これまでの放送

3月5日(月)  鹿児島県  鹿児島市喜入町  喜入小学校

旅するアナウンサー:山田重光

3月5日(月)〜8日(木)鹿児島の旅は天候に恵まれませんでした。雄大な桜島の景観や、群青の錦江湾の眺めを楽しみにしていましたが、活火山は雲に隠れ、海は雲を映して灰色でした。それでもさすがに南九州の春は早く、紅梅白梅に鶯がさえずり、咲き競う菜の花に蝶が舞い、早咲きの桜の枝越しに、モクレンも開花盛んでした。鹿児島県の皆さんは人懐こいのか好奇心が強いのか、80ちゃん号の設営準備をしている午前中の早いうちからスタッフにあれこれ話しかけてくる人が多く、温かく迎えていただきました。

鹿児島市の中心部から薩摩半島を南下すると、巨大なタンクが並ぶ大規模な石油備蓄基地が見えてきます。旅の始まりは鹿児島市喜入町。この地を関ヶ原の戦い以前から長く治めた肝付一族の末裔が、幼くして東京に移り、やがて俳優、声優として全国に知られるようになりました。「ドラえもん」のスネオや「おそ松くん」のイヤミ、「ドカベン」の殿間などの声でお馴染みの、肝付兼太さんがゲストです。3歳で東京に引っ越した肝付さんにとって、70年以上ぶりの喜入町での一族のルーツに触れる旅です。先祖の墓に参り、肝付家の家臣だった方を訪ね、かつての肝付家の屋敷跡に建つ喜入小学校の体育館での放送でした。
お酒が入ると父上は薩摩言葉を使い、兼太少年がケンカに負けて帰ると武士の誇りはどうしたと厳しく叱責されたとのこと。穏やかな表情の肝付さんは、熱く厳格な薩摩武士の子孫としての躾を受けて育ったのです。喜入小学校には先祖が肝付家に仕えた、かつての御家来衆の子孫の方々が馳せ参じました。池上尚志さんのお爺さんは肝付家当主の最後のお小姓でした。玉置均さんの先祖は肝付家への忠義を貫いた名刀工でした。
今は劇団を主宰し、演出や若手の育成にも力を入れている肝付さんは、薩摩の風土と演劇との関係について「桜島、海、南国の景色がドラマを盛り上げる背景として大きな役割を果たす。そこに薩摩人の堅固なこと比類ない志。演劇の材料にもってこい。」「いつか喜入で芝居をやってみたい。」と語り、会場から盛んな拍手を浴びていました。
ふるさとメッセージでは巨大石油備蓄基地の見学ツアーについて、所長の丸岡隆さんがPRしました。また喜入の様々なイベントで子供たちを喜ばせているキャラクター「喜び戦隊キイレンジャー」の皆さんも登場し、小学校の子供たちから盛んな拍手を浴びていました。