すのはいかがなものかという点につながります。確かに汚職を防ぎ、融資が適切に使われることは重要ですが、政治体制そのものを変えるのはIMF業務の範囲外と思われます。

もう一つ、インドネシアはIMFのパッケージに基づき、1997年11月に16の銀行を閉鎖して、大口の預金者の一部預金をカットする措置をとりました。これが取付け騒ぎになって危機をあおったと思います。タイのように全額保護が適切だったのではないか。預金カットをするにせよ、残りは全額保護する保証が必要でした。

韓国の場合は、IMFが支援を決めたのが12月初めでしたが、やはり額が足りなくて騒ぎがおさまらなかった。そこで12月24日にIMFとG7が協力して、貸し手側の外国銀行に対して、貸出回収により多数の債務不履行者を生むより残高維持の方がいいのではと行政指導をして、一応騒ぎがおさまりました。ここから教訓を導くのは難しいが、貸し手責任を問う意味で一つの先例になり、再建に協力するメカニズムをつくるべきかどうかという議論のきっかけになりました。ここで指摘したいのは、韓国の場合、銀行が銀行に貸していたことです。ラテンアメリカのケースでは、債券発行による資金調達であったため不特定多数の債権者がいましたが、韓国では貸し手が限られた数の銀行であったため行政指導が有効に働いたといえ、興味深い解決方法だったといえます。

根本的には、債権者に責任を問うメカニズムをつくるのが重要だと思いますが、それは未だにできていないというのが現状です。


【写真】
IMF アジア太平洋地域事務所
有吉 章 所長 
 

有吉
伊藤先生のお話で誤解があるといけないので補足しますが、IMFは政治体制を変えるために動くことはありません。IMFは国と話し合って経済再建に最適な施策を実行するために融資するのですが、政策には常に政治的なインパクトがあるというのも事実です。国として統一した意思がないとうまくいかないというのがインドネシアでの教訓です。改革を確かなものとするためIMFのプログラムにいろいろな条件を盛り込もうとした面もあります。これを入れすぎた場合マクロ経済の安定化という本来の目的に対するクレディビリティが薄まるおそれもあるので、最近は、マクロ面で本質的でない要素は融資の条件に入れない方向です。ただ、当時は、銀行や企業のバランスシートの問題という認識で、そこに道筋をつけない限り信任回復にはつながらないので、いろいろな要素が入ってきたという面もあります。

危機対応のためには十分な融資をという点でも、IMF自身にはそこまでの資金力はありません。IMFだけで資本収支型の危機の穴を埋めることは難しく、他の国、機関や民間部門の協力が不可欠です。ラテンアメリカの危機でも、民間銀行に融資依頼や残高維持をお願いして乗り越えることができました。ただし、伊藤先生もおっしゃるように特に債券の場合などは、多様な債権者の協調が課題です。

河合
アジアの危機で金融システムが機能不全になったとき、出遅れたのが企業部門の整理・再構築です。企業債務の整理の枠組みをどう作っていくか、これはバブルが弾けた日本でも大変な問題でした。企業債務処理、破綻処理・再生の枠組みをきちんとつくらなければ金融システム危機には対処できないということです。

法的な破産手続は透明性があっていいのですが、多くの企業が同時に危機に陥った場合には難しいので、インフォーマルな、破産法の外で処理していくプロセスを、アジアの各国は作りました。例えば、マレーシアは、銀行の不良債権の買取り会社や企業債務の処理機関を作り、一定の期限を明示して処理することを公表しました。このマレーシアのモデルは、非常にいい教訓になると思います。ただ、破産法・裁判所などしっかりした法制度が備わっていないと、インフォーマルな企業破綻処理を進めていくことは困難です。

インドネシアにしても、IMFや世銀は危機のかなり前から構造的な問題を指摘していましたが、当時は経済が成長していたので、当局から無視されていました。テクノクラートは実態をわかっていたため、危機が来たところでIMFや世銀を巻き込んで改革を目指したというのが事実だと思うのです。金融システムや企業債務の問題は優先的に対処すべき項目でしたが、機に乗じて危機とは直接的に関係のない中長期的な改革事項までIMFの融資条件に盛り込んでしまったわけです。


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