研  究

太陽光レーザー,水,マグネシウムによる革新的エネルギーサイクル
矢部 孝 

はじめに

地球の破壊

 私たち人類は,化石燃料を燃やし,大気汚染を引き起こし,大気中に炭酸ガスを撒き散らして地球温暖化促進させている。これを防ぐために京都議定書が調印され,今,実行されようとしている。しかし,わが国には,2010年までに,現在の炭酸ガス排出量を12%減らさなければならないという重い責務がのしかかってきた。

地球温暖化防止技術の行き詰まり

 では,化石燃料を燃やす以外にエネルギーを取り出す方法はどのくらいあるのだろうか。原子力発電にすべて置き換えるか。風力発電等もあるだろう。最近は,水素を用いる燃料電池が脚光を浴びているが,水素をどう作るかが問題である。水を電気分解するには電気が要るのでその分の炭酸ガスが発生する。メタンなどの化石燃料から取ると,これも炭酸ガスが発生する。太陽電池で太陽エネルギーを利用するという話もあるが,現在の太陽電池では,それを生産するエネルギーの方が,太陽電池が寿命の間に太陽から受けるエネルギーを上回ると推算されている。材料のシリコンは酸化シリコン(珪石)を還元して作らなければならず,ここでも炭酸ガスが出る

身近な大エネルギー

 そうは言っても,太陽エネルギーは莫大なエネルギー源であることに違いない。例えば,サハラ砂漠の面積は860万平方キロメートルであり,これに降り注ぐ太陽光は地上で,1平方メートル当たり約1キロワットであるとすると,サハラ砂漠へ降り注ぐ太陽エネルギーは,火力発電所860万基分となる。

広がる夢の世界

エネルギーサイクルのリシャッフル

 私達は,太陽光をレーザーに変換し,これを電気に変換すると同時に,エネルギーを別の形態で蓄える方式を提案している。エネルギーを蓄えるために,マグネシウムを用いる。マグネシウムを水と反応させ,水素を取り出し,反応生成物はレーザーによって還元され,マグネシウムが再生されるシステムである。これは,炭酸ガスを全く排出せず,自然のエネルギーである太陽と水を利用して,今までの全エネルギーサイクルを再構築する革新的な提案であると自負している。

レーザーによるコージェネレーション

 これが私達の生活をどのように変えるだろうか(図1参照)。家屋の屋根では昼間の太陽光を受け,レーザーが作られると同時に,その余剰の熱で温水も作られる。レーザー光そのまま動力源にもなるが,残りは電気に変換され,家電製品に使われる。雨天時,夜間は,マグネシウムから水素を作りつつ燃料電池や水素燃焼反応によって電気や動力に変える。反応し終わった酸化マグネシウムは再生工場に戻されるか,家庭でそのまま,昼間に太陽光レーザーを用いてマグネシウムに再生される。工場や各施設は,家庭と同様だが,より大型の設備を使うだけである。


図1 新しいエネルギーサイクルの概念

マグネシウム型燃料電池自動車


船,飛行機,…

 自動車はガソリンの代わりにマグネシウムを積載して,随時,水と反応させながら水素を燃料として走るだろう。水素は燃料電池としてだけでなく,水素を酸素と燃やして内燃機関とすることもできる。船は,レーザー光で水を沸騰させ,蒸気の噴射で水中翼船のように高速に動き,大陸間を燃料なしで往復するだろう。飛行機も,数100キロメートルおきに空に浮かぶ飛行船から転送されたレーザーを受けて,燃料を持たずに飛び回るだろう。小さいけれど,大きな太陽帆の翼を持つ軽飛行機は,陽の光を受けて太陽光レーザーを推力に使い,ゆっくりと大空を飛んでいるだろう。

実現に向けた基本要素技術の発明

 こうした夢のような世界を実現するためには,4つの基本要素が必要である。太陽光励起レーザー,水素発生装置,レーザー光電気変換およびマグネシウム還元装置,レーザー推進装置の4つであり,私達は,このすべての原理実証実験に成功しており,現在,実用化に向けた研究を,三菱商事との産学連携プロジェクト Entropia レーザー Initiative(イノベーション推進体)により進めている。

太陽光励起レーザー

太陽エネルギーとレーザー

 恐らく太陽光励起レーザーという耳慣れない用語を聞くのが初めての読者が大半ではないだろうか。しかし,通常のフラッシュランプ励起レーザーも実は,殆ど原理的には同じである。フラッシュランプであるキセノンランプは殆ど太陽光と同じように幅広いスペクトルを持っている。これをネオジウムドープした媒質に照射すると,図2の矢印の部分でだけ吸収し,これより長い波長(近赤外1μm)のレーザー発振をおこなう。当然ながら,広いスペクトルのうちの僅かな光しか使わないので,効率は悪い。キセノンランプを太陽に代えれば同じように発振するのは理解できるだろう。

エネルギー変換効率のアップ

 最近では,ネオジウム以外にクロムを混ぜると,図2の点線で囲まれたようなより幅の広い領域の光を吸収でき,うまいことに,このクロムからネオジウムの上準位を励起するエネルギーが供給され,効率が30%にも増加している。さらに,エルビウム,イットリビウムなど,有望な材料が次々に見いだされ,より高い効率で,太陽からレーザーが発生できるようになりつつある。


図2 ネオジウムとクロムの吸収領域

水による熱エネルギー回収

 太陽光をより有効に吸収させるために,私たちが現在研究している新しいタイプの太陽光励起レーザーは,図3のような形をしている。複数のレーザー媒質が水の中に漬け込まれている。レーザー媒質に当たった光の大半はレーザー発振には寄与せず,熱となって媒質を溶かしてしまう。だから,水は冷却液の役割をしている。冷却を逆に見れば水を加熱しているので,余剰の熱は温水として取り出すことができ,このエネルギーも損失ではなく,ほぼ100%太陽エネルギーを利用できる。

図3 太陽光励起レーザーの概念図


水による集光

 でも,水は単に冷却剤だけではない。図3の水の容器が丸い形をしていることに気がついただろう。そう,水そのものがレンズの役割をするのである。こうして,水レンズは入射した太陽光を集光する働きがある。これによって,大きなパラボラ(集光鏡)で太陽光を集光する必要がなくなった。太陽光励起レーザーの問題点の一つは,太陽が日周運動をしていることにある。太陽は東から西に動く。この日周運動も,図3の一番外側の小さなレンズが回転することにより,いつも同じ集光位置となるように,デザインできる。大きなパラボラを動かすような大きな動力は必要ない

マグネシウムから水素を

新しいエネルギー貯蔵方法

 折角レーザーができても,これを私達の生活にどのように使うかを考えないと,絵に描いた餅でしかない。また,太陽は昼間や晴天時しか使えない。これを克服する手段として,私達はマグネシウムをエネルギー貯蔵庫として使うことを考えた。私達が子供の頃は,写真屋さんが「ハトが出ますよ」とマグネシウムを焚いてフラッシュ代わりにしていた。マグネシウムは点火すると,酸素と反応して激しく燃える。

マグネシウムの反応

 空中の酸素だけでなく,水中の酸素とも反応する。すると,水素が出てくるのは明らかである。だが,この反応を実現するには高温状態が必要である。幸いなことに,マグネシウムに火をつけると燃え,熱が発生するので,この熱によって水との反応が持続する。これは便利な性質で,火をつけない限りは安全である。点火すると水との反応は自走し,外部から何の熱も加える必要がない。実際,私達はマグネシウムの切片を入れた容器にマッチで点火し,これに水を上から掛ける装置を作り,簡単に水素が発生することを10年前に実証した。

燃料電池自動車の新しい水素供給方式

 この方式を使える身近な例として自動車を考えよう。普通乗用車が500kmを走行するためには約6kgの水素が燃料電池に必要であると言われている。この水素を作るためには約70kgのマグネシウムがあれば良いことが分かる。これに加えて水を約50kg必要とする。燃料電池は水素と酸素から水を作る反応なので,うまく行くと水は積載する必要がなく,リサイクルできる可能性がある。現在の燃料電池車は,700気圧の水素タンクを積んで走るように設計されている。でも,全国のガソリンスタンドに700気圧の水素を充填する装置を備えるのも大変だし,たとえボンベを交換するにしても,700気圧のボンベ(約100リットル)を一日来る車の分だけ保存しておくのも怖い気がする。さらには,まだ残っているのに,その先にスタンドがなさそうであれば,全部取り替えるしかない。しかし,私達のマグネシウムの場合には,容積40リットルの1気圧の容器で十分である。将来的には,小分けのマグネシウムカセットを差し込むだけでよくなるようにできるだろう。マグネシウムは600度以上の高温で酸素に触れなければ安全なので,レトルト食品のように真空パックしておけば長期間保存でき,余剰電力を需要の大きな夏場まで保存できる「有望なエネルギー貯蔵物質」であることがわかる。

マグネシウムの再生とレーザー光電気変換

地球に豊富なマグネシウム,そしてリサイクル

 こうして,マグネシウムをエネルギーの貯蔵庫として使い,必要なときにこれを水と一緒に燃やして水素を作ることができる。海水中には,マグネシウムはナトリウムについで二番目に多く含まれている(1リットル当たり,1.3グラム)。また,地殻の物質中でも,8番目に多い元素である。でも,使い捨てにするのは環境上好ましくない。このときに反応生成物として酸化マグネシウムが生成されるので,これを還元して,元のマグネシウムに戻せたらこんなに良いことはない。


レーザーだから出来るリサイクル

 私達は,先に述べた太陽光レーザーを還元反応に使用することを考えた。レーザーは,エネルギーを局所的に,短時間に集中させることができるので,局所的に高温を発生させることができる。太陽を集めて高温を作ることは,古代ギリシャのオリンピック聖火採集の儀式でもおなじみのように,歴史は古い。この方式で,2000度から3000度までは達成できる。もし,レーザーのように局所的かつ瞬間的に加熱ができれば,壁に熱負荷をかけずに1万度の温度が容易に実現できる。

小さなエネルギーで数万度の高熱

 現に,私達は,懐中電灯の10分の1出力のレーザーで,酸化マグネシウムを数万度に加熱し,酸素とマグネシウムを完全に分離することに成功している。図4のように,レーザーが照射され高温となった付近では,マグネシウムイオンのスペクトルが観測され,それより周辺では原子のスペクトルが見えている。レーザー照射された直後はイオンが発生し,周辺のガスと衝突して原子に変化していると考えている。こうして,酸素イオン(負イオン)とマグネシウム(正)イオンとが発生すれば,これに電磁場を掛ける事によって,分離することができる。



図4 マグネシウムにレーザーを照射して,マグネシウムを分離
(MgI:中性,MgII:1価電離マグネシウムのスペクトル線)

小さなエネルギーで還元反応

 また,酸化マグネシウムを還元するに必要な温度1万度を達成するには外部から4.2MJ/kgのエネルギーが必要であるが,これは水素が燃焼して発生する熱120MJ/kgに較べてはるかに小さい

おわりに

無限に広がる用途

 レーザーを動力に使用する研究は,すでに Nature や NY Times 等で紹介されたので,ここでは,省略するが,これを用いた衛星の姿勢制御方式は,衛星の寿命を倍にする可能性があるとNASAでも研究が進められている。原子炉の廃棄物処理や事故処理等で,放射線に弱い電子回路を使用しない,レーザー駆動ロボット NEBOT(Non-Electronics Robot)も,期待されている。

 最後に私達のプロジェクトを支える下記の方達の名前をあげさせていただき,終わりの言葉にしたい。岡本崇史特任助教授(三菱商事),内田成明特任助教授,吉田國雄特任教授,堀岡一彦教授,青木尊之教授,奥野喜裕教授,梶原逸朗助教授,生田一成氏。

(理工学研究科機械物理工学専攻 教授)




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