唱歌「通りゃんせ」は、江戸時代から伝わるわらべ歌に本居長世(明治・大正時代に活躍)が編曲と作曲をしたもの。
埼玉県川越市の「川越天神・三芳野神社」が歌の発祥地といわれる。ここは代々幕府が治める天領であるため、庶民の参詣が許されるのは大祭の時だけだったという川越城内の一角。「七つのお祝い」とは七五三の宮参りのこと、お札を納めるお参りが済めば、参道を警護する侍が早く城内から出ろと追い立てるために「帰りはこわい」となったという。
昔の子ども達の遊びに「通りゃんせ」があった。今は信号機でこのメロディが使われている。
しかしこの歌が恐ろしい歌と言われるのは、2番に「ここは冥府の細道じゃ」など鬼神に死んだ子供の供養を頼みに行く歌詞があるからだろう。
関東地方では、1番のみが伝わったようだ。それでも人気のない天神様の参道と「通りゃんせ」の歌を思い浮かべれば、確かに薄暗く怖い感じがする。
川越天神に祀られているのは学問の神様、菅原道真。道真は讒言により右大臣の地位を追われ九州の太宰府で生涯を閉じた。後に朝廷の皇子に不幸が続き、道真が参列した清涼殿も落雷で焼け多数の死傷者が出た。これは道真の祟りなのか。その怨霊が雷神として恐れられ、やがて学問の神として全国で祭られた。
近くでは谷保天満宮が有名だが、稲城市には穴澤天神社(写真)と坂浜天満神社などがある。071101号掲載