あの歌、ゆかりの地へ(第4回)
井上陽水「能古島の片想い」に見る片想いの美学
2013.01.17 Thu
1973年、井上陽水はシングル「夢の中へ」がヒット、3rdアルバム「氷の世界」が日本レコード史上初のミリオンセラーとなり、以前の曲までも遡って注目された。2ndアルバム収録の「能古島(のこのしま)の片想い」の美しい歌詞、声、メロディーは、井上陽水の心のふるさとを色鮮やかに想像させてくれる。
70年代フォーク、ニューミュージックを先導した二人の天才
「陽水IIセンチメンタル」がリリースされた1972年は、吉田拓郎(当時、よしだたくろう)の「結婚しようよ」が大ヒットした年だ。吉田拓郎と井上陽水は、70年代フォーク界の二大巨頭であり、日本の音楽史を塗りかえたスーパースターであるのは間違いないと思う。二人は、学生運動、反戦運動などを根底に強いメッセージ性をもった60年代フォークとは異なる、70年代という時代を映したフォークを生みだした。シンガーソングライターという言葉が一般に広まり、「ニューミュージック」というジャンルにつながった。
ひとつの時代が終わり、新しい時代が幕を開けた。1971年には、グループサウンズで一番人気だったザ・タイガースが解散し、天地真理がデビューし、その後花の中3トリオ、新御三家と華やかな国民的アイドルが誕生した。歌番組が全盛時代だった70年代だが、井上陽水、吉田拓郎はテレビ出演を拒否し、コンサート活動やアルバムに重点を置いて活動した。テレビで1曲を披露するだけでは表現しきれないという本人たちの想いもあっただろう。聴く側もシングル1曲では把握しきれず、アルバムで丸ごと彼らの世界観、音楽性とじっくり向き合い浸りたい人が多かったのではないかと思う。
「陽水IIセンチメンタル」には、のちにモックン(本木雅弘)がカバーした「東へ西へ」をはじめ、「夏まつり」「つめたい部屋の世界地図」といった名曲が収められており、その「センチメンタル」というもの悲しく繊細で女性的な世界観は、それまでのフォークとは異質のものだったのではないだろうか。
夢の中から闇夜の国まで、時空を旅する陽水ワールド
井上陽水さんの曲づくりのエネルギーは、90%が作詞で10%が作曲だそうだ。確かに、言葉の選び方や組み合わせが普通ではなく、「えっ?」と立ち止まって、歌詞カード(字面)を読みたくなるのだ。
「少年時代」「いっそセレナーデ」「心もよう」のような美しい抒情詩もあれば、PUFFYの「アジアの純真」「渚にまつわるエトセトラ」のようなユーモラスな歌詞もある。山口百恵の「Crazy Love」、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」女心を書くのもうまい。「夢の中へ」のような明るい曲もあれば、時にはシニカルであり、闇のように暗く孤独で、ぞっとするような単語が使われていることもある。とにかく、難易度が高い。知的なベールをまとい、静寂を感じさせる。それでいて、目をつぶって曲を聴けば、見知らぬ土地へと連れて行ってくれる。… 続きを読む
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