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静岡経済 特集

模型王国の挑戦(3) ハセガワ 

◆信念貫き異色のコラボ

戦闘機F−104Jの実機(後方)が展示されている屋上で、雷電(左)とアイドルマスターのキャラクターが描かれたF−15Eを手にする長谷川勝人専務=焼津市のハセガワで(斉藤直純撮影)(C)窪岡俊之(C)NBGI

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 2009年9月に発売されたそのプラモデルには、ファンの間で賛否両論が起きた。結果は圧倒的な「否」だった。

 模型の中でも「硬派」とされる戦闘機の機体に、テレビゲーム「アイドルマスター(アイマス)」シリーズに登場するキャラクターのデカール(シール)をあしらった「アイドルマスタープロジェクト」。そんなギャップ感が満載された商品を送り出したのが、飛行機模型で知られる老舗のハセガワだった。

 「とんでもない数のブーイングが寄せられた」。長谷川勝人(まさと)専務(53)が振り返る。

 異色のコラボレーションは、09年5月に静岡市で開かれた見本市「静岡ホビーショー」がきっかけだった。アイマスを手掛けるバンダイナムコゲームス(東京)から「ハセガワさんでしかできない」と提案された。社外との初の共同製作だった。さらに「萌(も)え」要素の強い題材に、社内でも抵抗は少なくなかった。

 長谷川さんが納得したのは、「いろいろなつながりを持って、新しいことに常に挑戦していく会社にしたい」との思いがあったからだ。それに「このままでいいのか」という強い危機感もあった。

 大手ネット通販サイトでホビー部門の売り上げ上位を見ると、主力商品のスケールモデル(実物を縮小した模型)は、ほとんどない。「自分が王道だと思っていたものが、いつの間にかマイノリティー(少数派)になってしまっていることに気付いた」という。

 40代以上には、実物の戦闘機が「ヒーロー」だった。一方、今の若者は、ゲームの中のキャラクターとして戦闘機に魅力を感じているのではないか。そんな考えに至った。

 スケールモデルでありながらキャラクター商品でもあるアイマスプロジェクト(2000円台〜7000円台)は、プラモデル未経験の若者層にも広がり、昨年12月までに37種、累計約7万個を売り上げるヒットになった。10年には、全日本空輸の特別機「ガンダムジェット」のプラモデル化で、再びバンダイとの連携にもつながった。

今年前半の発売に向けて開発が進む戦艦大和

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 ハセガワは今年前半、原点ともいうべき450分の1「戦艦大和」のリニューアルキットを投入する。1962年に発表した大和は、大卒初任給1万円台の当時、1500円という高額にもかかわらず爆発的に売れた。

 今回は4000円以内に抑えて、作りやすさに重点を置く。アイマスで広げた若者層やその下の子どもたちにも、模型を完成させる喜びを知ってもらいたいからだ。

 「スケールモデルはなくさないし、大切にしていく」と語る長谷川さん。「こだわりを持つと、そこから進歩はない。こだわりを持たないことがこだわり」とも明かす。

 そんな姿勢から生まれたアイマスプロジェクトに厳しい声を寄せたファンも、今は「模型の将来のため」と多くが理解を示しているという。「模型ファンは厳しいですが、優しい」。自身も優しい笑みを見せた。

(小柳津心介)

 <ハセガワ> 1941(昭和16)年、創業者の長谷川勝呂が静岡市稲川(現駿河区)で長谷川商店を開業。木製模型飛行機などを手掛ける。53年、長谷川製作所に改組。61年、プラモデル生産を開始、69年には本社を焼津市八楠に移転。2001年にハセガワに改称。「飛行機のハセガワ」とも称され、近年は「戦艦三笠」などのヒット作がある。(敬称略)

◆筆者のつぶやき その1

 「なんでハセガワの専務さんは、雷電を持ってるの?」

 記事に載った写真を見た同僚(飛行機好き)から、こんな質問を受けた。説明不足を反省しつつ補足すると、特異な存在感のアイマス機と、従来の飛行機模型との対比を見せるのに、ぴったりだったからだ。

 ハセガワの本社内には、完成済み商品の陳列ケースがあり、各国が誇る名機がずらり。どれを撮影用にするか、長谷川勝人専務と相談しながら選んだが、どちらからともなく「じゃあ雷電にしますか…」。

 冒頭の質問をした同僚も、「やっぱり雷電はかっこいいね」。アイマス機に注目してもらわなくては困るのだが、雷電には人を引きつける何かがあるようだ。

◆筆者のつぶやき その2

「なんでハセガワの屋上にはスターファイターの実機があるの?」

 同僚(飛行機好き)からの質問その2だ。長谷川勝人専務によると、F‐104Jが設置されたのは2004年8月。プラモデル開発を通じて親交のある航空自衛隊から、当時静岡県内の遊園地に展示されていた退役機を、輸送や設置の費用は自社負担で譲り受けたとのことだ。

 日々の仕事への刺激だけでなく、「もともと何を作っているのかもわからないくらい、外見が地味な会社だった」ので、宣伝効果も狙った。その甲斐あって、タクシー運転手に行き先を告げるときにも「屋上に戦闘機のある会社」で通じるようになったという。

 興味を持たれた方は、インターネットの地図サイトで探してみてはいかが?

 

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