玉木宏樹の純正律セミナー



『純正律は世界を救う』資料音源
曲目 参照ページ コメント
No.1(384kb) p.13 ドミソ平均律  ドミソ純正律  ファドラ平均律  ファドラ純正律
No.2(272kb) p.14 ドミソ純正律  ドファラ純正律  レファラ純正律(これが全く使用不可)
No.3(448kb) p.17 宵待ち草-4弦奏ヴァイオリン(CD-アポロンのたわむれより)
No.4(757kb) p.45 マザーズボイス(CD-光の国へより)
No.5(601kb) p.64 藁の中の七面鳥-4弦奏ヴァイオリン(CD-アポロンのたわむれより)
No.6(234kb) p.74 ホールトーンスケール
No.7(359kb) p.98 順八逆六の調律法と、ドレミソラ
No.8(239kb) p.99 ドミソ純正律  ドミソピタゴラス
No.9(276kb) p.100 ドミソ純正律  ドファラ純正律  レファラ純正律(これが全く使用不可
No.10(346kb) p.103 ドソレラミ-中全音律(ミーントーン)
No.11(234kb) p.122 ホールトーンスケール
No.12(389kb) p.130 ドミソ平均律  ドミソ純正律  ファドラ平均律  ファドラ純正律
※MP3形式で保存されています。



純正律音楽研究所 2006/09/01版 <「音階と音程、その歴史と謎」1 弦楽器奏者のトラウマ――音程(1)>

「音階と音程、その歴史と謎」、玉木宏樹はこのテーマで、レッスンの友社の弦楽専門誌「ストリング」で2003年9月から2006年3月まで計31回にわたり連載しました。大きな反響を呼び、今なお問い合わせも多いため、この連載の内容の一部をWEBで随時公開してきます。なお、現在書籍化も検討中です。

弦楽器奏者のトラウマ――音程(1)
●はじめに
 この連載を始めるきっかけとなったのは、今年の『ストリング』誌4月号の巻頭インタビュー「音律の向こうに見えるもの」です。そこで私はかなりアグレッシブに、挑発的なもの言いをしたのですが、編集部に反応をきくと、ほとんど反論がなく、やや拍子抜けの感だったとのことでした。しかし、ヴァイオリン・ウェブの掲示板では過去にも激しい音律論争があったようで、私も多少心配しつつ書き込んだりしたのですが、なぜか、私への疑問反論は少なく、なんだか煙たがられているのかなあという感を持ちました。しかし、その後の他の人の書き込み等やアクセス数のすごさを目にして、みなさん「音律論」は避けて通れないという自覚はかなりあるような気がしています。ただし、「音律」という言葉を使うと、何となく現実の練習や演奏とはかけ離れた抽象論と思われるらしい。それもそのはず、「音律」に関するホームページはかなりあるけれど、みんな数字を列挙してそれらしく理論武装している風で、とかく数字には弱そうなヴァイオリン族は、なんだかなあと敬遠してしまうようです。かくいう私も「純正律音楽研究会」を主宰しているのですが、ヴァイオリン奏きでもあるので、「音律」論を展開するのではなく、いかにして「音程」の問題に肉迫できるのかという姿勢でのぞみたいと思います。
 ヴィオラ、チェロの方にお願いですが、一応5度調弦の仲間なので、私はヴァイオリンを基に話を進めます。また、コントラバスはもとヴィオール族ともいわれていますが、やはりフレットが無く、自分で音程を作る楽器なので同じ悩みはあろうかと思います。ヴァイオリンとは違い四度調弦ですが、基本的には同じと見て論を進めます。コントラバスならではの時には、その時々に細かい説明を加えます。
 さて、弦楽器、ヴァイオリン族にとってのトラウマは「音程」です。私がヴァイオリンを始めたのは小学校4年生ですが、芸大の同級生たちはみんな3つ位からヴァイオリンを始めています。しかし、ピアノやエレクトーンと違い、ヴァイオリンは自分で音程を作らねばならない。これは子供にとって非常に酷なことです。ピアノ等では音程が悪いなどと怒られることは絶対にないのに、ヴァイオリンの子はいつも先生から「音程! 音程!」と叱られます。それも明確な分り易い説明があるならまだしも、とにかく「少し高い! それは低い!」とか、言われるだけですから、音程に恐怖感を持つのは当然です。だからプロになっても、自分の音程に自信が持てず、自信のない者同士が空しい音程論争をしては疲れはてています。私は何とかして、このトラウマから解放される為に、なんらかの役に立ちたいと思い、この連載を始めました。なるべく多くの皆様とのディスカッションも望んでいます。(つづく)
※レッスンの友社「ストリング」2003年9月号掲載 (レッスンの友社の承諾を得て掲載しています。)


純正律音楽研究所 2006/01/27版 <標準ピッチ考-音合わせの社会史>

 私は最近、オーケストラの歴史を再考するため、「オーケストラの社会史」(マーリンク、大崎滋生共著・音楽之友社)を購入して読んでいるが、十八世紀から十九世紀頃のドイツのオーケストラ事情を多くの歴史本、音楽新聞を引用しての時代考証なので、現代での格式高いオーケストラからは想像もつかないドタバタぶり(今でも共通する人間性の部分は多い)に、大いに笑いつつ、身につまされるものがある。まだ斜め読みの段階だが、中でも「音合わせの社会史」は純正律的な観点からも非常におもしろい。
 十七世紀末頃の主に宮廷オーケストラにはいろんな服務規定があったが、一六九八年に作曲されたある組曲の序文に、ちゃんと調弦せよ、うるさい前弾きを謹むこと、等と書かれている。前弾きとは調弦が終わっているのに、めいめいが勝手なパッセージをガチャガチャ弾きまくることで、この悪習は現在でも改まってはいない。私自身も若いとき前弾きをして先輩ににらまれたものだった。
一七五〇年頃になっても、音合わせの仕方は書かれてあってもいわゆる標準ピッチはなかったので、音合わせは各オケで統一されておらず、ましてやA=四四〇なんてことは絶対になかった。それどころかAで合わせたかどうかも定かではない。この「A」で合わせるということが、いつ頃からから誰によって定着したのかは大いに研究の余地があると思われる。なぜなら弦楽器にとって「A」で合わせるのは合理的とは思えるが、圧倒的にフラット系の多い金管楽器や木管楽器にとって「A」で合わせる必然性は全くないからである。ましてや、18世紀には、ピッチはコーアトーン(聖歌隊ピッチ)とカンマートーン(宮廷ピッチ)という二種類の設定があり、これらの差は時には一音半にも及んでいた。ぺトゥリの一七六七年の「音楽実践入門」からとてもおもしろくて重要な所を引用しておこう。
「ヴァイオリンの奏者たちは家を出る前にケースの中の楽器を点検し、弦が切れていないかどうかだけでなく、調弦も試しておくべきである。というのは、音楽が演奏される場所が半音高いのか低いのかをしっておけば、その場で調弦を大きく変えずに済む。弦は常に伸びて低くなるので、その高さに突然引っぱられれば、糸巻きが元に戻ってしまう。」
「ヴァイオリン奏者が初めにD線を合わせて、全員が同じD音となってから、D線にしたがって他の線を合わせるのと同じように」
この後者の文章に見るように、ヴァイオリンですら、Aではなく、Dで合わせていたようだ。もうひとつ、マーリンクの本文から重要な部分を引用しておこう。
「十八世紀末頃のピッチは地域的に見て大ざっぱに三つに分けることができるかも知れない。ベルリン、ドレスデン、ライプツィヒあたりが最も低く、パリやロンドンが中間で、ヴィーン、ペテルブルクなどが最も高かった。そしてほぼ一八三〇年頃、この高いピッチと中間のピッチがひとつになり、高いピッチと低いピッチとの差だけとなった。しかしその差もかつてのようにそれほど大きなものではなくなったと見て良いだろう。一八三八年に刊行されたシリングの大部の『音楽百科事典』にある音律(Stimmung)」という項目には次のような一節がある。 「・・・しかしカンマー・トーンのピッチもどこでも同じというわけではなく、違いはそう大きくはないとしても、なおあることはある。また広範囲に用いられているピッチというものはない。したがってヴィーン、パリ、ベルリン、ドレスデン等々のピッチという言い方をしなければならない。」
統一的なピッチを求める運動は、特にオペラ歌手から強く望まれたが、なかなか実を結ばなかった。
「輝かしい音が得られるためにより高いピッチを好んでいた巡業するヴィルトゥオーゾの影響によって、カンマー・トーンはつねに高くなっていき、これはとりわけオーケストラ付きの声楽曲の演奏に深刻な影を落としていったが、一八二〇年を過ぎてようやく、統制せざるを得ないと感じられるようになっていった。この努力の具体的成果を最初に生んだのはパリであった。一八五八年から五九年にかけてのピッチに関する会議において、科学アカデミーの提案に基づいた、a=四三五が採択され、一八五九年二月一六日配布の法律においてこれはフランス全土を拘束することとなった。当時のピッチの中で中間値であったこの新しいピッチはドイツでも数年のうちに多くのオーケストラで受け入れられていった。その際、とりわけ南ドイツ各地のオーケストラは、ヴィーンの宮廷オペラがどんな態度を取るのかを、まずは見守った。この事実は、その頃ヴィーンが音楽界にどれほど大きな影響力を持つようになっていたかの証左である。当時のヴィーンの音楽事情を信頼できる目撃者であるハンスリックがその導入を一八六二年としている」
次回もこの本のおもしろい箇所を紹介してみよう。
※ひびきジャーナル15号に掲載予定


純正律音楽研究所 2005/07/26版<こんどはミーントーンチェンバロ>

純正律音楽研究会正会員の廣川様よりたいへん興味深い手紙を頂きました。ここに転載させて頂きます。

ミーントーンでオーケストラと一体感
 音楽事務所MUSICAおおた 廣川 深(純正律音楽研究会正会員)

 東京大田区にある太田フィルハーモニー管弦楽団というアマチュアオーケストラがある。誕生してからまだ歴史は浅いが現在躍進中の新進気鋭のオーケストラである。昨年はモーツァルトのレクイエムで大田区内の合唱団と共演し、本年7月16日には第1回定期演奏会を行った。プログラムはメンデルスゾーンのイタリア、グリーグのピアノ協奏曲、そしてアマチュアオケでは演奏されることが稀であるレスピーギのリュートのための古風な舞曲とアリア第2組曲である。このレスピーギの曲は編成にチェンバロが入っており、それを私が担当することになった。さてここで私は以前から気になっていたことがあった。それは学生時代オーケストラの中でピアノを弾いたときにはじまる。(ピアノ協奏曲ではなく、あくまでもオーケストラの中の楽器として)そのときのピアノの音はなんとなくオーケストラからはみだしているような気がしたのである。ミの音が高い。後日、それはピアノが平均律であるからと気づく。オーケストラの楽器、とりわけ管楽器は基本的には自然倍音で鳴る楽器である。弦楽器にしても和声的には奏者は無意識のうちに純正音程で演奏しているはずだ。つまりオーケストラには平均律で鳴っている楽器はない。そこに平均律で調律された楽器を持ってくれば、溶け合わないのは当然である。特に管楽器の美しい純正3度に対して平均律の3度はなんとも形容しがたい。チェンバロの音は、アンサンブルの中では完全にゼロビートでないと不自然に際立ってしまって美しくないのだ。レスピーギの第2組曲は1楽章がニ長調、2楽章がホ長調、3楽章はチェンバロはないが、4楽章がまたニ長調となっている。楽章ごとに調律替えをするわけにはいかないから純正律は使えない。ニ長調が♯2つ、ホ長調が♯4つ、これならミーントーンが使える。というわけで自分の楽器を持込むことをいいことに、ミーントーンのニ長調で調律することにした。3和音が連続して現れる曲で、ミーントーンの3度はその美しさを発揮した。オーケストラが生みだすハーモニーに完全に溶け込んだのである。演奏している私自身も立ち上がりの弦を弾く音しか聞こえない。これでいいのだ。変に余韻がきこえるのはゼロビートでない証拠なのである。以前、平島逹司著「ゼロビートの再発見」の中で、「チェンバロの通奏低音は聞こえないのが正しい」という記述を読んだが、今回それを痛感した。かくして予想以上の好結果を得ることができ、オーケストラとの一体感を味わった次第である。


純正律音楽研究所 2005/07/12版<ミーントーンの音程の取り方>

7/8の近江楽堂の「純正律でモーツァルトを」のコンサートへいらしてくれた方々、有り難うございました。そのアンケートの中にヴァイオリンの音程の取り方について、いつも(一般と)と違うことに気づかれた方の深い意見もありました。
ところで、ミーントーンハープの調律を開拓された高田さんへのメールを転送いただきやはりヴァイオリンの音程についての深い洞察があり、岩本さんとおっしゃる方なのですが、ご本人の了解の元、ここに転載させていただきます。(※文中の「Yoshii9」「タイムドメインmini」というのは、岩本氏が激賞し、常に奨励しているているアンプ付スピーカーシステムの名前。)
***********
その様なわけで仕事仲間と早速、例の「Yoshii9」で再生してみました…すると、ほんとうに、その違いに驚きました。
最初そのCDがどの様な趣旨で収録されたものかを、敢えて聞かされなかった仕事仲間においてはこのヴァイオリン(演奏)、音程悪いんじゃないの…」(申し訳ありません)などという感想も漏らしておりましたが聴きすすむと決して音程が悪いのではなく伴奏のハープの音程に正確に調和させる様に微調整を繰り返している演奏に実は、猛烈に音程の感覚にするどい演奏と気付き(当然であります)そして伴奏のハープと 旋律のヴァイオリン旋律のハープと 伴奏のハープが通常であればそれぞれが音程を譲り合い、旋律において強調されるものの、伴奏と乖離したりそれぞれの場面で音程を変え、旋律における音程と、伴奏における音程に差異が生じるなどの不合理もまた演奏の一部…などという考えが当然でありましたものがこのCDでは伴奏においても旋律においても伴奏・旋律がどちらの楽器でありましても破綻が生じることのない そしてなるほどベートーヴェンやハイドンなどの非常に跳躍的な音形が頻発する作風に比べればモーツァルトのそれは、その動機の音形においては、比較的跳躍的ではない作風ゆえモーツァルトがこの音律こそを愛された…ということが現実に耳で実際に「Yoshii9」で確認できたことは、大変な驚きでした。
そしてこの音律こそは音楽の素材である音符=音程の素材そのものを示してくれる音律…
一方私たちが普段耳にしている音程は過剰な調味料とマヨラーの様に、
沢山のマヨネーズをかけてしまったりケチャラーの様に、
沢山のケチャップを何にでもかけてしまう
 (↑最近では、こういう連中まで出てきているのです(笑))
ことを笑っておりましたが音程において、同様のものを耳で食してしまっていたことに気付かされました。
(ちなみに「Yoshii9」であれば、そうした差異が100%「タイムドメインmini」でも、その差異が80%程度はわかるのですが通常のシステムコンポでは、それが70%程度しかわからないのは残念ですが …)



純正律音楽研究所 3/8版 <純正律が優秀賞、老健施設全国大会>

ドクター六花から朗報。去年の11月の高松での老健施設全国大会での純正律音楽の効果についての発表が、優秀演題として選ばれたという話。なんでも800以上のなかから15が選ばれた中に入っているのだから、これはすばらしいことではないか。ドクターの話によると、優秀演題に選ばれると、いろんな雑誌に記事が載るらしい。純正律もこうやって一歩ずつ認められていくのは非常にうれしいことです。



純正律音楽研究所 9/22版 <最近のこととかCDとか>

健康雑誌<壮快>の9月号(実際は7月発売)に純正律音楽が巻頭特集になり、おかげで通 販の電話対応に追われました。ナチュラルハウスからもオファーがあり、青山本店と吉祥寺店にはCDや本が並べられています。その影響で純正律の正会員も少し増えました。9月4日には正会員との親睦会も開きました。またNPO法人純正律音楽研究会の公式HPも立ち上げました。http://www.pure-music.ne.jp/

おすすめCDです。リベラの新アルバム<free>が出ましたね。相変わらず、すばらしく天国的なボーイソプラノ郡団です。石丸電器では宗教曲コーナーに入っていましたね。そんなもんか。大きなCD屋だったら、キャンペーン中のはずです。もう一枚。マラン・マレの「サン・ジュヌヴィエーヌ・デュモンの鐘」(ハルモニアムンディHMA195414)。マラン・マレは映画「めぐり逢いの朝」で有名になったリュート奏きの作曲家です。この曲は、たった三つの音のくり返しに乗って延々とメロディが重なって行きます。面 白い作り方です。

ところで玉木は新CDを企画中です。その中のひとつは「純正律によるアダージョモーツァルト」になりますかね。詳しくはまた。



〈純正律音楽研究所〉 6月3日版

「タンブーラマシン」について。

2月ごろだったか、渋谷の「フランク・ザッカ」という店にタンブーラマシンがある という噂をきき、行ってみたが現物はなく取り寄せということで3月の末か4月には着 くというので待っていたがやっと連絡あって買いに行ったのが、5月の半ばころ。や っと手に入れました。だいいち「フランク・ザッカ」という店名がすごい。ステージ でウンコを食べたと噂され、本気でアメリカ大統領選に出ようとした奇人変人の「フ ランク・ザッパ」のモジリだが、店主の本坊さん、とても面白そうな人。長い間、コ ルグにいたとかで、じゃあ、ということで「雲井時鳥国」やYMOの話とか、大いに 話がもり上りました。タンブーラマシンはインド製、「とにかくインド人は大ザッパ だから」というので、それの代理店をやっているのは「フランク・大ザッパ」と言っ て大笑いしました。タンブーラというのは御存知、インドのクラシックには欠かせな い、ドローンを発する弦楽器です。シタールとタブラの後ろでボイーンという音を出 しているドローン楽器。インドはカースト制が根強く、シタールはバラモン、タブラ はクシャトリア、それに対してタンブーラは一番下のスードラ。シタールとタブラが 激しく合戦していてもタンブーラは絶対にそれに乗ってはいけない。丸で無関係にボ イーンとやらないと即クビになるという人間マシン役。そんなんだったらタンブーラ マシンでもいいわけで、ものすごいコンパクトな形で、操作もカンタン。半音ずつの 移動と、音程の微調整もできるが、要するに「ソドミ」の純正律和音のひきのばし。 これに合わせてヴァイオリンで即興しているとややオームチックに危なげにもなって 行きそう。22日のミニコンサートで初めてお琴とヴァイオリンでデビューしました。 特に正会員の長岡さんが気に入られたようで、さかんに「気持ちがいい、声を出した くなる」とおっしゃってました。音については仲々説明しにくい所。近々録音します ので、その内聴いて頂けるようになると思います。



《純正律音楽研究所 2003/11/12版》

〈エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団について〉

 去る11月6日、すみだトリフォニーにて、エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団のモーツァルトのコンサートに行ってきました。私が1万円もの金を出してコンサートへ行く等というのは前代未聞のこと。コンサートなんて出るもので観るものじゃないんですが、今回ばかりは別 。ロンドンで熱狂的なファンをひきつけている古楽のオーケストラとあれば、行かざるを得ない。
 で、結局、どうだったかというと、予想以上でもなく予想以下でもありませんでした。
 オケ自体はノンビブラートでまあまあ透明なんですが、ソリストの女性のヴァイオリンが、妙にピタゴラスっぽく、また、ビブラートも現代的で、オーセンティックから見るとどんなものでしょうか。もう少しまじめにアナリーゼして欲しい所だけれど、まあ、あんなものでしょうか。



《純正律音楽研究所 2003/08/18版》 〈『ストリング』誌で連載開始〉
 レッスンの友社の雑誌『ストリング』誌の9月号から、「音階と音程――その歴史と謎」と題して連載を開始します。
 ピタゴラスと純正律の音程の違いとか、その指の位置とか、細かいことも書きますが、弦楽器以外の人にも結構役立つと思います。特にピアニストの人達には、弦楽器奏者の人知れぬ 苦労を察してもらうには絶好のものになろうと思います。  みなさんのご声援と御高評、ぜひよろしくお願いします。



《純正律音楽研究所 2003/07/31版》 〈東京ミュージック・スポット〉
 リットーミュージックから、『東京ミュージック・スポット』というムック本が出ました。その中に1頁だけですが、「純正律の聴ける場所」というコーナーを担当しました。
 リットーミュージックムック『東京ミュージック・スポット』1400円+税です。



《純正律音楽研究所 2003/07/17版》

〈音階の話――お知らせ〉

 なかなか続かない音階の話ですが、近々、ある雑誌で「音階と音程の謎」と題して、連載コラムの話があり、決まれば全力投球します。

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〈ジョン・ケージについて〉

 最近Naxosの790円CDにて、J・ケージのプリペアードピアノのソナタ集を手に入れました。私はプリペアードピアノ(ピアノの内部の弦に洗濯ばさみやケシゴム等の異物をはさんで変な音を出させる変態奏法)は大キライで、このCDも、ただ単に安いから買ったのですが、実はとんでもないすばらしいメッケものでした。私の若い頃、IQの低そうな現代音楽作曲家が喜んでプリペアードピアノの曲を書いているのに腹を立て、その創始者であるJ・ケージも大キライで、来日公演の文化会館では大声出して演奏の邪魔をしたものでした。しかし、このCDを聴いて、私は自分のアサハカさを大いに反省しました。すごいです。この1枚は、Naxos 8.554345 790円。
 異物をはさんだ箇所は必ず打楽器的なサウンドになっており、メロディは非常に音域の狭い単純なリフレインで非常に美しい。どちらかといえば純正律的な手法です。J・ケージはこの曲を1946〜1948年に書いており、初演は1949年。うーん、アメリカ恐るべし。この奏法は、シンセなんかが現れるずっと以前に、ピアノをマルチオーケストラ的に扱うという思想が感じられます。そういえば、J・ケージの「シックス・メロディーズ」のAccoとvln版。空5度とノンビブラートで、実に純正律的ですね。脱帽!


《純正律音楽研究所 2003/5/16版》

〈音階の話――No.3 ギリシャ旋法と日本の旋法の驚くべき共通性〉

 去年の10月頃から、三味線の西潟さんにたくさんの邦楽の新曲委嘱を受け、10曲前後作曲しました。私は音階の成立と旋法(モード)に大いに首を突っ込んでいた時期なので、たいへんタイミングもよく、ギリシヤの第一旋法たるドリア(上から下へ、「ミレドシラソファミ」)と日本の陰旋法(都節)との酷似を核に、新曲を創ってきました。その結果 意を強くしたのは、お琴の絃の張り方(手前が高音部であり遠くが下の音)にも見られる如く、陰旋法も上から下へ下がる音階であることでした。
 長唄や浄瑠璃にしょっちゅう出てくる慣用句のフレーズの殆どは、下行形メロディであり、下から上へ上がるメロディを作ってもやや変です。「君が代」が唄としてよくないのは、最低音の辺りから始まり、段々高くなることで、人は普通 、声の出易い音域からうたい出しますから、すぐに高音部の声が出なくなるのです。
 それはそれとして、私は最近、クルト・ザックスの『音楽の起源』を読み、非常に驚いています。その本の中では、ギリシャ旋法と日本の旋法の驚くべき共通 性が縷々述べられています。特に驚いたのが、長3度の下行形のあと半音がつく、テトラコルドの連なり、階名で書くと「ミドシラファミ」ですが、これは日本の箏で言えば「雲井調子」にあたり、ギリシャでは、伝説的な作曲家で笛吹きだったオリムポスの旋法と全く同じだということです。数少ないギリシヤメロディの復元によるデルフィーのアポロ讃歌を五線で解読したものを読むと、明らかに雲井調子であり、演歌メロです。

 書きたいことは山ほどあるのですが、少し整理してからまた書きます。


《純正律音楽研究所 2003/3/31版》

〈ブクステフーデの続き〉

 前回に紹介した、アントン・ケルナー(KollnerとあったのはKellnerのまちがい)の調律は、ケレタートの著書『音律について』(シンフォニア刊)によると、キルンベルガーのようです。以下に引用しておきます。
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 しかしケルナーの数学的構成、歴史に関する推測が違和感を感じさせるものであっても、それらはJ.S.バッハの快適音律が基本的にはキルンベルガーの音律に過ぎないことを認めさせるものである。ケルナー音律とキルンベルガー音律IIIによる演奏を熟練した耳を持つ人が比較して聴いても、両方の音律を識別 することはできない。 ――H.ケレタート著『音律について』より
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《純正律音楽研究所 2003/03/18版》

〈ブクステフーデのオルガンCD〉

 バッハが遠出して聴きに行ったブクステフーデのオルガン演奏、あまりの素晴らしさに帰りが大幅に遅れ、帰って牢屋に入れられたのは有名な話。私は平均律のオルガンは大嫌いなので、オルガンのCDは少ないが、Naxosの1枚790円の安売りセールにブクステフーデのCDがあったので買ってきて聴くと、これが思わぬ 掘り出し物。ブクステフーデ作品の作品も骨格がはっきりしていていいのだが、どこかオルガンの質が違う。明らかに平均律ではない。よくCDのライナーを見ると、ありました。オルガン自体の説明に次のような文言。

"It is tuned unequal temperament using Herbert Anton Kollner's "Bach" of 1978"

 これは聴きモノです。(Naxos 8.555775 /BUXTEHUDE OrganMusic vol.2)



《純正律音楽研究所 2003/01/09版》

〈リズムの快感〉

 新年おめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
 純正律の話とは外れますが、音楽に大切なのはリズム。教育芸術社から、大学生の副教材用「リズム特集」に原稿依頼が来ました。
 ここではあまり中身に関係ない、冒頭部分を紹介します。
 本文はかなり中身の濃い(と自分では思っている)もので、それはぜひ、教芸の出版を待ってお買い上げ下さい。また、出版されてから何カ月か経ったら、少しずつ、ここにもアップする予定です。

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●ブラジルの南にて

 約5年くらい前、私は、海外交流基金関係で南米に演奏旅行したことがある。津軽三味線と尺八、それに何とタブラ(インド音楽の太鼓)と私のヴァイオリンという珍妙なアンサンブル。最初の公演が殆ど一日中飛行機に乗りっぱなしで着いた、ブラジル最南端に近い大都会、ポルト・アレグレだった。
 無事演奏会も終り、労をねぎらう為にと地元の有名なレストランに招待された。ブラジル料理といえば、シュラスコと呼ばれる、ガウショ(牧童)の野性味溢れる肉の串焼き料理。塩につけた牛や羊を目の前で焼いて食べるのだが、一口目はうまい、二口目は「カラーイ!」、三口目はもう食べられない。ライブショウのステージでは、しょうもない田舎っぽいポップス。汗っかきの私は、すぐに窓際に避難していると、タブラの清水さんも隣に逃げてきた。しばらく料理の味付けとステージショウの悪口を言い合っているうちに、インド音楽のリズムに対する信じられないような訓練とパフォーマンスの話をたっぷりと承った。いわく、タブラとシタールだけでも、1人が7連音符フレーズをやり出すと、もう1人は例えば11連音符のポリリズムでからんでくる。そして、お互いにワザと拍頭は音を抜くという強烈なことをやりつつ、2人ともどこかで頭がユニゾンになるが、その時、2人とも、瞬間的に無音になる、などという、どこまでが本当か分らぬ ような話をきいているうち、ステージでは、今まで歌ったりギターやベースをやっていた連中はいなくなり、ドラムが1人だけとなった。たいしてうまいとも思えぬ ドラムが1人であまり面白くもないアドリブをやっていると、やがて、長いヒモの先に重い分銅を吊るしたのを何本も持ったガウショが2人登場。
 何をやるのかと見ていると、2人は、そのヒモをクルクル回しながら、ステージの上に分銅を叩き付ける。縄跳びの地面 に触れる所に重い分銅をつけているようなもので、その叩き付ける音はすさまじく、バシバシという。まあ、何というか、歌舞伎の檜舞台に叩き付けるつけ板のバシャバシャ音よりももっとカン高く刺激的だ。それでも最初はリズムも平板で、すぐに清水さんとのインドリズム談義に戻るうち、私はふと清水さんの言を制した。ステージでは、単純なリズムではなく、ポリリズムの萌芽のような雰囲気が漂い始めたのだ。でも、最初のうちは、一方が2拍に対して他方が3拍という原始的なものだったが、そのうち段々と白熱化してくると、一方が4つ刻みの16音符、もう一方が16分音符の3つずつのアクセントという複雑な形になってくる。けっこう迫力が加わってきたが、清水さんはと見ると、なんじゃこんなものという表情。そして時々、「インドじゃ……」なんて口をはさんでいるうち、ステージのポリリズムは、ドラムの変拍子も加わり、三つどもえとなり、ガウショの2人は何本ものヒモをもつれることもなく鮮やかに床に打ち付け、サーカス芸としてもなかなか見物となり、清水さんも、ウーンとうなり始めるや、更に3人の白熱したポリリズムは段々とアッチェレを始め、リズムはどんどん細分化されていく、そのものの見事なサマに、私は度肝を抜かれ、茫然としているうち、隣の清水さんまで魂を抜かれたような状態に突入。
 私は「インドってこんなアッチェレやる?」と訊くと、さすがの彼も「これはないねえ」と、見事に忘我の境地。ステージも終り、私は彼らを日本に呼ぶ方法はないだろうかと、店の人に、一応、所属事務所の電話はきいたものの、冷静になってみると、彼らを日本に呼ぶなどというのは金銭的に全く不可能なことに気付き、せっかくの興奮も冷めていったのだった。
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《純正律音楽研究所 2002/12/27版》

〈邦楽とフリギア旋法〉

 私は今、邦楽づいています。邦楽とフリギア旋法は非常に相性がよく、このモードで曲作りすると、新しい境地が拓けそうです。
 現在、「音階の話」をまとめようと、連載をするはずだったのですが、フリギア・モードにはまってしまい、音階の話の根幹にも触れることですので、「音階の話」は少し間をおいてアップします。
 私は今、教育芸術社から、「リズム」についての文章を頼まれています。
 これまで、響きの面から音楽を見直す為に、純正律に拘っているのですが、私の「リズム」に対するある種の拘りも書けると思います。特にリズムの「なまり」は面 白い問題提起だと思います。原稿は2月頃に上げる予定ですが、折にふれ、紹介していきます。乞う御期待!
 新年は尚一層の飛躍をめざし、1月4日、新潟・豊栄市にて、フリギア旋法の邦楽を初演します。
 みなさま、よいお年を。



《純正律音楽研究所 2002/10/28版》

〈音階の話――No.2 番外篇〉

 連載を始めて、2回目で早くも番外篇です。
 あまり反響も期待せず始めた連載ですが、純正律音楽研究会の黒木氏(在仏)から、玉 木さんの問題提起の根拠が不明で、そもそも何を問題にしようとしているのか分らないという疑問があり、私もどう答えたらいいものやら考え込みましたが、根幹にあるのは、学生時代、というか西洋音楽を習い始めた(オーバーだな。ヴァイオリンを習い始めた)時からの根本的疑問、日本人の音感と西洋のドレミファ絶対の音感とは相容れないものがあるのではないか、日本人が日本人たる音階、音感の根拠を発見したいということに収斂 されると思います。
 ここに、番外としては長い文章ですが、私が芸大の音楽美学に於ける卒論を掲載します。
 私は、野村芳雄先生の音楽美学の授業は1回も出ませんでしたが、単位をとる為、卒論を書きましたが、何と1回も受講していないのに「秀」をもらいました。
 この卒論は、昭和39年に、純正調とヨーロッパ音楽と日本音楽を問題点に勝手なことを書きまくっているだけで、今から見ると、根拠のない断定と推論に満ちあふれ、間違いも多く甚だ恥ずかしいものですが、当時、「純正律」を教える教師はひとりもおらず、私は殆どを戦前版のマックス・ウェーバー『音楽社会学』をもとに書き上げました。
 当時私は、芸大に絶望し、音楽家になることをあきらめていましたので、自分がなぜ音楽をやめるのかというオマージュのつもりで書いたような文章ですが、当時の純正律に対する文献の貧困さの中では、この程度かなと、苦笑しつつ。
 でも私の問題意識は、当時からいまだにひきずったままです。
 少々長く、文章も稚拙で断定が多いのですが、よかったらおつきあい下さい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「日本人と純正調の音感」
 ポッポッポッ 鳩ポッポッ
 豆が欲しいかそらやるぞ
…………………………
 下宿の子供が無心に鳩ポッポを唄っている。無心に唄っているのだから余り音程には、注意を払わない。だから出てくる音程は余り汚れを受けない自分の持っている自然なものとして素直に受けとめている。良く注意して聞いてると、ポッポッポッの「ミ」に当る3回目の「ポッ」の音程は普通 の「ミ」よりも少し低い。
 そして一番難しい「そらやるぞ」の部分では音程がはっきりしない。この部分の音程の取り難さは子供だけではなく、ちゃんとドレミの教育を受けた大人でも歌い難いものだ。さてさっき「ミ」に当る音程が普通 のよりも少し低く聞こえると書いたが、これは何も鳩ポッポッポッに限らず他の単純な童謡、例えば「お馬の親子」だとか「ギンギンギラギラ」だとか「もしもしカメよ」にも共通 して云える事だ。そしてこれらの歌のドから上のド迄の音が各何回ずつ出てくるか調べてみた所以外にも「ソ」や「ミ」が一番多く、「ド」は比較的少ない。そして「ラ」の出てくるのは一番少なく、「ファ」や「シ」は一度も出てこない。という事はこれらの歌は全部、「ドレミソラ」のスコットランド型5音音階によってなり立っている。
 そしてこの音階は「ド」を主音として成り立っていると考えるといつも3度である「ミ」の音が低く唄われる。純正調和音による長3度をとるといつも3度が低いという事との偶然の一致の如く見える。併しこの場合主音が「ド」であるという観念を取り去って客観的にみた場合、「ミ」を低く唄うというより「ド」を高く唄っていると見た方が自然である。というのは何よりも「ミ」や「ソ」の方が「ド」よりも出てくる回数が多いからである。子供は主音や属音等というややこしい関係は何も知らずに自然に唄っているから、こうして3度の音程のとり方は普通 と違うと述べたが、この「普通」という言葉が客観的にみた場合、非常に問題がある。というのは我々は今迄ヨーロッパナイズされた音楽教育を受けて来、その直接の弊害である平均律から判断するからである。どんな歌であれ、3度をピアノ的に歌うのは非常に困難である。さき程の主音を高くとると結論づけたのも、やはりヨーロッパナイズの考え方から離れた場合にのみ理解できるのである。
 さて今唄う音程の事を論じたが、唄う事はやはり同様である、弦楽器奏者の音程の取り方を考えてみると、やはり先程と同じ様に平均律では考えられない微妙な音程を用いる事が分る。弦楽器奏者の音階は各人の趣向によって違いカザルスの謂ゆる感情的音程なる、平均律では処理出きない微妙な問題が生じてくる。こんな事はどんな素人でも分る事だし、解決法がちゃんと存在する。つまり、音程を平均律にとればピアノとの差異もなくなる分けである。しかし絶対に解決できない問題がある。それは、ヴァイオリンのA音を、ピアノのAに合わせてD、Gと、完全5度ずつ合わせていくと必ずG線がピアノよりも低くなる事であり、これだけは解決できない問題である。  ヨーロッパ人が和声の観念に長じた時、転調という人工的な美しさを使用するに到った時、平均律が使用されだした。そしてもっぱら自分で和音を奏する事ができるクラヴィア、ピアノが平均律になったが、メロディーしか奏く事ができぬ 、弦楽器は平均律から取り残されたのである。エンハルモニックは弦楽器奏者の一番いやな音程である。これはヨーロッパ的合理性の強まった行為の遺物である。そして、現在、弦楽器が、純正調を演奏できる唯一の楽器だからなんていう逃げ場を残して、平均律の問題に逃げ腰になるが、果 してヴァイオリンが、純正調を演奏できるかどうかも、よく調べてみると、危なくなる。というのは、ピタゴラス的純正調の場合、C――長調に於ては、D――とAの間は完全5度ではない筈であるのにヴァイオリンではDとAを完全5度で調弦するのである。だから、純正調的にみれば、ヴァイオリンはD調しか奏けなくなるのである。だから、C―調和音のソミラをGの開放弦とD線でEを押え、Aの開放弦を演奏した場合、絶対にこの3つの音は協和しない。GとEを長6度で協和させた場合にはEとAの完全4度は無視されるし、EとAの間の長6度が協和しないのである。これはDとAを完全5度で調弦したからである。この様に弦楽器自身完全純正調楽器ではない、宙ぶらりん的な存在を示している。この様に純粋に音響学的な面 から推測してもヨーロッパ音体制は非常な誤りがあるのである。
 しかしヨーロッパ音体制は単に12音素材の点に留まらず、我々日本人とは本能的に相容れない根本的な問題が横たわっているのである。
 それはヨーロッパ人の使用する長短音階組織に関する問題であるが、ここでもう一度さっきの子供の歌に話を戻してみよう。
 先程、「ラ」の出てくる回数が非常に少ないと述べたが、もっと単純で原始的なメロディーを調べた場合、「ラ」は出てこなくなる。例えば屋台で売りにくるラーメン屋のチャルメラはドレミだけだし、関西地方の傘の張り替え屋のメロディーもドレミだけであり、もっと単純な、竿竹や、金魚の売り声はドとレだけである。こうしてみるとメロディーは高域になるにつれ、「ソ」や「ラ」そして遂には「ファ」や「シ」の半音程を含んでドレミファの長音階組織に達するとみるのが西洋音楽の機能和声的に判断した場合の推測である。そして事実、ヨーロッパ人自体、スコットランド型音階に半音を含んだのが現在の長音階だと単純に合理的に判断してしまうのが常である。併し日本の場合を考えてみるとそんな単純にはいかない。日本の民謡を調べてみると、君が代とさくらさくら、ヨサコイ節に代表される陰陽音階の2つに別 れる。そしてこの陽の場合比較的スコッチ型に似ており、違うのは「ド」から始まらず、「レ」から始まる所である。そして陰音階の場合、「ミ」から始まり、ミファラシドミと音を構成しており、この音階には半音を2つ含んでおり、尚「ファ」と「シ」の間にヨーロッパ人が非常に本能的に恐れている増4度を非常に自然に含んでいる。ヨーロッパ音階と非常に異なるのはこの陰音階に於ける増4度の音程であろう。
 ここで我々はヨーロッパの場合の長短組織の音階形成を歴史的に辿ってみる事にしよう。現在のヨーロッパに於ける最初の音階というよりも旋法がはっきりと定められたのは4世紀に於て、聖アンブロジウスがビザンティン教会からの4つの旋法を輸入したのが最初だとみてよいと思うが、その後200年程して聖グレゴリウスがこの4つの旋法にあと4つ加えて8種の旋法を決め、それぞれ、ドリア、フリギア、リディア、ミリリディアで、それに変格旋法である頭にヒポという接頭語のつく名称のもの計8つである。そして当時は「ド」が主音という観念は全くなく、ドリアから順々に「レ」「ミ」「ファ」「ラ」を主音としていた。元来この教会旋法は現ヨーロッパ人自体のものではなく、ビザンツから輸入したものであったが、6世紀ごろからずっと公的にはこの教会旋法が音階構成を牛耳っていたが、11世紀頃から、この教会旋法よりも民俗旋法として現在の長短組織が民衆の間に愛好されだした。「ジョングルール」とか「ミンストレル」とか呼ばれる流浪楽人たちによって広められたものである。そして11世紀から13世紀頃にかけて、ドリアとリディアに於ける「シ」の音を半音さげて――当時はこれを丸い♭と呼んでいた――使用されれる事が良く行なわれ、またミクソリディアに於ける第7音のファの音が半音高められ各々、ドリアが現在のニ短調、そして、リディアとミクソリディアが現在のへ、ト長調としての音階を構成する様になった。そして民俗旋法と協会旋法の一致がみられ、他の教会旋法は廃れた。そして、ドリア、リディアに於ける「丸い♭」、ミクソリディアに於ける半音高められた「f」が後のヨーロッパ和声観念を発達させた一大要因である「導音」としての性格を先駆している。この事は後に現在の短調に於ける矛盾として述べるが、その前に、この歴史を辿って行くと、11世紀にアレッツォのグィドによって現在のソルミ唱法が創始される。とはいえこのソルミ唱法の創始は偶然的なもので唱歌教授の際、生徒に全音と半音の区別 を覚えさせる為にヨハネの讃歌を用いてその歌詞の第1章の各行の最初の綴り、ウトレミファソルラを音と同様、名称として覚えさせた事が、皆の注目をひき、慣習化したまでであり、導音を余り使用しない原始的な6弦教会旋法に於てはこれでよかったが、後に導音の使用が過多になるにつれ、現在の「シ」に当る綴りを「聖ヨハネ」の頭文字を合わせてSiととり、ドレミ唱法が完成した。そして最初の原始的な教会旋法は半音はミとファの間にしかなかったが、13世紀頃になり、種々の半音が使われだし、現在の長調音階が完成したが、当時の音楽家はこの長音階に於けるファとシの間に起こる増4度の三全音を非常に歌いにくい音程として忌み嫌い、「音楽の悪魔」と呼んだ程であった。だから未だ導音の性質を帯びたhの音を使う前は大抵の場合、hの代わりに「丸い♭」が使われていたが、hが段々使用されるに到り、丸い♭とh――「4角の硬いb」と呼んでいた――の区別 をつける為、♭と「4角の硬いb」の記号を区別して用いたが、後になり、ドイツに於て、丸い♭をそのまま「ベー」と呼び、hの時には、「4角の硬いb」がhに似ている為、そのまま「ハー」と呼ばれるに到った等は、前のソルミ唱法と同じく全くナンセンスな偶然の作用であろう。
 話が横道に外れたが、半音の性質を持ったhを使用し長音階は完成されたが、短音階に於ては現在自然短音階と呼ばれる、ドリア調のものが最初使われていたが、後になり、導音の観念が発達するにつれ、旋律的短音階が使われだした。導音の観念が固定されるにつれ、段々和声の調性感、観念も発達して来る。そして、「音楽の悪魔」として忌み嫌われた音程、増4度、減5度の音程を属7の和音の中に昇華して使用するに到り、調性の観念が急激に発達した。全くヨーロッパ人が本能的に嫌う、増4、減5の音程を越える事により、現在の調性の観念が全く和声的にも確立されたのである。
 そして大体ヨーロッパ音楽は、イタリア、フランス、そしてドイツあたりを中心に発達してくるが、これらの地方の民謡は長調の使用過多がめだち、民族的な性質として長調的であったので、和声観念も先に長調が先走り、短調はついていかなかったが、後になり、長調に於ける和声関係を無理やり、短調にはめこんだ結果 、所謂「和声的短音階」と呼ばれる全く人工的な音階が製造された。そしてこの音階にはヨーロッパ人自身にとっても非常に不愉快な歌い難い増2度が使用されている。これはもともと長短の旋法が自然にあったものを、導音観念の誤れる使用のもとに長調の和声関係をむりにあてはめた結果 生じたもので、現在に於てもこの短調の問題はそれを生んだヨーロッパ人にとっても頭の痛い問題らしく、未だに解決されていない。そして最近日本で紹介された、エティエンヌ・マリー等は、短調の事を「長調の優越性から類推された、教会旋法の生き残り」等と結論づけているの等はもう全く、身から出た錆を自然に出たものに対して迄も押しつける乱暴な行為である。そしてこの様に短調の性格が決定されないまま音楽史は流れて行くが、モーツァルト、ハイドンの古典派に於ける均整のとれた音楽にはむろん短調が少ないのは当然で、ハイドンの104のシンフォニーの中には11、モーツァルトの41のシンフォニーの中には只の2つ、それもモーツァルト自身が本能的に好んだと云われているト短調のものが2つあるだけである。この様に短調の性格が決定されないままロマン派時代になると短調の和声づけとして、グリーグや、ムソルグスキーの様に教会旋法的に取り扱ったものが、異様な効果 をだしたりする様な結果にもなったりしたのである。
 この様にして短調組織はヨーロッパ人の下手な合理主義のもとに無残な姿をさらけ出すが、我が日本人の場合に於てはどうであろうか。最初に述べた様に日本人の民俗旋法としては、陰陽の2種があったが、陰旋法のもっている半音は他の東洋人には余り見られない例外的なものらしいが、それはさておき、ヨーロッパ人が、教会旋法を自然に歌った場合、hを使わなかったので結局半音はeとfの間に1個であったし、半音の使用が盛んになりだしても、増4、減5の音程が本能的に得意でない為、非常に障害があった様であったが、日本の陰音階に於ては5つの音の間に半音が2つも存在し、増4減5の音程を1つも不得意とせず、むしろ好き好んで使用した。例えば、サクラサクラ、ヨサコイ節しかりである。そして陽音階といえ、レから始まるので旋律の感じはどちらかと云えば、短調的性格の感じである。
 この様に我々は非常に半音、増4減5を好み、短調的性格を好む民族である。これだけは本能的なものであって不変のものである。しかし、明治の開国により、ヨーロッパの合理精神から生まれた、種々の文化が入り込んできたが、音楽教育に於てさえ、ヨーロッパナイズされ、ドレミ唱法を使用して、古来からある陰陽音階をそれこそ陰(イン)に押しやり、不自然なヨーロッパ、それも主に憲法と同様、ドイツ音楽から学んだ。そして先に述べた様なドイツの民謡の長調を主にしており日本人は5音音階を使用していたから、長調と5音音階の折衷である、ドレミソラのスコッチ型の画一的なメロディーが、それも無味乾燥に製造され、子供の教材として与えられた。本来短調を好む、日本人の子供に、頭から長調音階を叩き込むのである。そしてヨーロッパナイズされた音楽教育はやはり長調優先を重んじて短調を軽んじ、子供にはもっぱらスコッチ型から長調のメロディーを与える。子供が余りそれを好かないのはもとより当たり前の事である。現在、「学校唱歌校門を出ず」といった言葉でさかんに児童の音楽教育を問題視しているが、こういう根本的な問題を考慮しなくてはいつ迄たっても真の原因はつかめないであろう。
 学校で余り身近に親近感を覚えない長調のメロディーを押し付けられた子供は、校外では、もっと刺激性の強いテンポの速い曲を好み、成人してからは、日本人の本能的な音である短調的なものと、民謡との下手な折衷である歌謡曲にひきつけられるのはむりもない。種々のものがヨーロッパナイズされた時、ヨサコイ節の情緒あるメロディーが、長調に編曲されて、ノンキ節となり、世相風刺に歌われたのは奇妙な暗示である。そして問題は学校唱歌の様な初歩的な問題に留まらない。今迄何度も述べた様に、日本人は短調的性格を本能的に好む民族であるが、この本来性を無視して、短調を歪んだ形で取り扱い、そして、長調を優先して、転調というメロディーを頭の中で弄ぶ為に考え出された平均律を使用する野暮なヨーロッパ合理体制の音楽を頭から信じ込んだりするのは我が日本人の本来性からは程遠い事であり、事実クラシック音楽の浸透は非常に部分的なものであり、それも大部分が虚栄に満ちた変形された態度で接しているのである。
 最近女性週刊誌に論ぜられたクラシックブームなる代物も然りであり、最近の或る音楽会に現れるミーハー族の傾倒ぶりもこの徴候をもっともよく表わしている。我々はヨーロッパ音楽の持つ優れた高い芸術性は否定してはならないし、その芸術性を学びとる可きではあっても、音体制やリズム、和声等の手段迄借りなくても充分やっていけるだけの広い材料が我々の中に普遍的に存在しているのである。我々はもっと身近なものから出発するべきである。合理性は必要ではあるが、誤った合理性は排除されるべきである。

〈追加〉
 長3度を狭くとれば調和してもハーモニーを生むのはピタゴラス純正律上からもハッキリしているが、3度を少し低くとるのが、本能的なものかどうかは、今人気の流行歌手の内の1人いや1組であるピーナッツの場合に如実に現れている。彼女等は双子であるからかも知れないが、長3度をせまくとってちゃんと調和した響きを感じさせる。この場合は人工的ではなく可成り自然のものの様に思われる。彼女等はどんなメロディーが与えられてもそれに対抗するもう一つの和声的メロディーを即興的に歌えるそうである。



《純正律音楽研究所 2002/10/15版》 〈音階の話――No.1 ドレミの起源〉

(9月28日の芝abc会館のコンサート、おかげで満員盛況でした。
ありがとうございました。今回から純正律的見地の音階論を連載します。)

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「ドレミファソラシド」という音階はいつ頃誰が作ったのか?
 このコーナーを読む方なら先刻御承知かもしれないけど、10世紀頃のイタリアの音楽僧、グィドのアレッツォ(991年頃?〜没年不明)だといわれています。本当は彼じゃないという説もありますが、アレッツォは「ドレミ」の創始者でなかったとしても、たいへん博学な人で、後の音階論の基礎を成した人であることは間違いありません。
 当時の音階はヘクサコルド(6音音階)にのっとり、グィドの音階もUt(後のDo)Re Mi Fa Sol La までで終り、Siという7番目の音名はありませんでした。しかし、たいへん重要なことなのですが、現在のSiにあたる音は当然存在していたのです。しかし、このSiにあたる音が、現在の「シ」フラットか、「シ」のナチュラルかという音の高さが定まっておらず、この定まっていない高さをめぐり、後々に奇妙な音楽史を形づくります。
 Ut Re Mi の起源は、グィドの作ったヨハネ讃歌の各行の始まりの発音と高さが1行ごとに1音ずつ上がっており、それを流用したという説と、いや、ドレミファソラの音の並びを確認させる為に作曲したものだ、と両説あり、今では訳がわかりませんが、階名唱法の元祖であるのははっきりしており、ドレミの起源は10世紀に既に生まれていたのです。
 このドレミという呼び方は、階名といい、名音の全音と半音の位置を決めています。決して音の絶対的高さを決めているわけではありません。「レ」から始まるドレミの音高はD-durで、「ラ」の「♭」から始まるドレミはAs-durです。
 ここで大混乱のもとになる音名の登場です。一応、記譜上では、絶対的音高となる音名が、ABCDEFGAです。「一応、記譜上で」と言ったのは、今のように、基準ピッチというコンセプトがなかったからです。従って、絶対音感なんていう考えは当時は全く無かったはずです。そして、混乱のもとは、ドレミの「ド」は「C」であり、「A」ではないことです。ではなぜ「A」は「ラ」であって「ド」ではないのか。私は今まで、このことをきちんと説明している本には、未だ出合ったことがありません。  この謎については次回に。


《純正律音楽研究所 2002/9/17版》

〈邦楽ライブハウス・和音について〉

 最近、現代邦楽のトップランナー、三弦奏者・西潟昭子さんからの作曲委嘱があって以来、急速に邦楽への興味がよみがえり、純正律の新たなる可能性も見えてきました。
 私はもともと邦楽が好きで、若い時にはエレキヴァイオリンで義太夫をやったり、エレキ三味線をやるほど、変に邦楽が好きで、何曲か、邦楽器の曲も作曲しており、中でも尺八と箏の為の「二つの舞い」は楽譜やCDも出ており、何回かステージでも演奏され、FMでも放送されたりしています。

 西潟さんの為にも、すでに30年ほど前に1曲書いていたのですが、今回は西潟さんの主宰する現代邦楽研究所の委嘱で、いろいろ話しているうちに、邦楽のライブハウスがあることを知り、行ってきました。

 日暮里駅のすぐそばで、ややこぎれいな所でした。出演者は西潟さんの仲間とか生徒で、出しものは現代創作邦楽。はっきりいって面 白くない。三味線の大特長である「サワリ」(倍音発生のドローンの役割)が全く生かされていない、無調的なものはウンザリ。なんて言ってるうちに、来年の3月3日に、私と西潟さんと、あと1〜2名で、ライブ演奏することだけが決まりました。まだ曲は全く出来ていないんですがね。
 多分、面白いことができると思います。


《純正律音楽研究所 2002/7/22版》

☆掲示板にも、近況報告にも書きましたが、丸ビルの件、ここにも再録します。東京の玄関口、丸ビルがリニューアル。あの辺一帯は、三菱地所で、去年の暮れ、有楽町まで電飾した仲通 りの再開発も含め、三菱街全体の環境音楽を私が担当することになりました。もちろん純正律です。街にも、純正律音楽使用と表示するかも知れません。街からうるさい音を追放して純正律で染めあげようと、本に書いて以来、あしかけ5年、ようやく、純正律が認知される時代になってきました。9/6オープンですが、まだ録音はしていません。これから大汗です。

☆7月20日の土曜日、西麻布の「フレンズ」での「午後のお茶会」、暑い暑いさなか、香川や名古屋からも馳せ参じてくれたみなさん、ありがとうございました。純正律音律発生器の作者、綾瀬市の長岡さん、香川から新幹線、地下鉄とあのドデカいシンセ・ハーモニーディレクターを持参してくれた井上さんのプリセットの新技法も、ある予感を与えてくれました。また富士通 の田向さんの方法論も研究の余地もありそうです。

☆ちょっと名前は忘れましたが、いま、女声4人組のとてもきれいなコーラスが流行りだしました。限りなく純正律に近いサウンドです。世の中、純正律が増えてきそうで、いい徴候です。

☆桐朋の学生、カウンタ山田君のカウンター・テナー、すごい美声で、みんなのドギモを抜きました。これからが楽しみです。


《純正律音楽研究所 2002/6/4版》

〈6月8日ミニコン予告〉

6月8日(土)、四谷のコア石響という小さなホールにて、純正律音楽研究会/ピュ ア・ミュージックサロンのミニ・コンサートを開きます。当日の内容をおおまかに御 案内させていただきます。
と言っても、当日、大幅に変更される可能性もありますが。

1:玉木宏樹のヴァイオリン演奏と「お客さんのお名前即興変奏曲」これは、西麻布 における「午後のお茶会」で好評の、玉木による、お客さんのお名前をその場で作曲 し即興で変奏曲にするコーナーです。当日は2人ほどの予定です。作曲して欲しい方 は、当日挙手してください。

2:NHKの笛のお兄さんで有名な金子健治氏率いる、東京リコーダー・アンサンブルの 演奏4〜5曲。約2メートルもあるというバス・リコーダーも多分登場。最後に、玉 木のヴァイオリンやギターが入り、セッションの予定。

3:ピタゴラス音律とギリシア音階、そして、声明の共通性について。お経をからめ つつ永六輔さんのお話。

4:4月より始めた純正律音楽研究会会員用「ピュア・ミュージック定期便」コーナー。
 ・4月より「雪柳」――玉木/vln.
 ・5月より「リラ・ラ」――LINDEN/vocal
 ・5月より「ザ・カイト」――玉木/vln.
 ・6月より「レ・イン(玲韻)」――玉木/vln.
 ・6月より「SMOG ON THE WATER」――玉木/vln.
 ・7月より「東京・カウンター・ポイント」――山田浩仁/カウンタテナー
 ・8月より「White Prayer」――福田六花/vocal

5:玉木の弦楽四重奏団、『名曲で弦楽四重奏』楽譜発売記念。
  演奏――玉木弦楽四重奏団
 ・リュリのガボット
 ・ヴィリアの歌
 ・スカボロフェア
 ・子犬のワルツ
 ・第3の夢
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以上、2時間くらいの予定です。

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ピュア・ミュージック・サロン/純正律音楽研究会PRESENTSミニコンサート
――玉木宏樹の――“純正律に魅せられて”
第7回「木管の純正律 v.s. 弦の純正律」

2002年6月8日(土)OPEN15:30/START16:00
会場:コア石響〈JR・地下鉄四ッ谷駅徒歩7分〉
東京都新宿区若葉1-22-16(Tel. 03--3355-5554)

参加費●正 会 員:2000円/正会員の同伴または御紹介――2500円
    ネット会員:3000円/NET会員の同伴または御紹介――3000円
    一   般:3500円
お申し込み方法●完全予約制とさせていただきます。メールにてお申し込みください。折り返し入場券(地図入り)をお送りいたします。また、純正律音楽研究会では会 員を募集中です。コンサート申込と同時に入会手続きをなさると、会員割引・優先予約が受けられます。
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《申し込み&問い合せ先》
純正律音楽研究会  e-mail to : archi@ma.rosenet.ne.jp
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《純正律音楽研究所 2002/4/18版》

 純正律に関心のある方なら先刻御承知の、平島逹司著『ゼロ・ビートの再発見』の版元だった、元・東京音学社(現・(株)ショパン)の社長、内藤克洋さんと、エディターの北島京子さんにインタビュー。平島さんの人となりや出版に至るまでのお話など、たいへん興味のある話をたくさん頂きました。
 内藤さんは、同著の復刻を考えておられるようですが、初版本を分解してスキャンしなければならないので、どなたか『ゼロ・ビートの再発見』『ゼロ・ビートの再発見〈技法編〉』の両著をお持ちの方で譲って頂ける方がいらしたら、ぜひ御一報下さい。

 なお、この〈純正律音楽研究所〉コーナーは、私、玉木宏樹の個人サイトの中のページですが、約3年ぐらい前から、任意団体として〈ピュア・ミュージック・サロン/純正律音楽研究会〉が立ち上がっています。正会員、ネット会員と区分はありますが、今回のインタビュー等、たくさんの純正律情報満載の会報や通 信を発行し、コンサート・イベント等を開催しているほか、毎月玉木の純正律新曲CD-Rが届く定期便サービスを4月より始めています。
 ぜひ皆様の御協力を頂きたいと思いますので、御興味のある方は御遠慮なくお問い合せ下さい(純正律音楽研究会事務局 Tel. / Fax. 03-3407-3726)。また、純正律音楽研究会ホームページも立ち上げ準備中です(工事中ですが、御覧いただけます。http://www.pure-music.ne.jp

 さらに、6月8日(土)16:00〜、四谷の「コア石響」にて定例の純正律ミニコンサートを開催します。今回は、NHK教育テレビで「笛のお兄さん」としておなじみ金子健治さん率いる超絶技巧のリコーダー・アンサンブルをゲストにお迎えします。また、玉 木弦楽四重奏団も登場、管の純正律と弦の純正律の競演をお楽しみ頂けます。永六輔さんも特別 ゲストで御参加いただくなど、盛り沢山の内容でお届けします。こちらも詳細は純正律音楽研究会事務局までお問い合せ下さい。
 今後ともどうぞ、よろしくお願いします。


《横浜の純正律講座について》

 去る3月17日、横浜は栄区のリリスホールにて、栄区文化協会主催による、「玉 木宏樹の純正律音楽講座」無事終了。ホールも満員盛況で、たいへん反応もよかったと自負しております。
 以下に、当日の模様をお伝えします。なお、この文章は、純正律音楽研究会事務局長の馬場氏が、会員用のMLやメルマガ用に書かれたものを、本人の了承のもとに転載するものです。

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 去る3月17日(日)に第6回さかえ芸術文化祭参加「春の音楽祭」玉木宏樹音楽講座が開催されました。場所は横浜市栄区、JR根岸線本郷台駅のすぐそば、栄区民文化センター「リリス」ホール。開演13:30、主催:栄区文化協会、後援:栄区役所、主管:栄区音楽協会。「より気持ち良く響き合う純正律のハーモニーを体験しましょう」という趣旨の栄区音協の会員のためのイベントでした。純正律音楽研究会にも参加枠をいただき会員にご参加いただきました。

 全国でも五指に入るという室内楽では響きの良さで有名な「リリス」ホールで、玉 木宏樹と水野佐知香のヴァイオリン・デュオの世界初演もあり、盛りだくさんの内容となりました。

 当日のプログラムの概略は次の通り。
●第1部 純正律講座
 純正律の歴史/ホーメイの特異性/世界の純正律音楽CDの紹介/
 玉木宏樹の純正律音楽の紹介と演奏/新著の説明/水野佐知香さんの紹介と演奏
●第2部 純正律のヴァイオリン・デュオと合唱体験
 水野佐知香さんとのデュオ演奏/Pura Voce の紹介と演奏/
 カノン(輪唱)のおけいこ

 第2部の始まりに4弦奏ヴァイオリンを披露したところ、純正律のハーモニーが響き渡り会場からはどよめきが起こりました。ヴァイオリン・デュオの編曲と水野母娘のデュオ演奏の音楽監督の玉 木さんですが、演奏は初めてとのことでリハーサルをしっかり20分。水野さんは地元横浜でのファンをまたまた増やされたと思います。「猫ふんじゃった」は玉 木さんの編曲でヴァイオリン・デュオの20世紀の名曲になったようです。
大好評でした。もっと聴きたかったというのが大方の感想と思いますが、時間いっぱい。
 アマチュア音楽家の方の参加が多く、純正律音楽の説明とチューニングメータのほかピアノを使っての純正律と平均律の違いの確認にも熱心に耳を傾けていただき、最後のカノンのお稽古では音協所属の若い女声コーラスPura Voce さんを中心に会場の皆様の積極参加で大いに盛り上がりました。音楽愛好家の皆様の熱気が伝わってきました。 「純正律」という言葉はもはや、実体を伴った音楽運動になりつつあることを実感いたしました。きれいにハモる合唱が着実に広まって行くことと確信します。

 ……とにかくドミソがきれいにハモることがすべての始まり。ドとソの間のミが平均律では高いので濁る。これを聴きわけて美しいミの音を作ること、というのが純正律のイロハ。ピアノが一般 化して以来たかだか百年の平均律。平均律一辺倒で濁ったハーモニーの音楽が蔓延している日本の音楽状況はおかしい……
 私のつたない理解ですが説得力ある話だと思います。

 玉木さんへの質問コーナーへ沢山質問が寄せられました。会場の熱気の応えた熱演で時間が押してきて、答えられなかったものが多かったため後日まとめて回答を用意しますので、このメールでもご紹介したいと思います。

 終演後玉木さん、水野さんのサイン会も行われ、CD・著書・楽譜の販売も参加者の皆さんにご好評頂きました。物販担当は事務局の田村さん。1人で大奮闘お疲れ様でした。
 かく言う私は事務局長を勤めます馬場ですが、昨年9月お手伝いを始めてから最初の大きなイベントで、主催者との打合せや諸準備いろいろ勉強させていただきました。その上、当日は純正律CDや玉 木さんの伴奏CDのディスク担当で緊張のあまりフェイド・アウトが早すぎたり、やはり場数を踏まないといけないようです。

 会場の皆様からはアンケートその他でご好評をいただきました。音協の役員の皆様からは機会があれば再演をと言って頂いております。会場退出時間の17:00ぎりぎりまで会場は賑わっておりました。ちなみにリリスホールの定員は312名。満員の盛況でした。消防法のため立ち見が許されませんので、今回は参加希望者多くチケットの配布が大変だったそうです。
 終了後打上の懇親会には玉木さん、水野さんも参加して親交を深めることが出来ました。再会を約してお別 れしました。栄区音楽協会の皆様本当に有難うございました。

[報告:馬場英志(純正律音楽研究会事務局長)]

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〈参考データ〉 当日の演奏曲目・使用CD

(1)玉木宏樹演奏 
   バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章/マザーズボイス/風の道/
   悠久のケルト/第3の夢/枯葉
(2)玉木宏樹・水野佐知香ヴァイオリン・デュオ
   ゴセックのガヴォット/金婚式/グリーンスリーヴス/猫ふんじゃった
(3)ホーメイの紹介CD
   DISAPPEARING WORLD/Back TUVA Future
(4)純正律CD紹介 
   フィリッパ・ジョルダーノ/アディエマス スペシャル・エディション/
   ペイント・ザ・スカイ〜ザ・ベスト・オブ・エンヤ/
   ルミノーサ〜聖なる光 リベラ/
   オフィチウム ヤン・ガルバレク、ヒリヤード・アンサンブル/
   Morimur The Hilliard Ensemble Chiristoph Poppen J.S.bach/
   DZINTARS Songs Of Amber THE LATVIAN WOMEN'S CHOIR/
   UNDERGROUND OVERLAYS FROM THE CISTERN CHAPEL/
   新時代のカンテレ RitvaKoistinen/
   RAFF:VIOLIN CONCERTOS NOS.1&2/
   The Art of the THEREMIN Clara Rockmore

 ※用意したが割愛したもの
   ヒューマン・ヴォイス/マドリガル・コレクション キングズ・シンガーズ
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《純正律音楽研究所 2002/1/10版》

〈ピュア・ミュージック・サロンのお知らせ〉
 来る1月26日(土)、ピュア・ミュージック・サロン「土曜のお茶会」の新年最初の会をやります。今回はテーマは特にありません。いつも「純正律」ということを振り回しすぎて、少し固い気味もありますので、今回は特にテーマもなく、新春福袋・お年玉 ミニコンサートです。もちろん、私はヴァイオリン奏きまくり、ドクター六花の歌あり、おみやげありのテンコ盛り(?)ミニコンです。いつものように席は20名。一般 3000円、正会員1500円、ネット会員2500円、それぞれの会員の同伴者には割引もあります。詳しいことは、03-3407-3726(純正律音楽研究会)にお問い合わせください。


《純正律音楽研究所 2001/11/07版》

〈最近のCDの紹介〉

 最初にお知らせです。このページをベースに「純正律音楽研究会」という集まりを やりだして満2年が過ぎ、尚一層の発展を期するために、新たに「純正律音楽研究会 /ピュア・ミュージック・サロン」の公式ホームページを起ち上げます。まだ工事中 ですが、URLは、http://www.pure-music.ne.jp です。

 私のHPの中でのこのページももちろん続行しますが、半分くらいは記事がダブるか もしれません。しかし、ピュア・ミュージック・サロン(PMS)の方は私の管理では なく、いろんな方のボランティアでやっていくので、いろんな人の意見が反映される 賑やかなものを希望しています。皆様からの質問や投稿をお待ちしています。どうぞ 宜しくお願い致します。

 お知らせをもう1つ。9月頃から本格的に書き始めていた新著を書き上げ、文化創 作出版に入稿。12月の20日前後の発売が決まりました。
 タイトルは、あんな大テロがあったこともあり、『純正律は世界を救う』というオ ーバーなものになりそうです。予価1500円。

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 上記の本を書いている最中に、アメリカの大テロル。お陰で頭の中マッシロになり 、筆も止まってしまいましたが、NYの街頭コンサートや、マリナーズの試合中7回で 流れた純正律コーラスで救われ、再び執筆に取り掛かれました。タイトルも実感がこ もっており、そんなに大袈裟でもハッタリでもありません。
 ところで、ずうっと音楽はシャットアウトしていましたので、やっと最近、CDショ ップへ行くと、「わあわあ、これもあれも」と目移りし、結構な散財をしてしまいま した。その中から純正律的におすすめできるものを紹介します。
 来る11月24日(土)、西麻布のティールーム「FRIENDS(フレンズ)」にて、恒例 の「土曜のお茶会」をやりますが、そのキーワードが「バッハ」と「ヴァイオリン」 と「コーラス」。と言っても、もともと私はバッハが好きじゃないので、そんなに堅 苦しくはしないつもりです。
 というわけで、今回おすすめのCDはコーラスを中心に。

☆ヒリヤード・アンサンブル『Morimur』〈ECM New Series 1765〉
 これは24日のテーマにするつもりのCDで、バッハの無伴奏ヴァイオリン組曲中の「 シャコンヌ」の入っている組曲を、バロック・ヴァイオリンのソロとヒリヤード・ア ンサンブルがコラボレートする。とてもユニークなCDです。特に圧巻は、最後の「シ ャコンヌ」に、新たにメロディと言葉を載せたこと。アイデアはやや無理気味の歌も ありますが、この曲は大成功しています。

☆リベラ『Luminosa〜聖なる光』〈WPCS 11100〉
 1枚目がバカ売れした謎のボーイズ・コワイヤ「リベラ」の新譜。これは絶対に必 聴。テロルの対局の天国的ハモりの世界です。
 中でも、サン=サーンスの『動物の謝肉祭』の中の「水族館」と、ドビュッシーの 『月の光』はもう涙が出てきます。
 彼らは子供の時から天上の高い異空間で聖歌隊をやってきた連中。ただハモること を目標にコーラスをしていますから、そのハモりの見事なこと。それに比べ、日本人 はそういう習慣が無く、ピアノで訓練するから、ハモることにかけてはとても及びま せん。タイム・ファイブやゴスペラーズもいいのですが、結果的にハモっているだけ であり、ハナからハモることを目標にしているようには思えません。

☆カンタムス『オーロラ』〈WPCS 11023〉
 このグループは長い間、地味な活動しかしてこなかった、イギリス女性コーラス。 しかし、ここんところの純正律のムーヴメントにより、初のCDリリース。いやはや、 これには参った。日本のママさんコーラス、よくお聴きあれ。

☆『YLIR』〈ECM 1749〉
 これはコーラスではありません。アンサンブル・モデルヌという、とてつもないア ンサンブルのメンバーの、クラリネットと女性ヴァイオリンの2人組のCDです。ヴァ イオリンはヴォーカルもやり、クラリネットはバス・クラリネットもやりますが、こ の2人のアイデアにはびっくり。目指すは完全な純正律であるのは明らか。
 ナンカロウの自動ピアノ用の、人間には絶対演奏不可能な曲を演奏してしまう、ア ンサンブル・モデルヌの中核の2人。みごと見事。


《純正律音楽研究所 2001/10/28版》

〈「口琴と純正律」ライブに出演して〉

 去る10月23日に、東京の東中野で、アントン・ブリューヒンさん、巻上公一さんの 口琴と私の四弦奏ヴァイオリンによる即興演奏のライブをやってきました。

 口琴とは、我々(古いスタジオ・ミュージシャンたち)は、ジューズ・ハープと呼 んでおり、古い記憶では、スリーサンズの演奏による『誇り高き男』のテーマ音楽で 、ずっとバックにビビャビャビャビャンビャビャ……と流れていた音が、そのジュー ズ・ハープ。私はゲテモノ好きなのと、どうしてもゲテを要求された「怪奇大作戦」 の私の音楽の中にも、ビョンビョン大活躍。また、『ゲゲゲの鬼太郎』にも登場して いますから、テレビや映画で皆さん一度はお聴きになっているサウンドです。

 小さな馬蹄型の金属の真ん中に、針金を太くしたような弁を差し込み、それを弾き ながら、口腔内の体積を調節することによって音階を作ります。しかし、その音階と いうのは、口腔内での共鳴音を選別するわけですから、はっきりとした、原始的な純 正律になります。したがって、「ド」の基音のジューズ・ハープの演奏では「ファ」 は出ません。少し高くなり、リディアン・モードとなります。また、7度も自然7度と なります。この点は、巻上さんお得意の一人二重唱「ホーメイ」と原理は全く同じで す。で、ホーメイ奏者たちはごく自然に口琴もやる人が多いです。

 東中野のライブは、ブリューヒンさん主演の映画『トルンピ』上映の合間にやるも ので、本来は映画への客寄せライブなのです。で、映画の話ですが、『トルンピ』の 前に、極少短編の巻上さんの映画があり、これが大笑い。そして、世界一の口琴奏者 、アントン・ブリューヒンさんの、全編ビョンビョンの旅映画。あまりのビョンビョ ン攻勢に私の脳ミソはいつかシンクロしてしまい、時々、ホンの一瞬、深い眠りに落 ちました。ビョンビョン。

 さて、ブリューヒンさんのチラシを見ると、ちゃんと「Jew's Harp」と書かれてあ り、やはり正しかったんだと再認識。日本でも江戸時代から知られた楽器で、大正時 代には「ビヤボン」と呼ばれていたそうです。なぜか、あんな楽器が世界中に存在し ており、北海道の先住民たちも好んでいました。シベリア地方も盛んで、ブリューヒ ンさんは、ヨーロッパからロシアのサハ、そして東京へとビョンビョン旅行を楽しま れ、ついには私の四弦奏ヴァイオリンと邂逅なされたのでした。

 私は、ステージでは、ノコギリ、テルミン、四弦奏ヴァイオリンと色々やりました が、なにせ打合せ無しのインプロヴィゼーション。うまくいったかどうかは分からな いし、ライブの説明をするほどバカバカしいものはないので、この辺で。


《純正律音楽研究所 2001/8/28版》

※以下は、純正律音楽研究会会報用の原稿からの転載です。
〈映画『テルミン』を観て〉

 テルミンといっても何のことやら分からない人も多いと思う。非常に原始的な電子 楽器で、1920年代にロシア人のテルミン博士によって発明された。私は機械にには弱 いので原理は説明できないが、とても不思議な楽器で、右側に棒が立っており、左側 には横向きの把手のようなものがでっぱっている。そして、右側の棒と本体の間に手 を出し入れすることによって、猫のサカリ声のような音がする。そして左側の把手で 強弱をコントロールする。

 私は7月14日のミニコンサートにおいて、「純正律の冒険」と称して、新しい楽器 の演奏を披露した。1番目はミュージカル・ソウ(西洋ノコギリ)、そしてテルミン 、3つ目は先に紹介した、世界初の4弦奏ヴァイオリンである。ノコギリはそれほど難 しくもなく、4弦奏ヴァイオリンも、これは最初から成功の予感はあったので、両方 ともうまくいったのだけど、テルミンは非常に難しかった。

 楽器の前にどういう位置で立つか、によって、音程が全然違ってしまうし、周りに 余計なものがあっても非常に影響する。そして一番困難なのが、スタッカートなのだ 。

 私は〈純正律音楽研究所〉の中で、昔テルミンをやっていたことも書いているが、 いまは、映画公開の勢いもあって、多くの人がテルミンに興味を持っており、クラブ 系の人たちも何か変な音を出すためにテルミンを重宝しているときく。そりゃそうだ ろう。私だって、30年ぐらい前に、演奏の仕方の分からないテルミンを何回か前衛シ ーンとかサイケデリック・ロックCMで怪しげな音を多用していたのだから。

 ところで、アメリカに在住していた天才科学者テルミンがいろんな電子楽器を発明 して、話題になりつつ突然行方不明になったということは知っていた。で、今回のド キュメント映画は、本当はテルミン博士の不滅の恋人だった最高のテルミン奏者、ラ ックモア女史との劇的な再開を中心に、戦前のアメリカの音楽シーンとか、ソ連のひ どい体制とか、いろんな回想が登場する中、何と言ってもあの、ロバート・モーグの 解説とコメントが面白い。

 テルミンはその後、オンド・マルトノに引き継がれ、そして、モーグ・シンセサイ ザーのポルタメントビロードに受け継がれる。つまり、シンセサイザーの元祖だった わけだ。

 映画についての詳しい解説は書かないが、私が非常に落胆したのは、あのテルミン の為に生まれたようなラックモア女史のスタッカートの演奏場面が皆無に近かったこ とだ。とにかくあの楽器はスタッカートが不可能と思えるほど難しい。それでサン= サーンスの「白鳥」のようにスタッカートのない曲はちゃんとライブ演奏のシーンが あるのだけど、ドヴォルザークの「ユーモレスク」や、その他テルミン協奏曲の中の 超絶技巧のスタッカートは、全てBGM扱い。つまり、一番難しいスタッカートの模様 はビデオを買いなさい、ということだと思う。

 私は実はラックモア女史のビデオは持っているんだけど、一体どこへ行ったのか行 方不明である。
 残念……。


《純正律音楽研究所 2001/8/9版》

〈新曲録音予定〉

 去る7月14日の四谷・コア石響における純正律ミニコンサートから約1ヶ月近く経っ てしまいました。直後の母娘ヴァイオリン・デュオの録音や、その事後整理に追われ ているうちに、うちのパソコンがクラッシュ……等々で、いまさらの報告もないもの ですが、7月14日は、「純正律の冒険」と題して、3つの新楽器への挑戦を。1つめは ミュージカル・ソウ――いわゆる西洋ノコギリ、そして2つめが今、沸々と話題にな りつつある「テルミン」、そして、本当に世界で初の同時4弦演奏ヴァイオリンと、 多岐にわたり新世界を御披露しました。
 その中でも一番成功した、最後の4弦奏ヴァイオリンの新曲を8月10日にスタジオ録 音し、来月頃他の曲2曲位とカップリングして、インディーズのマキシ・シングルと して制作を開始します。

 4弦奏ヴァイオリンといっても、会場に来られなかった人には何のことか分からな いと思いますので少し説明しますと、現在のヴァイオリンの弓は毛がまっすぐに張っ てあるので、4本ある弦のうち2重奏は普通に出せますが、3本一緒となるともう特殊 奏法。それを、4弦同時に奏きのばして純正なハーモニーを出すために、特殊な弓を 考え、特注しました。それは、弓の両端に毛をしばりながらダブダブにゆるんだ空間 を作り、その間にヴァイオリンをくぐらせ、弓の木の部分はヴァイオリンの下側に、 そして、弓の毛は4弦いっぺんに奏けるように弧を描いて4弦にまたがった状態で演奏 するというものです。

 これは昔、ウェスタン開拓時代のアメリカのマウンテン・ミュージックで少し流行 った、特殊奏法がヒントになっていますので、一番向いているのはウェスタン風の曲 のようですが、この4弦一度に奏けることを逆手にとって、調弦も下からソレソレの 完全ワンコードパターンにして、ドローンのように演奏すると、非常にプリミティブ な純正律コードの本当にに身体に響いてくる音空間が現れます。

 7月14日のコンサート前半では、『藁の中の七面鳥』や『七夕』『黄金虫』などの 簡単な曲を1人で演奏したのですが、この奏法で一番やりたかった新曲を最後に演奏 しました。開放弦だけのドローン担当、チェロの植草さん、完全にオープン5度Gチュ ーニングのギター、ドクター六花、そして私のヴァイオリンと私の声、さらに、うち の田村嬢(民謡系)の即興ヴォイスというアンサンブルです。

 延々と純正に響くワンコード、変化はただメロディとリズム、いわばインド的な世 界でもありますが、この世界にのって、私もドクターも田村嬢もみんな気持ち良く声 のインプロヴィゼーションを繰り広げました。もともとチェロの植草嬢はクラシック なので、アドリブはほとんどやったことがないのですが、純正に響く5度の響きは、 胴体が身体に密着しているチェロだけあって、ズンズンと身体に響きわたり、彼女も ハイになり、ついつい声を出したらこれがまたとても気持ち良くやみつきになりそう だ、との体験談。早い話がトランス状態になったわけで、会場でもかなりトランス状 態になった人もいたようです。

 当日は、第1部のはじめを私の冗談ヴァイオリンで緊張をほぐし、ノコギリ、テル ミン、4弦奏ヴァイオリンと続き、第2部ではこの前に引き続き、水野母娘のヴァイオ リン・デュオに活躍してもらいました。ここでは、ミニコンが終わってからすぐ録音 に入った新CDに入る曲も演奏してもらいました。私の編曲ものが数曲、そして私がふ たりの為に書き下ろした『タンゴのように』『二人のフィドラー』も初演しました。
 この2曲とも、新CD(10月24日発売)に含まれています。詳しいことはまた後ほど。

P.S.
 ライオンヘアーの光るドクター六花は、ヴィジュアル的に大変評判良く、彼をスタ ーにしようという案を半ば本気ですすめようと思っています。


《純正律音楽研究所 2001/7/6版》

 7月14日(土)夕方17:00から、四谷のコア石響にて、純正律音楽研究会の定例ミニ コンサートをやります。今回は「純正律の冒険――その1」と題して、新しい楽器3つ のお披露目をします。

1. ノコギリ
 いわゆる西洋ノコギリ――ミュージカル・ソウです。なんか一部、寄席芸人のいろ ものの様に思っている人がいますが、とんでもない。演奏の仕方によっては天国的に 美しい音がします。なんでこの楽器が純正律と関係があるのか……? それは、ノコ ギリの音程のとり方が完全に耳によって作られるからで、バック・オケを純正律で演 奏し、それに合わせながら奏くと純正律になるわけです。

2. テルミン
 ロシアのテルミン博士が発明した、ごく原始的な電子楽器。製作年代とかその背景 にはいろんな面白い話があったことを記憶していますが、いまは手元に資料がないの で、いつか書きます。
 30年くらい前、私がまだスタジオ作曲家、スタジオ・プレーヤーとして駆け出しだ った時、当時のスタジオ・プレーヤーでは実に異色のスケべーオジサンとして有名な 「おもちゃの順ちゃん」という大先輩がおられました。元はハーピストだったんです が、女遊びが好きでうまくいかず、スタジオにいろんなおもちゃ類や変な楽器を持ち 込んでME(音楽的SEのこと)で活躍していました。今でもテレビで聴けるのは、「笑 点」のテーマ音楽。そこで時々、調子外れた〈パフッ〉みたいな音を出してる人です 。

 私はまた、無類のゲテモノ好きで、「順ちゃん」からは当時、誰もやっていない二 胡(中国の胡弓)を借りたり、「ノコギリ」を借りたりして、また、陰では、当時絶 対に手に入らないようなエロ写真を見せてもらったりして、イヒヒ……。
 そのオジサンに、私は変な楽器を教えてもらいました。オジサンも、どこでいつ手 に入れたのかわからない。本人いわく「テレミン」。それは、いかにも扱いにくそう な、茶色の木箱が胴体で、左右にアンテナ様のものが立っており、電源を入れてアン プにつないだら、そのアンテナ様のものの中に手を出したり入れたりすると、ミャオ ミャオと猫のサカリ声のような音がし、私は大変気に入り何度も借りて演奏しました 。もちろん、本当の演奏の仕方なんか分からず、主にCMで要求されるサイケデリック ・ロック(ああ、何という古い言い方)・シーンなんかに無茶苦茶な音として録音し まくりました。しかし、正式な演奏法をい知らぬまま酷使した「テレミン」は、私に よって破壊され、天国へ行きました。
 もう「スケベー順ちゃん」も大分前に他界され、あの「テレミン」に対する供養を そこはかとなく気にしているうちに、テルミンはオンド・マルトゥノへと成長し、モ ーグのスライドへと受け継がれたことを知り、私はまた、馬鹿オタンチンのオッチョ コチョイぶりで、NHKにあるオンド・マルトゥノを、演奏法も知らずに扱い、何回か 録音しました。たしか、あの楽器も駄目にしたような気がするなあ……。
 オンド・マルトゥノは、フランス人がテルミンの流れを改良して新しい楽器にした ものですが、メシアンの「トゥランガリラ交響曲」や、ジャン・ギャバン主演の映画 『ヘッドライト』のテーマ等に使われた、天国的な口笛風の音です。
 さて、今回、最近にわかに注目されだしたテルミンが、新装になりロシアから輸入 されるとのことを聞き、すぐに申し込みをしましたが、待つこと3ヶ月以上、今回に はもう間に合わないなとあきらめていたら、6月の末に到着しました。さて、昔の面 影のほとんどない新型テルミン……うーん、難物だなあ。
 何がどうかの説明はしませんが、ノコギリと同じく、自分の耳で音程をとるという のが全く純正律的なのです。ネットで調べると、やはりというか、ノコギリ協会とテ ルミン協会は兄弟の契りを交わしているようです。
 7月14日に人前で演奏できるかどうか、ギリギリの所です。

3. 4弦ヴァイオリン
 変だね、4弦ヴァイオリンなんて言い方。ヴァイオリンはもともと4弦なんですから 。でも、今回のは発想が全く逆転。通常の弓では同時に2弦、アブノーマルに3弦一緒 にしか演奏できないけど、今回は弓の在り方を逆転させて、同時に4弦を演奏できる 弓を特注しました。4弦同時に鳴るヴァイオリンでドミソ(ト長調の)を奏くと、キ レイにハモった時には、まるでバグパイプ並の音量になり、自分でもびっくりしてい ます。
 これは、自分でも言うけど、おすすめです。ほとんど3コード、効果的なのはワン コードですが、当日は分かり易い曲を演奏し、最後に新曲を披露します。

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 乞う御期待。まだチケットは少しあるようです。純正律音楽研究会(Tel. 03-3407-3726)までどうぞ。


《純正律音楽研究所 2001/3/24版》

〈ピタゴラス音律について〉

3月12日のヤマハホールのコンサート、お陰様で盛況裏に終わりました。また、CD 即売の売れ行きも良く、キングの担当者もやや驚いていました。このコンサートでは 、前半は、いわゆる「純正律」。いつも私が、事あるごとに言っている「ミ」と「ラ 」の低い、協和的純正律の世界。そして後半は、平均律世界の権化、タンゴ・ヴァイ オリンを奏いたことに驚いた方はいませんか。

 私は前から、「ハーモニーは純正律で、メロディはピタゴラスで」と言っています が、まさにタンゴは「ピタゴラス」で奏くには格好の音楽です。たいていのヴァイオ リニストは、意識していなくてもピタゴラス音律で奏いています。「ソレラミ」とい う5度調弦がピタゴラスそのものなのですから。ピタゴラスはまた、もうひとつの純 正律とも言われていますが、平均律との大きな違いは、全音が広く半音が狭いという ことで、特にタンゴの場合、ピアノやバンドネオンよりいつも高めの音程で奏きまく れば、自然にピタゴラスになるのです。

 この辺の機微については、純正律音楽研究会の次号の会報で、ヴァイオリニストの 水野佐知香さんとの対談で詳しく述べています。会報はもう少しお待ち下さい。

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 ルネサンス時代のマッテオという作曲家のCDを2枚買いました。素晴らしい協和的 純正律の世界です。
 詳しいことはいずれ、また。


《純正律音楽研究所 2001/2/16版》

〈3月12日のコンサートについて〉

以下の内容は、《近況報告》にもアップしています。

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☆重大な告知をうっかり忘れていました。
3月12日(月)、東京は銀座のヤマハホールにて、「玉木宏樹のジャストチューニン グの世界Part 2」コンサートを開きます。
これは、3月7日にキングより純正律CD3枚をリリースする記念のコンサートです。  玉木宏樹が奏きまくる! なんと純正律ヴァイオリンがタンゴにも挑戦!! ゲストは、バンドネオンの小松亮太氏と、小松真知子とタンゴクリスタル、そして今 、母娘ヴァイオリンで有名な水野佐知香&荒井章乃、チェロの植草ひろみ、純正律ギ ターの福田六花。

 純正律の新曲、これはボサノバや16ビートやフレンチポップス風も含め、玉木が奏 きまくり、後半は昔からの付き合いの小松真知子グループと、タンゴヴァイオリンを 奏きます。

 入場料は5000円。純正律音楽研究会正会員は3000円、正会員のお連れさんとネット 会員の方は4000円です。今回は特にリキが入っています。

☆3月10日頃に、『クッキーシーン』という雑誌に私のことがかなり詳しく紹介され ます。

☆3月15日(木)、『クッキーシーン』関係者と、新宿のロフトプラスワンで、なん じゃらかんじゃらの即興イベントをやります。内容は未定ですが、かなり過激になる かもしれません。

☆去年出た水野母娘のCD、そして、音楽之友社から出版された楽譜が大好評で、早速 、次の企画が浮上しつつあります。多分、日本の歌曲のアレンジになるかと思います 。

☆2月9日のみなとみらいホールにおける私の初演曲、「二つのヴァイオリンの為の踊 るソナチネ」、大好評だったそうです。これも出版される可能性、あります。


《純正律音楽研究所 2001/01/16版》

〈大阪方面での純正律セミナーコンサート〉

掲示板にも書きましたが、大阪方面で以下のようなコンサートがありますので、お 知らせします。
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関西方面で純正律に興味のある方、
以下のスケジュールが決まっています。
よろしかったらおいで下さい。
終わってお話できるかもしれませんね。

1/29、宝塚ベガホールde<響コンサート>
19:00スタート。
¥1000で400人です。
お問い合せは0797-88-0965 大浜様まで。

1/30 18:30受付開始、7~9時、ドーンセンター5F
セミナー1号室 L.E.C.1月例会。
ビジター参加費¥2000です。
50人くらいの部屋らしいので
早めにFAX 06-6282-0641にお申し込み下さい。
――――――――――――――――――――――――――――――

 番外ですが、とても素晴らしい純正律風の曲を発見したのでお知らせします。 それは、リストのゴーストライターをしていたヨゼフ・ヨアヒム・ラフという人の作 曲した「ヴァイオリン協奏曲第2番」、その2楽章。木管達がものの見事に純正律のハ ーモニーを奏でてくれています。作曲がいいというよりは、オーケストラと指揮者が 繊細なんでしょうが。
CD番号は、TUDOR7086です。


《純正律音楽研究所 2000/12/20版》

〈キングレコードより純正律CD3枚リリース決定〉

かねてより新CDを作成中であることはいろんな所で書いたと思いますが、ついに、 キングレコードより、来年の2月21日のリリースが決定しました。少し詳しい内容の 報告を。

 キングレコードからのお話のきっかけは、5月にTBSラジオでオンエアされた「純正 律」の特番が発端でした。そのラジオをたまたまカーラジオで聴いた、NHK内の書店 「放文社」の社長がいたく感激されて、こんな重要な内容をなぜNHKがやらないのか 、ぜひ啓蒙のキャンペーンをやりたい、とのことで、私の本とCDをNHKの1F食堂横の 書店に並べてくれました。残念なことに、NHK局員からのリアクションはなかったの ですが、なんと、そこでキングレコードのディレクターの目に留まり、本とCDを購入 してびっくり仰天、目からウロコ、こんなすごい世界はぜひ我が社で紹介したい、と の電話がきました。その方はコントラバスをやられている方で、奥さんがピアニスト 。毎日のように音程の事で奥さんから指摘ばかりされていた所、「ピアノの音程は狂 わせてある」との認識にショックを受け、なぜこんなことを知らなかったのだろうと カルチャー・ショックを受けられた様子でした。

 それから数回打ち合わせを重ね、ようやくリリースが決定しました。わけあって、 大メーカーからリリースすることを避けていましたが、熱情にほだされたのと、「光 」「響き」の原盤使用をしてくれるとのことなので話が進みました

。  で、3枚の内容ですが、上記の経過があります(原盤使用)ので、1枚目が「光の国 へ」シリーズから1枚のコンピレーション(ダイジェスト版)で『光』というタイト ル。2枚目が「響き」シリーズからのコンピレーション。そして、3枚目を『時』と題 して、半分以上新曲をアップします。ありものとしては、「第3の夢」「風のルフラ ン」で、あとは、純正律を実践して製品化してくれているリズム時計工業のオーケス トラ伴奏付きからくり時計「ミネラル・サウンド・クロック」用の音源10曲。これは 、今年のはじめまでTBSラジオのラジオCMで流れて、かなり評判をとったものでもあ ります。そして、リズム時計製作の純正律(ミーントーン)オルゴールの紹介ですが 、これではリズム時計のCMCDみたいですが、そうではなくて、重要な新曲が5曲入っ ています。渡仏した黒木朋興氏が残していってくれた純正律ギターの録音をもとに、 「枯葉」と新曲2曲、そして、あとの新曲2曲は、玉木のこれからの純正律の発展をう かがわせる非常にリズミックで元気のある曲です。とかく今までの私の純正律CDは眠 くなるものばかりという指摘も受けており、それに反論するかのように、アップテン ポのもの、ミディアムだけど16ビートのリズム系のもの。私自身、新しい転換にワク ワクしており、皆さんの意見を早くききたいものだと楽しみにしています。

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 話は変わり、我が純正律音楽研究会の理論的支柱だった黒木氏の渡仏に伴い、MLも 休止、会報も中断と、少しさえませんが、彼もようやく落ち着いたようで、また活発 な動きを再開したいと思っています。黒木氏の近況は、純正律音楽研究会の会報号外 にてお知らせします。


《純正律音楽研究所 2000/11/14版》

☆報告、遅くなりましたが、11月3日の第5回純正律ミニコンサート、大盛況で無事終 わりました。
ただ非常に残念だったことは、純正律音楽研究会の正会員、ネット会員の参加が非常 に少なかったことです。これは、多くの人に言われたのですが、コンサートちらしの 文言の誤解で、私がヴァイオリンを奏かないらしいと判断されてのことだったようで す。そこまで私のヴァイオリン演奏を期待されているとは、ありがたい限りで……。  来年の初め頃、あるレコード会社から純正律CD3枚組シリーズを出す予定で打ち合 わせを進めています。1枚目は「光の国へ」、2枚目は「響き」のコンピレーション( オムニバス)、3枚目は「時」と題した新しいものです。詳細は決まり次第、報告し ます。

☆BBSで御存知かとは思いますが、仏に渡った我が純正律音楽研究会の黒木氏からや っとメールが来ました。彼も慣れない異国(何だか古いなぁ)で、カルチャーショッ クと奮闘中のようです。

☆これもBBSで告知済みですが、新しい本の企画を立てている最中です。もちろん、 純正律運動をコアにしますが、もっと違う一般的な音楽論も入れたいので、何か採り 上げてほしいような提案がありましたら、メールください。


《純正律音楽研究所 2000/9/24版》

〈お知らせ2題〉
純正律音楽研究会のMLの停止の件ですが、未だに渡仏の黒木氏から連絡が来ていませんので再開のメドが立ちません。でも研究会は動き続けます。《近況報告》にも書いていますが、近況のお知らせを2題。

☆10月7日(土)の14:00より、玉木の事務所兼純正律音楽研究会事務局(東京都港区西麻布2-9-2)内にて、シンセとコンピュータと純正律の実際の方法論を公開します。玉 木の方法論はどうなのか、純正律やいろんな調律に興味のある方、玉木の秘密の作業を覗きにきませんか。フロッピーでシンセ用データを提供します。参加費は、資料代として、純正律音楽研究会会員1000円、一般 2000円。完全予約制ですので、電子メールまたはお電話にてお申し込みください。狭い事務所が会場という制約上、先着10名で締切となります。関心のある方、お早めに!〈申し込み&問い合わせ:純正律音楽研究会Tel. 03-3407-3726/archi@ma.rosenet.ne.jp〉

☆11月3日(金・祝)文化の日の15:00より、東京・四谷のコア石響という小さなホールで、第5回純正律音楽研究会ミニコンサートを行います。今回のゲストは水野佐知香、荒井章乃の母娘によるヴァイオリン・デュオです。2人のヴァイオリンだけの演奏は、世界初ともいえる感動的な名演奏です。編曲と音楽監督は玉 木が担当し、コロムビアからCDも出ました。ヴァイオリン2台だけの演奏は自然に純正律になります。参加費は純正律音楽研究会の正会員1500円、ネット会員2500円、一般 3000円で完全予約制です。電子メールまたはお電話にてお申し込みください。例によって定員60名です。お急ぎください。〈申し込み&問い合わせ:純正律音楽研究会Tel. 03-3407-3726/archi@ma.rosenet.ne.jp〉


 MP3MCJのリンクからいらっしゃった方、ありがとうございます。当研究所のページはテキストばかりですが、ずっと前にさかのぼっていただきますと、純正律と平均律の聴き分けを聴いていただけます。

    聴き分けコーナーへ

 天国的にハモった純正律のひびきは耳と体に優しく、私はヒーリング・ミュージッ クを創ったわけではないのに、多数の効果が報告されています。

 とりあえず、頭痛とか不眠症には効き目があるようなので、だまされたと思って、 一度聴いてみてください。

 なお、このミネラル・ミュージック・シリーズのCDは、純正律音楽研究会の通 販の みでしかお取り扱いがありません。以下の所へ、E-mail、Tel. / Fax. で御連絡くだ さい。

 E-mail:archi@ma.rosenet.ne.jp
 Tel. / Fax. 03-3407-3726

 なお、CD、本等の御案内は、「玉木宏樹の新作紹介コーナー」をのぞいてください。

    最新作品集へ



《純正律音楽研究所 2000/7/28版》

〈ケレタートの『音律について』を読んで〉

私は今、シンフォニア刊、ケレタートの本に完全にハマり込んでいます。以下の文章は、私の「純正律メーリングリスト」に投稿したものですが、転載いたします。

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

玉木です。 私は今、ケレタートの『音律について』(竹内ふみ子訳、シンフォニア刊)の下巻、3000円に、完全にハマり込んでおり、大変なカルチャーショックを受けている。 上巻は、主にバッハとヴェルクマイスター調律に関することで、それほどショックは受けなかったが、下巻は、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの作曲法と調律について、綿密な考察がなされており、特にキルンベルガー調律における各調の色彩 感等について、実例入りで解説している。

私は以前から、ハイドン、モーツァルトは、ヘンデルの純正調追及の結果としてのミーントーンの影響を受けているはずで、これはC.P.E.バッハ等が確立したソナタ形式の調性限定と、ピアノの左手の、いわゆる「ドソミソ」のアルベルティ・バスの存在こそが、ミーントーンの強調性の証明であると思い込んでいたが、これはまさに正解だったようだ。ところで、私が大変感銘を受けたのが、ベートーベンとモーツァルトとキルンベルガー調律(第3)の関係性である。

実は私はベートーベンが大嫌いであることは広言してきたが、それは、濁りきった平均律でのベートーベンのピアノソナタを聴かされたことと、こけおどしのオーケストレーションの押し付けがましさだった。

しかし、生年がたった14年しか違わないのに、モーツァルトからベートーベンの作風への劇的な変化は、何に起因するのか、実のところよく判らなかったが、この本によって見事にその疑問が氷解した。ベートーベンも初期はミーントーンで作曲していたが、段々とキルンベルガーにハマり、この調律で全ての調性を表現するまでに和声法を拡大できたのだ。そして、キルンベルガーの「正しい作曲技法」を忠実に守ることにより、各調性の特性を生かして、調性を選択し、作曲している。そういう意味では、ベートーベンのピアノソナタは絶対にキルンベルガー第3でないとニセモノになってしまう。

私はバッハとヴェルクマイスター第3については、チェンバロ奏者たちとの会話からもよく認識し、私のコンピュータ上でもヴェルクマイスターは完全に再現できるので、実は、キルンベルガーを深追いはしていなかったのだが、カーツウェルをキルンベルガー第3に調律したら、なんと、ショパンもリストも、そして、ドビュッシーの「月の光」までもが、ものの見事に表現できる。

いやあ、驚いたのなんの。なんだ、そんなこと、純正律音楽研究会の主宰者が今ごろ何を言ってるのかと思われる人には、正直言って頭を下げる。

それから、ベートーベンのオーケストレーションの変化については、音楽ホールの肥大化とか、クラリネットの普及とか、いろいろあるだろうが、なんといっても自分の聴力の衰えを補うために、ピッコロとバストロンボーンを初めてオーケストラに入れた(「運命」の4楽章)エゲツなさは、後々、ベルリオーズに引き継がれたのだろう。

いずれにしても、ベートーベン時代に音楽が激変したのは事実で、なんといってもキルンベルガーを普及させた功績は大きい。そしてその普及によって和声法が発達し、前期ロマン派へと一気に開花したのだろう。

でも、ベートーベンが目指した大袈裟さは、まだ十分には実現できなかった。第9の初演は38人という説もあるし、当時のホール状況では、とてもマーラーの「千人の交響曲」のようなわけにはいかなかったのだろう。

そうそう、調律とは関係ないが、ほぼベートーベンの同時代人のロッシーニは、延々と続くクレッシェンドを発明し、その興奮ぶりは今のハードロックにも似ていると言われている。これは実際にオーケストラの一員として体験すると一番分かり易い。

モーツァルトのダイナミックスはただ単に強弱だけであり、クレッシェンドとディミヌエンドはない。

とりあえず、ケレタートによるショックの報告、終わり。

続きはまた。


 

《純正律音楽研究所 2000/7/18版》

〈桐朋学園短大講師の体験記〉

 7月15日のコンサートの前日、桐朋学園短大における純正律の講座、無事終了しました。前期で終わりの講座の最後の講義で、私はすぐに帰ってコンサートの準備をしなければと思っていたのですが、終了後学生に囲まれて、記念撮影だの本にサインしてほしいだのと、嬉しい反応がたくさんありました。来年も是非来て下さいとの要望も多く、桐朋学園の関係者の方がこれをお読みになったら、是非、熟考をお願いします。へへへ……。以下の文章は、純正律音楽研究会の会報に載せる内容と同じですが、ここに報告させていただきます。

 * * * * * * * * * * * * * * * *

 今、講談社新書で出たばかりの、脚光を浴びている『音楽のヨーロッパ史』を書かれた上尾信也氏は、桐朋学園短大を拠点に「音楽史学会」という結構ハードな集いを主宰されており、去年私が「“純正律”について語れ」という依頼の下、いつものようにヴァイオリンと器械といろんなCDを持参して、しゃべったりヴァイオリンを奏いたりしたのが多少印象に残ったのか、「今年半年“純正律”についての講座を持って欲しい」との委託が上尾氏より来た。

 私は「“反”絶対音感教育」者だけど桐朋で大丈夫か、と訊いても「全然OK」とのこと。というわけで、今年の4月から7月まで前期の講座を持ち、7月14日が前期最後、そのあくる日が芝abc会館ホールでの純正律コンサートである。

 短大生というと大体18〜20歳ぐらいで、いま問題の“17歳”とほぼ同じ年代である。しかし、桐朋の学生はどうだ。行儀が良く従順で、私語のひとつもなく、出席率も大変良い。他の講座もこのようかどうかは知る由もないが、私の授業の感想を書かせたところ、「新鮮な衝撃に溢れ、こんなに眠くない授業は初めてだ」という反応が多かった。大体の予想はしていたが。

 なにせ、初回からいきなりヴァイオリンを奏きっぱなしで、純正律関係のCDをかけまくり、これでもかこれでもかと純正律を煽りまくり、狂っている平均律の実態を露わにしたものだから、学生が眠れなかったのも当然だろう。1回目の授業の感想の中で、ピアノ科の学生から、「人生、どうしたらいいか分からなくなった」との深刻な言葉が返ってきた。私は立場上「平均律」を悪者にしたり敵視したりしているようなフリはするが、実は「平均律」の良さもよく分かっている、とのもと、2回目3回目と私自身が「平均律」で作曲している曲も何曲かかけたので、多少は心が休まったかもしれない。

 それほど「純正律」というのは一種「危険な存在」である面も持っている。それは日本の音楽教育のズサンさの証拠であり、アプリオリにピアノ用の平均律のピッチこそが絶対正しいというドグマの下の「絶対音感教育」に全ての弊害の源がある。そんなことを「絶対音感教育」の牙城、桐朋学園で何度も言うもんだから、自分でも内心ハラハラすることがあるが、突っ走り出したらブレーキの効かないところもある私だから、未だにコンピュータのない桐朋にも痛烈な批判をしたりして、あぁ口は災いの元であるな、と痛感している次第である。

 ところで、この講座は音楽専攻だけでなく文学も演劇もやってくるので、そういう意味ではにぎやかである。特に、演劇科の連中の元気のいいこと。はっきり自己表現できないと芝居のイロハもできないわけだから、当然のことではあるが。わずか15回足らずの講座だったが、学生は確実に純正律の存在を知り、そのうちの何人かは純正律の虜になったはずだ。演劇や文学の学生もいるので、難しい用語は少なくし、とにかく今流行りの透明系の音楽がそうなんだといって、それ系ばかりかけまくったので、よく分かってくれたのだろう。

 それから、数回を除き、黒木氏が助手として参加してくれて彼なりのお薦めCDをかけた。これが私と全く違う分野でありながらやはり純正律ということで、みんなはブッ跳んでいた。もとはと言えば、黒木氏の紹介で「音楽史研究会」に誘われたのがきっかけ。彼はもうすぐフランスに行ってしまうのだが、彼のフランス便りを楽しみに音律問題の発展を期したいと思っている。


《純正律音楽研究所 2000/6/6版》

〈藤枝守氏と対談して〉

 本題に入る前にお詫びをひとこと。当純正律音楽研究会のメーリング・リストの起ち上げに際し、多くの方に無意味で長々しいチェーン・メールが届いてしまったことをお詫びします。

 いろいろ原因はあるのですが、ネット会員MLの会員になれる特典があるというアナウンスが周知徹底していると思い込んだことによる不備、そして、MLスタートのお知らせメールを読んでくれなかった人が多数いたこと(中には、届かなかった人もあるかもしれませんが)、また肝心かなめのMLのシステムを知らなかった人が多数おられるようで、案内の際、MLのシステムをよく説明しなかった手落ちはあり、それに関しては謝るほかはありません。しかし、妨害に近いチェーン・メールとか、他人になりすましのクレーム・メール等、いささか常識に外れる一部の人たちによって多数の方々に御迷惑をおかけしました。クレームや怒りや削除要求は、直接、純正律音楽研究会にメールくださればいいものを、ML上で不特定多数に送り付けてしまうとは、本人にとっても得なことではないと思うのですが……。反論のある方は必ず、直接、純正律音楽研究会にメールください。

 さて、5月の末、『ひびきジャーナル』の巻頭対談者として、藤枝守氏を当事務所にお招きし、談論風発しました。

 既に御存知の方も多いかと思われますが、氏は、日本に於て純正律(彼はあえて純正調と呼んでいるようですが)運動を唱えているもう一人の作曲家で、この運動を積極的にすすめているのは、私と彼しか今のところ見当たりません。

 彼は東京音大卒業でアメリカに留学し、ハリー・パーチ(アメリカの純正律運動の始祖、神様的存在)や、ルー・ハリスン(私もよく彼のCDを推薦しています)たちの影響を受け、日本に戻ってきて、純正律運動を始めたわけです。

 彼は、私とは活躍するジャンルが違い、あくまでもクラシック系、現代音楽の世界なのですが、お琴をピタゴラスに調律し、笙とのアンサンブルをやるなど、純正律の試みとしてはめざましいものがあります。せっかく孤独な運動をやっている二人。目指す方向は違えども、啓蒙の部分では多いに手を携えていこうと握手したわけです。彼の素晴らしい業績は、音楽之友社から出版されている『響きの考古学――音律の世界史』という本に凝集されています。ぜひおすすめの一冊です。

 いろんな話をしつつ、CDを聴きつつ、彼と私の違いが明瞭になりました。変な言い方ですが、彼はあくまでも作曲家であり、作曲家の主張として純正調を標榜しています。私はといえば、もちろん作曲しますが、あくまで自分が演奏することがベースになっています。もともと私は、シンフォニーをはじめとして、ロックやジャズまでいろんな作曲をしていますが、私の作曲はあくまで演奏のためのテキストとしか考えていません。注文も無いのに家へ帰って泣きながらシンフォニーを書いたシューベルトなんて全くナンセンスですが、いつの間にか作曲家は演奏家より偉くなってしまったようで、私はヴァイオリンを奏く作曲家なので、なにか納得のいかない自己中の作曲家が多いのにはウンザリしています。

 藤枝守氏に関しては、彼は演奏家ではないので、私と大分考え方が違うように思えました。まず、彼が「純正調」という言葉にこだわっているのは、基音上に発生する倍音をセリエルに(ちょっと強引な言い方かな)並べるという作曲法を採ることで分かるように、機能和声をある種否定し、決して転調せずに響きだけにこだわるからでしょう。私は反対に、和風でも洋風でもいいからハモりの美しさを説明するためには機能和声だって採り入れます。また、純正律に深く接するに従い、機能和声の根元が理解できるようになりました。つまり、禁止されている並行5度の意味とかetc. ですが。私自身の作曲法は、大きな意味でワンコード型純正律ですが、耳に判別できないほどのあまり高倍音には関心がありません。藤枝氏はその辺に多いに関心があるように思えました。

 ま、結論としては、彼は自分の作曲の語法を拡げるための根拠として純正調と向き合っており、とても美しい部分と高倍音同士でのうなりの世界が同居しています。で、私のほうは、自分の作曲の語法の拡大には興味はありません。分かり易い、プリミティブな所から積み上げによる新しい発見(再発見)を、いわば楽しんでいるわけで、このプリミティブの部分がヒーリング系にはよく受け入れられ、もっとアートを望む人からは単純だと非難されたりしていますが。

 今度、7月15日(土)に芝ABCホールで初演する2曲は、新分野を開拓したという自負はもっています。

〈7月15日のコンサートのお知らせ〉

 7月15日(土)、夜18:00より、東京・芝公園内のABCホールにて、純正律の拡大コンサートをやります。従来の純正律音楽研究会の例会とは若干異なります。

 このコンサートをやるきっかけになったのは、画家で整体の大家、峰咲マーユ氏からのセルフチューニング用の新曲を純正律で委嘱されたのがきっかけです。「第3の夢」「風のルフラン」という素晴らしいネーミングをもらった2曲の入ったCDが、マーユさんの会社のインディーズCDとして6月の末に発売されますが、そのCD発売記念のコンサートです。従って、コンサートの主催は、マーユさんの所のマーユ・ファインアート・ジャパンと当純正律音楽研究会との共同主催となります。さらに、アイネット、リズム時計工業に後援してもらいます。

 当日の出演は、カンテレ(フィンランドの民族楽器)の田代耕一郎氏、あの超絶歌唱家巻上公一氏によるホーメイ、私の弦楽四重奏団、そして、純正律音楽研究会の若きホープ、仏文学者にして純正律研究の第一人者、黒木朋興氏による純正律チューニングのギター、リズム時計工業の純正律オルゴールの紹介と、盛り沢山の内容です。

入場料は一般5000円ですが、当純正律音楽研究会の会員(正会員、ネット会員とも)は4000円で御入場いただけます。近々、会員のみなさまにはチラシやメールにて御案内させていただきます。


〈新CDへの準備となるか、純正律の新曲2曲レコーディング〉

 峰咲マーユ氏という知る人ぞ知る気功の大家から、純正律の新曲の委嘱を受けました。気功と純正律の関係は私には分かりませんが、決してあやしい曲ではありません。自分で言うのも変ですが、とてもさわやかで、今までのCDのように眠くなるものではありません。自分でも新境地を拓いたとの自負もあります。新曲は2曲です。「第三の夢」「風のルフラン」。素晴らしい曲名をマーユさんがつけてくれました。この2曲をもとに、あと私の『光の国へ』のパート1から「ケルト幻影」、そして、私が演奏で参加しているチャイコフスキーの「バルカローレ」等を収めたCDを、マーユさんのインディーズ・レーベルで発売する予定です。

 曲の解説はさておき、私とマーユさんとは、一種、運命的な出会いを体験しています。それは、「バルカローレ」の録音の時でした。少し前になりますが、私はピアニストの美野春樹さん(私のCDではいつもお世話になっています)から、ちょっとヴァイオリンを奏いて、との依頼で、夜の8時頃、原宿のリトル・バッハというスタジオに行きました。譜面 は大して難しくもないのに、なぜか私のヴァイオリンは雑音ばかりで、しかも音程も悪くヴァイオリニスト失格を烙印されるような、自分でも分かるひどい演奏でした。その時のディレクターは、今、密にお付き合いいただいており、当時は東芝EMIだった平形さんでした。彼とはあまり多くの仕事はしてないのですが、節目節目では面 白い仕事をしてきた仲でした。なにせふたりとも20代の頃、レッドバードコーポレーション(つまり「赤い鳥」の会社です)の新人、荒井由美のデビューにも関係していたのですから。

 その平形さん、そして美野さん、みんなが副調で暗くなり、頭を抱えている姿を見て、私は、ついにヴァイオリニストの命脈が尽きたと覚悟せざるを得ませんでした。

「これが奏けないんじゃ、俺ももうダメだなあ」と自嘲する私に、平形氏も美野氏も「あと何回かやればなんとかなるんじゃない」と激励してくれましたが、決断力の早い平形氏の顔には「ダメだ、こりゃ」という文字がクッキリと浮かび上がっていました。私はこと音楽に関しては、言い訳やグチは一切言わない主義でしたが、その時だけは弱気になり、「朝から血圧が高くて、さっき薬飲んだんだけど、やっぱりダメだなあ」と、言わずもがなのことを口にしたとたん、平形氏のディレクター席の隣に座っていた峰咲マーユ氏が、「あら、血圧が高いの。じゃ、ちょっとこちらへどうぞ」と招かれ、ソファの上に横になり、何やら私の体をいじり始めました。実は私はその朝から、個人的なトラブルに巻き込まれ、薬を飲んだくらいで直るはずもないほどストレスが溜っていたので、「応急処置だけど」と言いながらのマーユ女史、そして、「この人は気功の大家だから」という平形氏の言葉にも一切反応せず、「んなバカな。こんなことで血圧が下がるなんて信じられんわ」と全く意に介さなかったのです。しかし「ハイ、終わりました」とポンと肩を叩かれ、何をバカな、と思いつつスタジオに入ってヴァイオリンを構えたとたん、あんなに重く感じられた楽器がすーっと抜けるように軽くなり、指も油いためしたようにスリスルスリスルと回りっ放し。しかも、音も輝かしく躍動感に満ちあふれ、あんなに難しく思えた譜面 が難なくスラスラ奏け、自分でも気分よくなるような演奏ができたのです。あとでマーユ氏いわく、「薬でいくら下げても、気が全部頭の方に行ってるので、その気を下げないとどうにもならない」とのことです。

 私はその日一日で、地獄と天国を見たのです。その日マーユさんに会わなければ、今の私はないし、もちろん純正律音楽研究会も存在しません。

 そんな経験のあと、体の調子が悪い時、マーユさんに2、3回電話したのですがお留守で、ガッカリしつつ忘れかかっていた時、西麻布のさる飲み屋で平形氏と再会したのです。それで2、3日後、平形さんが私の事務所へ遊びに来てくれて、彼も東芝をやめフリーになったことを知り、これからお互いに協力して仕事をやっていこうというきっかけから、まずはあのマーユさんにもう一度、玉 木を会わせようということで、そこで再会し、私の純正律運動も知ってもらい、今回の委嘱を受けたわけです。

 さて、曲の委嘱の目的は、活元運動用とのこと。私はまだよく把握してはいませんが、活元運動とは、ゆるやかにいろんなポーズをとりながら瞑想に近い姿勢をとっているうちに、体が自然に動いてきて、ある人は歩いたり、寝転がったり(オーバーかな)する、体の解放運動だそうです。そして、その活元の助けとして音楽が重要なファクターを持つということで、マーユさんから「特にこの音楽が向いていると思うのよ」といって聴かされたのが、マーラーの交響曲第4番の1楽章でした。まるで郵便馬車が近づいてくるかのようなイントロですが、たしかに非常に印象的な効果 があります。とはいえ、私がマーラーの編曲をするはずもなく、といってハードロックになるわけでもなく、曲としてはライトクラシック風のものになりましたが、ここで使われている調律は純粋な純正律ではなく、ヴェルクマイスター第IIIという、主にバッハが好んだ調律法です。この調律では、転調しない限り、かなり純正律に近い音程になり、しかも、ピアノも自由に使えます。

 2曲目の「風のルフラン」は、3月30日に我が純正律のミニコンサートで、実験的にオープンチューニングの弦楽四重奏によって演奏した新曲「ゆらぎの1」を格調高くリメイクしたものです。2曲とも、弦楽四重奏とオーボエは生演奏、1曲目のピアノは美野春樹さんに頼みました。

 このCDはマーユさんのインディーズ盤として6月末頃に出る予定ですが、この2曲を入れた純正律音楽研究会のインディーズ盤を新たにつくる予定です。

 いま企画中なので、進行し次第、新しいことを報告します。

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 連休中に行った千葉のマザー牧場の大モンゴル展でのモンゴル音楽の演奏、たいへん印象的でした。ホーミィ(モンゴルではホーミィといい、北のトゥヴァではホーメイという)、120弦のヤンチン(何でこんなに数がいるのか不明)、馬頭琴、そして、モンゴル琴(20弦)のアンサンブルは絶句ものの名演奏でした。いろいろと書きたいことは沢山あります。みんな3度が低い。驚異的。「北国の春」は完全にモンゴル民族風。

 とても、純正律的には刺激的でした。


〈純正律音楽研究所 2000/4/1版〉

3月30日、純正律音楽研究会第4回ミニコンサート、四谷のコア石響にて満員盛況、多分大成功におわったと思います。残念ながら参加できなかった方のために、その日の進行表を以下のように御案内します。

★純正律音楽研究会第4回ミニコンサート(00/3/30)進行表

19:00〜  ミネラルクロック<ケルト幻影>につれて、内田、玉木登場。挨拶と少しお話(……前回の印象とか、コンサートの間があいたのは、2月に福山でミニコンサートをやってきた話とか)

☆玉木が桐朋学園の講師になること。

☆来る4/24、TBSラジオ(954MHz)にて午後9:00~9:50、純正律特集番組がオンエアされること。テーマは「究極の癒しの音ってなんだろう――耳から心のリラクセーション」として、玉 木のおぢゃべり、演奏あり。今日も、実はTBSの取材が入っているなどの告知。 話が一段落したら

内田「さて今日は最初に玉木さんの純正律ヴァイオリン演奏、バッハの無伴奏ソナタから。そして、MDのカラオケで、2曲演奏、リンデンさんのヴォーカル、続いて世界でも例のない、純正律によるブルース・セッション。これは前回にもやったのですが、大変好評だったのでもう一度挑戦します。そして、今日の試みの一つとして、多分世界中だれもやったことが無いだろうと思われる、純正律オープンチューニングの弦楽四重奏の実験演奏のお披露目です、ここでお休みを頂き、後半はもう一度弦楽四重奏で、前半のチューニングとは全く違う、ドビュッシーやジャズで使われている複雑なコードを演奏できる調弦で新しい曲を演奏してもらいます。それからまたまた黒木氏の考案による、コードを演奏できるように特殊なチューニングによる、ギターとヴァイオリンとチェロによるシャンソンの名曲、〈枯れ葉〉そして最後にコーラスでハモるための実験、玉 木さんが作曲された輪唱を皆さんで歌いましょう。手元に譜面をお渡ししていますが決して難しい 曲ではなく、すぐ覚えられるので、皆さんも参加して、輪唱を楽しみましょう。玉 木さんの説では純正律を身に付けるには輪唱が一番いいそうです。そして最後に、皆さんで〈さくら〉を 歌っておしまいになります。
(お客さんにサクラの歌詞を手渡しておく)

19:05〜  内田退場、玉木、バッハの無伴奏ソナタ1-1演奏―――――4分
19:09〜  内田登場、玉木と雑談(バッハについてとか)――――――1分
19:10〜  玉木、機械とピアノで純正律実験、内田フォロー――――――5分
19:15〜  内田退場、玉木演奏〈歓びの翼〉―――――――――――――4分
19:19〜  玉木演奏〈サクラ変奏曲〉――――――――――――――――5分
19:24〜  玉木、LINDEN呼び込み。〈清流〉――――――――――― 5分
19:29〜  内田登場 内田「さて純正律ブルースの実験です。前回にもやりましたが再度、この耳慣れないというか、およそ無関係なジャンルがどういうふうに一緒になるのか、そしてギター調弦の秘密を当研究会のエース、黒木朋興さんにお願いしましょう」

黒木登場
内田「黒木さん、分かりやすくブルースの説明と純正律との関係を教えて下さい」
黒木「********************…………………」
黒木、エレキ・ギターで調弦法を説明―――――――――――――――6分

19:35〜  内田「それでは出来立てほやほやの純正律ギターをバックに前代未聞のブルース・セッションをやってもらいましょう。出演はバッキングギターが聖マリアンナ医大のドクター福田立花さん、リードギター黒木さん、ヴォーカルリンデンさん。そしてヴァイオリン玉 木さんです。会場で飛び入りしたい方がいらしたらどうぞ」――――――――――――――――――――約6分

19:41〜  内田、感想を少し。そして弦楽四重奏団呼び込み。メンバー紹介。 チェロ:柳澤康司、ヴィオラ:松田麻由美、第二ヴァイオリン:杉本伸陽、第一ヴァイオリン:玉 木宏樹。―――――――――――――――――2分

19:43〜  玉木、少し説明あって 弦楽四重奏演奏。3曲メドレー〈ワラの中の七面 鳥〉〈四季の唄〉〈ハミルトン・カントリー〉―――――――――――――2分

19:45〜  玉木「続いて、新曲〈ゆらぎNo1〉です。演奏―――――――――― 4分

19:49〜  内田(感想少し……)では、前半の最後にリズム時計工業が試作中の純正律オルゴールを御紹介しましょう。もう御存知の方は多いと思いますが、改めてリズム時計の小俣さん、よろしくお願いします。

19:50〜  小俣登場。説明と演奏。―――――――――――――――――――― 5分

19:55〜  内田「ここで少しお休みを頂きます」
************************** 休憩 *******************************

20:05〜  ミネラルクロック〈ふるさと〉で内田、弦楽四重奏登場。 内田「お待たせしました。第二部はもう一度弦楽四重奏に登場してもらいましょう。なぜ間を置いたかというと、調弦をまったく変えるために時間が必要だったのです。ではその辺の事情を含め、玉 木さん、お願いします。 ―――――――――――――――――――――――――――――――1分
玉木、説明。#11、ワンノートサンバ、ドビュッシー、スクリヤビン、モダンジャズとの関係等 ―――――――――――――――――――――3分

20:09〜  演奏〈ゆらぎNo2〉 ――――――――――――――――4分 杉本、松田、退場。

20:13〜  内田(感想少し……)では、またまた新しい試みの純正律ギターです。あまり難しいことは分からない私でも、フレットで音程が決まっているギターを純正律にチューニングするのは不可能じゃないかと思っちゃうんですがその辺のことと、1部のブルースの調弦とは違う方法なのかなどを早速、黒木さんに説明してもらいましょう。
黒木:説明。玉木、柳澤セッティング。―――――――――――――2分

20:15〜  〈枯れ葉〉演奏―――――――――――――――――――4分

20:19〜  内田少し感想を述べて、輪唱へつなぐ。「では実験の最後は皆さんに声を出していただいて会場を楽器にしてみたいと思います。玉 木さんによれば、純正律を体感するにはカノンつまり輪唱がいちばんいいそうです。3曲とも今日のために玉 木さんが作曲した曲ですが、全く難しくないのですぐ覚えられるはずです。それでは玉 木さんお願いします。
吉岡さん達登場、輪唱3曲―――――――――――――――――――15分

20:34〜  内田「みなさんありがとうございました。みなさんの協力でもりあがったかなあ? さて、本日のプログラムも終りに近くなりました。御手元にある歌詞をみながら、誰でもご存知の〈サクラ〉を歌っておしまいにしたいと思います。それでは玉 木さんよろしく。
みんなで合唱――――――――――――――――――――――――約4分

20:40分頃 終了予定
内田挨拶。「ありがとうございました。今日はいろんな実験をやりましたが、是非皆様の感想をお聴きしたいので、御手元のアンケート用紙に御記入をお願いします。筆記用具は受付にありますのでよろしくお願いします。当研究会では、近く、メーリングリストと掲示板を立ち上げる予定です。インターネットは関心ないという方も、この際、はじめられてはいかがでしょうか。また、5月の連休明けに、コンサートの形ではなく、玉 木を囲みながら、純正律音楽情報とかCDの紹介とか、日頃から皆さんの抱いていらっしゃる御質問にお答えする、玉 木とマンツーマンのような親密なお茶会を企画しようと思っています。いろんな意見を期待しています。それでは多分2ヶ月後にお目にかかりましょう。さようなら」

 


《純正律音楽研究所2000/2/22版》

★純正律音楽研究会の第4回ミニコンサート、3月30日(木)、四谷の「コア石響」でやることになりそうです。詳しいことはこの場でも、DMやE-mailでもお知らせします。夜7時開演。80人くらいしか入れないので、案内があったら早めに御予約ください。

★16日、広島県は福山市のリーデンローズ小ホールにて、純正律レクチャー・コンサートをやってきました。協力してもらったのは、ヒカシューの巻上公一さん、カンテレとギターの田代耕一郎さん。 当日は突風吹きすさぶみぞれ混じりの厳寒の中、約7割もお客さんが来てくれました。内容は、私による純正律の説明とMDバックのヴァイオリン演奏。純正律に調弦したカンテレ(お琴を横にしたようなフィンランドの民族楽器)の田代さんのソロと、私とのデュオ、ホーメイや口琴等の巻上さんのパフォーマンス、それから、3人による純正律ブルースとホーメイのインプロヴィゼーション。最後には、会場の人たちを巻き込んだカノン(輪唱)の合唱。ほんとに純正律の練習にはカノンが向いており、ホール全体が楽器になったかのような響きが充満しました。おおむね好評だったようで、持って行った本は全部売れ、CDもそこそこ出ました。関係各位 の方、ありがとうございました。

★去る2月4日、練馬区は中村橋の萩野耳鼻咽喉科に巻上さんと一緒に伺い、たいへん興味深い実験を行いました。おふたりには詳しいことは説明していなかったので、2人とも一体何をやるのやらいぶかしげな表情。それでも、早速巻上さんは診察用の椅子に座らされ、いきなり舌を出してと言われ、しかもホーメイをやれと言われ、かわいそうに、舌を使わずにホーメイができないということをいやというほど分からせられ、無残にも口の中へカメラを突っ込まれ、のど全部がモニターに拡大され、アワアワアワワと阿鼻叫喚。しばらくして萩野先生、こりゃダメだ鼻からやろう、じゃ、麻酔、と、有無を言わさず麻酔の用意。何も覚悟しなかった巻上さん、「診察はただでいい」という先生の声にも、今にも泣きそうな表情。むりやり鼻からカメラを突っ込まれ、周りを取り巻いた看護婦や受付嬢たちの「オーッ」という喚声の中、ビデオ撮影は終わりました。記念に3枚の写 真ももらいました。
 普通の人とどこが違うのか、さっぱり分からなかったのですが、先生や周りの人たちの驚きぶりは相当なもので、みんな、こんな状態は見たことがないとのこと。ホーメイの発声は「仮声帯」という場所を使っているのではないかという説は見事に覆され、なんと、喉頭部全部が共鳴・共振しており、こんな姿は先生自身初めての体験だそうで、学会にも発表できるとのこと。
 終わって先生にごちそうになりながらの話でびっくりしたのは、巻上さんがホーメイを練習するにあたって倍音を強調するための訓練をやっていると、なんとどんな音でも、その発振している倍音が聞こえるようになるとのこと。エアコンなんかとてもたくさん倍音が出ており、特に激しいのは電車の音だそうで、つい一緒にホーメイをやりたくなるそうです。東海道線(巻上さんは熱海在住)の中で美しい倍音が響きわたったら、きっと巻上さんがホーメイを唄っているのでしょう。


純正律音楽研究所 2000/2/9版

〈桐朋学園で純正律音楽セミナーをやってきました〉

 去る2月3日、仙川の桐朋学園の中の「音楽史研究室」に招かれて、《純正律音楽演奏の実際》と題して、ヴァイオリンを奏いたり色々なCDをかけながら、2時間ほどセミナーをやってきました。

 特に誰にもこのことを知らせずに行ってきたのは、かなり私的でレベルの高い集まりだろうとの思い込み(実際にそうだった)と、万が一、下手を打って血祭りに上げられる可能性もあるかもしれないという身構えもあってのことでした。結論から言うと、多分、自分では大成功だったと思います。

 20数名の集まりでしたが、特に驚いたのは、私に逢いたいのが目的で来てくれた人が数名いたことでした。『音の後進国日本』の読者、HPでのファン、『大江戸捜査網』のディープファン等々、純正律に対する、ある程度共通 する認識のある人たちの前でのしゃべりはすぐにリラックスし、ついつい不規則発言を連発して、黒木さんから注意を受けたり……。そうそう、この会の招きは黒木さんの紹介によるもので、私の紹介をかねた前説もやってくれました。

 二次会での色々な話で気付いた重要なこと、それは、ここ1〜2年の間に素人コーラスが純正律指向になりつつあるらしいとのことです。  素人の人たちが自分たちもヒリアード・アンサンブルのような響きになりたいと言って、先生を困らせているそうです。また、ママさんコーラスのソプラノの下手クソなビブラートも減りつつあるとのこと。大歓迎。それにくらべ、東混とか二期会コーラスの絶望的なこと。そのひとつには、東混なんかでは無調の現代音楽をよくやるからではないかという説にも納得。

   研究会主宰の上尾さん、事務局の野中さん、黒木さん、他みなさん、ありがとうございました。



 12/19版純正律音楽研究所
 <第三回純正律音楽研究会ミニコンサート無事終了>

少し報告が遅くなりましたが12/9日のコンサートの模様を進行表で御想像下さい。 なお、2部のハモリコーラス実験と輪唱は想像以上にうまくいったようです。会場のお客様も輪唱の新曲をすぐに覚えて下さり、最後の賛美歌の合唱では響きのいい会場全体が楽器になったかのようでした。

      純正律音楽研究会第3回ミニコンサート(12/9)進行表

19:00~ ミネラルクロック<聖夜>につれて、内田、玉木登場、挨拶と少しお話(前回のこととかこの会場のこととか.また玉 木が編曲したものがレコード大賞を受けた話とか)話が一段落したら

内田「さて今日は最初に玉木さんの純正律ヴァイオリン演奏、リンデンさんのヴォーカル、そして世界でも例のない、純正律によるブルース・セッション、後半がコーラスでハモるための実験、そして玉 木さんが作曲された輪唱を皆さんで歌いましょう。手元に譜面をお渡ししていますが決して難しい曲ではなく、すぐ覚えられるので、皆さんも参加して、輪唱を楽しみましょう。玉 木さんの説では純正律を身に付けるには輪唱が一番いいそうです。そして最後に、皆さん良くご存知のクリスマスキャロルを2曲<荒野の果 てに>と<聖夜>をうたってお開きとなります。

19:04~ 内田退場、玉木、バッハの無伴奏ソナタ1-1演奏――4分
19:08~ 内田登場、玉木と雑談(古い楽譜についてとか)――1分
19:09~ 玉木、機械とピアノで純正律実験、内田フォロー――5分
19:14~ 内田退場、玉木演奏<ケルト幻影>――――――――3分
19:17~ 玉木演奏<聖夜>より<神の御子はこよいしも>――4分
19:21~ 玉木、LINDEN呼び込み。<マザーズボイス>―― 5分

19:26~ 内田登場
内田「いよいよ純正律ブルースの実験です。この耳慣れないというか、およそ無関係なジャンルがどういうふうに一緒になるのか、そしてギター調弦の秘密を当研究会のエース、黒木朋興さんにお願いしましょう」

黒木登場
 内田「黒木さん、分かり易くブルースの説明と純正律との関係を教えて下さい」
黒木「**********************.,.................」
黒木、エレキ・ギターで調弦法を説明――――――――8分

19:34~  内田「それでは出来立てほやほやの純正律ギターをバックに前代未聞のブルース・セッションをやってもらいましょう。出演はバッキングギターが聖マリアンナ医大のドクター福田立花さん、黒木さん、ジャズシンガーの鈴木**さん。そしてヴァイオリン、玉 木さんです。会場で飛び入りしたい方がいらしたらどうぞ」―――――――――約6分

19:40~ 内田、感想を少し。そして小俣さん呼び込み。先回紹介したオルゴールが評判を呼んだのと、説明不足があったので、もう一度アンコール。

       ――――――――――――――――――――――――約5分

19:45~ 内田「ここで少しお休みを頂きます」

***************************************************************

19:55~ ミネラルクロック<第九>で内田、玉木登場

 内田「お待たせしました。第二部ハモるコーラスの実験開始です。私も昔コーラス部にいたのでハモることには興味があります。さて玉 木さん、どうゆうふうにすすめていきますか。

 玉木「僕は歌手でもないし、こういうワークショップ風のことも初めてやるので、うまくいくかどうか大変心配しています。さて日本のプロのコーラスはみんなバラバラにビブラートをかけすぎるので、あれでは絶対にハモれません。まっすぐ伸びたビブラートなしの声が鉄則です。では、練習 のため、我々のスタッフが犠牲になってもらいます。それでは、リンデンさん、黒木さん、田村さん、そして内田さんお願いします」

以下、実験開始。――――――――――――――――約10分

20:05~
 玉木「今日は実は私の友人達のやっているアマチュア女声コーラスの人たちにも来てもらっています。「ルシアス」というグループと「エフェメール」の人たちです。 以下、同様、実験開始――――――――――――――約10分

20:15~ 内田、少し感想を述べて、輪唱へつなぐ。
輪唱3曲――――――――――――――――――――約15分

20:30~
 内田「みなさんありがとうございました。みなさんの協力でもりあがったかなあ? さて終りに近くなりました。御手元にある讃美歌、誰でもご存知の<荒野の果 てに>と<聖夜>を歌っておしまいにしたいと思います。それでは玉木さん、やりかたを教えて下さい」
みんなで合唱――――――――――――――――――約10分

20:45分頃 終了予定


      10/26 版 純正律音楽研究所

<第二回、純正律音楽研究所ミニコンサート無事終了>

 10/21 原宿のアコスタディオにて、第二回、といっても主体的にやるのは初めてにも等しい、ミニコンサート、無事終了しました。

 <オルゴールの歴史と調律の謎>と題して、護国寺近くのオルゴールの小さな博物館のメンテ担当、井上さんをゲストに招いて、門外不出の120年前のどでかいオルゴール、レジーナ製のフォールディグトップを持ち込み、その典雅な音色に会場の人たちも大部分感激されたようでした。

 当日は結局は満員盛況で立見も出るほどで定員50人の所、70人にはなりましたが、最初から定員50人なので早めにお申し込みをとお願いしているにも拘わらず最初の2〜3日で30人分はあっという間に埋まったのですが、それから客足が延びない。招待者を入れて、50人近くで何とかなるかと思っていると当日間近になって、今でも間に合うでしょうかという申し込みがまたもや殺到。おまけに当日とびこみ、しかも友達連れでとか、結局は予定を大分オーバーする盛況になりました。第1回目の時も実は200人予定のところがなかなか埋まらずハラハラしていたところ、間際になって殺到し結局350人にもなったので急遽パーティー会場を地下に移したほどだったので、なかなか会場が一杯になるかどうかの判断は大変難しいということを再度痛感しました。

 さて当日は内田珠代さんというプロの司会者が和服も美しく登場し私も、辛淑玉 さんの友達のデザイナー、「ノリ」さんに特注した和服地の新装コスチュウムでのいでたち。

 内田さんに司会をお願いしたのは実は井上さんが大阪から上京してまだ2年なので私と二人で話をするとコテコテの大阪弁になってしまうのでシラけること確実で、内田さんに介添えしてもらったわけです。

 最初は型通り、私が自分のカラオケで2曲ヴァイオリンを奏き、またしつこく、純正律と平均律の違いの分かる機械でひとくさり純正律のお談義。それから井上さんの前座(?)としてリズム時計の小俣さんに登場してもらい、三協精機との合作の40万円のオルゴールの説明をしてもらいました。実はこれには魂胆ありで、40万円の製品は完全な平均律なのですが小俣さんは密かに、このオルゴールを純正律〔本当はミーントーン)に調律がえし、その美しさに本人もひっくりかえったくらいですからそれをみんなに聴いてもらって実感してもらおうということだったのです。

 ディスクは一枚だけ。レハールのメリーウィドウワルツ。これを平均律のくし歯のオルゴールでかけて、次に純正律のくし歯の箱でかけました。私自身最後まである種の恐怖〔実は違いがわからないじゃないかという反応〕を持っていましたが、そんな懸念は一発で吹き飛びました。誰の耳にも明らかに違いが分かったのです。

 平均律の方はいわゆる一般的なオルゴールの音で別になんてことないのですが、純正律でかけ直したところ、突然音がふくよかになり、音楽空間が2倍にも3倍にも豊かに広がりました。細かい音程の差なんて実は私だって分かる自信は無いのですが、圧倒的に違うのは純正律の響きがとても素晴らしく、音のまとまりがいいということです。

 小俣さんは最後まで本物のオルゴールの前に安物を披露しても笑われるだけだといって尻込みしていましたが、結果 的には大成功でした。

 そして、井上さんの登場。もと自動車の修理工、そののちオルゴールに転身とは私自身も未だに理解不能な所があるのですが、とにかく、彼のオルゴールに対する愛情がはっきりと会場に反映しとても有意義でした。オルゴールの歴史とかetcについては前回のHP上に書いてありますので省略。

 井上さんのオルゴールをかけながらの休憩の後は、また小俣さんの登場。例の150万円のミネラル・サウンドクロックの実演と説明です。ロンドンフィルを私が指揮して録音してきたオーケストラをバックに人形が実機打ちをする世界で初めての画期的な商品。この良さがなかなか広まらないのは実に残念なことですが、まあ、いずれその内、日の目を見ることを夢見つつ、次はミスリンデンの登場。

 私は日本のエンヤになれるかもとオーバーに紹介しましたが、彼女は、私のマグマグのメルマガで純正律のことを知り、是非勉強したいと自ら迷い込んできたかわいい小鳥さんです。彼女には私の1枚目のCDから「マザーズボイス」という曲の空オケを渡し、ワンコードで漂っている曲想にのってアドリブで歌ってもらいました。経験しないと分からないことですが、純正律の響きをバックにすると誰の声でも演奏でも知らず知らずの間にとりこになり、だんだんとハイになっていきます。ぜひ皆様にもおすすめしたいのですが。

 最後は司会の内田さん、リンデンさん、うちのミス田村と3人そろってドミソのハモリの練習です。ここで気がついたのですが、アコスタディオはあまりにもデッドすぎてエコーが全く無く、事前に3Fの練習室で歌った時に発生した強力な高倍音がで出ず、がっかりしました。まあ、それでもお客様は何となく理解してくれたようですが。

 次回もアコスタディオでと思っていたのですが、あそこまでデッドだとはっきりいって純正律はきつい。もっと残響の深い教会とかお寺でやりたいと思い直しつつあります。50人から100人位 でエコーのきれいなホールとか教会とか御存知の方ご一報願えませんでしょうか。

 次回はクリスマス・キャロルを中心にした歌声のワークショップにしたいと思っておりますので。


《純正律音楽研究所》 9/10版

第12回 〈オルゴールについて〉

 先日私は、東京・目白、護国寺の近くにある「オルゴールの小さな博物館」を訪ねて、大いなる感動を受けました。ここに訪問記を書きます。

 以前からE-mailにて、オルゴールの調律について2〜3の方から質問が有りましたが、私はオルゴールについてはそれほど知識がなかったので、あまり満足のゆくような答えもできず、まして、このような博物館があるのは知りませんでした。訪ねるきっかけになったのは、私が、からくり時計で純正律(実際は中間音律、つまりミーントーン)に調律した棒鈴を自動演奏させるシステムを提案したこと。それを採用したリズム時計のスタッフがオルゴールの調律にも実験的にミーントーンを採用したところ、めざましい効果 があったとの報告があり、実際に私の事務所に持ってこられたものを聴いてみると、それこそ、耳からウロコのようい美しい残響がひびきわたり、新しい楽器が誕生したような感激を受けました。そこで、リズムのスタッフから、一度その博物館に行って勉強してみようという提案を受けて訪ねていったのです。

「小さな博物館」とはあまりにも謙虚で、大変な規模で歴史的骨董品があり、純正律に興味がなくとも、誰でも一見の価値があります。そこのパンフレットによると、現在の金属の櫛歯をはじく原理でオルゴールが発明されたのは、1798年とのことなので、当然、その時代は平均律などあろうはずもなく、ミーントーンの絶頂期でしたから、興味津々です。

 そこの博物館の所蔵しているものは、大体100年ぐらい前のものが多く、また経年変化による狂いもあるので、本当の調律はあまり分からないということです。  ところで、館長の名村さんと少しお話をした後、実際にいろんな説明をしてくれたのは、メンテを担当している若い技術者の井上さんで、話をしているうちに彼の人並みならぬ 苦労と知識の奥行きの深さ、オルゴールの奥深さを知らされびっくりするばかりでした。そして、驚いたことに、井上さんは、以前から私のホームページ上で純正律音楽研究所の存在を知っていたそうで、いつか私のところへ行きたいと思っていたとのこと。で、またまたびっくり。彼にしてみれば、逢いたい人が自分から来たことに感激してくれたらしく、最初は少し緊張気味にも見えましたが、実際の展示品を説明してくれるにあたって熱っぽさが増し、彼のひたすらなオルゴールへの情熱がひしひしと伝わってきました。

 さて、オルゴールには大別して、シリンダー型とディスク型があります。シリンダー型は、細長い円筒形を回転させる方式、ディスクは文字通 りLPレコードのような円盤型で、エジソンが発明したといわれる蓄音機も、当初はエジソン社製の音盤は蝋管のシリンダー型で、少し後にベルリーナが考案したディスク型、いわゆるSP盤の原型と覇権争いをし、敗れたのです。しかし、オルゴールの世界では、現在でも共存しています。シリンダー型のよい点は、工夫に工夫を重ね、ひとつのシリンダーで何曲も演奏したり、長時間演奏できることです。ディスク型の特徴は、演奏しているさまが目の前で見える臨場感でしょう。

 目〔耳)を見張るような工夫をこらしたものがあり、3つのディスクを同時演奏させて、すこしずつピッチをずらし、うなりを生じることによってたくさんの楽器が一時に演奏しているような広がりを感じさせるもの、また、櫛歯の工夫によって、強弱を強調させるもの等々がありましたが、調律の正体は分かりませんでした。そのうち、レジーナ社のフォールディング・トップという、すごいでっかいディスクの演奏が始まって、私はびっくり仰天、腰を抜かしそうになり、終わって思わず「こんな音程のいいオルゴールがあるなんて」と口走りました。ドミソの3和音がほとんど完全にハモって残響の美しいこと。私は井上さんに「これはミーントーンですね」というと、彼は嬉しそうに「それはどうか分かりませんが、実はこれは私が最近メンテして調律しなおしたんです」とのこと。えーっ! えーっ! そこまでやるってか……しばし茫然。平均律こそ最高の調律なんて思ってる人を改心させる最高の武器です。

 リズム時計で工夫したものがおもちゃに思える(こりゃ失礼Oさん)体験で、私にとってもとても有意義な体験でした。発足したばかりの純正律音楽研究会のセミナーとかで紹介できると嬉しいと思っています。

 この博物館の場所は、東京都文京区目白台3-25-14 (株)アルスロンガ内 です。


左から2人目が井上さん、右側が玉木


手前が純正律音楽研究会の代表幹事・小川圭一、そして玉木


8/9版 純正律音楽研究会起ち上げの報告

 去る7/月28日、東京は青山のダイヤモンドホールに於て、研究会の起ち上げコンサート及びパーティ、想像を絶する大盛況のうちに終わりました。

 事後の整理等にかまけ、報告が遅くなったことをおわびします。また、当日会場に来られた方々、大変ありがとうございました。

 さて、当日来られなかった方のために、コンサートおよびパーティの会場風景を御案内します。

 当日の開会にあたって、リズム時計工業(株)にスポンサードして頂き、文化創作出版及びTBSラジオの協賛を頂きました。会場は250人定員の部屋で、小一時間のミニコンサート、そして立食パーティの予定ではこんでいたのですが、リズム時計側の御招待者、TBSがラジオに流してくれた宣伝による御招待者の数と、当研究会が一般 に呼びかけた数が前日まで判然とせず、最後の最後で350人近いということが分かった時点でマッサオ。とても、部屋でパーティまで行うのは不可能であるということが分かり、急遽、もうひと部屋あわてて取り直し、パーティ会場を切り離しました。

 また、絶対にあり得てはならないミスなのですが、横の連絡不行届きのため、リズム、TBS側のお客様と当研究会のお客様の開演時間が30分ずれていて、収拾に苦労しました。結局は変則的に、6:45にカンテレ奏者の田代さんと私が登場し、純正律の調律の仕方を公開して間をもたせることにしました。

 さて、そんな変則的な始まり方をしたのですが、お客様はカンテレという楽器と、調律の仕方に非常に興味をもってくれたらしく、流れとしては当初の予定通 り、5分前に田代さんの独奏による「大地の響き」でコンサートはスタートしました。余韻の深いカンテレの音は沢山の方に共感を呼んだようです。

 7時になり、本当の本番の開始、元TBSアナウンサーの遠藤泰子氏と当研究会の名誉発起人であり、特別 会員でもある永六輔氏の司会でめでたく始まりました。永さんはその日、冷房で痛めたノドのためほとんど声が出ない状態にもかかわらず、司会を引き受けてくださり、とても日頃は聞けないような〈美声〉に逢えて、みなさん感謝状態。〈玉 木さんは天才、天才なんだけど、半分以上言ってることが理解できない。いったい純正律ってなんだろう、いまだにぼくも分かっていない〉という、本音の応援に押されて私もステージに上がり、本格的コンサート開始。新CD『響きの郷へ』から、カンテレとヴァイオリンによる「伝説」。カンテレ、ヴァイオリン、チェロによる「夕べのパッサカリア」と続き、田代さん、柳澤さん(チェロ)は退場、代わって美女二人、リラリラ(藤本房子、舩木真弓さん)の登場で、私を含めたトリオによるコーラスで、新CD『響きの宇宙へ』より、「新早春賦」、藤公之介氏作詞「こころ」、葉方丹氏作詞「ねむれ合歓」、桜井順氏作詞作曲「You Mameria」と続きました。作詞してくださった方々もステージに喚んでお話も頂きましたが、葉方氏が急病のため御欠席でした。彼は私と同い年でつきあいも長く、「ねむれ合歓」を書いた明くる日に心臓発作で入院し、ようやく退院した矢先のことだっただけに、少しショックでした。後できいたところ、命に別 状はないとのことでホッとしました。

 コンサートの最後はいよいよお待ちかね、七色の声を操る超歌唱家、民族衣装もド派手に巻上公一氏の登場。ホーメイの説明とトゥバ共和国へ行く涙の旅行話等々、話題がはずみ、ラストの曲「アルガ(森)」で、コーラス、カンテレ、チェロ、全員参加で10分近くのセッション、さすがにホーメイは多大な感銘を生んだようでした。

さて、パーティは地下に移り、遠藤さんと永さんの絶妙なコンビで進行しました。私はCD等のサイン攻めで一口も口にできませんでしたが、料理も評判よかったようです。お話は、発起人の一人で舌ガンの苦しみから逃れられたのは『光の国へ』だという、作詞家の増永直子さん、そして、発起人の一人でもあるドクター福田六花バンドの演奏と続き、途中での巻上公一氏の口琴演奏も大好評。そして、お話の締めくくりはリズム時計の大津学社長。

 ここでリズム時計とTBSが後援してくれた理由を少し説明しておくと、私がリズム時計のからくり部分の実機演奏の調律を純正律(正確に言うなら、中全音律、つまりミーントーン)にすることを取り上げてくれて、150万円もする1号機、ミネラル・サウンド・クロックをリズム時計の看板商品にすべく奮闘中でして、ゆくゆくは、時計業界から美しい音楽を発進する会社になりたいという、社長じきじきで推進しているプロジェクトです。そして、リズム時計がそのために生まれて初めてラジオCMを打ったのがTBS、それも永さんの「土曜ワイド」が始まる1分前、8時29分というような縁で、永さんもとも付かず離れず。その関係を知ったTBSのラジオ局が、CM処女のリズム時計のために奮闘してくれて、このコンサートも「永六輔のすすめる純正律ミネラル・ミュージックのミニコンサート」として、ラジオで紹介してくれたわけです。大津社長も、コンサートおよびパーティを我が事のように喜んでくださって、スピーチも少々上がり気味もあってか少し延びましたが、ロンドンフィルバックにからくり人形が演奏をし、9時をお知らせして、閉会となりました。

 何しろ、色々と不手際があったにもかかわらず、終わりよければすべてよし、反応も上々で、「なんだ、あのザマは!」というお叱りは今のところ受けていません。

 さて、第1回目は盛大に盛り上がったのですが、これからが大変です。会報の作成や地方のフォローはどうするのか等々、難問山積です。多分、11月頃に仙台と、来年2月には札幌で、両方ともリズム時計の後援でミニコンサートができそうです。その方面 の方で興味のある方は、是非、御参加ください。また詳しいことはお知らせいたします。


【純正律音楽研究所】 第10回 6/16日版

 近況報告にも書いていますが、新しいCD2枚を作成中で、6/14に素材の録音終わりました。1枚はフィンランドの民族楽器カンテレ(西洋琴の一種)、巻上公一さんのホーメイ、そして私のVln.という変わったアンサンブル、もう1枚はシンセ空オケで、私と美女2人のコーラストリオが純正律ハモりのコーラスを繰り広げるという新しい趣向のものです。

 1枚目は『響きの郷(さと)へ』というタイトルで、カンテレを演奏してくれたのは、ギタリストの田代耕一郎さんです。彼は色んな民族楽器の収集家で外国へもよく行っています。もともとスタジオで何回かは会っているのですが、彼がカンテレを持っているというのは彼のホームページで発見しました。近代カンテレは35弦もあり、世界一余韻の長い楽器で、チューニングによほど神経質にならないと、音の濁り、うなりばかりが強調されます。ところで田代氏はいつもチューニングメーターで平均律でしか演奏していませんから、こちらで純正律の調律にしたいといっても最初は彼自身がよく理解できなかったようですが、段々純正律のすごさに気づいてくれて、最後には彼自身が調律に神経質になり、1曲の録音時間の倍くらい調律に時間をとりました。

 もちろん、純正律だけで生楽器を演奏しても、使えるコードが限られるので、ここでは、純正律、ベルクマイスター、ピタゴラス、と3つの調律を使い分けました。いちばん苦労したのはベルクマイスターです。私自身は純正律とピタゴラスに関してはすぐにでも調律できるのですが、ベルクマイスターの整律は自分の身に付いていないので大変でした。

 録音は、チェロの5度の引きのばしとカンテレのつまびきに、巻上さんのホーメイというすばらしいアンサンブルで始まり、巻上さんのすばらしい肉声倍音は、副調の機器を共振させるほどの威力を発揮し、田代さんも、純正律のすごさに驚いたようでした。

 そして、カンテレだけで純正律の曲を1曲、そしていよいよベルクマイスターですが、これは自分の耳では細かい判別 が難しいので、純正律の6度を大分高くし、「レ」と「ラ」がそれほど不快じゃない状態にし、その他の整合性の元に「ミ」も少し高くしました。今回は、臨時記号をつかった曲はほとんどないので、これで聴覚上も純正律にやや近いピタゴラス、いやそれにしては「シ」が低い、やはりベルクマイスターの世界に近くなりました。そして、ピタゴラス音律、これは私がヴァイオリン奏者であるからという理由だけではなく、お琴もそうですから、非常に調律しやすいのです。

 田代さんも慣れない楽器との闘いにお疲れでしたが、じつにクォリティの高いCDになったと思っています。プロデューサーの小川さんは、フィンランドへ行って、こういう風にカンテレを奏いてくれと自慢したいくらいだと、得意満面 です。

 2枚目のCDは、私と美女2人のコーラストリオです。このトリオは「黒の舟歌」や「石丸電気」のCM等でおなじみの作曲家・桜井順さんなしには生まれませんでした。もともと桜井さんは「ゴリラ」というコーラスグループを育てつつあり、男3人と女2人の5人組でした。私は去年、東京労音ホールでの新しい歌をつくる会(作詞家・藤公之介氏主宰)から、純正律で歌を作れるかといわれ、二つ返事で引き受けたのですが、その時は、その「ゴリラ」を想定していました。しかし、予算の関係で、そこまでは、ということで、急遽私1人が男で、トリオで歌ったのが今回のきっかけです。コーラスの方のCDは『響きの宇宙(そら)へ』というのですが、その中に収録した「こころ」という曲がそれで、藤公之介氏の作詞です。

 コーラスのバックの空オケは、シンセとヴァイオリンですが、1曲が完全な純正律の他は、全部ベルクマイスター第3で調律しています。

 歌としては、つまり、言葉のある曲は5曲です。CDの1曲目は歌詞の著作権の切れた「早春賦」の詞に新しくメロディをつけ、ハモりの美しさを強調しました。「ねむれ合歓」は私の友人葉方丹氏の作詞。TBSの永さんのラジオワイドで触発された「あいたい」ということばだけで作った曲。「こころ」、そして今回の為、桜井さんが新たに作詞作曲してくれた「You Mameria」というけっこう教会音楽をパロったような傑作も収録しました。あとはウーアーコーラスと、巻上さんのホーメイとのセッションです。

 7/28の青山ダイヤモンドホールで「純正律音楽研究会」を立ち上げる時のミニコンサートでお披露目する為に、目下最後の仕上げ、つまりライナーノートやデザインに追われています。

 CDは7月の25日頃の完成を予定しています。

 2枚とも定価は¥2300、限定1000部ですので、予約も受け付けています。

 純正律音楽研究会 Tel./Fax. 03-3407-3726
E-mail : archi@ma.rosenet.ne.jp


  純正律音楽研究所 2/15 番外

 <近況報告>にも書いたのですが、我々のミネラルミュージックに対し、意外とヒーリング効果 のリアクションや報告が多く、驚いています。いわく、意識混濁の重態患者が二人直ったとか、ペットが情緒安定したとか…。

 で、実際に、「光の国へ」で劇的な効果のあった方を中心に、数人から、純正律と 人間の体について本格的に研究した方がよいとの提言があり、現在、できる範囲内で 往復葉書のアンケートを出しているところです。一挙に全部出せませんので小出しに していますが、それでも、すでに40人近くの返信が来ました。たいへんありがたいこ とです。やはり、劇的な効果があったとの嬉しい報告も多々あって、頼もしい限りで すが、もっと驚いたのは、「全く効果がなかった」という項目に丸印を付けて返信な さって下さる方が多いということです。すべて、効果がないといって文句をつけてい るのではなく、そんなつもりできいたことはなかったとのこと。それにしても、普通 なら、効果のなかった人はアンケートを無視するはずですが、ちゃんと、住所、名前 、telを書いて返送して下さっているのには感謝感激です。

 良い反応が多ければ、友人の癌研のドクターをはじめ、医療関係者の方達と本格的 に研究したいと計画しています。凡そ1500人くらいに葉書を出すつもりですが、住所の分からない購入者も多数いらっしゃいます。ぜひ、E-mailなりFAXなりで御報告頂ければ幸いです。


12/7 <純正律研究所第九回>

 <近況報告>でもお知らせしましたが、純正律によるクリスマスキャロル集のCD、完成しました。今までのCDは、全て新曲ばかりでしたが、こういうよく知られた曲を純正律化すると、全く新しい発見の連続です。モナリザの掃除をしてみると、実に鮮やかな色彩 が出てきたとか、日本の昔の建築も極彩色だったとか、そういう風な話と似通ったことが感じられます。

   連絡先:Tel:03-3409-2009 Fax:03-3797-5640 (有)アルキまで

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  純正律をより簡単に表現するために、カーツウェルのK-2500を購入しました。もちろん今までのSC-88のエクスクルーシヴとか、ベンドの多用という荒技も駆使していきます。今までの実験とか試行錯誤で新発見したり再認識したことを書 いておきます。

   ●和声法における並行五度とか並行八度禁止の意味が初めて実感できたこと。私は 常々平均律の世の中での並行五度禁止の意味が理解できませんでしたが、純正律の並行五度を実感して、初めて禁止の意味が分かりました。平均律の五度は濁っていますから、並行したところで、お互いの存在感は分かるのですが、純正律にすると、一つの五度はそれ自体で完結している為、並行移動すると、五度の固まりがシフト替えしただけの様に聞こえて、分離した二つのメロディには絶対に聞こえないのです。勿論、並行八度のメロディなんてあり得ないわけです。

   ●対斜、陰伏八度という理屈でもなかなか理解しにくい禁止にも、やはり道理があ りました。気持ち悪いのです。これは平均律では絶対に分かりません。

   ●純正律はホモフォニー(モーツァルト以降の音楽の大半)にこそ向いており、バ ッハ時代の対位法はむしろピタゴラスの方がいいのかも知れません。二声、三声のメロディを対立させるには、ハモリ過ぎる純正律  やミントーンよりも、ベルグマイスター調律の方がよりピタゴラス的になるので、その方が適しているようです。

   ●純正律のドレミファソラシドは決してメロディ的ではなく、無理矢理この流れで 音程をとると気持ち悪いことが多い。「ミ」が低いのは当然のことで、これは絶対的に正しいのですが、どうしても「ラ」が低すぎるのです。原因は、「ド」と「レ」が大全音、「レ」と「ミ」が小全音の並びであるのに対し、「ソ」「ラ」「シ」は小大になっているからです。これを調整するために、「ソ」に対する大全音のもう一つの 「ラ」を作ります。この「ラ」は、純正律の鬼門とも言われた下の「レ」との五度を完全にします。また、完全さを保つには「ド」に対する小全音の低い「レ」も用意する必要があります。単純な「ハ長調」を演奏するには、最低限、これで間に合います。

   ●エンヤのピアノ調律がかなり純正律に近くしている場合があることを発見しまし た。どの曲のどの部分かは、いつか発表します。




 7/23 純正律音楽研究所

  「近況報告」にも書いていますが、純正律CDミネラル・ミュージック「光の国 へ」の新譜、パート2「旅の予感」、パート3「生命の星」が完成しました。28日には新しいシリーズ「響きの苑へ」の1枚目も完成し、計4枚となります。「響きの苑へ」は、メロディを排した、純粋な音響空間で純正律を奏でるCDです。むつう整体の木村仁先生は、現実にこの「響きの苑へ」の音素材、つまり純正律をきかせながら治療をなさっています。28日以降のラインアップは次の通 りです。

光の国へ   パート1         \1800(税別)
       パート2 「旅の予感」  \2200
       パート3 「生命の星」  \2200
響きの苑へ  パート1         \2300
著書  「音の後進国日本」−純正律のすすめ−  文化創作出版
(純正律、平均律、ききくらべ等、8センチCD付録つき) ¥1500

お問い合わせ 03−3409−2009    FAX 03−3797−5640 




    純正律音楽研究所第8回 

    <ムジカ・ノーヴァ7月号掲載原稿全文>

 音楽之友社発行のピアノ雑誌<ムジカ・ノーヴァ>より<絶対音感>批判の原稿依 頼がありました。現在発売中の今月号に、掲載されている全文を紹介します。いつも 言っている持論ですが、絶対音感と純正律の問題をテーマにしています。


    絶対音感神話について

    作曲家 バイオリニスト 玉木宏樹

 ちかごろ、最相葉月さんの書かれた「絶対音感」という本が売れて話題になってい る。その本が出る直前に私の方は「音の後進国日本」(文化創作出版)を出した。

 JR中央線の自殺の原因の一つに、駅の騒々しい音楽まがいの暴力的な音が関係し ているのではないかと書いたところ、いろんなメディアが押し寄せてきて、週刊誌、 スポーツ紙、そしてついにはワイドショーのTVにまで引っ張り出された。

 私は実はJRを告発するために本を書いたわけではなく、そういう音楽まがいに平 気で使われている平均律を告発するためというのが本意であり、そういう意味では読 売の夕刊とNHKの朝の実況で純正律のからくり時計の紹介をしてくれたのは嬉しかった。

 さて、平均律と純正律の大問題は後に置くとして、私は自分の本の中で多分同時期 に出版されるであろう「絶対音感」に対して「絶対音感神話を斬る」という項目で、 彼女の本が世に出る事前に絶対音感を賞賛するとんでもない害悪本が出るらしいと告 発、警告した。ところが、実際に出版された本を読んだ何人かの人から「玉木さんは まったく誤解している、あの本はまじめに絶対音感教育を批判しているすばらしい本 だ」という反論が来た。そこで私は自分のホームページ上で、「絶対音感」をちゃん と読んで、もう一度見解を表明すると明言した。この原稿はそれをも兼ねていると了 解してもらっていい。

 なぜ出版される以前に無謀にも批判文を書いたのか。それは去年の七月ころ週刊ポ ストに掲載された「絶対音感」の出版予告の抄訳を読んでのけぞってしまったからで ある。その本を読み終えたいま、半分くらいは私が先走って誤解をした部分があると は認めるが、それは、週刊ポストに全面的に責任があると言いたい。なぜなら、その 抄訳を何人かのプロミュージシャンの友人に見せたところ、全員が同様に怒りまくり 、ぜひ玉木さんにどこかで反論してほしいとまで言われたのである。

 その批判文は私の本の内容と重複するのでここには書かないが、最相さんは決して 絶対音感教育を賞賛しているのではなく、逆に、画一的な教育でかえって音楽性や人 間性がせばめられ、ゆがめられると主張されている点において私の認識は間違ってい たと思う。しかし読後感は結局、非常にあと味の悪いものが残り、決していい本では ないと思う。まずは、プロの音楽家ではない人特有の、少し違うんじゃない?という 違和感が蓄積されていくことにあると思うが、それは置いておいて、さすがにノンフ ィクション大賞を取るほどの取材力はあり、随所に感心する部分はあるのに、限りな く真実に近いところまで肉迫していながらすーっと擦り抜けてしまい、結局は、誤っ た結論を導きだしている。

 彼女は、絶対音感にこだわるあまり、もっと根源的な大問題、平均律教育の問題点 をなおざりにし、看過してしまったため、私からみて非常に腹立たしい本になってい る。彼女はおそらく、平均律と純正律の協和の差を体感していないのではないだろう か。そしてもっと初歩的な間違いを冒している。彼女はステロタイプの教育を批判し ているものの、その根拠にあたる「絶対音感」の「絶対性」を疑ってはいないからで ある。そもそも「絶対音感」なんていう恐ろしいものがあるのだろうか。ここで私は そんなエセ神話はこの世には存在しないし、単なる音当てクイズの達人を「絶対音感 」の持ち主だなどというのは、もっと耳のいい人をバカにしたものであるということ を証明してみたい。以下のたとえ話は一種の比喩的表現だが、厳然たる事実でもある ので、よく考えていただきたい。

 いまここに時速100キロの車に乗り、窓から外へ向かって440ヘルツの「A」の高さ を吹くトランペット奏者がいたとする。もうひとり、こちらは道端にたたずんでいる 人がいて、両者とも「絶対音感」の持ち主だったとしたら、どういう現象がおこるだ ろう。もちろんかの有名なドップラー現象がおこり、道端の人にとっては当然「A」 の音は目の前を過ぎるとグーっと下がって聞こえる。一方、車のトランペット奏者に は音程の変化がおこるわけはない。じゃあこの二人にとって「絶対」の「A」は何ヘ ルツだというのだろうか。

 ドップラー効果という理屈でそう聞こえるだけだというのはやめてほしい。現実に 「A」の音は下がるのだから。これは、アインシュタインの「相対性理論」の入門書 によく引用される話である。

 さて最相さんは、大体442ヘルツの高さが固定ドの「ラ」と聞こえ、それを基準に 音名が固定されてドレミと聞こえる人のことを「絶対音感」の持ち主と理解している ようで、またその音感は3〜4歳児のころに徹底的に訓練しなければ身に付かないかの ように書いている。が、これはとんでもない誤解と誤謬に満ちている。自分のことで 恐縮だが、私はうちが貧しかったためピアノはなく、いっさい音感教育は受けていな い。10歳からバイオリンを始め、ピアノはないまま、大阪の相愛音楽教室に入ったが 、即座にすべての音が分かり、天才的な絶対音感児といわれた。芸大のバイオリンを 卒業し、作曲の道に進み、いろんな経験を積んだ現在、私は断言したい。「絶対音感 」なんて絶対に存在しないと。

 最相さんも書いていることだが、「A」の音は昔はもっと低かった。モーツァルト がいま生き返ったらすべてが半音高いと怒るだろう。人は本能的に普通より少しだけ 高い音を好むために、ピッチはどんどん高くなってきている。現在の442ヘルツ「絶 対音感」者があと50年後の世界に行けば、半音下に拘る変人と言われるだろう。

 かくいう私も、どんな曲でも固定ドで聞こえるが、これは一種の生活習慣病みたい なもので結構やっかいなところがある。それはそれとして、私も最相さんと同じく音 当てクイズのような教育には大反対だが、実は彼女とは全く立場が違う。私は世の中 のピアニスト及びピアノ教師たちのほとんどが知らないことを告発したい。それは「 平均律」による音楽教育の弊害についてである。

 日本の音楽教育の根幹はピアノでなされており、そこで使用される調律法「平均律 」が絶対化されている。しかしどれほどの人がその危険性に気づいているのだろうか 。「平均律」とは本来、すべての音を平均的に狂わせてあると言う意味である。では 何から狂わせているのか、ここに「純正律」が登場する。 純正律のドミソは実にピ ュアで濁りのない美しい響きであり、ピアノのそれとは全く関係のない、天国的なも のである。ウィーン少年合唱団のあの美しさは彼らの発声法や体格の違いなどではな く、ピアノのピッチではないドミソできれいにハモるから美しいのであり、日本の合 唱教育のようにピアノで訓練していては絶対に到達できない世界なのである。ピアノ の三和音はすべて近似値であり、少しずつ狂っている。その狂いの自覚のない教師た ちの押し付けによって身体に悪いドミソを強制しているのが今の音感教育の実態なのだ。

 日本人の最も恥ずべき間違いは、バッハの「平均律クラビア曲集」という訳名に何 の疑問も持っていないことだ。最近のNHKFMでも未だに、バッハが平均律のすばらし さを広めるために作曲したのだと解説していたが、とんでもない間違いである。ドイ ツ語の原題を英訳してもそれは「ウェル・テンパード・クラビアピーシズ」であり、 決して「イクォール・テンパード」ではない。ウェル・テンパードとはよく調律され たという意味であり、いったいその調律法はなんだったのかというのがワクワクする 問題点なのだが、バッハ時代に平均律なんてものはなかったのだから、多分、ベルク マイスター第三じゃないかという説が多い。

 また日本人のもう一つ恥ずべき犯罪的教育の間違いがある。それは、コールユーブ ンゲンを平均律のピアノで教えることである。昔の信時潔氏の訳された序文をよく読 んで欲しい。そこにははっきりと書かれている。「この教科書は平均律のピアノでや ってはならない」と。

 私はもちろん平均律の良さを否定はしない。ドビュッシーの理論をもとにしたモダ ンジャズは平均律でこそ生まれたジャンルである。また、ピアノやギター、ハープの ように音が減衰する楽器ではそれほど狂いが目立たない。しかし、ブラスや弦の合奏 、そしてコーラスのように音が持続する音楽を平均律でやると破壊的になる。

 カラヤン、バーンスタインという重しがなくなった欧米はいま、純正律復活運動が 燃え盛っている。日本では「古楽」ブームなどといっているが、現代ポーランド人の グレツキとかエストニアのペルトをはじめとしたポストモダンの作曲家たちはどんど んと純正律で新曲を書いている。

 欧米人達はたかが100年前に認知された平均律以前のいろんな調律法を知っている から、日本人の私のようにことさら純正律を標榜しないのである。

 じゃあ、ピアノも純正律に調律したらいいではないかと短絡しても、これは無理で ある。ピアノはオクターブを12にしか分割していないからである。オクターブ内のす べての和音を純正律でやるためには、最低53の鍵盤が必要と言われているが、これじ ゃとても演奏不可能だ。ヤマハからは平均律と純正律を弾き分けるマシーンも出てい るし、最近のシンセサイザーは、比較的簡単に純正律の演奏が可能になってきた。

 私はピアノ=平均律の世界を否定はしない。しかしその世界は「絶対」ではないと いうことをみなさんに知って頂きたいのだ。ピアノによる音感教育はあくまで近似値 による便宜的なものにすぎないということを。

 最後に私の本のことに触れさせて頂くが、内容的には純正律の美しさを具体的に説 明してあり、付録の巻末8センチCDには平均律と純正律の違いがわかる音を収録し てある。興味のある方は一度耳にして頂きたい。  

    


<純正律音楽研究所>

   第七回 98年4月17日

 A・本とCDの反響

   本当に久し振りの純正律音楽研究所ページの更新です。もちろん単にサボっていた わけではありません。むしろ全く逆で、真っ正面から純正律にとりくんでいた為に遅れているのです。

 <言いたい放題>や<近況報告>のページをお読みの方はもう御存知でしょうが、 去年の11月に本格的な純正律CD(以前、ソニーからも出していますが、色々制約があって思いきったことができていない)「光の国へ」をインディーズで出し、今年の一月には、純正律のすすめの本「音の後進国日本」を出版しました。本については永六輔さんの推薦をもらい、TBSラジオに出演して以来、そこで紹介された「光の国へ」のCDが思わぬ 反響を呼び、現在3000枚目に突入している所です。アエラ、ジャパンタイムズ、読売の夕刊の取材分はすでに世にでているし、現在、週刊朝日が取材中です。週刊SPA!は来週発売の予定です。読売の夕刊ではリズム時計と開発している「純正律からくり時計」が詳しく紹介され、それを見たNHKから生中継の話も来ています。

 本のテーマ、日本の音楽教育のまちがいの根源は純正律を教えずに平均律だけで教 えるから、日本は音楽に無神経な国家になっているという告発で、巻末付録CDの純正 律と平均律の「ド・ミ・ソ」のききわけは随分と反響を呼んでいます。また本の冒頭 の章「中央線自殺多発の怪」も話題になっています。まだ本やCDを御存知ない方、Mailで御一報下さい。


B・色々と分かってきた奥の深い純正律

 本の序文にも書いたことなのですが、3匹の音楽嫌いの猫が私の純正律CDを聴いた らグッスリ寝込んだという話があります。その後、神戸の重度身障児の養護学校の先 生から、手のつけられない乱暴ものの自閉症児にこのCDを聴かせた所、たちまちに大 人しくなって、寝てしまったとか、情緒不安定の猫が大人しくなったとか、CDを嫌が る犬が、このCDはちゃんと大人しく聴いたとかいった話が沢山きています。いまこの 話を書きながら横にいる田頭氏(例のミネラルミュージックグループの作曲家の一人 )が、じゃあ、ペットショップで売ってみたらと言っているので、試してみようかな と思っています。ペットと住んでいる方、一度「光の国へをかけて見て下さい。

 前に、バイオリンの調弦は純正律ではなく、ピタゴラス音律であると書きました。 またピアノの平均律は純正律とは何の関係もないピタゴラス音律の鬼っ子だと書きま した。それに対して玉木はピアニストの敵だとの中傷もありましたが、私は私なりに ピアノの音色の美しさは認めているし、なにも、ミントーンや、ベルグマイスターと いうような調律に変えなくても平均律のままで作曲の仕方、方法論を変えれば、目を 見張るような美しい曲も作曲可能です。私は今、ミネラルミュージックの第2.第3弾 の中に平均律のピアノ曲をいくつか入れるつもりですが、普通の作曲法はとってはい ません。どちらかというと、モノコードで、モード的手法です。もちろんピアニスト の腕にもよりますが、今回はスタジオプレーでは日本で1.2を争う美野春樹氏に演奏 をお願いしたので、大変楽しい曲になりました。もちろん、平均律とはいえ、調律師 とも、細かい部分では色々調整もしてもらいましたが。

 いろいろありますが、今日はとりあえずここまで、また次回に。


純正律第六回

更新がおそくなっている間にいろんなことがありました。それを列挙しておきます。

1.純正律という言葉はいまいち固いので、「ミネラルミュージック」と称し、今年か ら自主制作の音源作りを始めています。まだCD1枚分くらいの量しかないので、せめ て5枚分くらいになったら、インディーズのパッケージ及び、ネット上でのダウンロ ードを始めようと思っています。なお、ミネラルミュージックは、玉木が音楽担当の 「小笠原CD-ROM」(今秋完成予定)「多摩川CD-ROM」(前田麻名デザイン事務所制作)にも登場します。特に前者の「小笠原CD-ROM」は小笠原島在住の写 真家、友永氏のすばらしい写真とのコラボレーションで、小笠原島の「鯨ウォッチング」定点観測カメラと連動します。是非御期待下さい。

2.今年の1月と5月、新宿のロフト・プラスワンというトークライブハウスで純正律の レクチャーミニコンサートをやりました。お客さんは少なかったけれど、それなりの 感慨があったようで、いろんな方からの意見をいただきました。

3.スキージャーナル社から出るムック「リラクゼーション完全マニュアル」で、五感 を通しての方法論の中の聴覚部分で「純正律」がとりあげられることになりました。 これもロフト・プラスワンのおかげです。

4.ホーメイ(ホーミィ)うたいの鬼才、ヒカシューの巻上公一氏と親しく話しをでき る機会を持てて、ホーメイと純正律の関係にいよいよ自信を深めました。

5.まだ可能性は五分五分ですが、私の著作の2冊目が「純正律」を中心とした本とし て企画中です。それの実現とタイアップして、某レコードメーカーからのパッケージ (CD)の話しも動きだしそうです。こういう動きを具体化するため、日本中のリラク ゼーション関係の会と連絡をとりながら、きめこまかいミニコンサートをやっていく 予定です。興味のある方は遠慮なくE-mailなりTel(03)3409-2009.Fax(03)3797-5 640を下さい。

6.最近、驚嘆すべきCDを入手しました。それは「Cistern Chapel」という名のトロ ンボーンだけのアンサンブル(?)のものですが、録音場所が、アメリカのシアトル 北西の地下貯水槽で、自然エコーが45秒あるというとてつもない音空間、普通のしゃ べり方ではコミュニケーションがとれないという異常な残響空間の中で吹きあう10人 のトロンボーンは完全に純正律にはまりこみ、異常な浮遊感をかもしだしています。 おそらく聴く方よりも吹いている方がハイになり、ヤバイ世界に没入しているようで す。そんな空間に声明の僧侶を解き放つとどうなるか.......。まあ、自分のヴァイ オリンだけでもやってみたいものです。

で、本文に入ります。

前回、バイオリンの調弦はピタゴラス音律であり、純正律ではないと書きましたが、 ここでそれを説明しましょう。

純正律でドレミファソラシドの音階を作るために、ドイツ和声法の根本である「ドミ ソ」「ドファラ」「シレソ」を、ピアノとかオルガンとかで純正に(ピュアーに)ハ モらせて調律し、並べかえてドレミファソラシドを作ります。ここで上記の三和音は 完璧な純正和音になるのですが、なぜか(これはもちろん音響学的には証明できるこ とだが)「レファラ」がまったく使えない、どうしようもない不協和音になってしま うのです。

 これは「レ」と「ラ」が完全五度にならず、半音の100分の22せまくなってしまう ことが原因です。純正律(純正調ともいう)が絵に書いたもちとか、実用には何の役 にも立たない幻想のの代物といわれるのはすべてこれに起因しています。この半音の 100分の22の違いというのは実にすさまじいもので、どんな音痴がきいても、これは 絶対に分かるし、二度と聞きたくないものです。

 話しは横道へそれますが、私をはじめとして、バイオリン族のプレーヤーは、完全 五度チューニングをしますから、五度に関しては異常に神経質になっています。当純 正律研究所の一員でもある若きホープの作曲家、田頭氏の「ベンスタジオ」でミネラ ルミュージックの作成をしていた時のことです。

 彼が書いた曲の並行五度の教会旋法をめぐって、彼はたったの2セント(半音の100分の2)せまいだけだから平均律でやっても分からないはずだ(純正の完全五度に対して、平均律の五度は半音の100分の2せまいということ)と言い、私は冗談じゃない、少なくとも純正律をうたう我々の作品でそんな手抜きはゆるされないと議論になり、100分の2ひろげるのならBend情報、8191割る100×2をプラスしてやればいいじゃないかとの私の主張を受け入れてやってみました。。結果 は、二人とも椅子から転げおちるほどの衝撃を受けるほど美しいものになりました。

 みなさん、たった半音の100分の2のちがい、これが人間の耳にはちゃんと知覚でき るのです。我々がプロだからというわけではありません。たぶん耳鼻咽喉科のお医者 さんと、音響学者を交えて研究すればおもしろい結果はでるかもしれません。  話しは戻りますが、100分の2でさえ、もろわかりなのに100分の22ともなれば地獄 の沙汰です。ところがバイオリンの調弦そのものが、この100分の22を含んでいるの です。バイオリンの調弦は下から「ソレラミ」とそれぞれ完全五度で調弦します。こ の「ソレラミ」を「ドソレラ」に読みかえるかビオラかチェロの調弦「ドソレラ」で 考えますと、物の見事に「レ」と「ラ」が入っているのです。しかし、バイオリンは この「レ」と「ラ」を誤差0の完全五度で調弦します。するとどういうことがおきる か?そういう調弦ができるからこそバイオリンは純正律の楽器だなどと思うのは大ま ちがいです。チェロやビオラの「ドソレラ」の調弦の方が分かりやすいので、そちら で説明しますと、開放弦の一番下のドに対して、長六度上の「ラ」の音を純正に音程 をとり、その「ラ」と「レ」の解放弦を一緒に奏くと、とんでもないゴロゴロした不 協和音になります。このゴロゴロが100分の22なのです。ですから三本の弦を一っペ ンに奏いて「ドラレ」を鳴らすと、地獄の使者も舌を噛むようなひどい音がします。

 こんな単純な矛盾に気づいていない弦楽器奏者が多いことにも驚かされます。

 まあ、弦楽器は開放弦さえ使わなければ純正律で演奏することはできるのですが、 それでも無理なく純正律で演奏するためには最初から、バイオリンなら「ソレソレ」 チェロなら「ドソドソ」にすればいいことなのですが、そうすることはメッタにあり ません。ただし、アメリカのカントリーウエスタン、それもマウンテンになるとVln のチューニングはG-majの場合「ソレソレ」とし、A-majの場合「ラミラミ」としま す。つまりマウンテンミュージックこそは純正律だということができるのです。なん か素朴なあのフィドルバイオリン、名手にかかるとものすごく音程がよくきこえるの は実に自然の理にかなっているわけなのです。


1/21、号外

 最近当研究所の更新が遅れていますが、純正律の研究を怠っているわけではありま せん。純正律のオリジナルCD録音にいよいよかかるのです。当研究所の若手作曲家、 田頭氏の協力を得ながら彼のBEN-Studioで24日から作成を始めます。  また、純正律という言葉は、どうもとっつきにくいようなので、ミネラル-ミュー ジックと命名します。

 来たる1/28日夜、新宿のトークライブハウス「ロフトプラスワン」で「音の自然食 -純正律」というテーマで、レクチャーミニコンサートをやります。その場で、録音 したての新曲も披露します。場所は、新宿、靖国通りの厚生年金会館を四谷の方に通 り過ぎて2.3分、通りに面しています。 電話は03-3357-1676。

 <噂の真相>今月号に「ロフトプラスワン」のスケジュール表がのっています。 興味のある方、ひまな方、どうぞ冷やかし半分で結構ですから参加してください。


番外 7/24  <オルゴールと純正律の関係性>

私は以前から、ヴィクターの開発した、CD-MIDIシステムと深い関わりがあり、からくり関係への応用をずっと考えてきましたが、そんな流れのなかで、オルゴールとのドッキングも考えていました。

オルゴールの歴史を考えると、発祥の時代は、当然、平均率ではなかったわけです。ところが、いま現在の、平均率を中心にしたピッチの悪いオルゴールには前から辟易としていたので、いつか機会があれば、純正律でのオルゴールを提案しようと思っていました。ところが、私とあうたびに、純正律の話をしていたあるメーカーの人がオルゴールの会社の人と調律の話をしたところ、純正律のオルゴールは作れるし、そのための勉強、研究は欠かしていないとのことです。

いやあ、どこでなにが結びつくか、非常に興味のある話で、近いうちチャンスがあったら、ぜひ、そのオルゴール製作者に逢いに行こうと思っている次第です。

*当純正律音楽研究所からの新たな推薦CD

Lou Harrison のSym No2<Elegiac>です。知っている人はなんだ今ごろと思われるかも知れません。確かにこんな名曲を知らなかったとは迂闊でした。やはりハリスンはただものではありません。ピュアーな響きを、大勢のオーケストラのなかで実現しようと、大変な努力とアイデアを発揮しています。それなのに、ちっとも苦労の後を見せない、悠揚迫らない大曲です。

*来たる10/13(日)、文京区のシビックホールにて行なわれる東京セルフ研究会の特別 研修講座において、ゲストとして、純正律の話をします。VLNと純正律の機械を片手に。

もし興味のある方は、E-MAILにて御連絡下さい。


玉木宏樹の純正律セミナー 四回目

<理想的なヒー リングミュージックを目指して>

だいぶ、間があきました。実は今、純正律の本の出版を企画していまして、それとの整合性を考えているうちに遅くなってしまいました。 さあ元気にヒーリングの旅に出ましょう。

1.「純正律とヒーリングミュージック」

最近、立風書房から「古楽への招待」という本が出ました。 私は2年前、ソニーから「ピュアスケール(純正律のこと)による理想的ストレス解 消」というCDを出しましたが、その企画の段階は、3年前のこと。私は今に必ず日 本も古楽ブームがくる、カラヤンなきあとのヨーロッパ、バーンスタインなきあとの アメリカでは猛烈な勢いで純正律復古運動が起こっている、その時代を先取りするた めの企画なんだと熱っぽく説いたのですが、結果は中途半端でいまいち自己主張のうすいものになってしまいました。
最近は、「癒しの音楽」とか、「ヒーリングミュージック」とかいう言葉が定着しつ つありますが、このジャンルの根底には、純正律が大変重要な位置を占めています。 カーペンターズやエンヤはピアノを使う分、平均律ですが、歌の音程は平均律ではありません。また、特にエンヤの曲作りは純正なものを目指しているようです。 日本ではただ単に「古楽」と称するだけで、根底にある「純正律」のことを本気で考えている人にはまだ出会ったことがありません。前にも述べた通 り、欧米では、平均 律以前の音楽にはいろんな調律が使われていたことは声を大にして言う必要はありませんから、ノンビブラートで歌う古楽のコーラスが純正律でハモるのはあたりまえのことなのです。古楽に詳しい方は今更と思うかも知れませんが、とりあえず、我が研 究所の推薦する純正律関係の美しいCDを紹介しましょう。

1. ヒリヤードアンサンブルのコーラスとガルバレクのSAXとのコラボレーション「オ フィチウム」
2. ヒリヤードアンサンブルによるアルヴォ・ペルトの作品集
3. タリス・スコラーズによるアレグリの「ミゼレーレ」
4. キングズシンガーズによるグレッキの<Totus tuus> 
5. PICKETT<Alchemist>

ここに紹介しているのはほとんどがコーラスですが、それも当然のことで、コーラスの極く自然な、美しいハモリ、これこそが純正律の原点なのです。 当コーナーを読まれた方からのメールで、純正律の欠点とか不便なところを紹介しな いといけないとのお叱りを受けました。もちろんおいおい説明していきます。ただ絶対にいえることは、12しかないピアノ類の鍵盤で矛盾のない、純正律をやるのは不可能だということです。
こう考えて下さい。きれいなコーラスはハモルために理屈をこねて音程を取っているのではありません。そのときそのとき、きれいにハモルように声帯を微調整しているのです。純正律に向いているのは、コーラス、弦楽器、ブロックフレーテ、ブラスア ンサンブルです。ただし、何度も書いていることですが、ギター、ハープ、ピアノ等 は音が減衰するので、平均律の瞬間的濁りも中和されていくのです。 ピアノ協奏曲を2曲紹介しておきます。
ハリスンのピアノ協奏曲(New World NW366-2)、これはキース・ジャレットが弾いて いますが、白鍵と黒鍵のチューニングを微妙に変えています。 もうひとつ、ラトビアの作曲家PELECISのピアノ協奏曲(ERATO 0630-12709-2)は3楽章 全部が真っ白なハ長調で、黒鍵は全く使っていません。ならば純正律に近い調律にすればよいのに、そこが残念ですが、作曲の基本理念は純正律に近いものがあります。 あと、ピアノ以外の楽器で印象に残る、純正律に近い曲を2曲。 JOHN CAGE<SIX MELODIES>(MFB CD 018)、これは平均律のアコーデオンとノンビブラートのヴァイオリンの演奏です。アコーデ オンはほとんど空五度しか演奏しないので、純正律に近い響きがするのです。 SALMENHAARA<Inventio>(FINLANDIA 544292) これはカンテレというお琴に似たフィンランドの民族楽器のための曲ですが、天国的 に美しい響きがします。


2. 純正律とピタゴラス音律<ヴァイオリンは純正律ではない>

純正律とは、言葉上ではなにか絶対的な響きを持ちますが、そんなことはありません。純正律とは、ドならドを基準とした倍音系列をもとにならべていった音階で、あくまで、ドを基準とした範囲内の和音が純正に協和するという意味であり、きれいなハーモニーのための音律であって、あまり旋律的ではありません。反対に、和音は汚くて使えないが、歌いやすくメロディックなのがピタゴラス音律です。そういう意味では、世界中のほとんどの民謡はピタゴラス音律のようです。後で述べますが、中国も日本も完全にピタゴラスです。純邦楽に和声法がないのはピタゴラス音律ゆえなのです。純正律もピタゴラス音律も古代ギリシャで発見され、利用されましたが、頭の悪いローマ人の時代になってからは純正律はすたれ、ピタゴラスだけが教会旋法、つまりグレゴリオ聖歌となって継承されました。

ここで、純正律とピタゴラス音律の違いをはっきりさせておきましょう。 前にも書きましたが、純正律に聞こえるようにキーボードを作ると、オクターブ内には最低53(59と言う説もあり)個が必要となり、絶対に演奏不可能です。話は変わりますが、1オクターブを12の半音に分けたのはなぜでしょう、どうして7や8や10ではないのでしょう? 実はこのオクターブを12のキーに分割する、ということがピタゴラス音律の特徴であり、すべての音楽史はここに始まっているといっても過言ではないのです。平均律もなにを隠そうピタゴラス音律の鬼っ子なのです。ちょっと難しくなりますが我慢して下さい。ドから完全5度上の純正のソを取ります。次にまた5度上のレを取ります。これを繰り返すのですが、5度上ばかり取っていると、物すごく上にまで行きますので、ドから数えて三つ目のレはオクターブ下に下げます。つまり、ドから数えて完全5度上、そこから完全4度下というふうに音を取っていきますと、12回目にはシのシャープに到達します。このシのシャープはドのオクターブ上よりも大分高いのですが、これを同じ高さと見なして(エンハルモニック、異名同音という)打ち切ったのがピタゴラス音律なのです。

中国も日本もピタゴラス音律である証拠に、中国では三分損益、日本では順八逆六と呼ばれる調律法がピタゴラス音律と全く同じなのです。順八というのはドから半音ずつ上に8回辿るとソになり、そこから6個半音下がるとレになるという方法です。この方法は世界中に自然に存在しているため、5音音階、つまりペンタトニックの民謡が圧倒的に多いのです。

平均律はこのシのシャープとオクターブ上のドとの音程の差を12等分して完全5度を少しづつ狭めた調律であり、理論上では中国でも発見されていました。世界で一番シンプルなピタゴラス5音音階はドレミソラですが、これを簡単に作る方法が有ります。それは、みなさんおなじみのギターを使うのです。ギターは下からミラレソシミと調弦しますが、下から5番目のシを半音上のドにします。するとミラレソドとなり、それを並べ替えれば、ドレミソラができあがります。ギターの調律は変です。途中のソとシの間が長3度であるため、その響きを犠牲にしないと成り立たないチューニングです。ソとシをうなりの無いきれいな3度にすると、必ず上のミは低くなってしまいます。

また、世の中の誤解が一つ有ります。それはヴァイオリン族の楽器が純正律だという迷信です。ヴァイオリンを限りなく純正律に近く演奏することは可能ですが、調弦そのものは完全にピタゴラス音律なのです。ヴァイオリンは下からソレラミと完全5度に合わせます。この5度同士の間は完全な純正5度なのですが、本来の純正律から見ると常にシフトして移調していることになりますから一番下のソに対してはレだけが純正であり、ラもミも不純性です。私はヴァイオリン専攻でしたから、これには死ぬ ほど悩みました。そこで私の純正律信仰も芽生えたわけですが、詳しいことは次回に。


セミナー出張サービスのお知らせ

当研究所では、理想のヒーリングミュージックをめざす、純正律音楽に興味をもたれ た方のために、玉木宏樹が、シンセサイザーとヴァイオリン片手にどこにでも出向い てセミナーをやるサービスを始めます。
スケジュールが合いさえすればどこでも構いません。ただし、最低限、20人以上の集 まりにはしてほしいです。経費は交通費等の実費と、営利のためにやるのではありま せんから、ギャラはほんの車代だけで結構です。 関心をお持ちの方はぜひ、E-メールをお願いします。


3/1/1996

玉木宏樹の純正律セミナー 第三回

 ウィーン少年合唱団のような天国的に美しい純正律和音のひびきを再発見し、<音の自然食>運動の輪を拡げよう!

一回お休みしてすみません。初めてこのホームページをご覧になる方も多いと思いますので、復習も含め、もう一度<純正律>とは何かを説明しましょう。
<ピアノの音階は狂っている!>という挑戦的な言葉で第一回目は始まりました。正確に言い直すと<ピアノの音階は狂わせてある>のです。ナニナニ、そんなことを言うと調律師が気を悪くして怒りだすんじゃないだろうかって....。ご心配無用。調律師はそんなことは先刻百も承知。彼らの商売はいかにうまくピアノの調律を狂わせるか競い合うことによってなりたっているのです。

ヴァイオリンの調弦は純粋に美しい完全5度を<自分の耳>でたしかめながらやります。それにくらべ、ピアノの調律はまず純粋に美しい完全5度を<自分の耳>でつくるのまでは同じなのですが、ここから、とんでもない作業が待ち受けています。ピアノの完全五度は完全ではなく不完全です。ほんの少しですが五度上の音を低くし、不協和のうなり.つまりビートがでるように再調整するのです。なぜそうするのか、結論から言うと、そうしなければオクターブを単純に12等分することができないからです。
「ピアノと平均律の謎」(調律師が見た音の世界)白揚社刊 という本があります。そこに次のような前文があります。

ピアノ調律の初心者は、まず何をおいても「加減を設定」しなければならないと教えられる。これは、ピアノ中央のCのエリアで主に5度、4度、長3度といったある一定の音程を調律しなければならない、ということを意味する。それぞれがほんの少しずつ調子はずれになるようにするのである。すでに150年ほどにわたってピアノ(ピアノは250年くらい前にできた)に使われてきた平均律という調律システムでは、どのくらい調子はずれにすることが「決まり」になっているのだろう?ほかの楽器では、こんな調律のしかたはしないですむ。.....

ここには二つ重要なことが記されています。一つは、ピアノは調子はずれに調律するということ、それが平均律であるということなのです。もう一つ重要なことは平均律はたかが150年前からしか使われていないということです。ではピアノが作られてから百年のあいだはどういう調律が使われていたのでしょうか。決して純正律ではありません。主に「中間音律」という方法が使われていました。これは純正律と平均律との間だと思っても構わないでしょう。しかし、平均律と中間音律には決定的な違いがあります。それは長3度つまり「ド」に対する「ミ」の高さです。平均律の「ミ」はあまりにも高過ぎ、非常に不快なうなりを生じます。クローズな「ドミソ」よりはオープンな「ドソミ」の方が違いがよくわかります。中間音律の「ドミソ」は純正律にちかいものですから、ここで「ド-ソ-ミ」を<純正律>と<平均律>で聞き較べてみましょう。
最初に純正律.、次に平均律と2秒づつ切り替えた音を聞いてください。

 純正律と平均律の比較 (.aiff/22KHz/185KB/0'09")

 純正律と平均律の比較 (.wav/22KHz/185KB/0'09")

いかがですか、かなりはっきりと違いが分かるでしょう。
これが本当の自然に則した耳に優しい純粋な「ドミソ」なのです。世の中には、惑星の法則にしたがった音楽とか、潮の満ち干をもとにしたとか、樹液の流れを音楽にしたとかいういわゆる「自然物」がたくさんありますが、それを不自然で人工的な「平均律」で作るというのは如何がなものでしょうか.....。
平均律が市民権を得たのはたかだか150年前のことです。ということは、バッハ、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ワーグナー、ブラームス、チャイコフスキー等など前期ロマン派の作曲家すべてが平均律ではなかったということになります。特にモーツァルトなんかは自分の曲を平均律で弾く奴がいたら殺してやるとまで言っているくらいです。
なかには、バッハ作曲「平均律クラヴィア曲集」というのがあるではないかと指摘する人もいるかも知れません。一見スルドそう.....。しかし違います。バッハは決して「平均律」のために作曲したのではありません。これを説明するのは長くなりますのでいつか先に回しますが、結論だけいうとバッハは平均律ではなく、ヴェルクマイスター調律のために作曲したのです。

大体、考えてみて下さい。ピアニストは自分で調律しないじゃないですか。おかしいとは思いませんか。そのくせ、ヴァイオリニストとあわせるとヴァイオリンの音程が悪いなどと、ホザくんじゃない!などと個人的に怒ってみたりして....。
みなさんの知らないことをお教えしましょう。平均律以前はピアニストや作曲家は自分で調律していたのです。だからかなり個人の好みの調律ができたのです。

今回の講義はこの辺で....。


最近当研究所の作曲家のひとり、田頭勉氏が純正律のためにすばらしい作品を作りました。音源はホルンですが、非常に違いがよく分かります。ここに参考として掲載します。

 純正律ホルン (.aiff/22KHz/869KB/0'40") 

 平均律ホルン (.aiff/22KHz/873KB/0'40") 

 純正律ホルン (.wav/22KHz/869KB/0'40") 

 平均律ホルン (.wav/22KHz/873KB/0'40") 


 DTM (Desk Top Music)  愛好者にも朗報!

最近のシンセサイザーはマルチチューニングでいろんな調律ができます。わが研究所でも純正律のエクスクルーシヴを開発中です。興味のある方はE-メールにてどうぞ。


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