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日めくりプロ野球9月

【9月8日】1985年(昭60) “左殺し”平田薫、執念の満塁弾で巨人自力V消滅

古巣巨人に引導を渡した大洋・平田は試合終了後、ファンの声援に応え笑顔。勝負強い“左殺し”だった
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 【大洋8−2巨人】これで3度目、そしてトドメの一撃でもあった。

 後楽園球場での巨人−大洋22回戦。この試合を落とすと、首位阪神と4ゲーム差となり、25試合を残して自力Vが消滅する巨人は6回を終了し、2−4とリードを許していた。

 もう1点もやれない。王貞治監督の7回の投手起用に注目が集まったが、登板したのはルーキーの左腕中島浩人投手。これが初の1軍マウンドだった。

 「マウンドに上がると、そこだけが明るくて…。緊張した」という中島。野手が失策などで足を引っ張り、たちまち無死満塁のピンチに立たされた。

 大洋・近藤貞雄監督は2番・加藤博一左翼手の打順で勝負に出た。「ピンチヒッター・平田」。近藤監督は左キラーという以外に平田を使った理由があった。「平田にとって後楽園、巨人戦は特別席。結果は必ずいい方に出る」。

 平田薫。昨年までは一塁を守る駒大の同期、中畑清内野手とともにジャイアンツのユニホームを着ていた。イースタンリーグの試合で死球を受け、ひざを骨折し、シーズンを棒に振ったのが運命を変えた。

 かつて“左殺し”と各球団のサウスポーに恐れられた男は、そのオフ戦力外通告。形だけの金銭トレードで大洋に移籍した。「いつか必ず」。口下手な男だったが、内に秘めた闘志を燃えたぎらせていた。

 左殺しのスペシャリストも、8月16日から10打席代打で実はノーヒット。好調とはいえなかった平田は確信していた。「王監督は頑固だ。自由契約にしたオレの打席で投手交代?そんなことは絶対してこない」。王監督はやはり動かなかった。

 カウント2−2。5球目のカーブは肩口から入った。フルスイングした瞬間、感触は十分あった。打球は左翼席中段ではねた。シーズン3号、しかも満塁本塁打。平田にとって現役13年間での通算本塁打22本の中で最初で最後のグランドスラムとなった。この一発で巨人は撃沈。自力Vが消滅し、シーズン3位。阪神の21年ぶり優勝を許した。

 「古巣を見返してやりたいの一念で打った。巨人への恩返しの一打です」。執念がぎっしり詰まった、キツい恩返し。王巨人2年目の85年、平田はこの満塁アーチだけでなく、江川卓投手からの決勝打(5月11日3回戦横浜、大洋3−0巨人)、角盈男投手からの3点本塁打(6月1日6回戦後楽園、大洋7−4巨人)、西本聖投手からは走者一掃の逆転二塁打(10月3日26回戦横浜、大洋4−2巨人)とジャイアンツの主力投手陣を血祭りにあげた。

 「ベンチに戻ると、ヒラタァー、ヒラタァーってホエールズのファンが呼んでくれた。やっと大洋の一員になれた気がした」。満塁本塁打とともに平田が巨人を本当に卒業した日だった。

1985年9月8日 巨人−大洋22回戦 後楽園 大洋11勝9敗2分
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
大  洋
巨  人
投 手
大  洋 ○関根(5勝10敗1S)−若菜
巨  人 ●斎藤(9勝6敗4S)、中島−山倉、山本幸
 
本塁打 山下6号、屋鋪12号、平田3号(洋)=代打満塁、斎藤1号(巨)
三塁打 屋鋪(洋)
二塁打 若菜、石橋(洋)中畑(巨)
大  洋  11安打10三振2四死球 3盗塁2失策6残塁
巨  人  8安打3三振4四死球  0盗塁1失策9残塁
球審・田中 試合時間3時間8分  観衆4万9000人

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