寝ても覚めても:面白くはなかったが=冨重圭以子

毎日新聞 2013年11月28日 12時40分(最終更新 12月06日 18時40分)

 かつてフィギュアスケートには、ショートプログラム(SP)とフリーの前に、規定があった。定められた図形をリンク上にスケートの刃(エッジ)で描いていくもので、音楽はなく、衣装も黒一色と華やかさは一切なかった。

 規定が得意の選手と苦手な選手ははっきり分かれていて、おおむねジャンプが好きな選手は規定が不得手、規定がうまい選手はジャンプが下手だった。

 女子で初めてトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた伊藤みどり選手は、定説通り、規定が大の苦手。規定付きの最後の国際大会、1990年3月の世界選手権でも規定で10位と大きく出遅れ、SP(当時はオリジナルプログラム)とフリーでトップだったものの、総合では2位。表彰式では、当時の国際スケート連盟会長が伊藤選手に「来年は規定がないから」と慰めるようにささやいた。

 こんなエピソードを思い出したのは、男子の世界チャンピオン、パトリック・チャン選手(カナダ)の演技をビデオで見たから。いまのチャン選手なら、規定があった時代でも、すべてトップの完全優勝を狙えるかもしれない、と思った。

 今季、SPでもフリーでも歴代最高得点をマーク。完成度も安定感も飛び抜けた存在だ。4回転ジャンプも跳べて、しかもほとんどが出来栄え評価で加点されるほど見事なジャンパーである一方で、スケーティング技術も突出している。

 ジュニア時代から定評のあったスケーティング技術の基礎を教えたのが、オズボーン・コルソンさんという老コーチだったそうだ。2006年に90歳で亡くなったコーチは、規定が廃止された1990年に生まれたチャン選手に対しても、みっちり規定の練習をさせたという。

 いまは、ジャンプでも踏み切るときのエッジを細かく見る。インとアウトの2本のエッジのどちらかにきちんと乗ることを、規定の練習で体にしみこませたチャン選手に、踏み切り違反はまずない。

 規定の取材は時間は長いし、面白くもなかった。廃止で、正直ほっとした。でもいまになって、規定はフィギュアスケートの基本で、重要だったのかも、と思う。(専門編集委員)

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